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一六章 一人前の人間に
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「さきらがうちの学校に入学してからもう二ヶ月かあ。すっかり、馴染んだよねえ」
「穂の香のおかげよ。学校どころか日本自体はじめてで、右も左もわからないわたしのためにいつも一緒にいて、必要なことは全部、教えてくれたものね。本当に感謝しているわ。ありがとう、穂の香。大好き。愛してる」
「きゃあ~、嬉しい! あたしも愛してる、さきら!」
と、坂口穂の香は、フランス製アンドロイド・識別名『さきら』に全身で抱きつき、熱烈なキスを交わした。このふたりにとって、キスはもはや日常の挨拶らしい。とにかく、いつでも、どこでも、顔を合わせるたびに唇も合わせている気がする。
さすが、フランス製。
そう言うべきなのだろうか。穂の香は生まれも、育ちも、生粋の日本人のはずなのだが。
――いや、それは別にいいんだけど。
と、穂の香の彼氏であるはずの野間口優司は心に思う。
絶世の東洋系美少女型アンドロイドと派手めのギャル。タイプのちがう美少女ふたりの熱烈なキスシーンは思春期男子には『目に毒』どころの話ではないのだが、だからと言って、文句をつけられる立場でもない。……いや、『立場』云々以前に尊すぎて口出しできない、というのが男としての本音なのだが。
――だからって、なんでおれの部屋でイチャつくんだ!
とは、さすがに思う。
場所は優司の部屋。優司にひとり暮らしさせるために、親戚一同で金を出しあって借りてくれているセキュリティ完備のひとり暮らし向け高級アパート。その一室。優司ひとりのための場所であるはずのその部屋でいま、アンドロイドの美少女と陽キャのギャルとが抱きあい、キスをしている。
なんで、こんなことになるのか。
優司には、その理由がわからない。わからないなりに、目の前で展開されるその光景を見つめつづけているしかない。
ダイニング・キッチンのテーブルの上には、さきらと穂の香のふたりで用意した夕食が並んでいる。野菜の煮物、トンカツ、味噌汁、炊きたてのご飯……。
ひとり暮らしの高校生男子にとってはありがたすぎて涙がこぼれそうになる、古き良き日本の食卓。それ以上に、絶世の美少女と陽キャのギャルがふたり並んででエプロン制服姿で料理する光景は、それはそれは尊いものであったのだが……。
尊すぎて涙を浮かべながら拝みたくなるその光景はさておき、穂の香はこのところ、週末になるとこうして優司の部屋にやってくる。ただ、やってくるだけではなく、泊っていく。
「いくらなんでも、男の部屋に泊りに来るのはマズいだろ!」
優司は最初、そう叫んだものだ。いくら(一応)カップルとは言え、高校生の男女がひとつ屋根の下なんて……。
しかし、穂の香はケロリとして答えたものだ。
「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。親の許可は、ちゃんともらってるから」
見た目はいかにも遊んでいそうな派手目のギャルだが、実はいたって真面目で家庭的な坂口穂の香。そのあたりはきちんとしている。
「そもそも、あたしはゆ~じの部屋に泊りに来てるんじゃなくて、さきらの部屋に泊りに来ているわけだから」
なんでも、両親にはすでにさきらは紹介済み。アンドロイドと言うことで最初は面食らっていた両親だが、少し話してみるとさきらの真面目さと上品さにすっかり感服。大のお気に入りになってしまい『娘をどうかよろしく』状態になってしまったのだという。
――いったい、いつの間に。おれだって、坂口さんの両親に会ったことなんてないのに。
優司はそう思ったが、それは優司の責任である。穂の香の方はいままでに何度も優司を両親に紹介しようとしていたのだ。それなのに、優司の方が言を左右に逃げつづけた。
――だって、両親に紹介なんてまるで……結婚挨拶みたいじゃないか!
