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二九章 おれの家族になってくれ

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 「さきら! !」
 優司ゆうじは叫んだ。
 残された最後の力を振り絞って、ふたりのもとに駆けよった。
 その叫びに気付いたふたりの少女が視線を向けた。優司ゆうじの姿を見つけた。その瞬間――。
 の顔一面にパアッとひまわりのような華やかで明るい笑顔が花開いた。
 「ゆ~じ! やっぱり、来たんだね!」
 信じてたよ!
 全身でそう叫びながら優司ゆうじに駆けより、抱きついた。あまりの勢いに優司ゆうじはこらえきれずに倒れてしまった。よりによって公衆の面前で女子が男子を押し倒す格好になってしまったわけだが、ふたりともそんなことにかまっている余裕はない。
 そんなふたりに目を向けるさきらは意外なような、感心したような、そんな表情を浮かべている。
 が立ちあがった。優司ゆうじが起きるのを助けようと手を差し伸べた。しかし、優司ゆうじは首を横に振った。
 「いや、もういいんだ。。もう手を引いてくれなくていい。これからは、自分の足で立ってみせる」
 そう言って――。
 優司ゆうじは自分ひとりで立ちあがった。そして、とふたり、さきらのもとに向かった。
 さきらは無言のまま、優司ゆうじが近づいてくるのをまっていた。三人の周囲では、突如としてはじまったリアルな恋愛映画に人々が興味津々な視線を向けている。
 優司ゆうじはさきらの前で立ちどまった。真剣な目でふたりを見た。そして、言った。
 「ごめん」
 頭をさげた。
 「おれの馬鹿さ加減のせいで、ふたりを傷つけた。本当にごめん。でも、おかげで気がついたんだ。おれは……おれは……」
 優司ゆうじは口ごもった。
 その思い、いままで口に出すことはおろか、意識することもなく目をそらしつづけてきた思い。その思いが胸のなかで渦巻き、出てこようとしない。
 優司ゆうじはようやくのことで、その思いを言葉にした。
 「おれは……愛しあえる家族がほしかったんだ」
 優司ゆうじがまだ幼い頃。その家庭は愛情に包まれていたはずだった。幸せなはずだった。父が人を殺すこともなく、母が行方をくらますこともなかった頃。そこには父がいて、母がいて、自分がいた。
 愛情に包まれた幸せな家族のはずだった。
 それがたとえ、子どもの思い込みに過ぎないものであったとしても……優司ゆうじにとって、『愛しあう家族』は、たしかに存在していたのだ。
 それが、ある日突然、失われた。父が人を殺した。殺人犯となった。母はそれを苦にして姿を消した。そして、優司ゆうじは――。
 親戚の家をたらい回しにされた。そのなかで抱きつづけてきた思い。胸に抱きながら、ずっと目をそらしていた思い。
 ――あの頃の暮らしを取り戻したい。
 「……そうだ。おれは……おれは、もう一度、家族と暮らしたかったんだ。お互いに愛し合える家族と」
 優司ゆうじは唇を噛みしめた。目から涙がこぼれていた。肩をふるわせ、少年は泣いていた。
 「おれは……おれは一度、家族を失った。二度も失いたくないんだ」
 そんな少年に、の声がかけられた。
 「うん。知ってた」
 「えっ?」
 「自覚がないみたいだから言わなかったけどさ。ゆ~じって、中学の頃からよその家族をすごいうらやましそうに見てたよ。ゆ~じの境遇は知ってたから、その姿を見て思ったんだよね。『ああ。この人は家族がほしいんだな』って。
 そして、思ったんだ。『この人なら将来、必ず、家族を大切にしてくれる』って。だから、強引に迫って、無理やりゆ~じの彼女になったんだよ。前に言ったとおり、あたしは子どもいっぱいほしいからさ。本当に家族を大事にしてくれる人でなきゃダメだから」
 「そ、そうだったのか……」
 優司ゆうじは涙の跡を残した顔で、憑き物が落ちたような表情を浮かべた。
 は自分よりも自分のことを理解していた。理解してくれていたのだ。そんな彼女を傷つけるなんて……おれは、どれだけ馬鹿なんだ!
