2 / 34
二章
校内ナンバ−1珍獣、森崎陽芽とはわたしのことだ!
しおりを挟む
そして、おれはすべてをあきらめた。
その日から目の色をかえて勉強し、若竹学園に入学した。両親もまさかおれがそんな進学校に合格するとは思っていなかったのだろう。
『うちの息子って意外と秀才だったんだなあ』
『だったのねえ』
などとコタツでお茶を飲みながら、しみじみとあきれながら感心していた。それでも、やはりうれしかったのだろう。合格祝いのときにはおふくろも普段の『ケチケチ主婦』振りはどこへやら、奮発して特上の牛肉でステーキを焼き、寿司までつけてくれた。
学校近くのアパートにひとりで住み、新生活をはじめた。入学してからもおれは必死にがんばった。わざわざ進学校を選んだのはおれの意地だ。小さい頃からの夢をすてたのだ。何がなんでも他の道で成功してやる。かわいい彼女だって作ってやる。そのためにサッカー部にも入った。そのほうが女の子にモテるから。
絶対に勝ち組になってやる。そうでなければ気がすまない!
……まあ、高校生活の一年目はその野望とはほど遠い平凡なものとして終わったわけだけど。
たとえば、同じクラスの彼女と夏祭りに出かけて浴衣姿の彼女に見惚れ、その視線に気づいた彼女が照れた様子で、
『な、なに? どうかした?』
なんて言ってきて、おれは胸をドキドキさせながら、
『いや……浴衣姿、すごいかわいくて……見惚れてた』
なんて答えて、彼女は顔を真っ赤に染めて、そしてふたりは見つめ合い、自然に顔がより添って……なんてイベントは起こる気配もなく終わったごくごく平凡な一年間。
それでも、成績は真ん中辺りをキープしていたし、彼女とまではいかなくても女友だちも何人かできた。……告白して玉砕したことも二度ほどあったけど。
それなりに満足すべき一年だったのだ。
――また同じ一年がはじまる。
そんな漠然とした思いを抱いて二年の始業式へとやってきた。始業式に出席し、校長のお決まりの訓辞を聞いてクラスに戻り、新しいクラスメートたちといくらかおしゃべりして、そして、帰る。それだけの日だったはずなのだ。ただ、それだけの。
それなのに事実としておれはいま、すでに使われていない旧校舎の人気のない一室に連れ込まれ、生徒会長ふう美人先輩とふたりきり、というわけだ。
そこはいかにも古ぼけた、『長年使われていません』といった雰囲気のプンプンする部屋だった。そんな部屋にしては意外なぐらい清掃が行き届いていて、きちんとしてはいたけれど。
古ぼけた小さな机といくつかの椅子、それに小さな黒板があるだけの小さな部屋。部屋の前には一目で手作りとわかる巨大な看板が立てられ『こちらSEED部!』とデカデカと書かれてあった。
そしておれは、その部屋の真ん中で『いまどきあるのか?』的古式ゆかしい木製椅子に座らされ、生徒会長ふう美人先輩の全力の演説を聞かされている、というわけだ。
「少年よ。君も男なら一度や二度は世界征服の夢に恋い焦がれたことがあるだろう」
……あるわけないだろ。
「いまこそその夢を叶えるときがきたのだ。私とこい。我々若者の手で世界をかえ、新たな未来を築くのだ。さあ、立ちあがれ、少年よ! 世界は君をまっている!」
「ちょっとまってください!」
「何かな、少年?」
「すみません、大声あげて。ええと、それでですね。何がなにやら全然わからないんですけど……」
「だから、君をスカウトしているのだ、少年よ」
「その『少年』っていうのはやめてくださいよ」
「わかった。少年」
「いや、だから、おれは……」
「二年A組、藤岡耕一」
「そ、そうです」
「成績は中の下。スポーツは上の下。サッカー部所属のセミ・レギュラー。今年は正規のレギュラー取りが期待されているディフェンダー」
「……く、くわしいですね」
よどみなくペラペラと並べ立てられ、おれは思わず後ずさってしまった。何なんだ、この人は。趣味の探偵か? おれのことを去年一年、尾行でもしてたのか?
