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一九章 大観覧車の頂点で『あの台詞』を叫ぶ
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優司、穂の香、さきらの三人は連れだって遊園地にやってきていた。
優司がさきらとも付き合うことにしたと穂の香に告げたところ――あくまでもマンガを描くための練習だと、優司はくどいほどに念を押した――穂の香は謎の大喜び。やたらと嬉しそうにさきらと抱きあい、優司を複雑な気分にさせた。そして、天高く拳を突きあげると、力強く宣言したのだ。
「これで、晴れて三人そろって仲良くできるようになったことだし、記念に遊園地に行ってバアッと騒ぎましょう!」
なんで、なぜ、彼氏である――はずの――自分が他の女子とも付き合うことにしたことをそんなに喜ぶのかと、優司はなんとも釈然としない気分だった。それでも美少女ふたりとの遊園地デート。そんなものを断れる男がこの世にいるはずもない。優司はふたりに半ば引きずられるようにして――その実、嬉々として――遊園地にやってきた。しかし――。
目立つ。
やはり、目立つ。
まばゆいばかりの美少女ふたり。それも、ひとりはお姫さまのように清楚で上品な和風美少女。もうひとりはお日さまのような笑顔がまぶしい派手目のギャル。タイプのちがう美少女ふたりがやたらと仲良さそうにしているのだ。注目されないわけがない。
まして、遊園地という人の集まる場所。無数と言っていい視線が自然とふたりに集まってくる。そのついでに、優司にも視線が集まる。注目される。目立たないように、目立たないようにと思って生きてきた優司だが、
――ヤバい。なんか気持ちいいかも。
などと思ってしまった。
ふたりの相手にふさわしい男に見せようと胸を反らし、決して大きくはない体を少しでも大きく見せようとする。しかし――。
――まわりの人たちの反応はやっぱり、気になるな。
さきらがアンドロイドであることはその目を見ればわかる。人間との区別のために特別に作られた合成色。自然界には決して存在しない独特の色をしたその瞳を見れば。
さきらを見る人々は、まず最初にその美貌に目を奪われる。次いで、瞳の色に気付いてアンドロイドであることを知る。すると、見てはいけないものを見てしまったかのようにうつむき、視線をそらせるのだ。
――アンドロイドの目を見ると、精神を破壊される。
ネット上に根強くはびこる、その都市伝説に影響されているのだろう。ついつい、さきらの目から視線をそらしてしまうのだ。
アンドロイドと気付かずにその瞳を見てもなんともないのだから『精神を破壊される』など、なんの根拠もないデマであることはわかりそうなものなのに。そもそも、そんなぶっそうな色だったら開発できるわけがないではないか。開発者全員、その途中で精神を破壊されている。
――でも、おれもそうだったんだよな。
優司は、さきらとはじめて会ったときのことを思い出し、苦虫を噛み潰した。優司もまた、さきらとはじめて会ったときには、そのネットの情報に影響されて反射的に目をそらしてしまった。
この場にいる人たちも自分と同じ。単に勘違いしているだけ。アンドロイドに慣れていないだけ。それはわかる。わかるのだがやはり、
――いい気分ではないよな。
そう思う。
自分でさえそう思うのだ。さきら自身の不快感はどれほどのものか。
気付いていない風を装って平然としているが、本心では気にしてないはずがない。傷ついていないはずがない。言いたいことの三つや四つもあるだろう。それでも、なにも言わない。黙ってその態度を受け入れている。
人間ではないから。
アンドロイドだから。
下手に人間に意見すれば、
――アンドロイドのくせに生意気な!
