おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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七章

おれたちの戦いの始まりだ

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 「今日はもう遅いし、ふたりとも、うちに泊まってくれ」
 親父との会談を終えたあと、おれは森崎先輩と雪森に向かってそう言った。
 「こうなった以上、少しでも早く行動したい。具体的な計画をつめましょう」
 「おおっ。やる気だな、少年」
 森崎先輩は両手を腰に当てて嬉しそうだ。メガネの奥の目がキラキラと輝いている。
 「もちろんですよ」
 もはやおれに退路はない。起死回生のゴールを決めるか、それともこのまま惨めに衰弱死するか。そのどちらかだ。だったら絶対、逆転のスーパーシュートを決めてやる!
 その思いが体中にたぎっていてとてものんびりなどしていられない。親父もさっそくあちこちに電話したりしているし、おふくろもどこかに出掛けては帰ってきて、また出掛けていく。金策の当てが本当にあるのかどうかは知らないけど、親父もおふくろも腕一本で生きてきたいいおとなだ。見込みもないのに安請け合いはしないだろう。とにかく、ふたりがすでに行動に出ているのにおれが立ちどまってはいられない。このまま一気に突っ走るだけだ。
 「その意気やよし! では、さっそく会議をはじめよう。弥生もそれでいいな?」
 「ええ」
 去年までおれの使っていた部屋で作戦会議とあいなった。家具の類はすべてアパートのほうに運んだので部屋のなかはガランとしている。
 殺風景な部屋のなかに座布団だけを敷いて輪になって座った。おれたちの前にはお茶ひとつない。お茶など飲んでいる暇があったら会議を進めるべきだ。三人ともそう思っていたからだ。わざわざ口には出さなかったけど、言わなくても同じ思いであることはハッキリとわかっていた。
 部長らしく森崎先輩が会議の第一声を放った。
 「最初に確認しておこう。SEEDシステムの目的は『世界中の貧農に充分な希望と収入を与える』その一点にある。
 そのために農地を徹底的に活用する。単に食料の生産地と言うにはとどまらず、テーマパーク化することで客を呼び、レジャー収入を得る。その収入をもって太陽電池その他を購入し、自然エネルギーでの生活を実現させる。
 もちろん、レジャー施設を建てることでレジャー代が施設の維持費に消えてしまうようでは意味がない。人工的なレジャー施設を建てるのではなく、農地に『すでにある』ものを利用したレジャーを確立することが絶対条件だ」
 「農地にあるものと言うと……」
 おれは指折り折って数えた。
 「自然、食べ物、田畑の生き物……」
 「きれいな水や空気。星の見える夜空も」と、雪森。
 「都会で失われた人と人の絆も忘れてはならん」と、森崎先輩。
 「でも、他の農家が協力してくれるかな? 大々的にやるとなると、うちだけでは無理だ。他の農家にも協力してもらわないと……」
 「いまの段階ではとても無理でしょうね」
 雪森の指摘に森崎先輩もうなずいた。
 「当然だな。少年のご両親が協力してくださっただけでも奇跡に近い幸運なのだ。これ以上の協力を得るためには実績を見せる必要がある。『こうすればいまよりもっと幸せになれる』という実例を見せなくてはならん」
 「とにかく実績か」
 「そういうことだ、少年よ。いくら言葉を飾っても実績がなければ人は動かん。そのために実際に食料とエネルギーを同時生産し、さらにイベントを開いて客を呼ぶ。それが充分な収入をもたらすとなれば他の人たちも興味をもってくれるだろう。そうなってこそ世界をかえる第一歩を踏み出せるというものだ」
 森崎先輩はやる気満々で断言する。
 この熱意は本当にすごいと思う。この人の気合に比べたらその辺の政治家などことなかれ主義の年寄りにすぎないだろう。やる気だけなら森崎先輩は人類史上最高の政治家だ。