生徒会長ふう美人先輩はニヤリと笑うとさらにつづけた。
「……去年、同級生の小林真紀と室田あゆみに告白。共に速攻で『ごめんなさい』カウンターを決められ、玉砕している」
「何で、そんなことまで知ってんだ⁉」
「はっはっはっ。いまさら何を言っている、少年よ。私は校内ナンバー1珍獣、森崎陽芽だぞ。それぐらいのことは先刻承知だ」
――森崎陽芽。この人が……。
名乗ってくれたのでようやく相手の正体がわかった。森崎陽芽ならおれも知っている。校内ナンバー1珍獣の名に恥じない有名人だ。
その学校生活は無数の伝説に彩られ、学年を問わず、語り継がれている。一年のときには入学初日の自己紹介でいきなりクラスメートを前に『世界革命計画』をぶちあげ、同志を募り、その場を凍り付かせ、賛同者がいないと見るや『勝手』に『世界革命評議会』なるクラブを立ちあげ、自ら部長におさまった。
その部活動自体は半年とつづかなかったそうだけど、その後も『人類補完機構』だの『文化・文明研究会』だのを作り、行く先々で大騒動を巻きおこした。当然、どのクラブも部員は彼女ひとりだったのだが、その傍迷惑なまでの行動力とバイタリティーで周囲を巻き込み、一〇〇人分もの騒ぎを起こしつづけたという。いつ誰ともなく言うようになった言葉が、
――森崎陽芽を見たら一〇〇人はいると思え。
そして、奉られた称号が『校内ナンバー1珍獣』というわけだ。
どう考えても誉められた称号ではないはずだけど、自分で平気で名乗るところを見ると結構、気に入っているのかも知れない。さすが珍獣。普通種とは感性がちがう。
教師たちも彼女が一年の頃は何とか『進学校にふさわしい真っ当な生徒』にしようと『指導』に力を尽くしたそうだけど、そのうちあきらめた。二年になると『あいつは放し飼いにしておくしかない』との結論に達したらしい。一切、関知しないようになった。
それによって森崎先輩はさらにやりたい放題やるようになった……わけではない。最初から教師の存在など無視して我が道を突き進んでいたのだから、それ以上やりたい放題になれるはずがなかったのだ。
しかし、森崎先輩に関する最大の不思議は、彼女が一年、二年とつづけて『学年ナンバー1美少女』に選ばれたという事実だろう。たしかに、黙って立っていれば真面目で清楚で気品あふれる生徒会長ふうルックスとスタイルの持ち主で、その魅力は輝くほど。制服の上にまとった白衣姿にサバサバした男言葉がよく映える。
現役アイドルの転入でもないかぎり、今年も三年のナンバー1美少女に選ばれるのだろう。それはわかる。見た目だけなら。
しかし、この中身を乗り越えてその栄冠に輝くとは、選ぶほうもすごいと思うのだ。とくにこうして目の前で奇妙っぷりを見せつけられているとなれば、だ。
その天下御免、傍若無人の森崎陽芽が三年になって新しくはじめたのが謎のSEED部、というわけだ。何をするためのクラブなのかは知らないけど、数々の森崎伝説からすれば一筋縄で行く場所であるはずがない。
「言っておくが少年よ。私が君をスカウトしにきたのはフラれ男だからではないぞ。これでも、玉砕に次ぐ玉砕は気の毒に思っている」
「放っとけ!」
「君が米農家の息子だからだ」
ピクリ、とおれの眉が釣りあがる。
「……米農家の息子だから何なんです?」
そう問いかけるおれの声は我ながら底冷えするような陰欝なものだった。
「言っておきますけど、おれと家の仕事は何の関係もないですよ。おれは稼業は継がないんだし」
そう言いすてた後、思わず苦い笑いがこぼれてしまった。
継がない?