と、反感を買い、アンドロイド全体が悪く思われる。だから、なにも言わない。気付いていない風を装って受け流している。
――アンドロイドだからって、人間の失礼な態度になにも言えないなんて、理不尽だよな。
優司はそう思った。でも、
――おれだってそうだった。初対面でいきなり、こいつを傷つけたんだ。
そう思うと、身もだえしたくなるほど悔やまれる。しかも、そのことをいまだに謝ってもいない。
――きちんと謝らなきゃいけない。それはわかっているんだけど……。
その一歩がどうにも踏み出せないヘタレな優司であった。
そんな優司の耳に、小さな声が飛び込んできた。
「すごい。アンドロイドだ。本物ははじめて見たな」
「だめ、パパ! アンドロイドの目を見ると心が壊されちゃうよ!」
鋭く叫ぶ悲鳴のような声。まだ小さい女の子の声だった。
声のした方を見ると、まだ二〇代らしい若い父親と、その父親に手を引かれた小さな女の子がいた。家族サービスで遊園地にやってきて偶然、さきらを見ることになったのだろう。若い父親はさきらの美貌に魅入られたのか、うっとりした表情で見つめている。だが、その父親に手を引かれた幼い女の子は――。
まるで父親を破滅から救おうとするかのように両手を引っ張り、決してさきらの目を見ないように顔を伏せている。その姿がいじらしいだけに傷つく態度だった。
自分でさえ、そうなのだ。さきらが気にしていないはずがない。彼氏なら、恋人なら、ここで黙っているべきではない。女の子に注意するべきだ。
「アンドロイドの目を見たら心が壊されるなんて、ただのデマだよ。その証拠に兄ちゃんたちは全然、大丈夫だろ?」
そう言って、女の子を諭すべきだ。
それはわかる。
わかっている。
それでも、体が動かない。やるべきだとわかっていることなのに、その一歩を踏み出せない。そんなもどかしい思いをしている優司をよそに――。
ためらうことなく動いたものがいた。
穂の香である。穂の香はその女の子に近づくと身を屈め、視線を合わせた。ニッコリと優しく微笑んだ。そして、語りかけた。
「だいじょうぶだよ、お嬢ちゃん。あのお姉ちゃんは、あたしたちの大切なお友だちなの。目を見たって心が壊されるなんて、そんなことはないからね。ほら」
と、穂の香は女の子の前でさきらと視線を合わせてみせる。
「ね? なんともないでしょう?」
「う、うん……」
女の子も穂の香につられてさきらの目を見る。自然界には決して存在しない色、女の子が生まれてはじめて見る色をした瞳を。
「……ほんとだ。なんともない」
「でしょう? お友だちにも教えてあげてね。アンドロイドの目を見てもだいじょうぶだって」
「……うん。ごめんね、お姉ちゃん」
若い父親が頭をさげ、娘の手を連れて歩いていった。最後までさきらの美貌に目をやりながらの名残惜しそうな態度だったが。
穂の香が戻ってくると、さきらはやさしい笑顔を向けた。
「ありがとう、穂の香。わたしのために注意してくれて」
「当然よ。あたしはさきらの彼女なんだから」
胸を張ってそう答える穂の香がとにかく格好良い。
「ありがとう、穂の香。愛しているわ」
「うん、知ってる。あたしもさきらのこと、大好き」
そう言って、自然に抱きあう。
優司にはそんなふたりの姿がまぶしすぎた。色々な意味で。
――ためらいなく行動できる坂口さんも、きちんとお礼を言えるこいつも、なんかやたらと男前だし、格好良いんだよな。ウジウジしてるおれとは大違いだ。
彼氏振りで完全に負けていることを思い知らされ、落ち込む優司であった。
それでもとにかく遊園地に入り、いくつかのアトラクションを楽しんだ。女の子ふたりと遊園地巡り――それも、ふたりとも彼女――となれば、やはり楽しい。なんだか自分に価値があるように思える。とびきりの美少女ふたりと、冴えない男子ひとりという布陣には不安もあったのだが……。
その不安はほどなくして的中した。
「両手に花とは、いいご身分だなあ。ちょっとはわけてくれよ」
ニヤニヤと見下す笑みを浮かべながら、三人組の男たちがやってきた。ナンパ目的でやってきた大学生か、若い社会人だろう。優司を見て、
――こいつなら、ちょっと脅せばいなくなる。
そう思い、穂の香とさきらを奪いに来たのだろう。そのことはニヤニヤとあからさまに見下す表情を見れば一目でわかる。
「ちょ、ちょっと……」
とっさには、気の利いた台詞のひとつも出てこない。それでも、ふたりの前に出て、男たちを遮ったのは、優司としては上出来な態度だった。しかし――。
男たちは優司のことを平然と無視した。身を寄せて力ずくで押しのけようとする。そうなると身長も低く、体重も軽い優司である。対抗しようもなく、押し出される。倒れそうになる。
「ゆ~じ!」
穂の香の悲鳴が響いた。
三人組は、かまわず穂の香とさきらに近づく。馴れ馴れしく手を伸ばす。
――おれがなんとかしなきゃ……!
