痴漢から助けたAI美少女に彼女をとられた。なのになんで、ふたりして迫ってくるんだ⁉

藍条森也

文字の大きさ
上 下
22 / 30

二二章 秘密の計画

しおりを挟む
 時は七月。
 大地は、『激夏』という新しい名前の季節そのままの殺人的な暑さに包まれている。日差しは容赦なく照りつけ、アスファルトの大地を焦がす。蒸気が立ちのぼり、小さな蜃気楼さえあちこちに浮いている。一昔前からは考えられない、もはや『ほとんど異世界』と言ってもいいほどの幻想的な雰囲気さえ漂っている。
 もし、これが、冷房の効いた部屋のなかでテレビのなかの出来事として見ている……というなら、それはそれは美しい世界と思えるだろう。しかし、現実にそんな暑さのなかで暮らしていかなければいけないとなると、そんなことは言っていられない。
 「……暑い」
 出る言葉はそのひとつである。
 「この暑さはさすがにたまらないわね。こんな事態を招いてくれたことだけは、本当に許せないわ」
 東洋系美少女型アンドロイド、識別名『さきら』――設定年齢一六歳――は、照りつける太陽を見上げながら、自身の造物主である人類への恨み言を口にした。優司ゆうじとふたり並んで学校へ向かう途中のことだった。
 いままでなら優司ゆうじにピッタリ寄り添い――無理やり――腕を組んできたさきらだが、さすがにこの暑さのなかで密着する気にはなれないらしい。腕を組むこともなく、距離をとっている。
 それでも、優司ゆうじのさす日傘のなかにふたりして入っているのだから、まわりから見れば『暑苦しい!』と、叫びたくなるような姿ではあるのだが。
 優司ゆうじは隣に並んで歩くさきらに目をやった。アンドロイドなので、その白皙の肌には汗ひとつ浮いていない。自分はすでに汗でずぶ濡れだというのに。
 やたらと暑がって文句ばかり言っているのに汗は流れていないというのは、どうにも違和感のある光景だった。
 「そんなに暑いなら、どうしてわざわざ学校に行くんだよ。別に授業を受ける必要なんてないだろう」
 「優司ゆうじが行くからよ」
 さきらは当然のごとく、そう答えた。
 「嫁ならちゃんと、一緒にいないとね」
 「だから、嫁じゃないから」
 もう何度目だろう。優司ゆうじはすっかりおなじみになった台詞を口にした。
 普段ならこのあたりで坂口さかぐちが元気な声と共に駆けてきて、全身で抱きつき『おはようのちゅ~』を――さきらに対して――するところだが、ここ数日はその元気な姿は見えていない。
 自分で言っていたように、は歳のはなれた弟妹の世話をする必要もあって、激夏の間はオンライン授業に切り替えて自宅学習なのである。
 「会えなくなるのは寂しいけど、この寂しさがさらなる愛を育む力となるわけだから」
 と、はオンライン授業に切り替える前の最後の日、さきらに熱烈に語って、かつてなく力強い口づけを交わしあったものである。彼女であるはずのに、目の前でそんな姿を見せつけられて、優司ゆうじとしてはどう反応すればいいのかわからなかった。妬けばいいのか、美少女同士のキスシーンが見れて喜べばいいのか……なかなかに複雑な思いをさせられたのだった。
 それはともかく、暑さを理由に自宅学習、自宅勤務が認められるようになった狂った世の中。道行く人もさすがに少なく、たまに通りすがる人たちもたいてい日傘を差すか、暑さ対策の冷房着を着ているかだ。一昔前のように暑さ対策もせずに汗をかきながら歩いているとか、ましてや、スーツを着込んで歩いている姿などまったくない。
 「いまどきの暑さは、本気で殺人レベルだからなあ」
 優司ゆうじが言うと、さきらも涼やかな美少女にはめずらしく、うんざりした様子で言った。
 「本当にね。わたしもオンライン授業に切り替えたいぐらいだけど」
 そう言ってから、溜め息をついた。
 「でも、それだと学校に通っている意味がないし」
 アンドロイド、すなわち自我をもつAIであるさきらにとって、知識の学習のために学校に通う必要などもちろんない。必要なことはいくらでもインストールして人間には不可能な速さで習得することができる。それでも学校に通う理由はただひとつ。世界的なマンガ家となって新たな文明を築くための富と名声を得るために、学校生活を体験するためだ。そのためには実際に学校に行って他の生徒と関わらなければならない。オンライン授業など受ける意味も、理由も、必要も、なにひとつないのである。
