おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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一七章

あいつを入れる? それでいいのか、本当に?

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 いよいよまちにまったときがきた。バイオガスのはじめての収穫のときである。
 ホテイアオイを分解してできたバイオガスを精製し、ほぼメタン一〇〇パーセントの高濃度ガスにかえてガスタンクに貯える。そこからホースを引き、ガスコンロにつないだ。
 おれと陽芽姉ちゃん、雪森、それに親父とおふくろ。一〇個の目が見守るなか、おれは震える指でコンロに点火した。『ボッ』と音を立て、青い炎が吹きあがった。
 「おおっ⁉」
 と、五人の口から一斉に声がもれた。
 気分はほとんど、現代に連れてこられた石器時代人。たかがガスの火で感動するなんて。だけど、これはただのガスの火じゃない。おれたちが栽培した植物から、おれたち自身が作ったはじめてのガスの火なんだ。その感動。どう表現したらわかってもらえるだろう?
 陽芽姉ちゃんがそろそろと火に指を近づけた。そして、叫んだ。
 「熱ッ!」
 「何やってんだよ⁉ 火に指を近づけたら熱いの、当たり前だろ」
 「いやなに。本物の火かどうかつい試してみたくなってな」
 指をくわえながらそう語る陽芽姉ちゃんだった。
 その気持ちはおれにもよくわかった。おれは近くにあった新聞紙をちぎると、固く丸め、火にかざした。火はたちまち新聞紙に燃え移り、燃やしはじめた。火はどんどん新聞紙を燃やし、新聞紙は黒い灰となって飛び散り、空気にふれて冷めて、白い灰になって畳に落ちた。炎はさらに燃え、あっという間におれの手元までやってきた。
 「アチチッ!」
 火に迫られ、おれはあわてて新聞紙を放した。炎は空中で新聞を燃やし尽くし、ともに消えた。おれはそのはかない様を眺める余裕もなく、火傷寸前の手を振っていた。陽芽姉ちゃんの冷静な声がした。
 「他人のことは言えんな」
 「うるさい!」
 「さあさあ、せっかくタダの火が手に入ったんだ。つけとくだけなんてもったいない。夕食にしようじゃないか。今夜は奮発して豚シャブだよ」
 みんなで鍋を囲んでいるとどこから聞きつけたのか近所の人たちがやってきた。みんな、バイオガスの火を見たいという。もちろん、大歓迎。コンロの上に立ちのぼる青い炎をたっぷりと見てもらった。
 「へえ、なるほど。本当に火がついてるね」
 「田んぼに生やした水草からガスができるなんて不思議なもんだねえ」
 みんな、関心しきりだ。米価が低下する一方で先の見えない苦しい経営を強いられている身。少しでも利益になりそうなことには無関心ではいられない。夢中になって眺めている。SEEDシステムへの理解と共感はまず地元では成功をおさめたらしい。おれと陽芽姉ちゃんと雪森とは互いに視線をかわしあい、うなずきあったのだった。
 一方、サッカー部のほうもいよいよ地区予選第一戦を迎えた。おれはディフェンダーとして先発出場が決まっていた。それと聞いて陽芽姉ちゃんと雪森が差し入れをもって応援にきてくれた。
 サッカー部のみんなは校内ではサッカー部ということで、校外では県下有数の進学校の生徒ということで、かなりモテる連中ばかりだ。それでも、こんなモデル級美少女とお近付きになれる機会など滅多にあるものではない。
 そんなふたりに応援にきてもらってみんな奮い立った。そのせいかどうか、おれたちは一〇年ぶりの初戦突破を見事、成し遂げた。
 その日はもうお祭り騒ぎだった。菓子やら飲み物やらを買い込み、みんなそろって部室で大騒ぎした。校内新聞にもデカデカと載り、ちょっとした英雄扱いだった。二回戦ではあっさり負けたけど、それでも大きな達成感があった。
 さて、三年生にとっては夏の大会が最後である。つまり、敗けた時点で引退が決まる。
 三年生たちが去り、おれたち二年生が中心となった。送別会の席で、
 「みんなのおかげで一〇年ぶりの初戦突破という思い出を作ることができた」
 と、挨拶され、頭をさげられたのにはちょっとジーンとしてしまった。
 新キャプテンに選ばれたのはゴールキーパーの岸本(きしもと)だった。これには正直ホッとした。SEED部の活動もこれからどんどんいそがしくなる。もし、キャプテンに選ばれていたら掛け持ちするのが大変になっていたところだ。
 もっとも、先輩たちにしてみても『他の部と掛け持ちしてるやつにキャプテンは任せられない』というのはあったろう。おれが選ばれなかったのは当然といえば当然なのだ。
 「秋の大会、そして来年の春の大会での二回戦突破を目差し、みんなでがんばろう!」
 との新キャプテン岸本の檄で送別会は終わった。
 これでサッカー部のほうは一段落ついた。夏に向けて気温があがり、生き物がどんどん育つこの季節。SEED水田の生き物たちもどんどんふえるはずであり、SEED部の活動もいよいよ本格化する時期だ。
 気温の上昇とともにSEED水田の生き物たちはさらに数をまし、丸々と太っている。餌もやっていないのに、放したときにはほんの二~三センチにすぎなかった稚魚たちがいまではもう一〇センチ以上にもなり、元気に泳いでいる。