優司は思った。
――おれだって男なんだ! おれがふたりを守らなきゃ……!
そう思い、なけなしの勇気を動員した。
「ちょっと……」
そう言いながら男のひとりに手をかけた。しかし――。
優司がなにかするまでもなく、不埒な男たちは、さきらの吐息ひとつで追い払われた。本当に、さきらが一息、吹きかけただけで男たちは『熱ちぃ~!』と、悲鳴をあげて逃げ出したのだ。
呆気にとられる優司の前で、穂の香が尋ねた。
「すごい。なにやったの、さきら?」
さきらは平然として答えた。
「わたしは、数百度の熱を発生させる燃料電池で動いているのよ。発生する蒸気を冷却せずに、そのまま放てばああなるわ」
「すご~い! さきらってば、ブレス攻撃ができるんだ」
「そうね。言ってみれば竜人族って言うところね」
「さっすが、あたしの彼女! 頼りになるわあ」
「もちろんよ。穂の香はあたしが守るから安心して」
その言葉に――。
全力でさきらに抱きつき、全身で愛情表現する穂の香であった。
一方、蚊帳の外の優司は、
――ふたりとも、きれいなだけじゃなくて男前なんだよなあ。おれ、完全に負けてるよな。
そう思い、際限なく落ち込んだ。
なんだか、自分が百合の間にはさまるお邪魔男になった気分だった。いや、実際にその通りなのかも知れないが。
――このままじゃダメだよな。ちゃんと、ふたりにふさわしい人間にならないと。少しは体を鍛えるか。それともいっそ、空手か、ボクシングでも習ってみるか。
思わず、そんなことまで考える優司であった。
ともかく、三人は夕暮れまで遊園地を楽しんだ。絶叫マシンをハシゴし、定番のゴーストハウスで――穂の香がさきらに――抱きつき、3D映画を見た。遊園地内のレストランで食事をし、食後の腹ごなしとばかりに再び絶叫マシンへ……。
ハードな一日に優司はヘロヘロだった。アンドロイドのさきらはもちろん、穂の香の方も『まだまだイケる!』とばかりに元気いっぱいだったが。
「そろそろ帰ろう」
優司がそう言いだしたのは、決して疲れたからばかりではない。
「もう夕方だ。遅くなると坂口さんのご両親が心配する」
言われて、穂の香も思い出したような表情になった。
「あ~、そうね。チビたちの面倒も見ないといけないしね。名残惜しいけど解散としますか」
「解散なんて。家まで送るよ」
もし、帰り道で誰かに絡まれたりすれば、優司では役に立たない。さきらはもちろん、多分、穂の香よりも喧嘩に弱い。それでも、男として、それぐらいの意地は張りたい。
そこへ、さきらが口をはさんだ。
「まって。最後に観覧車に乗りたい」
「観覧車?」
「ええ。やり残していることがあるから」
やり残していること。
それがいったいなんなのかわからないまま、優司と穂の香のふたりはさきらに付き合って大観覧車に乗り込んだ。最初のうちはおとなしく席に座って徐々に遠ざかりつつある地上を眺めていた。だが――。
観覧車が回りまわって頂上へとやってくると、さきらはおもむろに立ちあがった。
「それでは……」
と、やけに儀式めいた厳かな態度で口にした。
地上を見下ろした。
両腕を大きく広げた。
声の限りに叫んだ。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
「なんで、その台詞を言うんだ⁉」
優司がツッコみ、穂の香は腹を抱えて笑い転げた。
さきらは『なにを言っているの?』という表情になった。
「人混みに来たら高いところにのぼって、この台詞を思いきり言い放つ。それが、日本の様式美でしょう」
「だから、どうして、そうまちがった日本観を……」
「あははははっ! びっくりしたけどやっぱり、定番っていいよねえ。あたしもやろうかな」
