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一九章
妖精の国から
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エルとニーニョは『家』に帰るとさっそく袋を開けて戦利品をぶちまけた。パン、チーズ、ジャム、ミルク、油脂、衣服などが山とつまれる。ふたりはそれを見て歓声をあげた。
その日は一日かけてのパーティーだった。
大きなパンの固まりをチーズの固まりと一緒にガツガツと食べた。
竃に火を焚いて石を熱し、小麦粉とミルクと卵を混ぜ合わせたものを薄くひいてパンケーキを焼いた。家で食べていたメイドたちの焼いてくれたパンケーキよりずっとおいしいと思った。
バターもジャムもたっぷりつけて食べた。おかげて口のなかがすっかり甘くなってしまったほどだ。
お茶っ葉も手に入れたので念願のミルクティーもいれることができた。甘いあまいミルクティーのおいしいこと!
以前は当たり前だと思っていた食べ物や飲み物。それがこんなにおいしいものだったなんて。ふたりはあまりのおいしさに身を震わせ、感動にひたったほどだった。
ふたりはその日一日かけて手に入れた食料の大半を平らげた。
さすがに食べ過ぎもいいところだった。お腹はすっかりふくれあがり、息が苦しい。でも、幸せな苦しさだった。こんな満足感はちょっと味わった覚えがない。
ふたりは満足感に包まれたまま苦しいお腹を抱えて眠りについた。
満足感のなかに小さくない刺を感じるようになったのは次の日、目を覚ましてからだった。
ふたりはどちらもなにも言わず、針葉樹の葉を敷き詰めたほら穴に寝そべったまま天井を見上げていた。まわりには昨日、ふたりがかりで食べちらかした食べかすと空っぽになった袋が散らばっている。ポツリ、と、エルが言った。
「ねえ」
「うん?」
「やっぱり、まずいよね?」
「だよな」
「うん。このままってわけには行かないよね」
「ああ」
ふたりが言っているのはお互いの母親のこと。マーフィの店で聞いた噂話のとおりなら母親たちは死ぬほど心配していることになる。さすがにそれを放っておく気にはなれなかった。
なにも心配させたかったわけではない。ただ、おとなの都合でせっかくの友だちと引き離されたくなかっただけなのだ。それなのに……。
「……やっぱり、一度ぐらい顔を見せるべきかも」
「うん。でも、そんなことしたら捕まって、二度と戻ってこられない……」
「そうだけど……でも、せめて、元気で暮らしてるってことぐらいは伝えないと」
「そうだ!」
エルが突然、叫んだ。跳ね起きた。目を輝かせてニーニョに言った。
「だったら手紙を書こう! 『あたしたちは元気です』って」
「いい考えだと思うけど……なんて書く? ここでの暮らしのことは書けないよ。そんなことしたら見つかっちゃう」
「だから、よその国に行ったことにするのよ」
「よその国?」
「そう。たとえば……地下に広がる妖精の国とか」
あっ、と、ニーニョは声をあげた。
「そうか。そういえばそんな伝説もあったっけ。遥か昔、ドルイム・ナ・テインの地にまだ人間がいなかったころ、大地には美しい妖精族が住んでいた。でも、人間たちがやってきて争いになり、敗れた妖精族は地下に逃げ込んだ。そして、そこに美しい国を作り、いまでも暮らしているって」
「そう、それよ。なにしろあたしたち、《バロアの丘》に行ったその日のうちにいなくなったんだもの。《バロアの丘》で妖精の国への入り口を見付けてそこに行ったんだって納得するわ」
「うん。そうだな。妖精の国に行って何十年もしてから帰ってきたっていう人間の話はよく聞くし。それなら母さんも安心するよな。でも、そうすると妖精の国での暮らしも書かなきゃいけないな。妖精の国ってどんななんだろう?」
「そうね。まずはなんといってもきれいなことよね。一年中、暖かくて、いつでも花が咲き乱れていて、冬なんてないの」
「お城は欠かせないよな。きっと、長い槍を構えた番兵なんかもいるぞ」
「月夜の番にはお祭りね。みんなして楽器をひいて、歌をうたって踊りあかすの」
「川には乳と蜜が流れ、一年中、木の実が成っていて……食べるものには困らない!」
ふたりは想像力の赴くままどんどん妖精の国のイメージを広げていった。こういう空想ならお手のものだ。
とうとうふたりは《バロアの丘》でどうして妖精に出会ったか、どんな道を通って妖精の国にわたったか、そこでどんな暮らしをしているかまでこと細かく作り上げた。
すべて記すとそれはもう手紙などではなく一本の立派な物語になっていた。
ふたりはその出来栄えに満足した。そして、その長いながい手紙をそれぞれの家の門の前に置いてきた。
さあ、これでもうだいじょうぶ。母さんたちも子供が妖精の国で幸せに暮らしているとしって安心する。もうなにも心配する必要などないのだとしって元の暮らしに戻れるだろう。これであたしたちも安心だ。
ふたりは子供らしい単純な思い込みを抱いて自分たちの家に帰っていった。ところが――。
この手紙がとんでもない事態を引き起こすことになったのだ。
その日は一日かけてのパーティーだった。
大きなパンの固まりをチーズの固まりと一緒にガツガツと食べた。
竃に火を焚いて石を熱し、小麦粉とミルクと卵を混ぜ合わせたものを薄くひいてパンケーキを焼いた。家で食べていたメイドたちの焼いてくれたパンケーキよりずっとおいしいと思った。
バターもジャムもたっぷりつけて食べた。おかげて口のなかがすっかり甘くなってしまったほどだ。
お茶っ葉も手に入れたので念願のミルクティーもいれることができた。甘いあまいミルクティーのおいしいこと!
