おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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一八章

男を上げるぞ、女になって

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 「お任せください、お姉さま! この金子雄二、お姉さま方のために何がなんでもイベントを成功に導いてご覧に入れましょうぞ!」
 のっけからテンション全開。全身から炎のオーラを吹きあげ、メガネが黄金色に染めあがる。
 ――これだから、こいつは加えたくなかったんだよなあ。
 おれはそう思い、頭を抱えた。
 ところが、金子のテンションの高さは『校内ナンバー1珍獣』の感性にピッタリだったらしい。陽芽姉ちゃんは金子に劣らぬテンションの高さで答えた。
 「おお、頼もしい! 頼むぞ、少年!」
 「お任せください! 見事、期待に応えてご覧に入れましょう」
 ガシッ、と腕など組んで、出会った瞬間、『一〇〇年来の同志』状態。ふたりの間に吹き荒れる炎の嵐が目に見える……。
 ――おれはもしかして、とんでもないコンビを誕生させてしまったのでは……?
 つくづくと――。
 後悔の念が沸き起こる。
 「藤岡ぁっ~」
 「わあっ!」
 いつの間によっていたのか、おれのすぐそば、数ミリ以内に侵入していた金子がメガネのレンズを暗く染めて、ねっとりした口調で言った。
 「きさま……きさま、よくも親友のおれさまを除け者にしてこんなハーレム生活を堪能していてくれたなぁ~。この借りは必ず返してやるぞぉ~」
 なに言ってやがる。陽芽姉ちゃんの『弟役』がうらやましいならいつでもかわってやるぞ。
 陽芽姉ちゃんは自分では何もやらないくせに『ああしろ、こうしろ』と、とにかく注文だけは多いのだ。おまけに肩をもめだの、足をもめだの……おれはもう、どんな家に婿入りしても姑とうまくやっていく自信がある。
 「さて、さっそくだが、少年よ」
 「はっ、お姉さま!」
 おれの呼び名が『弟』にかわったので、『少年』は金子が受け継ぐことになったらしい。いや、それがどうというわけではないんだけど……金子がおれと同じ呼び方をされるのはどうもなあ……。
 「事情は説明したとおりだ。何としてもこのイベントを成功させなくてはならん。どのようにすればよいと思う?」
 「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくださいました、お姉さま。この金子にすべてお任せください。イベントを成功させる条件。それは……!」
 吹き荒れる炎を背景に、巨大化オーラを吹きあげて、両腕を胸の高さにかかげて金子は叫ぶ。
 「萌えっ!」
 その一言におれは地獄まで転落していく。
 「萌えこそすべてっ! ジーク萌えっ! この世は萌えと萌え以外のカスからできているっ! 私の言葉だ、文句あるか⁉ イベントも同様。萌えに徹してこそ成功するのだあっあっあっあっ!」
 「陽芽姉ちゃん! 本当にこんなやつを参加させる気かよ⁉」
 自分で紹介しておいてなんだが、そう叫ばすにはいられなかった。陽芽姉ちゃんはガシッとおれの両肩をつかんだ。メガネの奥の目が一瞬、ひるむほど真剣な輝きを放った。その口から出た言葉は、
 「でかした」
 「はっ?」
 「よくぞ、これほどすばらしい人材をスカウトしてくれた。感謝するぞ、弟よ」
 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとまってくれよ、陽芽姉ちゃん。本当にこんな萌えオタクに任せていいのかよ」
 「萌えオタクだからいいのではないか。これからの日本には原料を輸入することなく展開できる新産業が必要だ。そして、現状で世界に通用する日本原産の商品といえば『萌え』しかあるまい? 我々は萌えをこそ日本の新産業として発展させていくべきなのだ」
 ううっ……。
 まあ、そう言われればわからなくもないのだが。そう言えばもう何年も前の話だけど、秋田だかどこだかで米袋に萌え系美少女のイラストを印刷したら、何と一ヵ月で二年分の米が売れたという話もある。おまけに関連商品を求めて観光客まで訪れるようになったとか。それを思えば陽芽姉ちゃんの言うことはまちがってはいないのだろう。おそらく。
 ――しかし……日本の品位がガタ落ちになる気が……。
 おれは頭を抱えて悩んだ。しかし、金子がつづけてこんなことを言いだすとはさすがに予想できなかった。
 「女になれぇ~、藤岡ぁ~」
 メガネの奥の瞳に異様な光をギラつかせて金子が言う。
 一瞬、反応できずに、金子をジッと見つめてしまったのは、おれの脳が言葉の意味を理解することを拒んだからだ。理解してしまったその瞬間、
 「何だ、それは!」
 おれは叫んでいだ。
 しかし、その叫びはそれに倍する金子の叫びによってかき消された。
 「萌えに男は不要っ! きさまは邪魔だっ! せっかくのお姉さま方の存在を無駄にする気か、藤岡ぁ~!」
 わけのわからないその迫力におれは圧倒される。
 「わかったならば、さあ! これを着て女になれい!」
 そう言いつつ金子の広げた服は――。
 メイド服⁉
 ちょっとまていっ! どこから出した? まさか、お前、いつも持ち歩いてるのか?