ちがうだろう。
継げないんだ。
森崎先輩は気にしたふうもなく言った。
「君が稼業を継ぐか否かは私の関与するところではない。ただ、米農家の協力がほしいだけだ」
「どういうことです?」
「まあ聞け、少年。以前、たまたまテレビのニュースを見ていたときのことだ。外国で起きた大規模なテロ事件のことが報道された。それを見た瞬間、私は怒りのあまり手にしていたカップをテレビに叩きつけて叫んでいた。『いつまでこんなことをしているのだ!』とな」
その言い方が妙にしんみりしたものだったのでおれは意外な気がした。傍若無人なだけかと思っていたら案外、生真面目で繊細なところもあるのだろうか。
「いつまでこんなことをしている、いつまで身内同士で殺しあっている。人類はもっと偉大な存在になれるはずだろう。私はそう思い、怒り狂った」
――この人もおれと同じなのか。
おれはじいさんの田んぼ、この人は人類そのものの未来。スケールは森崎先輩のほうがずっとでかい。でも、それでも――。
世の中に大切なものをふみにじられたくやしさは同じ……。
「私はこんな現実に耐えたくはなかった。現実の側をかえたかった。人間同士の殺しあいを終わらせ、人類がその可能性を存分に追求できる世界にしたかった。だが、どうすればいい? どうすればそうできる? 私は必死に考えた。そして、出た結論は『自分で作る』だ」
「自分で作る?」
「そうだ。他人がやってくれるのをまっているわけにはいかない。自分の手で、私たち自身の手で真に望む世界を作りあげるのだ。自分の利益のために他人を踏み台にする連中も、『自由のため』と称して暴力に訴える連中も、政治家に何とかしてもらおうとして騒ぎを起こす連中も、私は等しく許せん。だから、見せつけてやるのだ。『こうすればもっと幸せになれる』という方法をな」
つまりは、あれか、この人? 『中二病患者』ってやつか?
森崎先輩はおれの内心などおかまいなしにしゃべりつづける。
「そも、世界から争いが絶えないのはなぜだ、少年よ? 第一の理由はあまりにも多くの人々が自分の満足の行く生活を送れていないという点にある。いまだに何億という人々が貧困のなかに追いやられ、将来にわたって希望をもてない暮らしを強いられている。その怒りが、絶望が、世界そのものへの憎悪となり、争いへと駆り立てる。ならば、争いを根絶する方法は単純だ。人々の暮らしをよくすればいい。貧困にあえぐ人々が希望と収入を得られるようにすればいい。だろう、少年よ?」
「だろうって言われても……」
おれは口ごもった。一介の高校生がいきなりそんなことを言われて他にどうすることができる? だが、森崎先輩はおれの反応になどかまわず先をつづけた。
「そしてだ! 貧困にあえぐ人々の大半はわずかばかりの土地にしがみつき、そこから得られる作物で何とか糊口をしのいでいる零細農家だ。だからこそ、少年。しがない米作農家の息子である君の協力が必要なのだ」
「おれの?」
「そうだ。世界から絶望を取り除き、希望を取り戻すためには何よりもまず、世界中の零細農家の暮らしをよくしなければならない。彼らの唯一の財産であるわずかな土地。そのわずかな土地からいかに収入を得るか。それが私の世界を救うためのテーマだった。私はそのための方法を見つけ出した。それが!」
と、森崎先輩は両手をガッと挙げると背後にすさまじいまでの稲光を背負いながら叫んだ。
「SEEDシステム!」
「し、しーどしすてむ……?」
おれはその迫力に椅子ごと後ずさりながらつぶやいた。
「そうだ。それこそは世界を変え、人類を救う新たなるイノベーション。救世を告げる新たな箱船。その正体とは……」
森崎先輩がそう言ったときだった。
部室のドアが開き、ひとりの女子生徒が入ってきた。
その日から目の色をかえて勉強し、若竹学園に入学した。両親もまさかおれがそんな進学校に合格するとは思っていなかったのだろう。
『うちの息子って意外と秀才だったんだなあ』
『だったのねえ』
などとコタツでお茶を飲みながら、しみじみとあきれながら感心していた。それでも、やはりうれしかったのだろう。合格祝いのときにはおふくろも普段の『ケチケチ主婦』振りはどこへやら、奮発して特上の牛肉でステーキを焼き、寿司までつけてくれた。
学校近くのアパートにひとりで住み、新生活をはじめた。入学してからもおれは必死にがんばった。わざわざ進学校を選んだのはおれの意地だ。小さい頃からの夢をすてたのだ。何がなんでも他の道で成功してやる。かわいい彼女だって作ってやる。そのためにサッカー部にも入った。そのほうが女の子にモテるから。
絶対に勝ち組になってやる。そうでなければ気がすまない!
