星座の街のエル&ニ−ニョ 〜世界を石に変えてしまったふたり〜

二二章

すべてが石に……！

　そして、運命の日はやってきた。
　ク・ブライアン率いる赤枝の騎士団。
　フィン・ブライアン率いる白枝の騎士団。
　そして、王立アカデミーの校長に招かれてやってきた王立騎士団。
　三つの騎士団が中央広場に結集し、魔王エーバントニアの彫像を中心に睨み合ったのだ。
　ダナ家は燃えるような深紅の衣裳。ミレシア家は輝くような純白。そして、王立騎士団は漆黒の闇のような黒地に黄金。
　赤と白と黒と金。色鮮やかなの軍勢が真っ向から対峙する様は見た目にも華やかでわかりやすく、中央広場は息を呑む緊張感に包まれた。街の野次馬たちも物陰にひそみながら興味津々の体で見守っている。
　ク・ブライアンとフィン・ブライアンがそれぞれの騎士団の先頭に立った。真っ向から睨み合う。どこまでも張り合うつもりか、ク・ブライアンは見事な皇帝髭をたくわえ、フィン・ブライアンは長い顎髭をのばしている。
　ク・ブライアンの『ク』というのは伝説の半神半人の英雄ク・ホリンの『ク』であり、力を象徴する名前だ。一方、フィン・ブライアンの『フィン』とは『白』という意味で聖なる色だ。両家の当主には代々この名が伝えられる。
　そして、両家の対抗意識は同じ名前を付けるという馬鹿馬鹿しいぐらいのものになっている。先代当主の名前はク・ニールとフィン・ニールだったし、次期当主の名前はク・コーマックとフィン・コーマックだ。
　ふたりのブライアンが前に進みでた。威圧するために大きく胸を張り、そっくり返っている。お互いの腕が相手に届くよりちょっと遠い位置で立ち止まった。ふたりの眼光がぶつかり合い、火花を散らした。ク・ブライアンの腕があがった。人差し指を突き付け弾劾した。
　「我、ダナ家当主ク・ブライアンの誇りにかけて弾劾する！　幼き娘をかどわかし、閉じこめて、嘘の手紙を書かせるその振る舞い！　まさに劣等種族のミレシア家の、ケダモノにも劣る所業なり！　ヤギ並の器量と頭のなかに人の痕跡をわずかでもとどめているのなら、すみやかに己れの罪を認め、我が一族の娘を帰すがよい！」
　その苛烈な弾劾をしかし、フィン・ブライアンは『ふん！』とばかりにさらに胸を張ってはねのけた。逆に言い返す。
　「己れの罪をひた隠し、相手のせいにするその態度！　まさに卑劣な嘘吐きたるダナ家にふさわしい振る舞いなり！　きさまらこそブタ並の心のなかに恥を知る気高さをわずかでも残しているのなら罪を認め、我が一族の息子たるニーニョを帰し、天下万民に向かって謝罪せよ！」
　「罪を認める心すらなきケダモノどもめ！　きさまらがあくまで嘘を付くなら考えがある！　我がダナ一族の実力、天下に示し、目のもの見せてくれようぞ！」
　「弱いイヌほどよく吠える。己れの仕業をなすりつけ、天下に乱れを呼ぶ恥知らず！　かくなる上は力をもって矯正せん！」
　「我らは平和を望むが、きさまらがやるなら相手になる！」
　「フェア・プレイこそ紳士の信条！　こちらからは殴らぬが、殴ってくるなら殴り返す！」
　「きさまらがやった！」
　「きさまらだ！」
　オペラ歌手のような朗々たる声量が鳴り響き、弾劾と弾劾がぶつかりあう。言葉をかわすごとに敵意と憎悪が激しさを増していく、　辺り一面の空気が帯電する。そこへ、第三の怒声が響き渡った。
　「やめぬか！」
　王立騎士団の団長だった。
　それまで黙って聞いていた王立騎士団長がついに耐えかね、口をはさんだのだ。一歩、前に進み、ふたりのブライアンを分ける壁のように立ちはだかる。ふたりに負けない大声で叫んだ。
　「貴族同士の私闘は王国法によって固く禁じられるところである！　それを破り、騒ぎを起こし、国王陛下の宸襟をお騒がせたてまつるというのなら、王立騎士団の名誉に懸けて鎮圧する！」
　その宣言はしかし、ふたりのブライアンの反発を買っただけだった。
　「黙っておれ！　これは三〇〇年に及ぶ我らの確執！　よそ者の出る幕ではないわ」
　「その通り！　あくまで邪魔立てするというならもろともに踏み潰してくれる！」
　「おもしろい！　平和な空に浮かび、戦のひとつも経験してこなかった飾り人形が、歴戦の我らを相手にすると申すか。きさまらなど片手で充分。右の腕と左の腕で同時に組み伏せてくれるわ！」
　三者とも一歩も引く気はない。交渉によってどうこうなどという意志は最初からない。武力によって相手を排除する。それしか考えていなかった。それができるだけの力が自分にあることも疑っていなかった。
　緊張は増していき、小石ひとつ転がる音がしただけでもそれをきっかけに剣が抜かれ、三つ巴の死闘が繰り広げられることになるだろう。
　その様子をエルとニーニョも物陰から見つめていた。いつも通り、下水道の秘密の通路を通ってここまでやってきたのだ。