 コイも、フナも、ドジョウも、メダカも、ザリガニも、ヌマエビも、みんな健在だ。みんな、本当によく育ってくれた。畦に立って元気に泳ぐ姿を見ていると喜びで胸がいっぱいになる。『子供の成長を見守る親の気持ち』とはきっと、こんなものなのだろう。食べてしまうのが忍びなく思えてきたほどだ。
 ホテイアオイもここにきて爆発的に勢いを見せはじめていた。とってもとってもまたふえている。『一〇〇万ドルの雑草』の名に恥じない旺盛な繁殖力を見せはじめ、うっかりするとSEED水田全体を覆ってしまいそうだ。
 花も咲きはじめていた。広々とした水田地帯のなかで水面いっぱいに紫の花が咲き乱れ、立ち並ぶ姿は本当に美しい。くるたびに息を呑むほどだ。
 ――ずっと眺めていたい。
 毎週やってきて世話をしているおれたちでさえそう思うのだ。はじめての人にとってはさぞ壮観だろう。
 バイオガスの生産も順調。我が家で使うには充分な量が確保できていた。あまった分は近所にわけた。水田の規模が小さいので売るほどまとまった量にはならないけど、近所の人たちはガス代が浮いて喜んでくれているそうだ。『お礼に』と米やら野菜やらもってきてくれるので却って恐縮だとか。
 とにかく、これでホテイアオイからバイオガスが得られることは証明できた。おまけに、ガスをとった後の滓はそのまま良質の肥料になる。SEED水田に戻せば新しいホテイアオイを育てる糧になってくれるわけで、実にありがたい。肥料代というのは意外と農家の経営を圧迫するもので、その肥料を買う必要がないというのは本当に助かるのだ。
 もっと大規模化できれば、あるいは近隣の農家全体で取り組んでいけば……さびれた水田地帯が一躍『ガス田地帯』として脚光を浴びるかも知れない。
 畔道にポットと湯呑みをいくつか乗せた盆が置いてあるのを見つけた。以前はこんなものなかったはずなのに。おふくろに尋ねると、
 「お客さん用だよ」
 とのことだった。
 「最近、ときどき人がやってきてね。眺めていくんだよ。せっかくだからお茶の一杯も飲んでいってもらおうと思ってさ。世間話なんかもするけど、米作りの話なんかするとけっこう、喜んでくれるんだよ。興味をもってる人は多いみたいだね。そうそう。夏祭りのことを話したらみんな、『ぜひきたい』って言ってたよ。がんばりな」
 そうか。HPを作成した効果が現われはじめたらしい。いい兆候だ。水面を埋め尽くすホテイアオイの美しい花の画像が流れればもっと多くの人の注目を引けるだろう。そうなればそれだけ多くの人が夏祭りにきてくれるはず。そうなれば当然、収入もふえる。となればあとはいかに魅力ある商品を並べるか、だ。商品開発担当のおれとしては俄然、燃えてくる展開だった。
 ある平日の放課後、陽芽姉ちゃんが部員に緊急収集をかけた。といっても、部員はいまだにおれと雪森のふたりだけだけど。
 陽芽姉ちゃんは部員をふやそうとあれこれ活動しているけど、やはり、『校内ナンバー1珍獣』と『白雪鬼姫』という偏見をもたれているふたりがいては誰も入りたがらないらしい。まして、陽芽姉ちゃんの場合は『偏見』ではなく『事実』であるからなお難しい。
 「SEED部員諸君! 我々の不断の努力、そして、天の恵みとに支えられて、我らがSEED水田は順調に成長している。この分なら夏祭りの頃には景観にしろ、食材にしろ、さぞや立派なものができあがっていることだろう」
 陽芽姉ちゃんの言葉におれと雪森はそろってうなずいた。
 「しかし、残念ながらHPのアクセス数が伸びていない。せいぜい、一日に十数件というところだ」
 「『人がくるようになっている』って、おふくろは言ってたけど……」
 「それは私も聞いた。だが、数人単位では意味がない。少なくとも一〇〇人単位でなければ充分な収益は望めない。充分な利益が出ないということは設備投資した資金さえ回収できないということだ。そうなればSEEDシステムは破産、誰もつづかないどころかそのまま消え果ててしまう」
 我が家の場合、家も土地も消え果ててしまうだろう。
 「できれば一〇〇〇人単位で人を集めたい。そこでだ。ここらでイベントを開こうと思う」
 「イベント?」
 「そうだ。本番前になにがしかの宣伝イベントを行ない、一気に世間の注目を集めるのだ」
 「なるほど。それはいいかもな。それで? どんなイベントを行なうんだ?」
 「それが問題だ」
 と、ハムレット――雪森から借りて読んだ。正直、高尚すぎて退屈だった――を気取ってポーズをとり、目を閉じて雰囲気たっぷりに言ってみせる。
 「何しろ、我々はみな、イベントには素人だ。成功させるためにぜひ、くわしい人間の力を借りたい。イベント慣れしている人間の当てはないか?」
 雪森はフルフルと首を横に振った。人づき合いのない雪森に人脈を求めるのは無理というものだ。陽芽姉ちゃんにそんな知り合いがいれば、こんな会議を開く前に連れてきている。となると、おれしかいない。実は心当たりがないこともないのだが……。
 「ええと、実は……」
 「何だ、弟よ。心当たりがあるのか?」
 「まあ、あると言えばあるんだけど……」
 正直、あいつはあまり関わらせたくない。
 「ならば、連れてこい。説得は私がする」
 「……いや、説得なんてするまでもなく、喜んで協力するとは思うんだけど。ただ、なんと言うか、人間的にふさわしいと言えるかどうか……」
 「何をブチブチ言っている。そんなことは部長である私が判断する。部員は黙って連れてこい」
 言われてやむなく、おれはあいつを紹介することになった。しかし、いいんだろうか。本当に……。
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