以前は当たり前だと思っていた食べ物や飲み物。それがこんなにおいしいものだったなんて。ふたりはあまりのおいしさに身を震わせ、感動にひたったほどだった。
ふたりはその日一日かけて手に入れた食料の大半を平らげた。
さすがに食べ過ぎもいいところだった。お腹はすっかりふくれあがり、息が苦しい。でも、幸せな苦しさだった。こんな満足感はちょっと味わった覚えがない。
ふたりは満足感に包まれたまま苦しいお腹を抱えて眠りについた。
満足感のなかに小さくない刺を感じるようになったのは次の日、目を覚ましてからだった。
ふたりはどちらもなにも言わず、針葉樹の葉を敷き詰めたほら穴に寝そべったまま天井を見上げていた。まわりには昨日、ふたりがかりで食べちらかした食べかすと空っぽになった袋が散らばっている。ポツリ、と、エルが言った。
「ねえ」
「うん?」
「やっぱり、まずいよね?」
「だよな」
「うん。このままってわけには行かないよね」
「ああ」
ふたりが言っているのはお互いの母親のこと。マーフィの店で聞いた噂話のとおりなら母親たちは死ぬほど心配していることになる。さすがにそれを放っておく気にはなれなかった。
なにも心配させたかったわけではない。ただ、おとなの都合でせっかくの友だちと引き離されたくなかっただけなのだ。それなのに……。
「……やっぱり、一度ぐらい顔を見せるべきかも」
「うん。でも、そんなことしたら捕まって、二度と戻ってこられない……」
「そうだけど……でも、せめて、元気で暮らしてるってことぐらいは伝えないと」
「そうだ!」
エルが突然、叫んだ。跳ね起きた。目を輝かせてニーニョに言った。
「だったら手紙を書こう! 『あたしたちは元気です』って」
「いい考えだと思うけど……なんて書く? ここでの暮らしのことは書けないよ。そんなことしたら見つかっちゃう」
「だから、よその国に行ったことにするのよ」
「よその国?」
「そう。たとえば……地下に広がる妖精の国とか」
あっ、と、ニーニョは声をあげた。
「そうか。そういえばそんな伝説もあったっけ。遥か昔、ドルイム・ナ・テインの地にまだ人間がいなかったころ、大地には美しい妖精族が住んでいた。でも、人間たちがやってきて争いになり、敗れた妖精族は地下に逃げ込んだ。そして、そこに美しい国を作り、いまでも暮らしているって」
「そう、それよ。なにしろあたしたち、《バロアの丘》に行ったその日のうちにいなくなったんだもの。《バロアの丘》で妖精の国への入り口を見付けてそこに行ったんだって納得するわ」
「うん。そうだな。妖精の国に行って何十年もしてから帰ってきたっていう人間の話はよく聞くし。それなら母さんも安心するよな。でも、そうすると妖精の国での暮らしも書かなきゃいけないな。妖精の国ってどんななんだろう?」
「そうね。まずはなんといってもきれいなことよね。一年中、暖かくて、いつでも花が咲き乱れていて、冬なんてないの」
「お城は欠かせないよな。きっと、長い槍を構えた番兵なんかもいるぞ」
「月夜の番にはお祭りね。みんなして楽器をひいて、歌をうたって踊りあかすの」
「川には乳と蜜が流れ、一年中、木の実が成っていて……食べるものには困らない!」
ふたりは想像力の赴くままどんどん妖精の国のイメージを広げていった。こういう空想ならお手のものだ。
とうとうふたりは《バロアの丘》でどうして妖精に出会ったか、どんな道を通って妖精の国にわたったか、そこでどんな暮らしをしているかまでこと細かく作り上げた。
すべて記すとそれはもう手紙などではなく一本の立派な物語になっていた。
ふたりはその出来栄えに満足した。そして、その長いながい手紙をそれぞれの家の門の前に置いてきた。
さあ、これでもうだいじょうぶ。母さんたちも子供が妖精の国で幸せに暮らしているとしって安心する。もうなにも心配する必要などないのだとしって元の暮らしに戻れるだろう。これであたしたちも安心だ。
ふたりは子供らしい単純な思い込みを抱いて自分たちの家に帰っていった。ところが――。
この手紙がとんでもない事態を引き起こすことになったのだ。
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