 優司ゆうじが自分をののしっていると、さきらも口にした。
 「優司ゆうじはわたしにこう言ったのよ。『ゆ~じはたしかにいまはまだ、自分のことがわかっていない子どもだけど、でも、将来は絶対に家族を大切にする立派な人間になってくれる。だって、ゆ~じは他人のせいにして逃げたりしない。どんなにつらい目に遭ってもちゃんと受けとめて、自分の道を歩いて行ける人間だから』って。それを聞いてわたしも、あなたを恋愛相手に選んだのよ」
 「そうなのか……」
 「そして……」
 と、が笑顔でつづけた。
 「あたしもそのとき、決めたんたんだよね。将来、優司ゆうじと結婚して、優司ゆうじの子どもをいっぱい産む。そして、さきらと一緒に育てる。三人で最高に幸せな大家族を作るんだって」
 「そうか……」
 「と言うわけで」
 さきらが優司ゆうじに手厳しい視線を向けた。
 「ここまでやってきたからには、言うべきことがあるんでしょう? 早く言いなさい。まさか、この期に及んで逃げ出したりはしないでしょうね」
 「もちろんだ」
 優司ゆうじはうなずいた。
 そこにはもう涙に暮れていた少年の姿はなかった。一皮むけた若者の姿だった。
 優司ゆうじは背筋をまっすぐに伸ばした。大切なふたりの少女を見た。まわりを埋め尽くす見物人たちすべてを証人に、裏切ることのできない言葉を告げた。
 「。さきら。好きだ。愛している。君たちふたりも、君たちふたりとの暮らしも。これからもずっとその暮らしをつづけたい。君たちふたりと、お互い、本当に愛しあい、大切にしあえる家族を作っていきたい。だから、頼む。ふたりとも、おれの家族になってくれ」
 おおっ、と、まわりの観客たちがどよめく。その言葉に――。
 満面の笑みで答えたのはだった。
 「もちろん!」
 と、ははしゃぐように言った。
 「あたしこそ、三人で最高に幸せな家族を作りたいと思ってるんだもの。喜んでOKするよ」
 「……
 優司ゆうじは見つめあった。まわりの観客たちが思わずニヤニヤしてしまうような光景だった。そこへ、氷水をぶっかけるような声がした。さきらだった。
 「はともかく、わたしの方はそう簡単にはいかないわよ。あなたに傷つけられたのは確かだもの。まずは、なんであんな態度をとったのか。その点を説明してもらいましょうか」
 「それは……」
 そして、優司ゆうじは語った。VR体験センターでフィリップと出会ったとき、さきらとフィリップの会話を盗み聞きしていたことを。
 「それで……さきらは、人に命令されておれに近づいたんだって、すべで嘘だった、騙していたんだって、そう思って……」
 その言葉に――。
 さきらは心底『あきれた』という表情をした。
 「そこだけ聞いて逃げちゃったわけ? そこから、フィリップとバチバチにやりあったのに」
 「そ、そうなのか?」
 「そうよ。なにを言いあったのか、よく聞きなさい」
 さきらは繰り返した。フィリップと言いあった内容を。それを聞くごとに優司ゆうじはどんどん頬を赤くした。
 「そ、そうだったのか……」
 ――あそこで逃げたりせずに最後まで聞いていれば、誤解もせずにすんだわけか。なにもかも、おれのせいだ。おれが、逃げ出すような弱虫だったから。いや、そもそも、さきらを信用しさえしていれば、あんなことにならずにすんだんだ。
 「……ごめん、さきら。結局、おれは君を信用していなかった。だから、あんな誤解をした。本当にごめん」
 優司ゆうじはそう言って、頭をさげた。
 そんな優司ゆうじを前に、さきらは溜め息をついた。
 「……でもまあ、仕方ないかも知れないわね。わたしもフィルのことをきちんと説明しなかったし、追い払うような真似をしたのは確かだから。誤解させてしまう真似をしたわたしにも非はあったわ」
 「それで、聞きたいんだけど」と、
 「さきら、どうして、フィルのことを説明しなかったの?」
 「それは……」
 さきらの白い頬がうっすら赤く染まった。
 「なにか、気まずいというか……」
 「気まずい?」
 「そ、その……秘密にしていた彼氏をいきなり家族に見られた、みたいな……」
 さきらは頬を赤くしたまま口ごもった。顔をそらした。照れている。メチャクチャに照れている。その姿に――。
 「あははははっ! さきら、かっわいい~!」
 がさきらに抱きついた。優司ゆうじもまた、
 ――かわいい。
 そう思った。
 ――さきらって、こんなに女の子らしくて、かわいかったのか。
 いままで必死に目をそらしていたその事実。よけいな意地を捨てたいまとなれば、はっきりと認められる。そして、
 ――こんなかわいい女の子といられるなんて幸せだ。
 そう思った。
 「と、とにかく……!」
 さきらがを引きはがしながら、見えみえの照れ隠しの口調で言った。
 「にお礼、言いなさいよ。が『ゆ~じは絶対に追いかけてくるから』って、わたしを引きとめたんだから。そうでなかったら、フィルと一緒に飛行機に乗っていたわ」
 「フィル?」
 その名を言われて、優司ゆうじはあたりを見回した。映画俳優のような二枚目アンドロイドがその場にいないことに、はじめて気がついた。
 「そう言えば、フィリップは?」
 「さっきの飛行機に乗って次の国に行ったわ。わたしにフラれて、ひとりでね」
 「そうか……」
 優司ゆうじを見た。心からの感謝の言葉を向けた。
 「ありがとう、。君にはいくら感謝してもしたりないよ」
 言われて、は照れもせずに胸を反らした。
 「なんのなんの。あたしはゆ~じの女房なんだから。当然の務めってやつよ」
 そう言って、優司ゆうじの右腕に自分の左腕を絡ませた。反対側ではさきらもまた、自分の右腕を優司ゆうじの左腕に絡ませる。そして、とさきらもまた、腕を組んだ。三人はそれぞれに腕を組み、輪になってつながった。
 「絶対に、三人で幸せになろうね」
 が言うと、さきらがつづけた。
 「わたしはそんなに簡単ではないわよ。いまはまだ将来性に期待して付き合っているだけ。成長しそうにないと思ったら、いつでも見限る。わたしを失いたくなかったら、それだけの人間になりなさい」
 「わかってる」
 優司ゆうじはうなずいた。力強く、晴ればれと。
 「必ず、ふたりにふさわしい人間になってみせる」
 「それはちがうよ、ゆ~じ。さきらは夫婦一組の嫁なんだから。あたしとゆ~じのふたりで、さきらにふさわしい夫婦になるの」
 「そうだな。一緒に家族を作ろう。本当に愛し合える家族を」
 そして、まわりを埋め尽くす観客たちの拍手に包まれながら――。
 三人のドラマはフィナーレを迎えた。
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