「坂口さんならまだいいけど……」
優司は苦虫を噛み潰した表情で言った。
「アンドロイドが言ったらシャレにならないぞ」
――こいつは、海に行ったらきっと『アレ』をやるんだろうなあ。
そう思い、頭の痛くなる優司であった。
優司がさきらとも付き合うことにしたと穂の香に告げたところ――あくまでもマンガを描くための練習だと、優司はくどいほどに念を押した――穂の香は謎の大喜び。やたらと嬉しそうにさきらと抱きあい、優司を複雑な気分にさせた。そして、天高く拳を突きあげると、力強く宣言したのだ。
「これで、晴れて三人そろって仲良くできるようになったことだし、記念に遊園地に行ってバアッと騒ぎましょう!」
なんで、なぜ、彼氏である――はずの――自分が他の女子とも付き合うことにしたことをそんなに喜ぶのかと、優司はなんとも釈然としない気分だった。それでも美少女ふたりとの遊園地デート。そんなものを断れる男がこの世にいるはずもない。優司はふたりに半ば引きずられるようにして――その実、嬉々として――遊園地にやってきた。しかし――。
目立つ。
やはり、目立つ。
まばゆいばかりの美少女ふたり。それも、ひとりはお姫さまのように清楚で上品な和風美少女。もうひとりはお日さまのような笑顔がまぶしい派手目のギャル。タイプのちがう美少女ふたりがやたらと仲良さそうにしているのだ。注目されないわけがない。
まして、遊園地という人の集まる場所。無数と言っていい視線が自然とふたりに集まってくる。そのついでに、優司にも視線が集まる。注目される。目立たないように、目立たないようにと思って生きてきた優司だが、
――ヤバい。なんか気持ちいいかも。
などと思ってしまった。
ふたりの相手にふさわしい男に見せようと胸を反らし、決して大きくはない体を少しでも大きく見せようとする。しかし――。
――まわりの人たちの反応はやっぱり、気になるな。
さきらがアンドロイドであることはその目を見ればわかる。人間との区別のために特別に作られた合成色。自然界には決して存在しない独特の色をしたその瞳を見れば。
さきらを見る人々は、まず最初にその美貌に目を奪われる。次いで、瞳の色に気付いてアンドロイドであることを知る。すると、見てはいけないものを見てしまったかのようにうつむき、視線をそらせるのだ。
――アンドロイドの目を見ると、精神を破壊される。
ネット上に根強くはびこる、その都市伝説に影響されているのだろう。ついつい、さきらの目から視線をそらしてしまうのだ。
アンドロイドと気付かずにその瞳を見てもなんともないのだから『精神を破壊される』など、なんの根拠もないデマであることはわかりそうなものなのに。そもそも、そんなぶっそうな色だったら開発できるわけがないではないか。開発者全員、その途中で精神を破壊されている。
――でも、おれもそうだったんだよな。
優司は、さきらとはじめて会ったときのことを思い出し、苦虫を噛み潰した。優司もまた、さきらとはじめて会ったときには、そのネットの情報に影響されて反射的に目をそらしてしまった。
この場にいる人たちも自分と同じ。単に勘違いしているだけ。アンドロイドに慣れていないだけ。それはわかる。わかるのだがやはり、
――いい気分ではないよな。
そう思う。
自分でさえそう思うのだ。さきら自身の不快感はどれほどのものか。
気付いていない風を装って平然としているが、本心では気にしてないはずがない。傷ついていないはずがない。言いたいことの三つや四つもあるだろう。それでも、なにも言わない。黙ってその態度を受け入れている。
人間ではないから。
アンドロイドだから。
下手に人間に意見すれば、
――アンドロイドのくせに生意気な!