どこまで変態なんだ、お前はっ
 「さあ、これを着ろ! 着るのだ、藤岡! イベントにメイドさんは絶対、必要。ましてお前は料理係。メイドさんこそお前の宿命なのだぁっ!」
 「だから、まてっての! 男にそんなものを着せてどうしようってんだ、お前は! そういうものは女に……」
 いや、だから別に、雪森のメイドさん姿が見たいわけでは……。
 おれの叫びに金子はうつむき加減にメガネをいじりながら言った。
 「ふっふっ、甘いな、藤岡。お姉さまやお姫さまにはちゃんと別の衣裳が用意してある」
 「何だ、それは?」
 「それは……!」
 「それは?」
 「スクウゥゥゥゥゥゥル! 水着イィィィィィッ!」
 反射的におれは金子の頭をぶん殴る。
 「アホかっ、お前は!」
 「誰がアホだ、失礼な!」
 「誰が聞いたってアホだ! スクール水着なんて着させられるわけないだろ」
 「なぜだ?」
 「常識で考えろ! そんなもん、ほとんど羞恥プレイだろうが。人格を疑われるぞ」
 「シンクロナイズド・スイミングは羞恥プレイか⁉ 水泳選手の姿がいやらしいか⁉ 水のなかで行なうからあの格好なのだ! 同様に水田という水場を会場にイベントを行なうから水着姿なのだ! それのどこがいやらしい⁉」
 「そんな考え方するの、お前だけだっての! ふたりに聞いてみろ、絶対、いやがるに決まってる!」
 おれは叫んだ。ところが、陽芽姉ちゃんがいたって冷静な表情で言うには――、
 「私はかまわんぞ」
 「陽芽姉ちゃん⁉」
 「わたしもいいわ」
 雪森までっ⁉
 「おい、ちょっとまて。ふたりとも、正気か? スクール水着だぞ、スクール水着。そんな格好で大勢の人前に出るんだぞ⁉」
 おれは必死に言ったが、雪森はキョトンとした顔つきで見返すばかりだった。どうやら、おれが何を気にしているのかまるでわかっていないらしい。
 「スクール水着なんて毎年、学校で着てるじゃない」
 ……雪森なら水泳の授業中は昔からさぞ多くの視線を集めたにちがいない。かく言うおれも去年こっそり眺めていた。ピッタリした水着に包まれ、それはそれは見事な体の線があらわになり、そこから伸びたスラリとした手足の格好よさ。ああ、いま思い出しても胸が高鳴る。クラスの男たちにとってはまさに至福の瞬間だった……。おれも含めて。
 つまり、雪森は始終、他人の視線を浴びているわけだ。他人にジロジロ見られることなんて当たり前で気にもならない、ということなのだろう。しかし……おれは気にする!
 「そう言うことだな。それとも、もっと際どいギリギリビキニが見たいか?」
 「陽芽姉ちゃん⁉」
 「まあ、冗談はともかくとしてだ」
 陽芽姉ちゃんがいきなり表情をキリッとひきしめた。いきなり、『真面目な生徒会長』のできあがりだ。つくづく反則だと思うぞ、この豹変ぶりは。
 「我々としても人生を懸けてやっているつもりだ。まして、他人さままで巻き込んでいる。失敗させるわけにはいかない。スクール水着ひとつでイベントが成功するというならそうするのが筋というものだ」
 雪森もコクコクとうなずく。
 ――ふたりとも、体を張ってやる気かよ。
 その覚悟におれはジ~ンとしてしまった。
 「それで、弟よ。お前はどうするのだ?」
 陽芽姉ちゃんが、雪森が、そしてメイド服を構えて異様に目をギラギラさせている金子が、おれに視線を向ける。おれの言葉をまっている。おれは言った。
 「……やる」
 そうとも。このイベントは絶対に成功させなくちゃならないんだ。『失敗しました、お金だけ使わせておいてすみません』じゃすまないんだ。そのためなら恥も外聞もあるもんか。女装がなんぼのもんだ。メイドさんだろうが、バニーガールだろうがやってやる!
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