おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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一一章

どうしよう⁉ 彼女ではなく姉ちゃんができてしまった

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 ……そんなこんなで試練を乗り越え、ようやく週末がやってきた。寝不足でバテ気味のおれ、なぜか元気いっぱいの森崎先輩、いつもどおりのクールな雪森の三人で田舎道をテクテク歩いていく。
 「何だ、少年。もうバテているのか? 若いのにだらしないぞ、元気を出せ」
 と、森崎先輩は力任せにおれの背中をたたく。
 「誰のせいだっ!」
 などとは言っても無駄なので言わないことにした。
 ――おれもおとなになった。
 つくづくとそう思う。
 家につくと太陽電池とバイオガス・プラントがすでに届いていた。この手回しのよさはさすが『校内ナンバー1珍獣』だ。
 土日の二日がかりでそれを組みたて、使えるようにした。太陽電池はシースルー型で透過率は五〇パーセント。つまり、全体の半分には太陽電池がついておらず、単なる透明なガラス、というわけだ。
 しかし、こうしてみると透過率五〇パーセントというのはかなり大きい。光も充分、入るし、向こう側もけっこう透けて見える。ちょっとはなれて見るとガラス戸かと思うぐらいだ。これならホテイアオイも日照不足で枯れてしまう、ということはないだろう。
 「とりあえず、透過率は五〇パーセントにしたけど……」と、雪森。
 「それで、充分な光量かどうかはわからない。それに、透過率を高くしすぎれば発電量が減る。そのあたりの兼ね合いはこれから調べて最適な数値を出さないと……」
 「すべてはこれから、か」
 おれの言葉に雪森はコクン、と、うなずいた。かわることのないクールビューティーな横顔に決意めいた表情が浮いていた。『かわらない』と言ったけど、それは『大きくはかわらない』ということで、よく見れば小さい変化はけっこう起きている。ここ最近の付き合いでおれはそのかすかな変化に気づけるようになっていた。
 ――こう見えて、意外と表情豊かなんだよな。
 思わずそのきれいすぎる横顔をジッと見つめたりして……。
 「少年!」
 「わあっ⁉」
 神出鬼没の森崎先輩がいきなり後ろからおれの首を締めあげた。
 「何をのんきに青春している! 作業はまだまだあるのだぞ」
 「せ、青春なんてしてませんよ……!」
 「ほほ~う?」
 と、森崎先輩のメガネがアヤしく光る。
 「あんなにマジマジと弥生の横顔を見つめていてか?」
 「横顔?」
 雪森がキョトンとした表情で聞き返す。
 「わああっ!」
 と、おれは叫んだ。両腕を振りまわして傍若無人な上に口の軽い先輩を引きはがした。
 「さ、さあ、早く次の作業にかかりましょう! まだまだあるんでしょう⁉」
 「最初からそうしていればいいのだ。青春するのは暇なときにやるがよい」
 「だから、青春なんかしてませんって!」
 おれは思わず怒鳴る。雪森が『何のことかわからない』といった様子でいたのが救いだった。
 取りつけてすぐに発電できるのが太陽電池のいいところ。試しに電球をつないでみると、たちまちピカアッと光りはじめた。
 「おおっ!」
 と、おれたちはそろって声をあげた。ほとんど電灯をはじめて見た原始人の反応だった。
 太陽電池は日光を受けて発電する。その発電量は当然、日照によって変化する。晴れているときは電球も煌々と照っているし、雲がかかって日光が遮られると電球の光も弱々しくなる。雲が動いて太陽が顔を出すと、再び強い輝きを取り戻す。何だか、自然の動きそのものを光にかえて見ているようで結構、楽しかった。理科の実験をしている気分だ。ただ、いちいち光量が変化しては不便すぎるので、いったん蓄電池に貯めて、安定させてから使うことになる。
 「本来、SEEDシステムでは燃料電池を使う予定なのだが……」と、森崎先輩。
 「そのためにはまず水素ガスを作って、それを貯めて……という手順が必要になるからな。設備も必要なら、技術者もいる。現状ではそこまで手配はできん。当面は蓄電池ですまさざるをえん」
 「燃料電池の導入は夏祭りを成功させてからってことですか」
 「そういうことだな」
