19 / 34
一九章
……甘く見ていた。男の娘道
しおりを挟む
「おお、それでこそ男だぞ、藤岡ぁ~!」
「見なおしたぞ、弟よ。さあ、この姉が手伝ってやる。いますぐ着てみろ」
「さわるな! 自分で着る!」
「遠慮するな。手伝ってやる」
「やめろ、女が男を無理やり脱がすなあっ!」
そして――。
おれはメイド姿になって鏡の前に立ったのだった。
「――かわいい。
鏡に映る自分の姿におれは思わずそう感じた。『女装した自分の姿にときめくなんて男としてどうよ?』という思いはあった。あったのだがやはり、かわいいものはかわいい。陽芽姉ちゃんも雪森も『かわいい』というより『きれい』というタイプだから、『かわいい』という言い方をするならおれが一番かも知れない。
黒を基調としたカラーのせいか意外にほっそりして見えるし、長いカツラに包まれた顔もしっかり女の子している。男としてはあまりパッとしない顔立ちが、女装するとこんなにも様になるなんて。意外な発見だ。もし、こんな女の子が現実に現われたら一目で好きになってしまいそうな、そんな気さえする。
鏡を見ているうちに何だかドキドキしてきた。胸の奥が熱くなる。いままで知らなかった世界、甘くて、切なくて、そして耽美な世界を垣間見てしまったような、そんな気分。世の女性たちが美しさを競う気持ちがヒシヒシと伝わってきた。無意識のうちにおれの手は口紅にのび……」
「……って、陽芽姉ちゃん! なに勝手なナレーション入れてんだよ⁉」
『――かわいい』以降はおれの台詞ではない。すべて陽芽姉ちゃんが勝手にナレーションしたものだ。
陽芽姉ちゃんはケロリとした様子で答えた。
「自ら本心を述べるのは恥ずかしかろうから、気を使ってかわりに描写してやったのではないか。喜べ」
「誰もそんなこと思ってないっての!」
「いいや、思っている!」
ビシイッ! と指を差して陽芽姉ちゃんは断言する。
「お前はそう思っている。まちがいなく思っている。自覚がないのは男としての意識が邪魔しているからだ。さあ、よけいなプライドをすてろ。自分に素直になれ。心を見つめるのだ。そうすればわかる。それこそがいまの自分の本当の気持ちなのだと。そうだな? そうにちがいない。絶対にそうだ」
『う……。
……ちょっとそうかも』
「金子ぉっ! 人の後ろに妙な看板もって立つんじゃない!」
「正直になっていいわよ」と、雪森。
「いまどき、女装趣味の男なんてめずらしくもないし」
……雪森にだけはそんなこと、言われたくなかった。おれは落ち込んだ。
「いや、実際、冗談抜きでよく似合っているぞ、弟よ。これで卒業後の就職先は心配ないな」
「勝手に決めるな!」
「でも、本当、かわいいわ」
「雪森……」
「うむ。夏祭りの目玉となるのはまちがいない。これで成功に近づいたというものだ」
「そ、そうかな……」
『そう言われると、ちょっとうれしいかも……』
「だから、妙な看板作るな、金子!」
おれは再び叫んだ。しかし――。
鏡のなかの自分をそっと見る。たしかにかわいかったりする。断っておくがおれは決してひ弱な男ではない。たしかに高二の男としては若干、背は低いし、細身でもある。しかし、あくまでも細身の筋肉質。服を脱げばたくましくうねった筋肉の束が現われる。子供のころから田畑の仕事をこなしてきたのはダテではない。
ところが、こういうヒラヒラピラピラした服で全身を包むと筋肉がすっかりかくされ、『小柄で細身』という部分だけが強調される。しっかり『華奢な女の子』に見えるから不思議である。
……しかし、親が息子のこんな格好を見たらどう思うか。勘当されることは覚悟しておこう。
「問題は立ち居振る舞いだな」
陽芽姉ちゃんが冷静に指摘した。
「尽くして尽くしてツクシンボーのメイドさんにしては言葉使いが乱暴すぎる」
「仕草も女の子には見えない」
「仕方ないだろ。生まれてから一七年、ずっと男をやってきたんだ。急に女になんてなれるか」
「口調」
うぐっ……。
雪森に冷静に指摘されておれは口ごもる。
「と、とにかく……! 一応見た目は女の子になってるんだ。それで充分だろう。別にそこまで徹底しなくたって……」
「あま~い!」
ボヤくおれに対して金子が叫ぶ。両腕を突きあげ、背景には砕ける波涛。メガネをギラギラと輝かせ、真性オタク男の主張がはじける。
「男の娘とは単にスカートをはいた男ではないっ! それは女装した男だ。男の娘はちがうっ! 男でありながら少女としてのはかなさ、可憐さを備え、男をして起たせる存在、『男相手なのに……』という背徳感を抱かせ、どれほど惹かれようとも男であるがゆえに手を出せない絶対清楚系、それでもなおエレクトせずにいられないトキメキを与える究極の萌え属性っ! それがっ! 男の娘なのだあっ!」
