おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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六章

決めるしかない! 劇的逆転イナズマシュ−ト!

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 土曜日の朝。おれは森崎先輩と雪森を連れて実家へと向かった。おれの生まれた町は加美町の北、鳴子温泉郷の南、宮城県のほぼ中央内陸、山形県との県境の山がちの地域にある。東北新幹線JR仙台駅からバスで約八〇分。それからさらに歩いてようやくたどり着く。そういう場所だ。一言で言えば『ど田舎』ということになる。地図を見ても自然地形以外には林道ぐらいしか描かれていない、という場所なのだ。
 うちとどっこいどっこいの小規模農家がいくらかあるだけの、こじんまりとした水田地帯。もともと山がちの地形のために水田耕作にはあまり向かない。田んぼを広げて大規模農業に移行したくてもそれができない地域なのだ。
 バスをおりて、砂利を敷きつめただけの田舎道に出る。
「ほほう、これは何とも……」
 辺りに広がる田んぼにキョロキョロと視線を送っていた森崎先輩が言った。
 「殺風景でつまらん場所だな」
 ……だから、どうして、そう本当のことしか言えない? おれはつくづくと田舎道に立つふたりを見比べた。
 森崎先輩はノースリーブのシャツにミニスカートという、四月の宮城ではまだまだ寒そうな格好。似合ってはいるけど、なぜか不思議と色気というものを感じない。生徒会長ふうの真面目なルックスのせいか、それともその性格が激しいオーラを放って色気を打ち消しているのか。どっちにしても私服姿よりも制服姿――とくに白衣――のほうがピッタリくることはまちがいない。やっぱり、生徒会長キャラだ。
 雪森はというと、開襟シャツにジーンズという組み合わせ。雪森の部屋で見たのと似たような格好だ。どうやら、こういうシンプルな格好が好みらしい。男っぽい服装が女らしい体の曲線を引き立たせ、露出度はずっと少ないのに香るような色香が立ちのぼっている。結晶化したフェロモンが雪森のスリムな肢体を包んでいるのが目に見えるようで、おれは思わずその姿に見惚れてしまった。
 「少年」
 「わあっ!」
突然、森崎先輩に話しかけられ、おれは飛び上がった。内心を見透かされたかと思ったのだ。
 「な、なんですか?」
 「お前のお父上の女の趣味はどうだ?」
 「はっ?」
 思わずすっとんきょうな声をあげるおれの前で森崎先輩は雪森の頭を軽くこづいてのけた。名にしおう『白雪鬼姫』相手にこんなことをやってのけるのは若竹学園広しといえども森崎先輩ただひとりだろう。
 「いやなに。こやつにもミニスカートをはくよう言ったのだが、そんな格好はいやだとほざいてな」
 「……雪森にミニスカートはかせてどうするつもりだったんです?」
 「たぶらかして協力させる気だったに決まっておろうが」
 遠慮する素振りさえ見せずにハッキリと告げる森崎先輩だった。
 ……そりゃあ、雪森の脚線美は制服姿で見てよく知っている。細くて、長くて、格好よくて、抜けるように白くて、そのくせ、柔らかそうで……親父も男であるからには雪森の生足攻撃を食らえば心は動くだろう。でも――。
 親父はやもめではない。おふくろは健在なのだ。他人の家庭に不和をまくような真似はやめてくれ。
 「まあ、マニッシュな格好を好む男も多いと聞くからな。お前のお父上がそのような趣味ならちょうどよいのだが」
 「親父の趣味なんて知りませんよ」
 「父親の女の好みも知らないのか。断絶親子だな」
 「知ってるほうが気色悪いでしょうが!」
 おれの叫びが田舎道に轟いた。
「とにかくっ! おれはただ会わせるだけですからね。うちの親父はあくまでも『連れてこい』と言ったんであって、『協力する』なんて一言も言ってないんです。その点、わかってるでしょうね?」
 「もちろんだとも、少年よ」
 「……本当にわかってるんでしょうね?」