……まあ、高校生活の一年目はその野望とはほど遠い平凡なものとして終わったわけだけど。
たとえば、同じクラスの彼女と夏祭りに出かけて浴衣姿の彼女に見惚れ、その視線に気づいた彼女が照れた様子で、
『な、なに? どうかした?』
なんて言ってきて、おれは胸をドキドキさせながら、
『いや……浴衣姿、すごいかわいくて……見惚れてた』
なんて答えて、彼女は顔を真っ赤に染めて、そしてふたりは見つめ合い、自然に顔がより添って……なんてイベントは起こる気配もなく終わったごくごく平凡な一年間。
それでも、成績は真ん中辺りをキープしていたし、彼女とまではいかなくても女友だちも何人かできた。……告白して玉砕したことも二度ほどあったけど。
それなりに満足すべき一年だったのだ。
――また同じ一年がはじまる。
そんな漠然とした思いを抱いて二年の始業式へとやってきた。始業式に出席し、校長のお決まりの訓辞を聞いてクラスに戻り、新しいクラスメートたちといくらかおしゃべりして、そして、帰る。それだけの日だったはずなのだ。ただ、それだけの。
それなのに事実としておれはいま、すでに使われていない旧校舎の人気のない一室に連れ込まれ、生徒会長ふう美人先輩とふたりきり、というわけだ。
そこはいかにも古ぼけた、『長年使われていません』といった雰囲気のプンプンする部屋だった。そんな部屋にしては意外なぐらい清掃が行き届いていて、きちんとしてはいたけれど。
古ぼけた小さな机といくつかの椅子、それに小さな黒板があるだけの小さな部屋。部屋の前には一目で手作りとわかる巨大な看板が立てられ『こちらSEED部!』とデカデカと書かれてあった。
そしておれは、その部屋の真ん中で『いまどきあるのか?』的古式ゆかしい木製椅子に座らされ、生徒会長ふう美人先輩の全力の演説を聞かされている、というわけだ。
「少年よ。君も男なら一度や二度は世界征服の夢に恋い焦がれたことがあるだろう」
……あるわけないだろ。
「いまこそその夢を叶えるときがきたのだ。私とこい。我々若者の手で世界をかえ、新たな未来を築くのだ。さあ、立ちあがれ、少年よ! 世界は君をまっている!」
「ちょっとまってください!」
「何かな、少年?」
「すみません、大声あげて。ええと、それでですね。何がなにやら全然わからないんですけど……」
「だから、君をスカウトしているのだ、少年よ」
「その『少年』っていうのはやめてくださいよ」
「わかった。少年」
「いや、だから、おれは……」
「二年A組、藤岡耕一」
「そ、そうです」
「成績は中の下。スポーツは上の下。サッカー部所属のセミ・レギュラー。今年は正規のレギュラー取りが期待されているディフェンダー」
「……く、くわしいですね」
よどみなくペラペラと並べ立てられ、おれは思わず後ずさってしまった。何なんだ、この人は。趣味の探偵か? おれのことを去年一年、尾行でもしてたのか?