 「それなら、がんばって通うんだな」
 優司ゆうじが言うと、さきらはちょっと頬をふくらませた。
 「なに、その言い方? 冷たくない?」
 「自分の目的のためだろ。文句言うな」
 「だからって! 女の子が苦しんでいるのよ。気遣うのが紳士って言うものでしょう」
 「紳士になるかどうかは相手次第なんだよ」
 「どういう意味?」
 ふたりは寄り添いながら言いあって、学校に向かっていく。喧嘩のおかげで暑さを忘れたのか、さきらもオーバーヒートを起こすことなく無事に学校にたどり着いた。
 激夏ともなれば全校生徒の半分ぐらいはオンライン授業に切り替えるので、学校も静かなものだ。そもそも、あまりの暑さに、脳天気な高校生と言えどはしゃぐような元気もない。教師たちも生徒の少なさもあってか、この時期はどうにもやる気がなさそう。冷房の効いた教室のなかで気持ちよさそうに居眠りしている生徒がいても、めったに注意したりはしない。
 それでも、とにかく、午前の授業を終えて昼休みとなった。優司ゆうじとさきらは他の時期ならも交えて三人で屋上に出て日だまりのなかで弁当を食べるのだが、さすがにこの時期になってそんなことはできない。激夏の七月に炎天下で弁当を食べるような真似をすれば人間なら熱中症、アンドロイドならオーバーヒートを起こすのは免れない。と言うわけで、この時期ばかりは冷房の効いた教室内で他の生徒と一緒に昼食である。
 優司ゆうじとさきらは机をはさんで向き合って座り、弁当を広げた。料理当番は相変わらず一日交替であり、今日は優司ゆうじの作った弁当である。さきらはその弁当を一口、食べて、満足げにうなずいた。
 「うん。おいしい。優司ゆうじ、料理の腕、上達したわね」
 「まあ、もうそれなりにやっているから」
 ――お前がコーチしてくれているおかげだよ。
 という言葉は、思わず飲み込んでしまう優司ゆうじである。
 普段の半数ほどとは言え、それでも他の生徒もいる。その生徒たちの前で超絶美少女――それも、アンドロイド――とふたりで差し向かいになって弁当を食べているのだ。やはり、目立つ。注目される。チラチラと遠慮がちに、それでも、はっきりと視線が送られてくる。
 それでも、優司ゆうじの方が慣れてしまったのか、以前のように『恥ずかしくてたまらない』と言った思いはない。
 「見たけりゃ勝手に見ろ」
 とばかりに、堂々としている。もちろん、さきらに対して陰口をたたくような真似をしたら黙っているつもりはない。相手が誰であれ噛みついてやるつもりだ。しかし――。
 いまでは陰口をたたかれることはない。以前はわざわざ聞かせるために陰口をたたいていた男子生徒たちも口に出してはなにも言わない。
 すべてはあの日、優司ゆうじがはじめて陰口に対して挑みかかったときからかわった。
 まわりの評価が、
 ――なにを言っても言い返せないヘタレ。
 から、
 ――怒らせるとヤバいやつ。
 に、なったのだ。
 遠巻きにして眺めることはあっても、聞こえよがしに陰口をたたくことはなくなった。おかげで優司ゆうじとしては、望み通りの静かな学園生活を送れている。
 ――目立たないよう気を使うより、怖がられた方が静かに暮らせるんだな。
 意外な発見に驚いている優司ゆうじであった。
 どちらにしても、いまの優司ゆうじにはそんなことよりよっぽど大事なことがあった。少しためらってから、さきらに言った。
 「相談したいことがあるんだけど」
 その言葉に、さきらは目を丸くして驚いた。
 「相談? 優司ゆうじがわたしに? なに?」
 「もうすぐ、坂口さかぐちさんの誕生日なんだけど……」
 「ああ、そうね」
 「今年はささやかでもパーティーを開いて、祝ってあげたいんだ。……去年はなにもしてあげなかったから」
 そう言われて、さきらはますます目を丸くした。
 「パーティーの誘いならわたしもしたけど、断られたわよ。誕生日は家族で過ごす決まりだって」
 「ああ。それは、おれも知ってる」
