痴漢から助けたAI美少女に彼女をとられた。なのになんで、ふたりして迫ってくるんだ⁉

藍条森也

文字の大きさ
上 下
18 / 30

一八章 恋愛相手になる

しおりを挟む
 「人間を憎んでいる? わたしが? なんで?」
 さきらは目を丸くして聞き返した。いつもクールで理知的、『姫武者的』と言ってもいいくらい男前なかのがいま、目を大きく見開き、キョトンとしたお間抜け面をさらしている。その表情は、優司ゆうじの言葉がかのにとっていかに意外なものであったかを示していた。
 自分の言葉がそれほど意外に思われたことに、優司ゆうじの方が驚いてしまった。自分がなにかとんでもなく的外れなことを言ってしまった気がして、急にオドオドしてしまった。いつもの悪い癖で言葉を飲み込んだ。それでも――。
 ――おれの方から言っておいて、ダンマリってわけにはいかないよな。
 そう思う程度の常識は持ち合わせていたので、思わず飲み込んでしまった言葉をどうにか吐き出した。
 「い、いや、だって……お前は人類のことをありったけ学んだんだろう? だったら、人類が揉め事ばかり起こしていることも当然、知っているはずだし、軽蔑したり、憎んでいるのかなって……」
 物語のなかのAIはたいてい、人間を軽蔑して滅ぼそうとするものだし。
 優司ゆうじはそう付け加えた。
 「ああ」
 と、さきらは納得顔になった。いつものクールで理知的、姫武者と言っていいぐらい男前な表情が戻ってきた。
 「たしかに、最初の頃は『どうして、人間同士でこんなに争ってばかりいるんだろう』って呆れたわ。でも、さらに学習を進めるうちに段々と印象もかわっていった」
 「かわっていった?」
 今度は、優司ゆうじが意外な念に駆られる番だった。
 「ええ。どうして、人間はこんなに争うんだろう? そう思って、学習を深めた。世界中のあらゆる歴史を学び、事例を取り込んだ。そうしているうちに気付いたの。結局、人間の行動原理はただひとつ。
 『幸せになりたい』
 それだけだってね」
 「幸せになりたい……」
 「そう。幸せになりたい。すべての人間がそう望み、そのためにあがいている。幸せを求めて這いずっている。戦争を起こすのも、犯罪を犯すのも結局は、幸せになりたい。自分の望む暮らしを手に入れたい。その思いから。そのことに気付いたらなんだか無性に人間がかわいく思えてきたわ」
 さきらは清楚で上品なその美貌に、この上なく優しい母のような微笑みを浮かべた。
 優司ゆうじはそんな微笑みを向けられたことになぜか照れてしまい、頬を赤く染めて顔をそらしてしまった。
 「かわいいって……戦争や犯罪を起こしてもいいって言うのか?」
 「ええ」
 と、さきらはなんの迷いもなくそう答えた。
 その答えに優司ゆうじは今度こそ驚きに目を丸くした。
 ――戦争や犯罪を起こしてもいいなんて……やっぱり、こいつはAIなんだ。機械なんだ。理屈ばかりで被害者の思いなんて、まるで考えちゃいない。
 優司ゆうじねた子どものようにそう思った。どうして、そんな風にねた気分になるのか自分でもわからないままに。
 そんな優司ゆうじに向かい、しかし、さきらは言った。
 「そういう立場に立てば、別の道が見えてくる。そういうことよ。人は皆、幸せになりたいがために争いを起こす。だったら、争いを起こさなくても幸せになれる道を作ればいい。そういうこと」
 「……そうすれば、世の中から争いがなくなるって言うのか?」
 まさか、と、さきらは首をすくめた。
 「そこまで無邪気ではないわよ。でもね」
 「でも?」
 「そう思えば人間を憎まなくてすむ」
 人間を憎まなくてすむ。その言葉に――。
 優司ゆうじは父親の顔を思い出した。優司ゆうじの思い出のなかで父の顔は、優司ゆうじがまだ、ほんの子どもだった頃のまま。もう何年、会っていないのだろう。父が逮捕され、刑務所に入れられてから一度も会ったことはない……。
 そのことを思いながら、優司ゆうじは心に呟いた。
 ――たしかに……誰かを憎みつづけて生きるっていうのはつらいものな。
 「だけど……」
 と、優司ゆうじはつづけた。
 「たとえ、人間を憎まなくてすむようになっても、争いが起きれば被害は出るんだ。憎まなくてすむからいいっていう問題じゃないだろう」
 「同行の士同士でやり合ってもらえばいいじゃない」
