おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也

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二章

校内ナンバ−1珍獣、森崎陽芽とはわたしのことだ!

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 そして、おれはすべてをあきらめた。
 その日から目の色をかえて勉強し、若竹学園に入学した。両親もまさかおれがそんな進学校に合格するとは思っていなかったのだろう。
 『うちの息子って意外と秀才だったんだなあ』
 『だったのねえ』
 などとコタツでお茶を飲みながら、しみじみとあきれながら感心していた。それでも、やはりうれしかったのだろう。合格祝いのときにはおふくろも普段の『ケチケチ主婦』振りはどこへやら、奮発して特上の牛肉でステーキを焼き、寿司までつけてくれた。
 学校近くのアパートにひとりで住み、新生活をはじめた。入学してからもおれは必死にがんばった。わざわざ進学校を選んだのはおれの意地だ。小さい頃からの夢をすてたのだ。何がなんでも他の道で成功してやる。かわいい彼女だって作ってやる。そのためにサッカー部にも入った。そのほうが女の子にモテるから。
 絶対に勝ち組になってやる。そうでなければ気がすまない!
 ……まあ、高校生活の一年目はその野望とはほど遠い平凡なものとして終わったわけだけど。
 たとえば、同じクラスの彼女と夏祭りに出かけて浴衣姿の彼女に見惚れ、その視線に気づいた彼女が照れた様子で、
 『な、なに? どうかした?』
 なんて言ってきて、おれは胸をドキドキさせながら、
 『いや……浴衣姿、すごいかわいくて……見惚れてた』
 なんて答えて、彼女は顔を真っ赤に染めて、そしてふたりは見つめ合い、自然に顔がより添って……なんてイベントは起こる気配もなく終わったごくごく平凡な一年間。
 それでも、成績は真ん中辺りをキープしていたし、彼女とまではいかなくても女友だちも何人かできた。……告白して玉砕したことも二度ほどあったけど。
 それなりに満足すべき一年だったのだ。
 ――また同じ一年がはじまる。
 そんな漠然とした思いを抱いて二年の始業式へとやってきた。始業式に出席し、校長のお決まりの訓辞を聞いてクラスに戻り、新しいクラスメートたちといくらかおしゃべりして、そして、帰る。それだけの日だったはずなのだ。ただ、それだけの。
 それなのに事実としておれはいま、すでに使われていない旧校舎の人気のない一室に連れ込まれ、生徒会長ふう美人先輩とふたりきり、というわけだ。
 そこはいかにも古ぼけた、『長年使われていません』といった雰囲気のプンプンする部屋だった。そんな部屋にしては意外なぐらい清掃が行き届いていて、きちんとしてはいたけれど。
 古ぼけた小さな机といくつかの椅子、それに小さな黒板があるだけの小さな部屋。部屋の前には一目で手作りとわかる巨大な看板が立てられ『こちらSEED部!』とデカデカと書かれてあった。
 そしておれは、その部屋の真ん中で『いまどきあるのか?』的古式ゆかしい木製椅子に座らされ、生徒会長ふう美人先輩の全力の演説を聞かされている、というわけだ。
 「少年よ。君も男なら一度や二度は世界征服の夢に恋い焦がれたことがあるだろう」
 ……あるわけないだろ。
 「いまこそその夢を叶えるときがきたのだ。私とこい。我々若者の手で世界をかえ、新たな未来を築くのだ。さあ、立ちあがれ、少年よ! 世界は君をまっている!」
 「ちょっとまってください!」
 「何かな、少年?」
 「すみません、大声あげて。ええと、それでですね。何がなにやら全然わからないんですけど……」
 「だから、君をスカウトしているのだ、少年よ」
 「その『少年』っていうのはやめてくださいよ」
 「わかった。少年」
 「いや、だから、おれは……」
 「二年A組、藤岡耕一」
 「そ、そうです」
 「成績は中の下。スポーツは上の下。サッカー部所属のセミ・レギュラー。今年は正規のレギュラー取りが期待されているディフェンダー」
 「……く、くわしいですね」
 よどみなくペラペラと並べ立てられ、おれは思わず後ずさってしまった。何なんだ、この人は。趣味の探偵か? おれのことを去年一年、尾行でもしてたのか?