そう思い、とてもではないが穂の香の両親に会う勇気は出てこなかった。その自分にはできなかったことを平然とやってのけるとは……さきら、恐るべし。
――ま、まあ、女子同士なら結婚挨拶なんて意識をする必要はないしな。
優司はそう思い、自分を慰めた。とは言え――。
「好き」
「愛してる」
という言葉を堂々と投げかけるさきらの態度に比べれば、自分の態度がいかに逃げ腰で、ヘタレで、恋人として不充分なものであったかを思い知らされる。
――おれは一度だって『好き』とも『愛してる』とも言ったことないからな。いや、言ったことがないんじゃなくて、言えなかったんだけど。そんな情けない相手より、はっきり愛情表現してくれる相手の方がいいに決まってるよな。いまだに、愛想を尽かされていないことの方が不思議だ。
それにしても――。
さきらに抱きつく穂の香の嬉しそうな笑顔。普段のおとなびた印象とは打って変わって純粋で、無邪気で、子どものよう。そう。まるで、親に甘える子どものような笑顔。それを見るとつくづく思う。
――やっぱり、坂口さんも他人に甘えたかったんだろうな。
穂の香は五人きょうだいの長子。しかも、家はパン屋。親は一日中、仕事で忙しいので、歳のはなれた弟妹の面倒は穂の香が見てきた。そのためにいかにも長女的な、世話好きで面倒見のいいおとなっぽい性格に育ったわけなのだが、
――他人の世話をするばっかりじゃつらくなるよな。たまには自分が甘える立場に立ちたいだろう。
穂の香の両親が週末に優司の部屋――親にとっては『さきらの部屋』だが――に、泊りに来ることを認めたのも、遊びたい盛りの娘に弟妹の世話をやらせてきたという負い目から『たまには解放してやりたい』と、思ったからだろう。
と言って、あまりにも羽目を外されすぎてはさすがに困る。その点、相手が女子で、しかも、アンドロイドとなればまちがいの起こる心配もない。と言うわけで、安心して許可したのだろう。そのアンドロイドと娘が所構わずキスしまくってることまで知っているかどうかは不明だが。
ともあれ、穂の香はいま、弟妹の世話から解放されて、さきらに抱きついて、思いきり甘えている。その嬉しそうなことと言ったら。
その姿に優司はつらくなる。
――坂口さんの望んでいたことを叶えてやったのが、いきなり表われたアンドロイドだなんてな。本来、彼氏であるはずのおれが叶えてあげなくちゃいけなかったのに。
穂の香の好意に甘えるばかりで、なにひとつ返そうとしなかった自分に腹が立つ。
「だけどさあ」
穂の香の声に優司は我に返った。
いつの間にか、さきらと穂の香はキスするのも、抱きあうのもやめていた。さすがに、長すぎるキスに呼吸が苦しくなったのだろう。人間である穂の香はもちろん、アンドロイドであるさきらも、動力源である燃料電池のために酸素を取り入れ、発生した蒸気を排出するために呼吸する必要がある。
穂の香は居間の方に目をやりながら言った。
「前から気になってたんだけど、居間を仕切っているあのカーテンはなんなわけ? 部屋の真ん真ん中にあんなのあったら邪魔でしょうに」
穂の香の言葉に、さきらもうなずいた。
「わたしもいつも言っているのよ。邪魔だからとっちゃいましょうって」
「そんなわけにいくか!」
優司は憤然として叫んだ。
「仮にも男女なんだ。仕切りもなしに同じ部屋にいていいわけないだろ」
これだけは譲れない!