 「なら、何がなんでも成功させましょう」
 「その意気だ。頼もしいぞ、少年よ」
 その日の作業を終え、おれたちは帰途についた。おれはおれのアパートに、雪森ももちろん、自分のアパートに。なぜか、森崎先輩だけはおれと一緒に歩いている。
 「……森崎先輩」
 「何だ?」
 「……何でおれについてくるんです?」
 「つれないことを言うな。私はお前の姉ではないか」
 「誰が姉だっ⁉」
 叫んだおれに聞き慣れた声が届いた。
 「あら、耕ちゃん」
 げっ。一ノ瀬さん。
 「あら、お姉さんも一緒。姉弟、仲がよくて結構ねえ」
 「こんにちは、奥さま」
 と、森崎先輩。いつもの二重人格振りを発揮して、礼儀正しくニッコリ微笑み挨拶する。
 「あらあら、まあまあ。『奥さま』なんてそんな上品なものじゃないわよ、『おばちゃん』で充分よ。それより、うちは今夜お鍋なら。あなたたちも一緒にどう?」
 「あっ、いや……」
 おれはあわてて断ろうとした。森崎先輩に『喜んで』などと言われてはたまらない。だけど、おしゃべり大好きのおばちゃんはおれに断る暇を与えてくれなかった。
 「遠慮することないわよ。お鍋は大勢で囲んだほうがおいしいもの。それにね、ここだけの話、お鍋の野菜の半分ぐらいは耕ちゃんからもらったものなのよ。亭主には内緒だけどね。『うまい野菜、売ってるとこ見つけたなあ』なんて感心してるから。おばちゃんとしたらもう『女房のありがたみ、思い知ったか』てなもんよ。そのお礼なんだからほんと、気にしなくていいのよ。それにうちの娘、耕ちゃんのことずいぶん気に入ってるし。こんなきれいなお姉さんがいるならきっと会いたがると思うわ。ねっ、ぜひ、いらっしゃいな」
 一瞬のよどみもなくあふれ出る言葉の洪水におれは催眠術にでもかかったようにポオッとなってしまった。その隙をついて森崎先輩が禁断の一言を口にした。
 「喜んでお邪魔させていただきます」
 「もっ……!」
 ――りさき先輩⁉
 と、叫びそうになった口をあわててふさぐ。
 ここで森崎先輩の正体がバレたらどうなる? わざと関係を隠していたことになる。そうなってから『ただの学校の先輩』なんて言ったところで通用するはずがない。噂がうわさを呼んで、尾鰭に胸鰭もつきまくって……もうこの町にはいられない!
 冗談ではない。それは困る。と言って、このまま黙っているわけにもいかないし……ええい、しかたがない!
 「陽芽姉ちゃん!」
 清水の舞台から飛び降りる覚悟でおれは叫んだ。
 「何だ? 弟よ」
 と、こちらは『当然』と言わんばかりの態度で森崎先輩が答えた。
 「そんなの迷惑だろ。よその夕食に押しかけるなんて」
 「あらやだ。うちと耕ちゃんの仲じゃない。よそなんて水くさいこと言わないでよ。お米やらお野菜やらもらってるし、娘の面倒まで見てもらってるんだもの。もう家族も同じよ。遠慮せずにいらっしゃいな」
 「こう言ってくださっているのだ。重ねてお断わりしたらそれこそ失礼というものだぞ」
 「けど……!」
 「いいから、いいから。ほら、いらっしゃい」
 一ノ瀬さんはおれの腕をむんずとつかみ、引きずりはじめた。力には自信があるけど天下無敵のオバサンパワーにかなわない。おれは結局、一ノ瀬宅へと連れていかれた。
 ……夕食をご馳走になり、アパートに帰ってきた。当然とばかりについてくる森崎先輩と一緒に。バレるわけにはいかないので『姉弟』で通さなければならなかった。おかげで一ノ瀬さんの家にいる間中ずっと『陽芽姉ちゃん』だ。
 ……疲れた!
 「どうした、弟? そんなに疲れた顔をして」
 「誰のせいだ⁉」
 「何だ? ひょっとして怒っているのか?」
 「当たり前だろ! 勝手に人の姉振りやがって」
 「何が勝手だ。『陽芽姉ちゃん』と呼んだのはお前ではないか」
 「あれは……!」
 「ともかく、人前でそう呼んでしまった以上、もう後戻りはできんぞ。あきらめて私の弟になれ。なに、これでも付き合ってみればいい姉だ。というわけで、まずはこの姉のために夕食を作れ」
 「一ノ瀬さんの所であれだけ食ったばっかだろ⁉」
 「お前の手料理が食べたいと言っているのではないか。感激して丹精込めて作るがよいぞ、少年。いや、弟よ」
 ――うう。完全に弟にされてしまった。おれの人生、どうなるんだあっ⁉
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