 生徒会長ふう美人先輩はニヤリと笑うとさらにつづけた。
 「……去年、同級生の小林真紀と室田あゆみに告白。共に速攻で『ごめんなさい』カウンターを決められ、玉砕している」
 「何で、そんなことまで知ってんだ⁉」
 「はっはっはっ。いまさら何を言っている、少年よ。私は校内ナンバー1珍獣、森崎もりさき陽芽ひめだぞ。それぐらいのことは先刻承知だ」
 ――森崎陽芽。この人が……。
 名乗ってくれたのでようやく相手の正体がわかった。森崎陽芽ならおれも知っている。校内ナンバー1珍獣の名に恥じない有名人だ。
 その学校生活は無数の伝説に彩られ、学年を問わず、語り継がれている。一年のときには入学初日の自己紹介でいきなりクラスメートを前に『世界革命計画』をぶちあげ、同志を募り、その場を凍り付かせ、賛同者がいないと見るや『勝手』に『世界革命評議会』なるクラブを立ちあげ、自ら部長におさまった。
 その部活動自体は半年とつづかなかったそうだけど、その後も『人類補完機構』だの『文化・文明研究会』だのを作り、行く先々で大騒動を巻きおこした。当然、どのクラブも部員は彼女ひとりだったのだが、その傍迷惑なまでの行動力とバイタリティーで周囲を巻き込み、一〇〇人分もの騒ぎを起こしつづけたという。いつ誰ともなく言うようになった言葉が、
 ――森崎陽芽を見たら一〇〇人はいると思え。
 そして、奉られた称号が『校内ナンバー1珍獣』というわけだ。
 どう考えても誉められた称号ではないはずだけど、自分で平気で名乗るところを見ると結構、気に入っているのかも知れない。さすが珍獣。普通種とは感性がちがう。
 教師たちも彼女が一年の頃は何とか『進学校にふさわしい真っ当な生徒』にしようと『指導』に力を尽くしたそうだけど、そのうちあきらめた。二年になると『あいつは放し飼いにしておくしかない』との結論に達したらしい。一切、関知しないようになった。
 それによって森崎先輩はさらにやりたい放題やるようになった……わけではない。最初から教師の存在など無視して我が道を突き進んでいたのだから、それ以上やりたい放題になれるはずがなかったのだ。
 しかし、森崎先輩に関する最大の不思議は、彼女が一年、二年とつづけて『学年ナンバー1美少女』に選ばれたという事実だろう。たしかに、黙って立っていれば真面目で清楚で気品あふれる生徒会長ふうルックスとスタイルの持ち主で、その魅力は輝くほど。制服の上にまとった白衣姿にサバサバした男言葉がよく映える。
 現役アイドルの転入でもないかぎり、今年も三年のナンバー1美少女に選ばれるのだろう。それはわかる。見た目だけなら。
 しかし、この中身を乗り越えてその栄冠に輝くとは、選ぶほうもすごいと思うのだ。とくにこうして目の前で奇妙っぷりを見せつけられているとなれば、だ。
 その天下御免、傍若無人の森崎陽芽が三年になって新しくはじめたのが謎のSEED部、というわけだ。何をするためのクラブなのかは知らないけど、数々の森崎伝説からすれば一筋縄で行く場所であるはずがない。
 「言っておくが少年よ。私が君をスカウトしにきたのはフラれ男だからではないぞ。これでも、玉砕に次ぐ玉砕は気の毒に思っている」
 「放っとけ!」
 「君が米農家の息子だからだ」
 ピクリ、とおれの眉が釣りあがる。
 「……米農家の息子だから何なんです?」
 そう問いかけるおれの声は我ながら底冷えするような陰欝なものだった。
 「言っておきますけど、おれと家の仕事は何の関係もないですよ。おれは稼業は継がないんだし」
 そう言いすてた後、思わず苦い笑いがこぼれてしまった。
 継がない?