 「と、言うわけでだ」
 森崎先輩が改めて言った。
 「我らSEED部の第一回活動として、この夏にイベントを開くこととする」
 「イベントの内容は?」と、雪森。
 「SEED水田の景観を利用した夏祭りだ」
 「イベントの日時は?」と、おれ。
 「八月一五日から二〇日までの五日間」
 「そう決めた理由は?」と、また雪森。
 「口から出ただけだ」
 何とも森崎先輩らしい答えだ。おれも雪森も何度もうなずいた。いまはとにかくこの勢いのよさが頼もしい。
 「というわけで、まずはSEED水田を作りあげなくてはならん。それがなければはじまらんからな」
 「太陽光発電とバイオガスの生産はすでに技術的に成熟している。設備を設置してしまえば確実に生産できる」と、雪森。
 「となると、問題にすべきは食料と景観だな。少年。田んぼにはもともとどんな生物がいるものなのだ?」
 「いまはほとんどいませんけどね。死んだじいさんが若い頃にはコイ、フナ、メダカ、ドジョウにナマズ、ヌマエビ、ザリガニ……何でもいたそうですよ」
 「それらは食用になるのか?」
 「ええ。じいさんが子供の頃はコイやらフナやらをとっては、ブツ切りにして味噌汁にしたりして食ってたそうですよ」
 「でも……」
 雪森が小首をかしげた。
 「いまの人たちが食べたがる? コイやフナなんてわたしは食べたことない。ほとんどの人がそうだと思う」
 お店で売っているのも見たことないし。
 雪森はそう付け加えた。
 「言われてみれば私もないな。これは大きな問題だぞ。いくら魚を育てても人が食べたがらなければ食料を生産したことにはならない……」
 さしもの森崎先輩も考え込んだ。
 おれは胸を張った。ここは田んぼ育ちのおれの出番だ。
 「大丈夫。それは任せてくれ。じいさんが川魚の料理が好きだったんで、小さい頃からよく水路で魚をとっては料理していたんだ。昔ながらの郷土食の作り方も教わったし、イベント会場で売れるだけの料理は作ってみせる」
 「では、それは少年に任せよう。これで食料の問題もクリア。残るは景観だが……」
 「ホテイアオイがきちんとふえて花をつければ、それだけで充分な景観ができあがるはず。そのためにホテイアオイを選んだのだから」
 「おれもそう思います。本で見たホテイアオイの花はすごいきれいでしたからね。群生すればさぞ見事でしょう」
 ニヤリ、と森崎先輩が笑った。
 「ほう、少年。お前、本など見たのか?」
 「え、ええ、まあ……」
 「はっはっはっ。やはり、最初から挑戦したかったのではないか。まったく、もったいぶらずに最初から引き受けていればいいものを。このぉ、ツンデレめ」
 と、森先先輩は笑顔でおれの額をツンしてみせる。おれはたちまち顔中を真っ赤にする。
 「そ、そんなんじゃないですよっ!」
 「はっはっはっ。照れるに、照れるな。お父上に感謝するのだな。息子のためにポンと金を出してくれる親などそうはいないぞ。お前は果報者だな、少年よ」
 「いいからっ! これはSEED部の会議でしょう。先を進めましょう」
 そのときのおれの態度は誰がどう見ても照れかくしでしかなかった。自分でもハッキリそうとわかるのが癪にさわる。
 「ひとつ、気になるんだけど」
 雪森が口をはさんだ。あくまで冷静で無感情なほどクールな口調がこのときばかりはありがたかった。
 「大きな魚が小さな魚を食べ尽くしてしまう、ということはない?」
 「あり得るな。特にコイなんかは大きくなるし、何でも食べるからな。メダカなんてやばいかもな」
 「となると、小魚が逃れるための避難場が必要だな。田んぼのなかをネットで区切るか」
 「そうですね。そのほうがいいでしょう」
 「ネットが景観の邪魔にならない?」
 「ホテイアオイが充分に繁茂してくれれば隠してくれるだろう」
 「ネットならよく使うからうちの倉庫にもいつも用意してある。張り巡らせるのはすぐにできる」
 「では、それでよし。あとはSEED水田に放す魚たちをどこから仕入れるかだが……」
 「メダカなどでも地域ごとの遺伝子差が大きいからむやみに放してはいけないと聞いている」
