トゥナの手作りの国

藍条森也

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一章

三つのプロローグ(1)

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 生まれたときは快哉に包まれていた。世界中から注目を浴び、スポットライトに包まれ、あらん限りの賛辞と祝福に包まれて生まれたのだ。
 〝心を持つ〟ロボット。
 人類の夢とされたそのロボットの一団がついに誕生したのだ。
 開発者のエドワード・フランクリン教授はお披露目の場に一二人の『息子たち』を並べ、世界中に向けて誇らしげに宣言したものだ。
 「皆さん! ついにこの日がやってきたのです。人類の科学はついに世界に残された最後の神秘を解き明かし、不可能と思われた自然の複製に成功したのです。そう! 我々はついに〝心〟を作りあげたのです!」
 一二人の『息子たち』は一人ひとり名前を呼ばれ、紹介された。『息子たち』は単に〝心を持つ〟だけではない。全員、人間のあらゆる表情を精密に再現できる人工筋肉と、人間のものと見分けのつかない人工皮膚を与えられており、見た目ではまったくと言っていいほど人間と見分けが付かなかった。その精密さ、完璧さに誰もが賞賛の声をあげた。
 オクトーもそのひとりだった。開発室を出た途端、世界中の注目を浴び、身動きひとつするたびに感嘆され、一言、喋るだけで世界中が沸き返った。まさにスターだった。このときは。
 『オクトー』とはラテン語で『八』を意味する言葉。他の一一人の兄弟たちもそれぞれ、制作順に番号の名前を付けられていた。
 「〝心を持つ〟ロボットは何のために作られたのですか?」
 その質問にフランクリン教授は堂々と答えた。
 「我が息子たちは人類にさらなる繁栄をもたらすために生まれたのです。人類がこれから先、繁栄をつづけるためには、限りある地球の資源に頼っているわけにはいきません。人類が未来永劫、文明を維持し、発展させていくためには宇宙資源の開発が不可欠です。ですが、宇宙は広い。あまりにも広すぎます! 宇宙資源の採掘現場であるアステロイドベルトまでは往復するだけでも数年の時がかかってしまいます。その間、作業員たちは来る日も来る日もせまい宇宙船のなかに閉じ込められ、同じ相手と顔を合わせ、やることもなく、ひたすら退屈と戦わなくてはなりません。その孤独と退屈に耐えられず、多くの作業員がノイローゼとなり、自殺し、殺し合いました。そのために、人類をさらなる発展に導くはずの宇宙資源の開発は中止されてしまったのです。
 我が息子たちは、その問題を解決するために生まれたのです! ロボットであれば人間とちがって酸素も、水も、食料も必要ありません。排泄物の処理すらいらないのです。その分、宇宙船をシンプルに、安く、頑丈に作ることができます。よけいな設備がない分、同じ大きさの人間用の宇宙船に比べてより多くの荷を運ぶことができます。つまり、一度当たりの採掘量が飛躍的に増えるのです。これは経済的に極めて効率のいいやり方です。
 そして、宇宙での資源採掘はまだまだ未開発の技術であり、何が起こるかわかりません。プログラム通りにしか行動できない通常のロボットとはちがい、〝心を持つ〟ロボットであればどんな事態が起きようと自ら考え、対処できます。まさに、〝心を持つ〟ロボットこそはすべての問題を解決する宇宙開発の切り札なのです!」
 フランクリン教授は両腕を高々とあげて誇らしく宣言した。
 「父なる神も照覧あれ! 我が息子たちが人類の新たな未来を築く様を!」
 その熱烈な叫びに乗せられて、フランクリン教授の『息子たち』は宇宙船へと乗せられ、アステロイドベルトへと送り込まれた。〝心を持つ〟ロボットによって無尽蔵の宇宙資源がもたらされ、人類は未曾有の発展を遂げる……はずだった。しかし――。