 「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
 傍若無人な先輩だと思っている。
 「私は天下の森崎陽芽だぞ。他人を自分のペースに巻き込むのはお手のものだ。まあ見ていろ。見事、説得して協力をひきだして見せよう。そうなればお前も世界を救う英雄のひとりだ。『偉大な先輩に会えてよかった』と、心の底から思うようになる。大船に乗った気でドンといたまえ」
 言いたいことをいって『はっはっはっ』と笑ってみせる。ついでにおれの背中もバンバンたたく。
 その態度が不安だって言うのに……。
 ――せめて、親の前ではこのわけのわからない態度だけはひかえてほしい。
 おれは心の底からそう思った。
 やがて、おれの家が見えてきた。いかにも田舎の農家といった風情の古い建物。家にいた頃から思っていたけど、こうして美少女ふたりと一緒に訪問するとなるとなおさらそう思う。
 おれは玄関のチャイムを慣らした。すぐに返事があり、ドアが開いた。親父とおふくろ、ふたりそろって出迎えられた。
 「はじめまして、お父さま、お母さま」
 と、ニッコリ微笑み、両手を前でそろえて、上半身ごとお辞儀しながら礼儀正しく言ってのけたのは雪森弥生……ではなく、森崎陽芽その人だった。ビックリして目を丸くするおれの前で森崎先輩は『いけしゃあしゃあ』とばかりに挨拶をつづけた。
 「息子さんにはいつもお世話になっております。耕一くんから聞いておられると思いますが、若竹学園SEED部部長、森崎陽芽と申します。こちらは部員の雪森弥生」
 と、ちょっと手をあげて雪森を紹介する。
 「雪森弥生です」
 と、こちらも礼儀正しく会釈する。
 雪森はわかるけど、森崎先輩がこれほど礼儀正しくふるまうとは……二重人格だったんだ、この人。だまされた。
 「ほう、これは、これは……」
 親父が驚いたような、とまどったような様子でふたりを交互に見比べた。
 「どうかなさいましたか?」
 と、森崎先輩。小首を傾げてニッコリ微笑む。その姿がまさに『清楚で真面目な生徒会長』そのもの。見かけにだまされるやつの気持ちがよくわかった。
 「ああ、いや。まさか、こんなきれいなお嬢さん方とは思わなかったんでね。いや、ようこそいらっしゃい」と、親父。
 きれいなお嬢さん?
 そんな台詞をサラリと言うようなキャラだったのか、うちの親父は? 農業一筋の武骨な朴念仁だと思っていたんだけど……。
 「まあ、とにかくお入りなさい。母さん、おふたりにお茶を」
 ……何だか、普段よりやけにダンディー振って見えるのはおれの気のせいか?
 ともかく、ふたりは居間に通された。おれはお茶をいれるのを手伝えとおふくろに台所に連行された。台所に入るなり、
 「やるじゃない、あんたも!」
 おふくろのグローブのような手が力任せにおれの背中をたたいた。(一応)女とは言え、農作業で鍛えられたパワーの持ち主。その腕力はそこらのひ弱なサラリーマンの比ではない。体重をたっぷり乗せたその一撃は、森崎先輩とはちがい、骨まで響く。おれは思わず体を『く』の字に曲げて痙攣した。
 「あんな美人ちゃんを、それもふたりも連れてくるなんて。さすがに父ちゃんの息子だねえ。父ちゃんもあれで学生時代はなかなか手が早かったからねえ。人気もあったし」
 そうなのか? そんなの初耳だぞ。
 「でっ? どっちが彼女? それとも両方? だとしたら、あんた、なかなかのもんだわねえ」
 「そんなわけないだろっ! 親父から聞いてないのかよ。あのふたりは自分たちの実験のために……」
 「隠すことないって。あんたの年頃なら彼女のひとりやふたりいて当然。いや、本当のところ、心配してたんだよ。あんたって子供の頃から妙にまじめで、そっちの道にはあんまり興味なさそうだったからねえ。いまどきの若いのは結婚するのもむずかしいって聞くし、婚期を逃したらどうしようってねえ。けど、これで一安心だわ。
 あっ、『親と同居しろ』なんて野暮は言わないから安心しな。でっ、いまはどこまていってんだい?」
 「だから、ちがうって! そんなんじゃない」