　ふたりはその様子を見て勇み立った。
　「よし。行くぞ、エル。おれたちで戦争をとめるんだ」
　「もちろんよ」
　ニーニョが言うとエルも力強くうなずいた。
　揺らぐことのない、それでいて根拠のない自信家ぶりはダナ家とミレシア家の血だろうか。ふたりとも自分たちの計画が失敗するなどとは欠けらも思っていなかった。必ず成功する。戦争は食い止められる。そう確信していた。
　ニーニョがエルを肩車した。その上から邪眼のバロアの衣裳をすっぽり被る。そうすることでどうにか、たいていのおとなを見下ろすことのできる背丈になった。演出効果を考えてスモークも用意した。ハーブを運んできて山と積み、火を付けたのだ。
　生渇きなので火よりも煙が多く出る。いくつものハーブをごちゃ混ぜに放り込んであるので匂いもきつい。頭が痛くなるような匂いが立ちこめる。もちろん、風向きは考えてある。風上に位置し、中央広場に向かって自然と流れるようにしてある。
　計算通り、煙は三つの騎士団が陣取る中央広場目掛けて流れて行った。その煙の流れに乗ってエルとニーニョは邪眼のバロアになりきって桧舞台に躍り出た。
　最初に気が付いたのは匂いだった。やけにきつい、頭の痛くなるような匂いが漂ってくる。騎士たちはその匂いに顔をしかめた。匂いのもとを捜して視線をめぐらした。煙が流れてくるのが見えた。
　ギョッとした。そして、煙と共に現われた異様な風体の主を見てさらに驚いた。その異様な姿の主は両腕を広げてこう言ったのだ。
　「我こそは邪眼のバロア。三〇〇年の封印を解き、いまこそ目覚めたり」
　エルとニーニョは少しでも厳かな口調になるよう気をつけながら、前もって考えておいた台詞を口にした。口のなかには綿を含んで声がかわって聞こえるようにした。
　さらに、わざと声を震わせ、ふたり同時にしゃべることでまったくちがう声に聞こえるように工夫した。少しでも不気味な迫力を出すため、そして、なによりも声で自分たちだと悟られないために。
　「邪眼のバロアだと？」
　ク・ブライアンが眉をひそめた。
　エルとニーニョは気分を出してつづけた。
　「その通り。なんじらは愚かにも我を封印するためにはふたつの家の力を合わせることが必要だということを忘れ、いさかいをつづけた。ために封印が弱まり、我はこうして蘇ったのだ。我がもとに迷い込んできたふたりの子供はすでに食ろうてやったわ！」
　わざとらしく両腕を大きくあげる。いきなりの動きにエルを肩車しているニーニョはよろめいたけど、なんとか踏み止まった。
　――ノリノリなのはいいけど、少しは担いでいる方の身にもなってほしいよな。
　思わず心のなかで愚痴るニーニョだった。
　エルは仮面と衣裳に開けた穴からおとなたちの様子をうかがった。みんな、唖然とした様子で声もない。
　うまくいっている。演出効果はバッチリだ。みんな恐怖のあまり声も出ずにいる。これならきっとうまくいく！　
　エルはそう思った。だけど――。
　――なんでこんなところに子供のイタズラが？
　おとなたちはそう思って呆気にとられているだけだった。
　本人たちだけはなかなかの出来栄えだと思った邪眼のバロアの衣裳も、おとなの目から見れば子供の杜撰な手作りであることは一目でわかる。胴ばかり長くて腕の短い不自然な体型といい、真っすぐ立っているはずなのに妙によたつく姿勢といい、ふたりの子供が肩車していることもすぐにわかる。
　もし、これがハロウィンの仮装ででもあればそのつたなさに笑いだしていたところだ。ただ、いまにも戦争が起きようとしている場に子供が現われてイタズラをしかけている。その奇妙さに呆気にとられていただけなのだ。
　エルとニーニョにとってはそうであって幸いだった。もし、誰かひとりでもいい。すぐに動いて衣裳をひっぺがしていたらたちまち正体がバレていた。人ひとりを肩車した状態で逃げ出せるわけはないし、ふたりともそんなことは考えてもいなかったのだから。
　エルとニーニョはうまく行っていると勘違いしたまま練習してきた台詞を唱えた。
　「いまこそ我はこの世界に君臨する！　手始めにきさまら全員、我が邪眼の魔力をもって石にしてくれるわ！」
　それは、まったくただの脅し文句であって呪文でもなければ魔法でもない。そもそも、エルもニーニョも魔法など知らないし、魔力もない。だから、そんなことを言ったところでなにも起こるわけはなかったのだ。
　ただ、脅し文句を叫んでおとなたちを恐怖させ、さっさと逃げる。
　それだけのはずだった。
　それだけでおとなたちは邪眼のバロアの脅威の前に結束し、戦争は食い止められる。そして、自分たちはいままでどおりの自由な野暮しを満喫できる。そのはずだったのだ。ところが――。
　ふたりが叫んだとたん、世界は灰色に閉ざされた。すべてのものが石へとかわっていた。