 落とし穴はすぐに見つかった。しかも、それと聞いた誰もが『何でそれぐらいのことを予測しなかったんだ⁉』と、怒鳴るようなものだった。
 人間に耐えられない旅は〝心を持つ〟ロボットにとっても耐えられないものだった。人間と同じ〝心を持つ〟ロボットたちは、人間と同じように数年に及ぶ孤独と退屈にさいなまれ、人間と同じようにノイローゼに陥った。むしろ、生まれて間もない無垢な心だけに、訓練を受けた人間以上にその影響を受けてしまった。送り出される『息子たち』すべて、宇宙の旅のつらさに耐えかね、心の平穏を崩し、宇宙船内で暴れ、自傷し、壊しあった。たちまちのうちに一二人の『息子たち』のうち、半数が失われた。
 〝心を持つ〟ロボットは宇宙開発にはまったく向かない。その現実を世界は思い知らされた。
 「長い年月と莫大な資金を掛けてこの様か⁉ こんなことならただのロボットを送り込んだ方がよっぽとましだったじゃないか!」
 開発者であるフランクリン教授に非難が殺到した。『人類の夢を叶えた英雄』は一夜にして『莫大な資金をドブに捨てた罪人』とされた。
 ほどなくして超長距離でも人間の脳と機械とを直結して、機械体を操れる技術が開発された。これによって人間は地球にいたまま、何の苦労も危険もなく、機械体を操ってアステロイドベルトでの採掘作業に従事できるようになった。これによって『〝心を持つ〟ロボットによる宇宙開発』は事実上、とどめを刺された。
 だからと言って『せっかく作ったけど役に立ちませんでした。ごめんなさい』ではすまない。何しろ、〝心を持つ〟ロボットの開発には天文学的な予算が注ぎ込まれていたのだ。何としても役に立たなければならなかった。そうでなければ開発者のフランクリン教授の面目が立たなかった。
 深海や地底での活動、あまりにも単調な作業など、人間に向かない作業は宇宙開発と同じ理由でまったく向かない。そんなことはさすがに誰にでもわかった。だから、これらの作業は最初から検討さえされなかった。
 起死回生の手段として考案されたのが介護職だった。介護職のなり手はいつの時代も足りなかったし、〝心を持つ〟ロボットであれば相手の心情に寄り添ったきめ細かいサービスができる。そう思われた。『息子たち』は介護施設へと送り込まれた。
 「我が息子たちは必ずや、要介護者たちに多くの慰めを与え、その幸福に寄与することでしょう」
 フランクリン教授のその言葉と共に。ところが――。
 介護される側は口を揃えて『心を持たないただのロボットの方がいい』と主張した。〝心を持つ〟ということは苛立ち、気分を害し、悪意をもつと言うことでもあった。人間の表情や仕種を忠実に表現できるよう作られた〝心を持つ〟ロボットたちはそんな気分をストレートに表現してしまう。相手と関わるうちに相手がうまくできないことに苛立ったり、感謝されないことに気分を害したり、排泄物の処理をするのに嫌悪感を示したり……と言った感情を露骨に出してしまうのだ。
 人間の介護者とちがって自分で望んだわけではなく、無理やりやらされているのだからなおさらだった。
 介護される側にしてもそんな態度を取られては侮辱されたも同然だし、気分を害する。人間相手ならばまだしも我慢できたが、ロボットにそんな扱いを受けることには耐えられなかった。結局、感情をもたず、表情も動かさないロボットの方が気兼ねせずにすむと言うことなのだった。
 人の心が必須と思われた介護職において、人の心はもっとも邪魔なものだった。
 結局、介護職でも役に立たない。人類の夢であった〝心を持つ〟ロボット。人類に輝かしい未来を与えてくれるはずの存在であった〝心を持つ〟ロボット。信じられないほどの多額の費用と時間を掛けて開発された〝心を持つ〟ロボット。
 その〝心を持つ〟ロボットが証明したのは『心が必要になる作業は人間がやればいい。人間に不向きな作業をさせるのに心は邪魔だ』という、『ちょっと考えればわかるだろ!』という全方位からのツッコミを受ける情けない事実だった。