 おれはかなり不機嫌になって叫んだ。おれがあんな美人とどうにかなるわけないだろう。そんな期待を息子にもつなら、もっと格好よくて、頭がよくて、才能豊かに生んでおいてくれ。おれみたいな平凡な男があんなモデル級美少女となんて……。
 おれはそれ以上おふくろを相手にせず、さっさとお茶をいれて居間に戻った。
 森崎先輩は親父に対しておれに言ったのと同じ主張を繰り返した。ただし、おれのときよりずっと真面目で丁寧な様子で。
 「虫のいい話であることは承知しております。ですが、それでも協力していただきたいのです」
 メガネの奥の瞳を真っすぐに親父に向けて迷いなく言い放つ。こうしているときの森崎先輩は議題を検討している生徒会長そのもの。さぞおとな受けがいいだろう。
 「私はもう、人と人が争う世界には耐えていたくないのです。人と人が争う必要のない世界を築けるのなら、それがどんなに小さな可能性でも挑戦したいのです。ですから、どうかお願いします。我々に協力してください」
 森崎先輩はそこで言葉を終えた。言うべきことは言った。あとは相手の反応まち、というところなのだろう。
 親父はというとジッと座ったまま。一言もしゃべろうとしない。その裏では森崎先輩の言葉を検討しているのかも知れないけど、ひょうひょうとしたその表情からは内心の動きなどまったくわからない。
 おふくろも親父の横に座ってジッとその横顔を見つめているだけだ。口出しする気はないらしい。すべて任せているのだろう。
 あんたの決断についていくよ、と。
 親父が湯呑みを手にとった。すっかりぬるくなっているだろうお茶をすすった。湯呑みを置いた。森崎先輩をじっと見た。
 「森崎さん、だったね」
 「はい」
 「君はなぜ、そこまで必死になるんだね?」
 「地道に生きている人間が犠牲にされる。そんな世界はまちがっている。そう思うからです」
 迷いなく放たれたその言葉におれは思わず感動していた。高校生にもなってこんな青臭い、世間知らずの子供のようなことをここまで堂々と言える人間がいるなんて。『校内ナンバー1珍獣』がこのときばかりはやけにまぶしく見えた。
 親父はしばらく黙ったまま森崎先輩を見つめていた。それからおれに顔を向けた。
 「耕一」
 「何だ?」
 「いい人と出会ったな」
 「えっ?」
 親父は森崎先輩に向き直った。そして、アッサリと言った。まるで、子供に小遣いをやるような、そんな口調で。
 「協力させてもらうよ」
 「親父⁉」
 おれは思わず叫んでいた。
 「おい、正気かよ⁉」
 「何を言っている。お前がもってきた話だろうが」
 「だ、だって……! いくらかかるかわかってるのかよ? そんな金、うちに……」
 「子供のくせに親をなめるな。その程度の金、工面するのは何でもない」
 「けど……」
 おれは途方に暮れておふくろを見た。おふくろは肩をすくめてみせた。
 「父ちゃんがそう決めたならそれでいいさ」
 そんな……。
 「お父上、お母上、感謝します! このご恩は一生忘れません!」
 「ありがとうございます」
 森崎先輩が大げさに叫び、雪森が頭をさげる。そのふたりに向かって親父は鷹揚に手を振ってみせた。
 「気にすることはない。成功して利益を得るのはこっちなんだからな。まあ、資金のことは気にせず、思う存分やってくれ」
 親父のその悟り切ったような態度におれはゾッとした。
 少しでもいまのままでやっていける見込みがあるならこんな話に乗るわけがない。どこかの大企業が持ち掛けてきたとかいうならともかく、ただの女子高生の発案なのだ。なんの保証もなく、失敗すれば多額の借金が残るだけ。それでも、そんな話に乗るとすれば、その理由はただひとつ、
 ――どうせ、いまのままではすぐにつぶれる。
 そこまで追い込まれている。
 それ以外にはありえない!
 おれが家を出た一年でさらに情況が悪化したということなのだろう。そこまで危機とは思わなかった。おれはともかく、親父たちは農家として一生をまっとうできると思っていたのに……
 ――こうなったら、おれが逆転のゴールを決めるしかない!
 おれは心に誓った。
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