 「近くに田んぼの生き物を養殖して売っているところがある。そこから買えば地元だし、大丈夫だろう」
 「では、それもよし。あとはデータだな。エネルギーの生産量や生き物の成長量はくわしく調べておく必要がある。微生物の発生量も調べておきたいところだが、それには顕微鏡がいるか」
 「顕微鏡なら小学校の頃に買ってもらったやつがありますよ。すぐに飽きて押し入れにしまいっぱなしになってますけどね」
 「小学生の正しい生活態度だな」
 「子供用のチャチなやつだけど、田んぼの微生物ぐらいなら充分、見れるでしょう」
 「では、それもよし。ただ、もうひとつ。何よりも大切なことがある」
 「それは?」
 「水田の生き物を外に逃がさない、ということだ。とくにホテイアオイを逃がすわけにはいかん。ホテイアオイの繁殖力を考えたら、ひとつでも逃がしてしまったら最後、際限なくふえかねない。そんな生物汚染の原因になってしまったら、SEEDシステムは評価されるどころか、有害なものとしてきらわれる。それだけはさけなくてはならん」
 「となると……まず第一に大雨で水かさがふえても大丈夫なようにする必要がありますね。田んぼを掘りさげて、畦を高くしなきゃいけないか。それに排水路にもネットをかけて……」
 「それだけでは心配。ホテイアオイは網の目をくぐり抜けて繁殖するかも知れない。まず、排水路に近づけないようにしないと」
 「そうだな。それじゃ、排水路の前にネットをかけて緩衝地帯を作っておこう。そのなかに侵入したホテイアオイは真っ先にとる。念のため、排水路には目の細かい網を二重にかけておこう」
 「そんなところね」と、雪森。
 「もうひとつ気をつけなくてはいけないのはバイオガスの扱い。メタンは二酸化炭素の二〇倍以上の効果をもつ温室効果ガス。ガス漏れを起こしたりしたら温暖化の元凶としてたたかれる。ガス漏れしないよう徹底管理しないと」
 「その辺のシステム作りは私の担当だな。徹底注意するよう伝えておく」
 誰に伝えるつもりなのかは知らないけど、とにかく森先先輩はそう請け負った。
 「そしてもうひとつ。絶対に必要なのが宣伝だ」
 「宣伝?」
 「そうだ。我らSEED部の存在とその活動を広く世間に知ってもらわなければならん。SEEDシステムに対する興味をもってもらい、その可能性を知ってもらい、広く部員をつのり、協力者をふやす。それこそが、真の成功というものだ」
 「広くって……校外からも集めるつもりですか?」
 「もちろんだ。SEED部は世界を救う一大ムーブメントとなるべき存在。たかがひとつの高校のなかで完結してよいものではないぞ」
 「はあ……」
 「となると……」
 雪森が静かに口をはさんだ。
 「HPの作成は最低条件になる」
 「あの部室、PCなんてあったっけ?」
 「わたしが家で使っているのがあるから。それをもっていく」
 「メディアの活用も重要だ」
 森崎先輩はさらに言った。
 「タウン誌やミニコミ誌、地元のテレビ局などにも売り込むべきだ。と言っても、いきなり行っても相手にされるわけがない。食料とエネルギーを実際に生産し、そのデータをもって売り込みにいく」
 「SEED水田の成果がすべてということね」
 と、雪森。クールな表情が緊張しているように見えた。
 「そういうことだ。とにかく『農地に遊びに行くことで安くて安全な食料とエネルギーを手にいれられるようになる』という点を理解してもらうことが必要だ。その点さえ理解してもらえれば人はくる。もちろん、農地の側はそのことに甘えず、町の人間を満足させるエンターテイメントを提供しつづけなくてはならないわけだがな。
 まずは誠心誠意、SEED水田を作りあげること。それがすべてだ。では、皆のもの。明日からは気合をいれて田んぼ掘りだ。SEED部、全力発進!」
 「おおっー!」
 森崎先輩の芝居がかった態度につられ――。
 おれと雪森も思わず右腕を突きあげていたのだった。
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