と、反感を買い、アンドロイド全体が悪く思われる。だから、なにも言わない。気付いていない風を装って受け流している。
――アンドロイドだからって、人間の失礼な態度になにも言えないなんて、理不尽だよな。
優司はそう思った。でも、
――おれだってそうだった。初対面でいきなり、こいつを傷つけたんだ。
そう思うと、身もだえしたくなるほど悔やまれる。しかも、そのことをいまだに謝ってもいない。
――きちんと謝らなきゃいけない。それはわかっているんだけど……。
その一歩がどうにも踏み出せないヘタレな優司であった。
そんな優司の耳に、小さな声が飛び込んできた。
「すごい。アンドロイドだ。本物ははじめて見たな」
「だめ、パパ! アンドロイドの目を見ると心が壊されちゃうよ!」
鋭く叫ぶ悲鳴のような声。まだ小さい女の子の声だった。
声のした方を見ると、まだ二〇代らしい若い父親と、その父親に手を引かれた小さな女の子がいた。家族サービスで遊園地にやってきて偶然、さきらを見ることになったのだろう。若い父親はさきらの美貌に魅入られたのか、うっとりした表情で見つめている。だが、その父親に手を引かれた幼い女の子は――。
まるで父親を破滅から救おうとするかのように両手を引っ張り、決してさきらの目を見ないように顔を伏せている。その姿がいじらしいだけに傷つく態度だった。
自分でさえ、そうなのだ。さきらが気にしていないはずがない。彼氏なら、恋人なら、ここで黙っているべきではない。女の子に注意するべきだ。
「アンドロイドの目を見たら心が壊されるなんて、ただのデマだよ。その証拠に兄ちゃんたちは全然、大丈夫だろ?」
そう言って、女の子を諭すべきだ。
それはわかる。
わかっている。
それでも、体が動かない。やるべきだとわかっていることなのに、その一歩を踏み出せない。そんなもどかしい思いをしている優司をよそに――。
ためらうことなく動いたものがいた。
穂の香である。穂の香はその女の子に近づくと身を屈め、視線を合わせた。ニッコリと優しく微笑んだ。そして、語りかけた。
「だいじょうぶだよ、お嬢ちゃん。あのお姉ちゃんは、あたしたちの大切なお友だちなの。目を見たって心が壊されるなんて、そんなことはないからね。ほら」
と、穂の香は女の子の前でさきらと視線を合わせてみせる。
「ね? なんともないでしょう?」
「う、うん……」
女の子も穂の香につられてさきらの目を見る。自然界には決して存在しない色、女の子が生まれてはじめて見る色をした瞳を。
「……ほんとだ。なんともない」
「でしょう? お友だちにも教えてあげてね。アンドロイドの目を見てもだいじょうぶだって」
「……うん。ごめんね、お姉ちゃん」
若い父親が頭をさげ、娘の手を連れて歩いていった。最後までさきらの美貌に目をやりながらの名残惜しそうな態度だったが。
穂の香が戻ってくると、さきらはやさしい笑顔を向けた。
「ありがとう、穂の香。わたしのために注意してくれて」
「当然よ。あたしはさきらの彼女なんだから」
胸を張ってそう答える穂の香がとにかく格好良い。
「ありがとう、穂の香。愛しているわ」
「うん、知ってる。あたしもさきらのこと、大好き」
そう言って、自然に抱きあう。
優司にはそんなふたりの姿がまぶしすぎた。色々な意味で。
――ためらいなく行動できる坂口さんも、きちんとお礼を言えるこいつも、なんかやたらと男前だし、格好良いんだよな。ウジウジしてるおれとは大違いだ。
彼氏振りで完全に負けていることを思い知らされ、落ち込む優司であった。
それでもとにかく遊園地に入り、いくつかのアトラクションを楽しんだ。女の子ふたりと遊園地巡り――それも、ふたりとも彼女――となれば、やはり楽しい。なんだか自分に価値があるように思える。とびきりの美少女ふたりと、冴えない男子ひとりという布陣には不安もあったのだが……。
その不安はほどなくして的中した。
「両手に花とは、いいご身分だなあ。ちょっとはわけてくれよ」
ニヤニヤと見下す笑みを浮かべながら、三人組の男たちがやってきた。ナンパ目的でやってきた大学生か、若い社会人だろう。優司を見て、
――こいつなら、ちょっと脅せばいなくなる。
そう思い、穂の香とさきらを奪いに来たのだろう。そのことはニヤニヤとあからさまに見下す表情を見れば一目でわかる。
「ちょ、ちょっと……」
とっさには、気の利いた台詞のひとつも出てこない。それでも、ふたりの前に出て、男たちを遮ったのは、優司としては上出来な態度だった。しかし――。
男たちは優司のことを平然と無視した。身を寄せて力ずくで押しのけようとする。そうなると身長も低く、体重も軽い優司である。対抗しようもなく、押し出される。倒れそうになる。
「ゆ~じ!」
穂の香の悲鳴が響いた。
三人組は、かまわず穂の香とさきらに近づく。馴れ馴れしく手を伸ばす。
――おれがなんとかしなきゃ……!