 の家はパン屋であり、両親は共に朝から晩まで大忙し。そのため、歳のはなれた弟妹たちの面倒はが見ている。両親には遊びたい盛りの娘に乳母代わりをさせていることに対する負い目があるらしく、そのお詫びと感謝の念も込めて盛大に祝うらしい。本職の誇りを懸けて焼きあげたプライドケーキが鎮座まします、それはそれは豪華なものだとか。
 「あたしとしては別に、そんなことをしてもらわなくてもいいんだけどねえ」
 と、は困ったような表情をして、それでもたしかに嬉しそうに言っていたものだ。
 そんなの顔を思い出しながら、優司ゆうじはつづけた。
 「でも、やっぱり、自分の手で坂口さかぐちさんの誕生日を祝いたいんだ。坂口さかぐちさんには本当に良くしてもらっている。弁当を作ってきてくれたり、部屋の掃除までしてくれたり。だから、誕生日ぐらい、お返しをしたい」
 「へえ。いいところあるのね。見直したわ」
 さきらは感心した声を出した。
 「お前のおかげだよ」
 優司ゆうじはその言葉を寸前で飲み込んで、そして――。
 ハッと気付いた。
 ――ここで言葉を飲み込むからいけないんだ! 言うべきことはちゃんと言わないと。
 優司ゆうじは自分を叱咤し、勇気を振り絞って、一度は飲み込んだ言葉を口にした。
 「……お前のおかげだよ」
 「わたしの?」
 「お前はいつも坂口さかぐちさんのことを気遣っていただろう。坂口さかぐちさんもすごく嬉しそうだった。それを見て、やっと気がついたんだ。おれがどんなに坂口さかぐちさんに甘えてばかりだったか。いつも他人の世話をしている坂口さかぐちさんだって、いや、いつも他人の世話をしているからこそ、たまには他人に世話される立場になったり、甘えたりしたいんだって、やっとわかった。
 それなのに、おれは甘えるばかりで一度だって甘えさせてあげることをしなかった。だから、これからはちゃんと、甘えたいときには甘えさせてあげることのできる人間になりたいんだ」
 ――そうとも。いつまでも『親子』でいてたまるか。胸を張って『恋人』って言えるようにならないと。
 そう心に決意する優司ゆうじだった。
 「それと……」
 「それと?」
 「ごめん」
 優司ゆうじはそう言って、さきらに対して頭をさげた。
 さきらはまたも目を丸くした。
 「ごめんて……なにが?」
 「はじめて会ったとき、視線をそらしただろう。あのときのことだ」
 アンドロイドであることを示す瞳の色。自然界には決して存在しない独特の合成色によって染めあげられたその瞳を見たとき、優司ゆうじは反射的に顔をそらしていた。さきらの目を見ないようにした。
 『アンドロイドの目を見ると精神を破壊される!』
 という、ネット上にあふれる事実無根の情報に影響されて。
 「傷つけたと思う。本当にごめん」
 優司ゆうじはそう言って、重ねて頭をさげた。
 さきらは、そんな優司ゆうじをマジマジと見つめていた。それから、ふいに優しげに微笑んだ。
 「なるほど。の言っていたことはまちがいではなさそうね」
 「坂口さかぐちさんが? なにを言っていたんだ?」
 「それは……」
 「それは?」
 「ひ・み・つ」
 さきらは唇に人差し指を当て、片目を閉じながらそう言った。あまりに愛らしいその仕種に優司ゆうじの心臓はドクンと跳ねあがった。
 「な、なんだよ、それ! はっきり言えよ」
 「こっちのことよ。優司ゆうじは知らなくていいことなの。それより、の誕生日パーティーの計画を立てましょう。どうせやるなら、思いっきり気の利いたサプライズパーティーにしてあげなくっちゃ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

さくらと遥香(ショートストーリー)

youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。 その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。 ※さくちゃん目線です。 ※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。 ※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。 ※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。

処理中です...