おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

文字の大きさ
上 下
12 / 34
一二章

姉弟なんてろくなものじゃない

しおりを挟む
 「起きろ。もう、朝だぞ」
 「ふに~」
 頭までスッポリと布団にくるまった物体が奇妙な音を立てながらモゾモゾと動く。おれは布団ごとその物体をゆすりながら声をかける。
 「『ふに~』じゃないだろ。ほら、起きろって」
 「ふみ~、あと五分……」
 「さっきも言ったろ。もう朝飯の準備もできてるんだ。布団しいたままじゃテーブルも出せないだろ」
 「なに? 食事⁉」
 俄然、声がシャッキリとしたものになり、噴火のような勢いで布団がめくれあがった。
 「それを早く言え。私は寝起きがいいんだ。今朝のメニューは何だ?」
 「ご飯に味噌汁、焼き魚に生卵……って、だから、下着姿でうろつくなって言ってるだろ!」
 布団のなかから現われたのは上下二枚の下着を着けただけの森崎陽芽。白い清楚系下着に包まれた体のデコボコは非常にハッキリしていてハリウッド基準のグラマーさがよくわかる。
 「いつまでそんなことを気にしている、弟よ? 私とお前の仲ではないか」
 「さっさと服着て、顔洗ってこい!」
 おれはもうすっかり、この情況に慣らされてしまっていた。いつの間にやら服やら、食器やら、歯ブラシまで持ち込んで、すっかり同居状態。いや、態度のデカさから言えば『占領された』というのが正しい。六畳一間のアパートのうち、八割ぐらいは占拠され、おれは部屋の片隅にポツンととり残されている、というありさまだ。
 「ほら、陽芽姉ちゃん。自分で使った布団ぐらい、自分で片付けろよ」
 近所の手前、やむなく『陽芽姉ちゃん』と呼んでいたら、いつの間にかそのほうが呼びやすくなっていた。学校でもそう呼びそうになってしまい、あわてて『森崎先輩』と言い換えたことが何度もある。……まったく、校内ナンバー1珍獣の影響力は恐ろしい。
 「そういうことはお前の役目だ。愛する姉に尽くす機会を与えてやっているのだから感謝するように」
 図々しくそう言ってキッチンで顔を洗いはじめる。おれはブチブチ言いながら布団を片付け、テーブルを出し、朝食を並べた。
 陽芽姉ちゃんはおれの向かい側に――やはり、あぐらで――座って、旺盛な食欲を発揮しはじめた。その表情がいかにも『食べるの大好き!』と言った印象で、そのままCMに使えそうなぐらいだ。
 『うちの米の宣伝やってくれたら、売りあげも伸びるんじゃないかねえ』
 と、おふくろもしみじみと言ったほどだ。
 「おかわり!」
 「はいはい」
 おれはご飯をよそって茶碗を渡す。陽芽姉ちゃんはうれしそうに食べはじめる。
 ひとつだけ年上の『生徒会長ふう美人』のお姉さんとひとつ屋根の下。しかも、半裸でうろつくわ、下着の洗濯はさせるわ……これが金子なら、体を巨大化させる勢いでオーラを吹き出し、
 『萌えっ~!』
 とか、叫ぶにちがいない。
 だが、実際にやらされてみるとそんないいものではない。第一、ここまであっけらかんとされては、とても『女』として意識などできない。何だか本当に姉弟のようになってしまっている。おかげて親の前でも『陽芽姉ちゃん』だ。しかし、うちの親もなぜか違和感を感じていないらしい。
 朝食を終えておれは食器を台所に運びはじめた。もちろん、陽芽姉ちゃんの分も。
 「ほら、早く行けよ。おれはこれ片付けてから行くから」
 「つれないな、弟よ。なぜ、毎朝、私を先に追い出すのだ?」
 「なに言ってんだよ。同じ時間に登校してたらどんな噂をされるか……」
 「私は気にしないぞ」
 「おれは気になるんだよ」
 「冷たいのだな、お前は」
 陽芽姉ちゃんがそっとおれによった。白くてほっそりしたやわらかい両手でおれの手をつかむ。メガネの奥の瞳をウルウルさせてジッと見つめる。
 「私の気持ちをわかってはくれないのか? ずっと、ひとりきりでさびしい思いをしていたのだぞ? やっと、『家族』と呼べる存在ができたのにつれなくされるなど……私がどんなに悲しんでいると思う?」
 「……陽芽姉ちゃん」
 おれは静かに言った。
 「いつまでそんな手が通用すると思ってんだ?」
 そう答えるおれのこめかみに血管が浮きあがる。まったく、同居生活を強要されて以来、何度この手でからかわれたことか!
 陽芽姉ちゃんはといえば、たちまちケロリとなった。いつの間にやら手にしていた目薬を放り投げながら感心したように言う。
 「おとなになったのだな、弟よ。鍛えてきた甲斐があったというものだ。姉はうれしいぞ」
 「いいからさっさと行け!」
 おれは陽芽姉ちゃんを追い出して深いふかいため息をついたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

SING!!

雪白楽
青春
キミの音を奏でるために、私は生まれてきたんだ―― 指先から零れるメロディーが、かけがえのない出会いを紡ぐ。 さあ、もう一度……音楽を、はじめよう。 第12回ドリーム小説大賞 奨励賞 受賞作品

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

深海の星空

柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」  ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。  少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。 やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。 世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...