稲光を放ってのその叫びにおれは圧倒される。両腕を突きあげて叫ぶ金子の足元に膝をつき、打ちひしがれる。……いやまあ、後になって冷静になってみればそこまでのことではないとわかるんだけど、このときは金子の迫力に押されてその気になってしまったのだ。
「無理だ……」
おれは腹の底からしぼり出すような声で呻いた。
「おれはそんな存在にはなれない。男を起たせるなんて無理だ。とてもできない」
……もしかしたら、このときこそ、おれが生涯最大の絶望を感じた瞬間だったかも知れない。あくまで金子の勢いに乗せられたせいで『男の娘』になれないことがショックだったのではない……と、思いたい。
「ふっふっ、案ずるな、藤岡。この金子雄二が何の考えもなくきさまに女装させたと思うか⁉」
「なに?」
いかにもな仕草でメガネをいじりながら言う金子を、おれはすがるような目つきで見上げてしまう。
「お前ひとりではたしかに無理。しかし、すぐれた導師がいれば話は別だ」
「導師とな?」と、陽芽姉ちゃん。
「そんな人材がこの学校にいるのか?」
「ははっ。このボンクラめをして真の男の娘へと導ける存在、それは……!」
「それは?」
「一年D組! 鈴沢鈴果! ここ仙台に居を構える、日本有数の劇団『ラビュタ・カーニバル』の跡取り娘! そして、完璧なる萌え系美少女! 彼女ならば必ずや、この不器用男を可憐なメイドさんにしてくれることでしょおぉぉぉぉぉっ!」
「ほう。そんな人物がいたのか。なかなかどうして、この学校も人材豊富だな。よし、弟よ。すぐにスカウトに行ってこい」
「この格好でかよ⁉」
「当たり前だ。人に見てもらうのが一番の上達方法。せいぜい、学校中をまわって色気を振りまいてこい」
「色気って……」
「イベントではその格好で大勢の人を相手にするのよ。この程度のことでたじろいでいてどうするの」
雪森にまで言われ――。
おれはメイドさん姿で校内を歩きまわるはめになったのだった。
「見なおしたぞ、弟よ。さあ、この姉が手伝ってやる。いますぐ着てみろ」
「さわるな! 自分で着る!」
「遠慮するな。手伝ってやる」
「やめろ、女が男を無理やり脱がすなあっ!」
そして――。
おれはメイド姿になって鏡の前に立ったのだった。
「――かわいい。
鏡に映る自分の姿におれは思わずそう感じた。『女装した自分の姿にときめくなんて男としてどうよ?』という思いはあった。あったのだがやはり、かわいいものはかわいい。陽芽姉ちゃんも雪森も『かわいい』というより『きれい』というタイプだから、『かわいい』という言い方をするならおれが一番かも知れない。
黒を基調としたカラーのせいか意外にほっそりして見えるし、長いカツラに包まれた顔もしっかり女の子している。男としてはあまりパッとしない顔立ちが、女装するとこんなにも様になるなんて。意外な発見だ。もし、こんな女の子が現実に現われたら一目で好きになってしまいそうな、そんな気さえする。
鏡を見ているうちに何だかドキドキしてきた。胸の奥が熱くなる。いままで知らなかった世界、甘くて、切なくて、そして耽美な世界を垣間見てしまったような、そんな気分。世の女性たちが美しさを競う気持ちがヒシヒシと伝わってきた。無意識のうちにおれの手は口紅にのび……」
「……って、陽芽姉ちゃん! なに勝手なナレーション入れてんだよ⁉」
『――かわいい』以降はおれの台詞ではない。すべて陽芽姉ちゃんが勝手にナレーションしたものだ。
陽芽姉ちゃんはケロリとした様子で答えた。
「自ら本心を述べるのは恥ずかしかろうから、気を使ってかわりに描写してやったのではないか。喜べ」
「誰もそんなこと思ってないっての!」
「いいや、思っている!」
ビシイッ! と指を差して陽芽姉ちゃんは断言する。
「お前はそう思っている。まちがいなく思っている。自覚がないのは男としての意識が邪魔しているからだ。さあ、よけいなプライドをすてろ。自分に素直になれ。心を見つめるのだ。そうすればわかる。それこそがいまの自分の本当の気持ちなのだと。そうだな? そうにちがいない。絶対にそうだ」
『う……。
……ちょっとそうかも』
「金子ぉっ! 人の後ろに妙な看板もって立つんじゃない!」
「正直になっていいわよ」と、雪森。
「いまどき、女装趣味の男なんてめずらしくもないし」
……雪森にだけはそんなこと、言われたくなかった。おれは落ち込んだ。
「いや、実際、冗談抜きでよく似合っているぞ、弟よ。これで卒業後の就職先は心配ないな」
「勝手に決めるな!」
「でも、本当、かわいいわ」
「雪森……」
「うむ。夏祭りの目玉となるのはまちがいない。これで成功に近づいたというものだ」
「そ、そうかな……」
『そう言われると、ちょっとうれしいかも……』
「だから、妙な看板作るな、金子!」
おれは再び叫んだ。しかし――。