と、優司はなけなしの侠気を発揮して胸を張る。
そんな必死の見栄も女子ふたりの胸には響かなかったようだ。Dカップの揺れる魔乳を落として『はああ~』と、溜め息をつく。
「……本当。ゆ~じって真面目と言うか、奥手と言うか」
「ヘタレと言うべきでしょう。アンドロイドのわたしに対してすら、なにもできないんだから」
「できないんじゃない! やらないんだ」
優司は胸をはって叫んだが、
「嘘ばっかり」
さきらは冷ややかな視線でその言葉を両断した。
「あとの心配のないアンドロイドにさえ手を出さないようで、人間の女の子相手にどうやって愛を交わすの?」
「あ、愛を交わすって……それだけが愛じゃないだろう!」
「心と体。両方そろって、はじめて愛でしょう」
「それは……」
アンドロイドに正論を言われて、思わずたじろぐ優司であった。
「そうそう。あたしだってIDU(子宮内避妊具)入れてるから、だいじょうぶだしさ。多分。と言うわけでどう? 今夜は練習も兼ねてさ。あんなカーテンとっぱらっちゃって、三人で川の字になって寝るって言うのは」
「そんなわけにはいくか! おれたちはまだ高校生だ。そんなの、早すぎる。第一、信頼して宿泊を許可してくれたご両親に申し訳が立たないだろ」
優司は叫んだが、穂の香はさきらの言葉の方に注意を向けていた。
「穂の香、IDUなんて入れてたの?」
「もちろん。乙女の嗜みだものね」
「でも、穂の香って子ども欲しいんでしょう? 避妊の必要あるの?」
「そりゃあ、子どもは欲しいけど、さすがに学生のうちに妊娠しちゃうのはマズいでしょ。それに……」
「それに?」
「考えたくはないけど、女子はいつだってレイプされる危険もあるわけだしさ」
「ああ、そうね。穂の香ってきれいだから狙われやすいだろうし。でも、だいじょうぶ。穂の香はわたしが守るわ」
「きゃあ、嬉しい! さきら、大好き!」
結局、優司の必死の説得でカーテンの撤去は取りやめさせた。
カーテンをはさんで、こちら側に優司、向こう側にさきらと穂の香。ふたりきりになったさきらと穂の香はさっそく誰はばかることなくイチャつきはじめ……るのかと思いきや、そんなことはまったくない。
カーテンの向こうはいたって静かなもの。そっと、カーテンの隙間から様子をうかがうと、そこには先ほどまでとは打って変わって真剣そのもののふたりの姿。
さきらは小さなデスクに向かって真剣な表情でマンガを描いているし、穂の香は穂の香で、こちらもさきらに劣らず真剣な表情で完成原稿に見入っている。その真剣さ、張り詰めた緊張感は見ていて怖くなるほどのものだった。
そんなふたりの姿を見て、優司は思う。
――あいつは生命をもった物質として『物質である地球と、生物である人間の仲立ちとなる。地球と人類、両方にとって利益のある新しい文明を作る。そのために、マンガ家になって資金と影響力を手に入れる』という途方もない目的に向かって、真剣に進んでいる。坂口さんはそんなあいつを本気で支えようとしている。ふざけているように見えても真剣に付き合っているし、本気で未来に向き合っているんだ。
穂の香が週末ごとに優司の部屋に泊りに来るのは、実はそのため。優司のために夕食を作りに来るのではなく、さきらとイチャつくために来るのでもない――イチャつくだけなら学校で散々している。
さきらのマンガの第一の読者として批評し、感想を述べ、さきらの目的を叶えるサポートをするために来ているのだ。
――おれは一度だって、坂口さんにあんな風に真剣に向き合ったことがあるか? 将来のために、なにかひとつでも本気で取り組んだことがあるか?
ない。
まったく、ない。
空っぽの人間。
空っぽの人生。
――このままじゃいけない。
拳を握りしめ、そう思う。
――いまのままじゃ、いつか必ず愛想を尽かされる。いままでだって、愛想を尽かされていないのが不思議なぐらいなんだ。坂口さんはおれに言った。『いつまでもグズグズしてたら逃げられる』って。あれは、あいつのことだけじゃなくて、坂口さん自身のことも言っていたはずだ。このままじゃいけない。あのふたりの前に堂々と立つことのできる人間にならないと。そうだ。おれはもう、一人前の人間にならなくちゃいけないんだ。
「穂の香のおかげよ。学校どころか日本自体はじめてで、右も左もわからないわたしのためにいつも一緒にいて、必要なことは全部、教えてくれたものね。本当に感謝しているわ。ありがとう、穂の香。大好き。愛してる」
「きゃあ~、嬉しい! あたしも愛してる、さきら!」
と、坂口穂の香は、フランス製アンドロイド・識別名『さきら』に全身で抱きつき、熱烈なキスを交わした。このふたりにとって、キスはもはや日常の挨拶らしい。とにかく、いつでも、どこでも、顔を合わせるたびに唇も合わせている気がする。
さすが、フランス製。
そう言うべきなのだろうか。穂の香は生まれも、育ちも、生粋の日本人のはずなのだが。
――いや、それは別にいいんだけど。
と、穂の香の彼氏であるはずの野間口優司は心に思う。
絶世の東洋系美少女型アンドロイドと派手めのギャル。タイプのちがう美少女ふたりの熱烈なキスシーンは思春期男子には『目に毒』どころの話ではないのだが、だからと言って、文句をつけられる立場でもない。……いや、『立場』云々以前に尊すぎて口出しできない、というのが男としての本音なのだが。
――だからって、なんでおれの部屋でイチャつくんだ!
とは、さすがに思う。
場所は優司の部屋。優司にひとり暮らしさせるために、親戚一同で金を出しあって借りてくれているセキュリティ完備のひとり暮らし向け高級アパート。その一室。優司ひとりのための場所であるはずのその部屋でいま、アンドロイドの美少女と陽キャのギャルとが抱きあい、キスをしている。
なんで、こんなことになるのか。
優司には、その理由がわからない。わからないなりに、目の前で展開されるその光景を見つめつづけているしかない。
ダイニング・キッチンのテーブルの上には、さきらと穂の香のふたりで用意した夕食が並んでいる。野菜の煮物、トンカツ、味噌汁、炊きたてのご飯……。
ひとり暮らしの高校生男子にとってはありがたすぎて涙がこぼれそうになる、古き良き日本の食卓。それ以上に、絶世の美少女と陽キャのギャルがふたり並んででエプロン制服姿で料理する光景は、それはそれは尊いものであったのだが……。
尊すぎて涙を浮かべながら拝みたくなるその光景はさておき、穂の香はこのところ、週末になるとこうして優司の部屋にやってくる。ただ、やってくるだけではなく、泊っていく。
「いくらなんでも、男の部屋に泊りに来るのはマズいだろ!」
優司は最初、そう叫んだものだ。いくら(一応)カップルとは言え、高校生の男女がひとつ屋根の下なんて……。
しかし、穂の香はケロリとして答えたものだ。
「だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ。親の許可は、ちゃんともらってるから」
見た目はいかにも遊んでいそうな派手目のギャルだが、実はいたって真面目で家庭的な坂口穂の香。そのあたりはきちんとしている。
「そもそも、あたしはゆ~じの部屋に泊りに来てるんじゃなくて、さきらの部屋に泊りに来ているわけだから」
なんでも、両親にはすでにさきらは紹介済み。アンドロイドと言うことで最初は面食らっていた両親だが、少し話してみるとさきらの真面目さと上品さにすっかり感服。大のお気に入りになってしまい『娘をどうかよろしく』状態になってしまったのだという。
――いったい、いつの間に。おれだって、坂口さんの両親に会ったことなんてないのに。
優司はそう思ったが、それは優司の責任である。穂の香の方はいままでに何度も優司を両親に紹介しようとしていたのだ。それなのに、優司の方が言を左右に逃げつづけた。
――だって、両親に紹介なんてまるで……結婚挨拶みたいじゃないか!
そう思い、とてもではないが穂の香の両親に会う勇気は出てこなかった。その自分にはできなかったことを平然とやってのけるとは……さきら、恐るべし。
――ま、まあ、女子同士なら結婚挨拶なんて意識をする必要はないしな。
優司はそう思い、自分を慰めた。とは言え――。
「好き」
「愛してる」
という言葉を堂々と投げかけるさきらの態度に比べれば、自分の態度がいかに逃げ腰で、ヘタレで、恋人として不充分なものであったかを思い知らされる。
――おれは一度だって『好き』とも『愛してる』とも言ったことないからな。いや、言ったことがないんじゃなくて、言えなかったんだけど。そんな情けない相手より、はっきり愛情表現してくれる相手の方がいいに決まってるよな。いまだに、愛想を尽かされていないことの方が不思議だ。
それにしても――。
さきらに抱きつく穂の香の嬉しそうな笑顔。普段のおとなびた印象とは打って変わって純粋で、無邪気で、子どものよう。そう。まるで、親に甘える子どものような笑顔。それを見るとつくづく思う。
――やっぱり、坂口さんも他人に甘えたかったんだろうな。
穂の香は五人きょうだいの長子。しかも、家はパン屋。親は一日中、仕事で忙しいので、歳のはなれた弟妹の面倒は穂の香が見てきた。そのためにいかにも長女的な、世話好きで面倒見のいいおとなっぽい性格に育ったわけなのだが、
――他人の世話をするばっかりじゃつらくなるよな。たまには自分が甘える立場に立ちたいだろう。
穂の香の両親が週末に優司の部屋――親にとっては『さきらの部屋』だが――に、泊りに来ることを認めたのも、遊びたい盛りの娘に弟妹の世話をやらせてきたという負い目から『たまには解放してやりたい』と、思ったからだろう。
と言って、あまりにも羽目を外されすぎてはさすがに困る。その点、相手が女子で、しかも、アンドロイドとなればまちがいの起こる心配もない。と言うわけで、安心して許可したのだろう。そのアンドロイドと娘が所構わずキスしまくってることまで知っているかどうかは不明だが。
ともあれ、穂の香はいま、弟妹の世話から解放されて、さきらに抱きついて、思いきり甘えている。その嬉しそうなことと言ったら。
その姿に優司はつらくなる。
――坂口さんの望んでいたことを叶えてやったのが、いきなり表われたアンドロイドだなんてな。本来、彼氏であるはずのおれが叶えてあげなくちゃいけなかったのに。
穂の香の好意に甘えるばかりで、なにひとつ返そうとしなかった自分に腹が立つ。
「だけどさあ」
穂の香の声に優司は我に返った。
いつの間にか、さきらと穂の香はキスするのも、抱きあうのもやめていた。さすがに、長すぎるキスに呼吸が苦しくなったのだろう。人間である穂の香はもちろん、アンドロイドであるさきらも、動力源である燃料電池のために酸素を取り入れ、発生した蒸気を排出するために呼吸する必要がある。
穂の香は居間の方に目をやりながら言った。
「前から気になってたんだけど、居間を仕切っているあのカーテンはなんなわけ? 部屋の真ん真ん中にあんなのあったら邪魔でしょうに」
穂の香の言葉に、さきらもうなずいた。
「わたしもいつも言っているのよ。邪魔だからとっちゃいましょうって」
「そんなわけにいくか!」
優司は憤然として叫んだ。
「仮にも男女なんだ。仕切りもなしに同じ部屋にいていいわけないだろ」
これだけは譲れない!
と、優司はなけなしの侠気を発揮して胸を張る。
そんな必死の見栄も女子ふたりの胸には響かなかったようだ。Dカップの揺れる魔乳を落として『はああ~』と、溜め息をつく。
「……本当。ゆ~じって真面目と言うか、奥手と言うか」
「ヘタレと言うべきでしょう。アンドロイドのわたしに対してすら、なにもできないんだから」
「できないんじゃない! やらないんだ」
優司は胸をはって叫んだが、
「嘘ばっかり」
さきらは冷ややかな視線でその言葉を両断した。
「あとの心配のないアンドロイドにさえ手を出さないようで、人間の女の子相手にどうやって愛を交わすの?」
「あ、愛を交わすって……それだけが愛じゃないだろう!」
「心と体。両方そろって、はじめて愛でしょう」
「それは……」
アンドロイドに正論を言われて、思わずたじろぐ優司であった。
「そうそう。あたしだってIDU(子宮内避妊具)入れてるから、だいじょうぶだしさ。多分。と言うわけでどう? 今夜は練習も兼ねてさ。あんなカーテンとっぱらっちゃって、三人で川の字になって寝るって言うのは」
「そんなわけにはいくか! おれたちはまだ高校生だ。そんなの、早すぎる。第一、信頼して宿泊を許可してくれたご両親に申し訳が立たないだろ」
優司は叫んだが、穂の香はさきらの言葉の方に注意を向けていた。
「穂の香、IDUなんて入れてたの?」
「もちろん。乙女の嗜みだものね」
「でも、穂の香って子ども欲しいんでしょう? 避妊の必要あるの?」
「そりゃあ、子どもは欲しいけど、さすがに学生のうちに妊娠しちゃうのはマズいでしょ。それに……」
「それに?」
「考えたくはないけど、女子はいつだってレイプされる危険もあるわけだしさ」
「ああ、そうね。穂の香ってきれいだから狙われやすいだろうし。でも、だいじょうぶ。穂の香はわたしが守るわ」
「きゃあ、嬉しい! さきら、大好き!」
結局、優司の必死の説得でカーテンの撤去は取りやめさせた。
カーテンをはさんで、こちら側に優司、向こう側にさきらと穂の香。ふたりきりになったさきらと穂の香はさっそく誰はばかることなくイチャつきはじめ……るのかと思いきや、そんなことはまったくない。
カーテンの向こうはいたって静かなもの。そっと、カーテンの隙間から様子をうかがうと、そこには先ほどまでとは打って変わって真剣そのもののふたりの姿。
さきらは小さなデスクに向かって真剣な表情でマンガを描いているし、穂の香は穂の香で、こちらもさきらに劣らず真剣な表情で完成原稿に見入っている。その真剣さ、張り詰めた緊張感は見ていて怖くなるほどのものだった。
そんなふたりの姿を見て、優司は思う。
――あいつは生命をもった物質として『物質である地球と、生物である人間の仲立ちとなる。地球と人類、両方にとって利益のある新しい文明を作る。そのために、マンガ家になって資金と影響力を手に入れる』という途方もない目的に向かって、真剣に進んでいる。坂口さんはそんなあいつを本気で支えようとしている。ふざけているように見えても真剣に付き合っているし、本気で未来に向き合っているんだ。
穂の香が週末ごとに優司の部屋に泊りに来るのは、実はそのため。優司のために夕食を作りに来るのではなく、さきらとイチャつくために来るのでもない――イチャつくだけなら学校で散々している。
さきらのマンガの第一の読者として批評し、感想を述べ、さきらの目的を叶えるサポートをするために来ているのだ。
――おれは一度だって、坂口さんにあんな風に真剣に向き合ったことがあるか? 将来のために、なにかひとつでも本気で取り組んだことがあるか?
ない。
まったく、ない。
空っぽの人間。
空っぽの人生。
――このままじゃいけない。
拳を握りしめ、そう思う。
――いまのままじゃ、いつか必ず愛想を尽かされる。いままでだって、愛想を尽かされていないのが不思議なぐらいなんだ。坂口さんはおれに言った。『いつまでもグズグズしてたら逃げられる』って。あれは、あいつのことだけじゃなくて、坂口さん自身のことも言っていたはずだ。このままじゃいけない。あのふたりの前に堂々と立つことのできる人間にならないと。そうだ。おれはもう、一人前の人間にならなくちゃいけないんだ。
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