優司は思った。
――おれだって男なんだ! おれがふたりを守らなきゃ……!
そう思い、なけなしの勇気を動員した。
「ちょっと……」
そう言いながら男のひとりに手をかけた。しかし――。
優司がなにかするまでもなく、不埒な男たちは、さきらの吐息ひとつで追い払われた。本当に、さきらが一息、吹きかけただけで男たちは『熱ちぃ~!』と、悲鳴をあげて逃げ出したのだ。
呆気にとられる優司の前で、穂の香が尋ねた。
「すごい。なにやったの、さきら?」
さきらは平然として答えた。
「わたしは、数百度の熱を発生させる燃料電池で動いているのよ。発生する蒸気を冷却せずに、そのまま放てばああなるわ」
「すご~い! さきらってば、ブレス攻撃ができるんだ」
「そうね。言ってみれば竜人族って言うところね」
「さっすが、あたしの彼女! 頼りになるわあ」
「もちろんよ。穂の香はあたしが守るから安心して」
その言葉に――。
全力でさきらに抱きつき、全身で愛情表現する穂の香であった。
一方、蚊帳の外の優司は、
――ふたりとも、きれいなだけじゃなくて男前なんだよなあ。おれ、完全に負けてるよな。
そう思い、際限なく落ち込んだ。
なんだか、自分が百合の間にはさまるお邪魔男になった気分だった。いや、実際にその通りなのかも知れないが。
――このままじゃダメだよな。ちゃんと、ふたりにふさわしい人間にならないと。少しは体を鍛えるか。それともいっそ、空手か、ボクシングでも習ってみるか。
思わず、そんなことまで考える優司であった。
ともかく、三人は夕暮れまで遊園地を楽しんだ。絶叫マシンをハシゴし、定番のゴーストハウスで――穂の香がさきらに――抱きつき、3D映画を見た。遊園地内のレストランで食事をし、食後の腹ごなしとばかりに再び絶叫マシンへ……。
ハードな一日に優司はヘロヘロだった。アンドロイドのさきらはもちろん、穂の香の方も『まだまだイケる!』とばかりに元気いっぱいだったが。
「そろそろ帰ろう」
優司がそう言いだしたのは、決して疲れたからばかりではない。
「もう夕方だ。遅くなると坂口さんのご両親が心配する」
言われて、穂の香も思い出したような表情になった。
「あ~、そうね。チビたちの面倒も見ないといけないしね。名残惜しいけど解散としますか」
「解散なんて。家まで送るよ」
もし、帰り道で誰かに絡まれたりすれば、優司では役に立たない。さきらはもちろん、多分、穂の香よりも喧嘩に弱い。それでも、男として、それぐらいの意地は張りたい。
そこへ、さきらが口をはさんだ。
「まって。最後に観覧車に乗りたい」
「観覧車?」
「ええ。やり残していることがあるから」
やり残していること。
それがいったいなんなのかわからないまま、優司と穂の香のふたりはさきらに付き合って大観覧車に乗り込んだ。最初のうちはおとなしく席に座って徐々に遠ざかりつつある地上を眺めていた。だが――。
観覧車が回りまわって頂上へとやってくると、さきらはおもむろに立ちあがった。
「それでは……」
と、やけに儀式めいた厳かな態度で口にした。
地上を見下ろした。
両腕を大きく広げた。
声の限りに叫んだ。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
「なんで、その台詞を言うんだ⁉」
優司がツッコみ、穂の香は腹を抱えて笑い転げた。
さきらは『なにを言っているの?』という表情になった。
「人混みに来たら高いところにのぼって、この台詞を思いきり言い放つ。それが、日本の様式美でしょう」
「だから、どうして、そうまちがった日本観を……」
「あははははっ! びっくりしたけどやっぱり、定番っていいよねえ。あたしもやろうかな」
「坂口さんならまだいいけど……」
優司は苦虫を噛み潰した表情で言った。
「アンドロイドが言ったらシャレにならないぞ」
――こいつは、海に行ったらきっと『アレ』をやるんだろうなあ。
そう思い、頭の痛くなる優司であった。
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