鏡のなかの自分をそっと見る。たしかにかわいかったりする。断っておくがおれは決してひ弱な男ではない。たしかに高二の男としては若干、背は低いし、細身でもある。しかし、あくまでも細身の筋肉質。服を脱げばたくましくうねった筋肉の束が現われる。子供のころから田畑の仕事をこなしてきたのはダテではない。
ところが、こういうヒラヒラピラピラした服で全身を包むと筋肉がすっかりかくされ、『小柄で細身』という部分だけが強調される。しっかり『華奢な女の子』に見えるから不思議である。
……しかし、親が息子のこんな格好を見たらどう思うか。勘当されることは覚悟しておこう。
「問題は立ち居振る舞いだな」
陽芽姉ちゃんが冷静に指摘した。
「尽くして尽くしてツクシンボーのメイドさんにしては言葉使いが乱暴すぎる」
「仕草も女の子には見えない」
「仕方ないだろ。生まれてから一七年、ずっと男をやってきたんだ。急に女になんてなれるか」
「口調」
うぐっ……。
雪森に冷静に指摘されておれは口ごもる。
「と、とにかく……! 一応見た目は女の子になってるんだ。それで充分だろう。別にそこまで徹底しなくたって……」
「あま~い!」
ボヤくおれに対して金子が叫ぶ。両腕を突きあげ、背景には砕ける波涛。メガネをギラギラと輝かせ、真性オタク男の主張がはじける。
「男の娘とは単にスカートをはいた男ではないっ! それは女装した男だ。男の娘はちがうっ! 男でありながら少女としてのはかなさ、可憐さを備え、男をして起たせる存在、『男相手なのに……』という背徳感を抱かせ、どれほど惹かれようとも男であるがゆえに手を出せない絶対清楚系、それでもなおエレクトせずにいられないトキメキを与える究極の萌え属性っ! それがっ! 男の娘なのだあっ!」
稲光を放ってのその叫びにおれは圧倒される。両腕を突きあげて叫ぶ金子の足元に膝をつき、打ちひしがれる。……いやまあ、後になって冷静になってみればそこまでのことではないとわかるんだけど、このときは金子の迫力に押されてその気になってしまったのだ。
「無理だ……」
おれは腹の底からしぼり出すような声で呻いた。
「おれはそんな存在にはなれない。男を起たせるなんて無理だ。とてもできない」
……もしかしたら、このときこそ、おれが生涯最大の絶望を感じた瞬間だったかも知れない。あくまで金子の勢いに乗せられたせいで『男の娘』になれないことがショックだったのではない……と、思いたい。
「ふっふっ、案ずるな、藤岡。この金子雄二が何の考えもなくきさまに女装させたと思うか⁉」
「なに?」
いかにもな仕草でメガネをいじりながら言う金子を、おれはすがるような目つきで見上げてしまう。
「お前ひとりではたしかに無理。しかし、すぐれた導師がいれば話は別だ」
「導師とな?」と、陽芽姉ちゃん。
「そんな人材がこの学校にいるのか?」
「ははっ。このボンクラめをして真の男の娘へと導ける存在、それは……!」
「それは?」
「一年D組! 鈴沢鈴果! ここ仙台に居を構える、日本有数の劇団『ラビュタ・カーニバル』の跡取り娘! そして、完璧なる萌え系美少女! 彼女ならば必ずや、この不器用男を可憐なメイドさんにしてくれることでしょおぉぉぉぉぉっ!」
「ほう。そんな人物がいたのか。なかなかどうして、この学校も人材豊富だな。よし、弟よ。すぐにスカウトに行ってこい」
「この格好でかよ⁉」
「当たり前だ。人に見てもらうのが一番の上達方法。せいぜい、学校中をまわって色気を振りまいてこい」
「色気って……」
「イベントではその格好で大勢の人を相手にするのよ。この程度のことでたじろいでいてどうするの」
雪森にまで言われ――。
おれはメイドさん姿で校内を歩きまわるはめになったのだった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
青天のヘキレキ
ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ
高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。
上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。
思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。
可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。
お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。
出会いは化学変化。
いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。
お楽しみいただけますように。
他コンテンツにも掲載中です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる