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一三章
クールミントな彼女
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いまや授業時間はおれにとって憩いの時間だった。さすがの校内ナンバー1珍獣も授業時間までは押しかけてこない。……いまのところは、だけど。
おかげでいまのおれにとって授業時間はやけに大切に感じられるようになっていた。さあ。今日も一生懸命、がんばろう。
おれはそう誓った。誓ったのだが……。
返ってきたばかりの小テストの答案を見て脂汗にまみれることになった。
……ヤバい。この点数は本当にヤバい。
しまった。油断していた。このところ、部活に時間をとられたり、陽芽姉ちゃんに振りまわされたりで、勉強時間がほとんどとれなくなっていた。
ただでさえ若竹学園はおれの頭からしたらレベルの高すぎる学校だ。その上、二年になってからいきなりレベルが跳ねあがっている。おまけに、県下有数の進学校だけあって教師陣には『懇切丁寧に教えてやろう』なんていう気はさらさらない。『やる気のないやつはさっさと辞めろ。そのほうが優秀な生徒だけになって大助かりだ』という態度。部活中心で勉強がおろそかになった生徒のことなんて気にもせず、どんどん授業を進める。かくして、おれの成績は赤点ギリギリまで下降していた。
これは本当にヤバい。
そして、マズい。
無理をして大金を出してもらっておいて『部活に没頭していたおかげで留年しちゃいました』じゃ申し開きのしようもない。せめて、言い訳できる程度の成績はおさめておかないと。どうしたら……。
おれは雪森をコッソリと見た。そして、ため息をついた。
雪森もおれと同じぐらい、いや、おれ以上にSEED部の活動に没頭しているはずなのに、それが成績に影響している様子はまったくない。相変わらず学年トップクラスの成績だし、小テストもほぼ満点。
一年のときとはちがって毎日、学校にくるようにはなったけど、だからと言って勉強しているようには見えない。授業中もボンヤリしながら窓の外など眺めていることのほうが多い。それでいてこの成績なのだからいやになる。
おまけにスポーツも完璧。体育の授業のときのこと、男子チームと女子チームにわかれて一〇分間のバスケのミニ・ゲームをすることになった。普通なら、男子チームが女子チームに負けるわけがない。ところが、うちのクラスには雪森がいる。雪森ひとりに3ポイント二本を含む八本のシュートを決められ、男子チームは粉砕された。
『サッカー部のディフェンダーなんだから』という理由でおれはそのゲームでも守りについていたけれど、一度もとめることができなかった。ことごとくドリブルで脇をぬかれ、シュートを決められまくったのだから立つ瀬がない。勉強だけじゃなく、スポーツだって練習しているわけではないはずなのに、どうしてここまでできるのか……。
――人間、できるやつはとことんできるんだよなあ。
まったく、世の理不尽を感じずにはいられない。おれは再び深いため息をついた。
その日の授業が終わった。雪森が教室を出ようとすると、その前にひとりの男が現われた。身長一八〇センチ以上はある大男で、そのくせスリム、妙にさわやかな顔立ちをした男。『好男子』と呼ばれるタイプの見本のようなやつだった。その男はやけに上気した顔で雪森に言った。
「ゆ、雪森弥生さん。僕、一年C組の加藤司と言います」
その場が一斉に騒めいた。
これはまぎれもなく告白タイム!
公衆の面前で、しかも、学園ナンバー1美少女相手に堂々と告白しようというのか? 何と男らしいやつだ。気に入らない!
「きゃあ。一年の加藤くんよ」
「『白雪鬼姫』に告白しようってか? 度胸あるなあ」
たちまちクラス中がざわめきに包まれる。好奇に満ちた視線がいっせいにふたりに集まった。
加藤は緊張を含んだ声で言った。
「一目見てあなたが好きになりました! 僕と付き合ってください」
体育会系らしく上半身ごと頭をさげる。果たして、雪森の答えやいかに?
その場にいる全員が生唾を飲み込み、その瞬間をまった。
雪森はクールな視線で加藤を見上げると、言った。
「迷惑」
雪森はその一言だけをのこして加藤の脇を通り過ぎ、教室を出て行った。加藤はというと……すっかり、氷の彫像と化していた。表情は固まり、ひび割れている。
これだけ見栄えのいい男だ。フラれるなんて、少なくとも、こんなひどいフラれ方をするなんて想像もしていなかったのだろう。さぞかしショックにちがいない。茫然自失のその姿にはさすがにちょっと気の毒にもなってくる。
「なにあれ? ひど~い」
「告白してきた男をことごとく再起不能にしたって、本当だったんだなあ」
「ちょっときれいだからって図に乗ってるのよ。許せないわ!」
「あんまりよねえ。あれじゃ加藤くん、かわいそう」
クラスの女子がたちまちひび割れた氷像と化した加藤のまわりに集まり、慰めはじめる。
おれはあわてて雪森を追いかけた。
「おい、まて。雪森」
「なに?」
「いくらなんでもあれはないだろ。ひどすぎるぞ」
「じゃあ、どう言えばいいの?」
「どうって……」
「どうせ、そんな気はないんだもの。未練をもたれるより『冷たい女』とか思って次にいってくれたほうがいいわ」
その答えにおれは意外な気がした。どうやら、あのひどすぎる態度は雪森なりに気を使った結果だったらしい。
――ひょっとしてこいつ、クールなんじゃなくて、他人との付き合い方を知らないだけなのか?
そう言えば一年の頃からいつもひとりだったし、いまだって付き合いといえば陽芽姉ちゃんとおれぐらい。おれはともかく、陽芽姉ちゃんではいくら付き合っても対人スキル向上の役にはたたないし……。
クールで辛口で、でも、清涼感のあるクールミントのような……。
おれはちょっと考え込んだ。あることを思いついた。
「そうだ。なあ、雪森。頼みがあるんだけど……」
「なに?」
「勉強、教えてくれないか? 何しろ二年になってからついていくの大変でさ」
「いいけど……どこで?」
「ええと、そうだな……」
おれは手ごろな場所を思い出そうとした。すると、先に雪森が言った。
「じゃあ、あなたのアパートで」
「おれのアパート⁉ いや、それはマズいだろ。ひとり暮らしの男の部屋にくるっていうのは……」
「『お姉ちゃん』がいるでしょ」
そうだった。あの珍獣姉ちゃんがいるならおかしな雰囲気になるはずもない。おれは安心した。
「じゃあ、そういうことで頼むよ」
おれは気楽を装って言ったのだった。あとに待ち構えている運命も知らないままに。
おかげでいまのおれにとって授業時間はやけに大切に感じられるようになっていた。さあ。今日も一生懸命、がんばろう。
おれはそう誓った。誓ったのだが……。
返ってきたばかりの小テストの答案を見て脂汗にまみれることになった。
……ヤバい。この点数は本当にヤバい。
しまった。油断していた。このところ、部活に時間をとられたり、陽芽姉ちゃんに振りまわされたりで、勉強時間がほとんどとれなくなっていた。
ただでさえ若竹学園はおれの頭からしたらレベルの高すぎる学校だ。その上、二年になってからいきなりレベルが跳ねあがっている。おまけに、県下有数の進学校だけあって教師陣には『懇切丁寧に教えてやろう』なんていう気はさらさらない。『やる気のないやつはさっさと辞めろ。そのほうが優秀な生徒だけになって大助かりだ』という態度。部活中心で勉強がおろそかになった生徒のことなんて気にもせず、どんどん授業を進める。かくして、おれの成績は赤点ギリギリまで下降していた。
これは本当にヤバい。
そして、マズい。
無理をして大金を出してもらっておいて『部活に没頭していたおかげで留年しちゃいました』じゃ申し開きのしようもない。せめて、言い訳できる程度の成績はおさめておかないと。どうしたら……。
おれは雪森をコッソリと見た。そして、ため息をついた。
雪森もおれと同じぐらい、いや、おれ以上にSEED部の活動に没頭しているはずなのに、それが成績に影響している様子はまったくない。相変わらず学年トップクラスの成績だし、小テストもほぼ満点。
一年のときとはちがって毎日、学校にくるようにはなったけど、だからと言って勉強しているようには見えない。授業中もボンヤリしながら窓の外など眺めていることのほうが多い。それでいてこの成績なのだからいやになる。
おまけにスポーツも完璧。体育の授業のときのこと、男子チームと女子チームにわかれて一〇分間のバスケのミニ・ゲームをすることになった。普通なら、男子チームが女子チームに負けるわけがない。ところが、うちのクラスには雪森がいる。雪森ひとりに3ポイント二本を含む八本のシュートを決められ、男子チームは粉砕された。
『サッカー部のディフェンダーなんだから』という理由でおれはそのゲームでも守りについていたけれど、一度もとめることができなかった。ことごとくドリブルで脇をぬかれ、シュートを決められまくったのだから立つ瀬がない。勉強だけじゃなく、スポーツだって練習しているわけではないはずなのに、どうしてここまでできるのか……。
――人間、できるやつはとことんできるんだよなあ。
まったく、世の理不尽を感じずにはいられない。おれは再び深いため息をついた。
その日の授業が終わった。雪森が教室を出ようとすると、その前にひとりの男が現われた。身長一八〇センチ以上はある大男で、そのくせスリム、妙にさわやかな顔立ちをした男。『好男子』と呼ばれるタイプの見本のようなやつだった。その男はやけに上気した顔で雪森に言った。
「ゆ、雪森弥生さん。僕、一年C組の加藤司と言います」
その場が一斉に騒めいた。
これはまぎれもなく告白タイム!
公衆の面前で、しかも、学園ナンバー1美少女相手に堂々と告白しようというのか? 何と男らしいやつだ。気に入らない!
「きゃあ。一年の加藤くんよ」
「『白雪鬼姫』に告白しようってか? 度胸あるなあ」
たちまちクラス中がざわめきに包まれる。好奇に満ちた視線がいっせいにふたりに集まった。
加藤は緊張を含んだ声で言った。
「一目見てあなたが好きになりました! 僕と付き合ってください」
体育会系らしく上半身ごと頭をさげる。果たして、雪森の答えやいかに?
その場にいる全員が生唾を飲み込み、その瞬間をまった。
雪森はクールな視線で加藤を見上げると、言った。
「迷惑」
雪森はその一言だけをのこして加藤の脇を通り過ぎ、教室を出て行った。加藤はというと……すっかり、氷の彫像と化していた。表情は固まり、ひび割れている。
これだけ見栄えのいい男だ。フラれるなんて、少なくとも、こんなひどいフラれ方をするなんて想像もしていなかったのだろう。さぞかしショックにちがいない。茫然自失のその姿にはさすがにちょっと気の毒にもなってくる。
「なにあれ? ひど~い」
「告白してきた男をことごとく再起不能にしたって、本当だったんだなあ」
「ちょっときれいだからって図に乗ってるのよ。許せないわ!」
「あんまりよねえ。あれじゃ加藤くん、かわいそう」
クラスの女子がたちまちひび割れた氷像と化した加藤のまわりに集まり、慰めはじめる。
おれはあわてて雪森を追いかけた。
「おい、まて。雪森」
「なに?」
「いくらなんでもあれはないだろ。ひどすぎるぞ」
「じゃあ、どう言えばいいの?」
「どうって……」
「どうせ、そんな気はないんだもの。未練をもたれるより『冷たい女』とか思って次にいってくれたほうがいいわ」
その答えにおれは意外な気がした。どうやら、あのひどすぎる態度は雪森なりに気を使った結果だったらしい。
――ひょっとしてこいつ、クールなんじゃなくて、他人との付き合い方を知らないだけなのか?
そう言えば一年の頃からいつもひとりだったし、いまだって付き合いといえば陽芽姉ちゃんとおれぐらい。おれはともかく、陽芽姉ちゃんではいくら付き合っても対人スキル向上の役にはたたないし……。
クールで辛口で、でも、清涼感のあるクールミントのような……。
おれはちょっと考え込んだ。あることを思いついた。
「そうだ。なあ、雪森。頼みがあるんだけど……」
「なに?」
「勉強、教えてくれないか? 何しろ二年になってからついていくの大変でさ」
「いいけど……どこで?」
「ええと、そうだな……」
おれは手ごろな場所を思い出そうとした。すると、先に雪森が言った。
「じゃあ、あなたのアパートで」
「おれのアパート⁉ いや、それはマズいだろ。ひとり暮らしの男の部屋にくるっていうのは……」
「『お姉ちゃん』がいるでしょ」
そうだった。あの珍獣姉ちゃんがいるならおかしな雰囲気になるはずもない。おれは安心した。
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