生徒会長ふう美人先輩はニヤリと笑うとさらにつづけた。
「……去年、同級生の小林真紀と室田あゆみに告白。共に速攻で『ごめんなさい』カウンターを決められ、玉砕している」
「何で、そんなことまで知ってんだ⁉」
「はっはっはっ。いまさら何を言っている、少年よ。私は校内ナンバー1珍獣、森崎陽芽だぞ。それぐらいのことは先刻承知だ」
――森崎陽芽。この人が……。
名乗ってくれたのでようやく相手の正体がわかった。森崎陽芽ならおれも知っている。校内ナンバー1珍獣の名に恥じない有名人だ。
その学校生活は無数の伝説に彩られ、学年を問わず、語り継がれている。一年のときには入学初日の自己紹介でいきなりクラスメートを前に『世界革命計画』をぶちあげ、同志を募り、その場を凍り付かせ、賛同者がいないと見るや『勝手』に『世界革命評議会』なるクラブを立ちあげ、自ら部長におさまった。
その部活動自体は半年とつづかなかったそうだけど、その後も『人類補完機構』だの『文化・文明研究会』だのを作り、行く先々で大騒動を巻きおこした。当然、どのクラブも部員は彼女ひとりだったのだが、その傍迷惑なまでの行動力とバイタリティーで周囲を巻き込み、一〇〇人分もの騒ぎを起こしつづけたという。いつ誰ともなく言うようになった言葉が、
――森崎陽芽を見たら一〇〇人はいると思え。
そして、奉られた称号が『校内ナンバー1珍獣』というわけだ。
どう考えても誉められた称号ではないはずだけど、自分で平気で名乗るところを見ると結構、気に入っているのかも知れない。さすが珍獣。普通種とは感性がちがう。
教師たちも彼女が一年の頃は何とか『進学校にふさわしい真っ当な生徒』にしようと『指導』に力を尽くしたそうだけど、そのうちあきらめた。二年になると『あいつは放し飼いにしておくしかない』との結論に達したらしい。一切、関知しないようになった。
それによって森崎先輩はさらにやりたい放題やるようになった……わけではない。最初から教師の存在など無視して我が道を突き進んでいたのだから、それ以上やりたい放題になれるはずがなかったのだ。
しかし、森崎先輩に関する最大の不思議は、彼女が一年、二年とつづけて『学年ナンバー1美少女』に選ばれたという事実だろう。たしかに、黙って立っていれば真面目で清楚で気品あふれる生徒会長ふうルックスとスタイルの持ち主で、その魅力は輝くほど。制服の上にまとった白衣姿にサバサバした男言葉がよく映える。
現役アイドルの転入でもないかぎり、今年も三年のナンバー1美少女に選ばれるのだろう。それはわかる。見た目だけなら。
しかし、この中身を乗り越えてその栄冠に輝くとは、選ぶほうもすごいと思うのだ。とくにこうして目の前で奇妙っぷりを見せつけられているとなれば、だ。
その天下御免、傍若無人の森崎陽芽が三年になって新しくはじめたのが謎のSEED部、というわけだ。何をするためのクラブなのかは知らないけど、数々の森崎伝説からすれば一筋縄で行く場所であるはずがない。
「言っておくが少年よ。私が君をスカウトしにきたのはフラれ男だからではないぞ。これでも、玉砕に次ぐ玉砕は気の毒に思っている」
「放っとけ!」
「君が米農家の息子だからだ」
ピクリ、とおれの眉が釣りあがる。
「……米農家の息子だから何なんです?」
そう問いかけるおれの声は我ながら底冷えするような陰欝なものだった。
「言っておきますけど、おれと家の仕事は何の関係もないですよ。おれは稼業は継がないんだし」
そう言いすてた後、思わず苦い笑いがこぼれてしまった。
継がない?