 ちがうだろう。
 継げないんだ。
 森崎先輩は気にしたふうもなく言った。
 「君が稼業を継ぐか否かは私の関与するところではない。ただ、米農家の協力がほしいだけだ」
 「どういうことです?」
 「まあ聞け、少年。以前、たまたまテレビのニュースを見ていたときのことだ。外国で起きた大規模なテロ事件のことが報道された。それを見た瞬間、私は怒りのあまり手にしていたカップをテレビに叩きつけて叫んでいた。『いつまでこんなことをしているのだ!』とな」
 その言い方が妙にしんみりしたものだったのでおれは意外な気がした。傍若無人なだけかと思っていたら案外、生真面目で繊細なところもあるのだろうか。
 「いつまでこんなことをしている、いつまで身内同士で殺しあっている。人類はもっと偉大な存在になれるはずだろう。私はそう思い、怒り狂った」
 ――この人もおれと同じなのか。
 おれはじいさんの田んぼ、この人は人類そのものの未来。スケールは森崎先輩のほうがずっとでかい。でも、それでも――。
 世の中に大切なものをふみにじられたくやしさは同じ……。
 「私はこんな現実に耐えたくはなかった。現実の側をかえたかった。人間同士の殺しあいを終わらせ、人類がその可能性を存分に追求できる世界にしたかった。だが、どうすればいい? どうすればそうできる? 私は必死に考えた。そして、出た結論は『自分で作る』だ」
 「自分で作る?」
 「そうだ。他人がやってくれるのをまっているわけにはいかない。自分の手で、私たち自身の手で真に望む世界を作りあげるのだ。自分の利益のために他人を踏み台にする連中も、『自由のため』と称して暴力に訴える連中も、政治家に何とかしてもらおうとして騒ぎを起こす連中も、私は等しく許せん。だから、見せつけてやるのだ。『こうすればもっと幸せになれる』という方法をな」
 つまりは、あれか、この人? 『中二病患者』ってやつか?
 森崎先輩はおれの内心などおかまいなしにしゃべりつづける。
 「そも、世界から争いが絶えないのはなぜだ、少年よ? 第一の理由はあまりにも多くの人々が自分の満足の行く生活を送れていないという点にある。いまだに何億という人々が貧困のなかに追いやられ、将来にわたって希望をもてない暮らしを強いられている。その怒りが、絶望が、世界そのものへの憎悪となり、争いへと駆り立てる。ならば、争いを根絶する方法は単純だ。人々の暮らしをよくすればいい。貧困にあえぐ人々が希望と収入を得られるようにすればいい。だろう、少年よ?」
 「だろうって言われても……」
 おれは口ごもった。一介の高校生がいきなりそんなことを言われて他にどうすることができる? だが、森崎先輩はおれの反応になどかまわず先をつづけた。
 「そしてだ! 貧困にあえぐ人々の大半はわずかばかりの土地にしがみつき、そこから得られる作物で何とか糊口をしのいでいる零細農家だ。だからこそ、少年。しがない米作農家の息子である君の協力が必要なのだ」
 「おれの?」
 「そうだ。世界から絶望を取り除き、希望を取り戻すためには何よりもまず、世界中の零細農家の暮らしをよくしなければならない。彼らの唯一の財産であるわずかな土地。そのわずかな土地からいかに収入を得るか。それが私の世界を救うためのテーマだった。私はそのための方法を見つけ出した。それが!」
 と、森崎先輩は両手をガッと挙げると背後にすさまじいまでの稲光を背負いながら叫んだ。
 「SEEDシ-ドシステム!」
 「し、しーどしすてむ……?」
 おれはその迫力に椅子ごと後ずさりながらつぶやいた。
 「そうだ。それこそは世界を変え、人類を救う新たなるイノベーション。救世を告げる新たな箱船。その正体とは……」
 森崎先輩がそう言ったときだった。
 部室のドアが開き、ひとりの女子生徒が入ってきた。
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