 この頃になるとフランクリン教授も『息子たち』とは呼ばなくなっていた。『この出来損ないのロボットどもめ!』と呼ぶようになっていた。世界中から非難を浴び、罵られ、けなされ、嗤いものとなり、すっかり心を病んでいた。酒に逃げ、いつも酒瓶を抱えてラッパ飲みし、顔を赤らめ、どんよりした目で辺りを見回し、誰彼かまわず罵った。『息子たち』が目に入れば容赦なく酒瓶でぶん殴った。
 「この役立たずどもめ、ろくでなしどもめ! きさまらなんぞを作ったせいでおれのキャリアは台無しだ! 返せ、おれの人生を返せ!」
 そう叫んでは殴り飛ばした。やがて、ベロベロに酔ったフランクリン教授は階段から足を踏み外し、帰らぬ人となった。『息子たち』のひとり――あるいは全員――が故意に突き落としたのではないか。その疑惑は当然のごとく浮かんだが、真相は定かではない……。
 『父』の死後、残された『息子たち』は二束三文で売り払われていった。
 オクトーもそのひとりだった。乗りたくもない宇宙船に押し込められ、宇宙の孤独と退屈にさいなまれてノイローゼとなった。それでも何とか地球に帰ってきたと思ったら、やりたくもない、やったこともない介護を押しつけられ、世話をしている相手から罵倒された。『父』であるフランクリン教授には罵られ、殴られ、挙げ句の果てに売り払われる。それが〝心を持つ〟ロボットたちの運命だった。
 オクトーを買ったのは格闘技のブローカーだった。ロボットはロボット。人間よりは強いはず。そう思われたのだ。
 とんだ見込みちがいだった。精巧すぎる作りの〝心を持つ〟ロボットは簡単に故障した。バックドロップ一発で回線がショートして機能停止になるのでは話にならない。何度リングに上げられてもまるで勝てない。かと言って、機械の体では鍛えて強くすることもできない。
 「何やってんだ、てめえは! 故障ばっかで一度も勝てやしねえじゃねえか!」
 「そ、そんなこと言ったって、おれは戦うために作られたんじゃないし……」
 電磁鞭が振るわれ、オクトーの体を打った。全身に激痛が走り、悲鳴をあげてのたうち回った。〝心を持つ〟ロボット。痛みに関しても人間と同じ苦痛を感じる。
 「あ~もう、やめだ、やめだ! これ以上やったって、修理費がかさむばっかでちっとも稼げやしねえ」
 格闘技界からも追い出され、荷運びや建設作業などの力仕事をさせられた。それも、二四時間休みなしで。
 「ロボットが人間並みに休もうなんてふざけんな! ロボットってのはな、人間さまのために毎日まいにち働くもんなんだよ!」
 「せめて、エネルギーを入れてくれ! エネルギー切れになったら動けなくなる」
 「生意気抜かすな! エネルギーを入れて欲しかったらもっと稼げ!」
 電磁鞭が振るわれ、オクトーの体を叩いた。オクトーは悲鳴をあげて地面に倒れた。それきり動かなかった。ブローカーは容赦しなかった。二度、三度と電磁鞭を振りおろした。
 「演技してんじゃねえ! とっとと立て、稼げ、てめえはロボットだ、人間さまのために働く道具なんだぞ!」
 四度、五度と電磁鞭を振るううち、さすがに気付いた。演技ではなく本当にエネルギー切れを起こしているのだと言うことに。
 「ちっ、役立たずが。こんな不良品を押しつけられてとんだ迷惑だったぜ」
 ブローカーはオクトーの体から金目の部品を抜き取り、ジャンク屋に売り払った。それでいくらかの小金を手に入れたので、気分も少しは収まった。
 「あばよ。誰かにひろってもらいな」
 通りすがりの町のスクラップ場に放り出し、そのまま去って行った。
 世界中から歓声を浴びて生まれた〝心を持つ〟ロボット、オクトー。そのオクトーの、これが最後だった。
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