ちがうだろう。
継げないんだ。
森崎先輩は気にしたふうもなく言った。
「君が稼業を継ぐか否かは私の関与するところではない。ただ、米農家の協力がほしいだけだ」
「どういうことです?」
「まあ聞け、少年。以前、たまたまテレビのニュースを見ていたときのことだ。外国で起きた大規模なテロ事件のことが報道された。それを見た瞬間、私は怒りのあまり手にしていたカップをテレビに叩きつけて叫んでいた。『いつまでこんなことをしているのだ!』とな」
その言い方が妙にしんみりしたものだったのでおれは意外な気がした。傍若無人なだけかと思っていたら案外、生真面目で繊細なところもあるのだろうか。
「いつまでこんなことをしている、いつまで身内同士で殺しあっている。人類はもっと偉大な存在になれるはずだろう。私はそう思い、怒り狂った」
――この人もおれと同じなのか。
おれはじいさんの田んぼ、この人は人類そのものの未来。スケールは森崎先輩のほうがずっとでかい。でも、それでも――。
世の中に大切なものをふみにじられたくやしさは同じ……。
「私はこんな現実に耐えたくはなかった。現実の側をかえたかった。人間同士の殺しあいを終わらせ、人類がその可能性を存分に追求できる世界にしたかった。だが、どうすればいい? どうすればそうできる? 私は必死に考えた。そして、出た結論は『自分で作る』だ」
「自分で作る?」
「そうだ。他人がやってくれるのをまっているわけにはいかない。自分の手で、私たち自身の手で真に望む世界を作りあげるのだ。自分の利益のために他人を踏み台にする連中も、『自由のため』と称して暴力に訴える連中も、政治家に何とかしてもらおうとして騒ぎを起こす連中も、私は等しく許せん。だから、見せつけてやるのだ。『こうすればもっと幸せになれる』という方法をな」
つまりは、あれか、この人? 『中二病患者』ってやつか?
森崎先輩はおれの内心などおかまいなしにしゃべりつづける。
「そも、世界から争いが絶えないのはなぜだ、少年よ? 第一の理由はあまりにも多くの人々が自分の満足の行く生活を送れていないという点にある。いまだに何億という人々が貧困のなかに追いやられ、将来にわたって希望をもてない暮らしを強いられている。その怒りが、絶望が、世界そのものへの憎悪となり、争いへと駆り立てる。ならば、争いを根絶する方法は単純だ。人々の暮らしをよくすればいい。貧困にあえぐ人々が希望と収入を得られるようにすればいい。だろう、少年よ?」
「だろうって言われても……」
おれは口ごもった。一介の高校生がいきなりそんなことを言われて他にどうすることができる? だが、森崎先輩はおれの反応になどかまわず先をつづけた。
「そしてだ! 貧困にあえぐ人々の大半はわずかばかりの土地にしがみつき、そこから得られる作物で何とか糊口をしのいでいる零細農家だ。だからこそ、少年。しがない米作農家の息子である君の協力が必要なのだ」
「おれの?」
「そうだ。世界から絶望を取り除き、希望を取り戻すためには何よりもまず、世界中の零細農家の暮らしをよくしなければならない。彼らの唯一の財産であるわずかな土地。そのわずかな土地からいかに収入を得るか。それが私の世界を救うためのテーマだった。私はそのための方法を見つけ出した。それが!」
と、森崎先輩は両手をガッと挙げると背後にすさまじいまでの稲光を背負いながら叫んだ。
「SEEDシステム!」
「し、しーどしすてむ……?」
おれはその迫力に椅子ごと後ずさりながらつぶやいた。
「そうだ。それこそは世界を変え、人類を救う新たなるイノベーション。救世を告げる新たな箱船。その正体とは……」
森崎先輩がそう言ったときだった。
部室のドアが開き、ひとりの女子生徒が入ってきた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜
百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。
◆あらすじ◆
愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」
頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。
「来世に期待して死ぬの」
「今世にだって愛はあるよ」
「ないから、来世は愛されたいなぁ……」
「来世なんて、存在してないよ」
SING!!
雪白楽
青春
キミの音を奏でるために、私は生まれてきたんだ――
指先から零れるメロディーが、かけがえのない出会いを紡ぐ。
さあ、もう一度……音楽を、はじめよう。
第12回ドリーム小説大賞 奨励賞 受賞作品
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
ただ巻き芳賀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる