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一二章
姉弟なんてろくなものじゃない
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「起きろ。もう、朝だぞ」
「ふに~」
頭までスッポリと布団にくるまった物体が奇妙な音を立てながらモゾモゾと動く。おれは布団ごとその物体をゆすりながら声をかける。
「『ふに~』じゃないだろ。ほら、起きろって」
「ふみ~、あと五分……」
「さっきも言ったろ。もう朝飯の準備もできてるんだ。布団しいたままじゃテーブルも出せないだろ」
「なに? 食事⁉」
俄然、声がシャッキリとしたものになり、噴火のような勢いで布団がめくれあがった。
「それを早く言え。私は寝起きがいいんだ。今朝のメニューは何だ?」
「ご飯に味噌汁、焼き魚に生卵……って、だから、下着姿でうろつくなって言ってるだろ!」
布団のなかから現われたのは上下二枚の下着を着けただけの森崎陽芽。白い清楚系下着に包まれた体のデコボコは非常にハッキリしていてハリウッド基準のグラマーさがよくわかる。
「いつまでそんなことを気にしている、弟よ? 私とお前の仲ではないか」
「さっさと服着て、顔洗ってこい!」
おれはもうすっかり、この情況に慣らされてしまっていた。いつの間にやら服やら、食器やら、歯ブラシまで持ち込んで、すっかり同居状態。いや、態度のデカさから言えば『占領された』というのが正しい。六畳一間のアパートのうち、八割ぐらいは占拠され、おれは部屋の片隅にポツンととり残されている、というありさまだ。
「ほら、陽芽姉ちゃん。自分で使った布団ぐらい、自分で片付けろよ」
近所の手前、やむなく『陽芽姉ちゃん』と呼んでいたら、いつの間にかそのほうが呼びやすくなっていた。学校でもそう呼びそうになってしまい、あわてて『森崎先輩』と言い換えたことが何度もある。……まったく、校内ナンバー1珍獣の影響力は恐ろしい。
「そういうことはお前の役目だ。愛する姉に尽くす機会を与えてやっているのだから感謝するように」
図々しくそう言ってキッチンで顔を洗いはじめる。おれはブチブチ言いながら布団を片付け、テーブルを出し、朝食を並べた。
陽芽姉ちゃんはおれの向かい側に――やはり、あぐらで――座って、旺盛な食欲を発揮しはじめた。その表情がいかにも『食べるの大好き!』と言った印象で、そのままCMに使えそうなぐらいだ。
『うちの米の宣伝やってくれたら、売りあげも伸びるんじゃないかねえ』
と、おふくろもしみじみと言ったほどだ。
「おかわり!」
「はいはい」
おれはご飯をよそって茶碗を渡す。陽芽姉ちゃんはうれしそうに食べはじめる。
ひとつだけ年上の『生徒会長ふう美人』のお姉さんとひとつ屋根の下。しかも、半裸でうろつくわ、下着の洗濯はさせるわ……これが金子なら、体を巨大化させる勢いでオーラを吹き出し、
『萌えっ~!』
とか、叫ぶにちがいない。
だが、実際にやらされてみるとそんないいものではない。第一、ここまであっけらかんとされては、とても『女』として意識などできない。何だか本当に姉弟のようになってしまっている。おかげて親の前でも『陽芽姉ちゃん』だ。しかし、うちの親もなぜか違和感を感じていないらしい。
朝食を終えておれは食器を台所に運びはじめた。もちろん、陽芽姉ちゃんの分も。
「ほら、早く行けよ。おれはこれ片付けてから行くから」
「つれないな、弟よ。なぜ、毎朝、私を先に追い出すのだ?」
「なに言ってんだよ。同じ時間に登校してたらどんな噂をされるか……」
「私は気にしないぞ」
「おれは気になるんだよ」
「冷たいのだな、お前は」
陽芽姉ちゃんがそっとおれによった。白くてほっそりしたやわらかい両手でおれの手をつかむ。メガネの奥の瞳をウルウルさせてジッと見つめる。
「私の気持ちをわかってはくれないのか? ずっと、ひとりきりでさびしい思いをしていたのだぞ? やっと、『家族』と呼べる存在ができたのにつれなくされるなど……私がどんなに悲しんでいると思う?」
「……陽芽姉ちゃん」
おれは静かに言った。
「いつまでそんな手が通用すると思ってんだ?」
そう答えるおれのこめかみに血管が浮きあがる。まったく、同居生活を強要されて以来、何度この手でからかわれたことか!
陽芽姉ちゃんはといえば、たちまちケロリとなった。いつの間にやら手にしていた目薬を放り投げながら感心したように言う。
「おとなになったのだな、弟よ。鍛えてきた甲斐があったというものだ。姉はうれしいぞ」
「いいからさっさと行け!」
おれは陽芽姉ちゃんを追い出して深いふかいため息をついたのだった。
「ふに~」
頭までスッポリと布団にくるまった物体が奇妙な音を立てながらモゾモゾと動く。おれは布団ごとその物体をゆすりながら声をかける。
「『ふに~』じゃないだろ。ほら、起きろって」
「ふみ~、あと五分……」
「さっきも言ったろ。もう朝飯の準備もできてるんだ。布団しいたままじゃテーブルも出せないだろ」
「なに? 食事⁉」
俄然、声がシャッキリとしたものになり、噴火のような勢いで布団がめくれあがった。
「それを早く言え。私は寝起きがいいんだ。今朝のメニューは何だ?」
「ご飯に味噌汁、焼き魚に生卵……って、だから、下着姿でうろつくなって言ってるだろ!」
布団のなかから現われたのは上下二枚の下着を着けただけの森崎陽芽。白い清楚系下着に包まれた体のデコボコは非常にハッキリしていてハリウッド基準のグラマーさがよくわかる。
「いつまでそんなことを気にしている、弟よ? 私とお前の仲ではないか」
「さっさと服着て、顔洗ってこい!」
おれはもうすっかり、この情況に慣らされてしまっていた。いつの間にやら服やら、食器やら、歯ブラシまで持ち込んで、すっかり同居状態。いや、態度のデカさから言えば『占領された』というのが正しい。六畳一間のアパートのうち、八割ぐらいは占拠され、おれは部屋の片隅にポツンととり残されている、というありさまだ。
「ほら、陽芽姉ちゃん。自分で使った布団ぐらい、自分で片付けろよ」
近所の手前、やむなく『陽芽姉ちゃん』と呼んでいたら、いつの間にかそのほうが呼びやすくなっていた。学校でもそう呼びそうになってしまい、あわてて『森崎先輩』と言い換えたことが何度もある。……まったく、校内ナンバー1珍獣の影響力は恐ろしい。
「そういうことはお前の役目だ。愛する姉に尽くす機会を与えてやっているのだから感謝するように」
図々しくそう言ってキッチンで顔を洗いはじめる。おれはブチブチ言いながら布団を片付け、テーブルを出し、朝食を並べた。
陽芽姉ちゃんはおれの向かい側に――やはり、あぐらで――座って、旺盛な食欲を発揮しはじめた。その表情がいかにも『食べるの大好き!』と言った印象で、そのままCMに使えそうなぐらいだ。
『うちの米の宣伝やってくれたら、売りあげも伸びるんじゃないかねえ』
と、おふくろもしみじみと言ったほどだ。
「おかわり!」
「はいはい」
おれはご飯をよそって茶碗を渡す。陽芽姉ちゃんはうれしそうに食べはじめる。
ひとつだけ年上の『生徒会長ふう美人』のお姉さんとひとつ屋根の下。しかも、半裸でうろつくわ、下着の洗濯はさせるわ……これが金子なら、体を巨大化させる勢いでオーラを吹き出し、
『萌えっ~!』
とか、叫ぶにちがいない。
だが、実際にやらされてみるとそんないいものではない。第一、ここまであっけらかんとされては、とても『女』として意識などできない。何だか本当に姉弟のようになってしまっている。おかげて親の前でも『陽芽姉ちゃん』だ。しかし、うちの親もなぜか違和感を感じていないらしい。
朝食を終えておれは食器を台所に運びはじめた。もちろん、陽芽姉ちゃんの分も。
「ほら、早く行けよ。おれはこれ片付けてから行くから」
「つれないな、弟よ。なぜ、毎朝、私を先に追い出すのだ?」
「なに言ってんだよ。同じ時間に登校してたらどんな噂をされるか……」
「私は気にしないぞ」
「おれは気になるんだよ」
「冷たいのだな、お前は」
陽芽姉ちゃんがそっとおれによった。白くてほっそりしたやわらかい両手でおれの手をつかむ。メガネの奥の瞳をウルウルさせてジッと見つめる。
「私の気持ちをわかってはくれないのか? ずっと、ひとりきりでさびしい思いをしていたのだぞ? やっと、『家族』と呼べる存在ができたのにつれなくされるなど……私がどんなに悲しんでいると思う?」
「……陽芽姉ちゃん」
おれは静かに言った。
「いつまでそんな手が通用すると思ってんだ?」
そう答えるおれのこめかみに血管が浮きあがる。まったく、同居生活を強要されて以来、何度この手でからかわれたことか!
陽芽姉ちゃんはといえば、たちまちケロリとなった。いつの間にやら手にしていた目薬を放り投げながら感心したように言う。
「おとなになったのだな、弟よ。鍛えてきた甲斐があったというものだ。姉はうれしいぞ」
「いいからさっさと行け!」
おれは陽芽姉ちゃんを追い出して深いふかいため息をついたのだった。
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