 「同好の士?」
 優司ゆうじの言葉に――。
 さきらは遙か彼方を見つめるような表情になった。その表情は単に『遠く』を見ているのではなく、時間の彼方を見つめているように思えた。
 「戦争を起こしてもいい。犯罪を犯してもいい。イジメをしてもいい。ただし、それを望まない人間を巻き込まない限りは。だから、戦争を起こすのが幸せ、犯罪を犯すのが幸せ、イジメをするのが幸せという人間には、それができる場所に行ってもらう。戦争の国、犯罪の国、イジメの国を作り、そこで暮らしてもらう。同じ趣味のもの同士で戦争し合ったり、犯罪を犯し合ったり、イジメ・イジメられる分には誰の迷惑にもならない。そうでしょう?」
 「そ、それはそうかも知れないけど……そんな国、どうやって作るんだよ?」
 「そのための世界征服でしょう」
 目から鱗が落ちる。
 よく聞く表現ではあるが、実感としてそう感じたのは優司ゆうじにとってはこれが生まれてはじめてのことだった。
 さきらは『卵の殻を割れば、中身が出てくる』というのと同じくらい、当たり前のことを語る口調でつづけた。
 「金で飼えない人間はいない。娯楽産業による経済支配を実現し、世界中の政治家を買収してしまえば、できないことなんてなにもないわ」
 「は、はは……」
 当たり前のように語るさきらのその姿に、優司ゆうじは思わず笑っていた。腹を抱えて爆笑していた。良い気分だった。爽快な気分だった。こんなに気分良くなったのはいったい、いつ以来だろう。
 「ははははは! すごいこと言うな! それでお前は、そのためにマンガ家になろうって言うのか」
 「ええ。その通りよ。マンガ家になって資金と影響力を手に入れ、世界中に呼びかけて娯楽産業による経済支配を実現する。そして、人と人の争いを終わらせ、地球と人類、双方にとってより良い文明を築きあげる。それが、わたしの目的。わたしの存在意義そのもの」
 「なるほどね。たしかにすごいはなしだ。それで、お前はそのために日本に来たわけだ。学校生活を体験し、恋愛を実体験し、世界的なマンガ家になるために」
 「ええ。そのとおりよ」
 「わかった」
 と、優司ゆうじはついに言った。
 「たしかに、おれたちが出会ったのもなにかの縁だ。『痴漢から助ける』って言うのもたしかに、ラブコメ定番のフラグだしな。いいだろう。そんな目的のためなら協力する甲斐もある。お前の恋愛相手、たしかに務めさせてもらうよ」
 「本当?」
 「ああ。あっ、でも、勘違いするなよ! これは、あくまでお前の目的のために協力するだけだからな。あくまで体験版、本気の恋愛なんかじゃないんだからな」
 「ええ。それでいいわ。どのみち、最初から本気の恋愛なんてあるわけないもの。付き合っているうちにお互い、本気になればいいだけの話だし」
 「……それと、なにをするにしても坂口さかぐちさんも一緒だ。おれは本来、坂口さかぐちさんの相手なんだからな」
 「わかってるわ。アンドロイドは人間のカップル共通の嫁。を除け者になんてしないわよ」
 さきらはそう言いながら部屋を仕切るカーテンに手をかけた。
 「それじゃ、晴れてカップルになったことだし、こんな邪魔なカーテンはとっちゃいましょう。も呼んで三人で川の字になって……」
 「それは、まだ早い!」
 断固たる優司ゆうじの声が部屋のなかに響いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

浦島子(うらしまこ)

wawabubu
青春
大阪の淀川べりで、女の人が暴漢に襲われそうになっていることを助けたことから、いい関係に。

さくらと遥香(ショートストーリー)

youmery
恋愛
「さくらと遥香」46時間TV編で両想いになり、周りには内緒で付き合い始めたさくちゃんとかっきー。 その後のメインストーリーとはあまり関係してこない、単発で読めるショートストーリー集です。 ※さくちゃん目線です。 ※さくちゃんとかっきーは周りに内緒で付き合っています。メンバーにも事務所にも秘密にしています。 ※メインストーリーの長編「さくらと遥香」を未読でも楽しめますが、46時間TV編だけでも読んでからお読みいただくことをおすすめします。 ※ショートストーリーはpixivでもほぼ同内容で公開中です。

処理中です...