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二一章

刑事の執念

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 ジャックはジェニーを保護して警察本部に戻りました。ジェニーはほどなく意識を取り戻しました。ジャックは一通りの説明をしてからジェニーに尋ねました。
 「すると、急に意識が遠のいたと?」
 「はい。痺れる、というより、ものすごく眠くなった、という感じでした。指一本ふれられたわけでもないのに……」
 ジャックに視線を向けられてビリーが答えます。
 「おそらく、無色無臭のガスだろう。皮膚にわずかに付着しただけで効果のあるものがある」
 「被害者の悲鳴ひとつ聞かれていないのはそのためか」
 「とりあえず、検査をしたほうがいいな。副作用があるかどうかはわからないが、殺す相手に使用するのに安全性を考慮するとも思えない」
 「というわけです、ジェニー。検査させていただけますか?」
 「ええ、もちろんです。お願いします」
 ジェニーは頭を下げました。
 もともと、それが本職のビリーはてきぱきと検査の用意をしました。
 「それでは、まず採血を……」
 言いかけたとき、どやどやと足音高く三人の男女が部屋に飛び込んできました。
 「ジェニー、無事か!」
 アランとジェニーの両親でした。報せを受けて飛んできたのです。アランなどはよほど盛り上がっていたと見えて顔中真っ赤ですし、彼が入ってきただけて部屋中が酒臭くなったほどです。強いだけの安っぽいコロンの匂いもするところを見ると、その手の女性も呼んで大騒ぎしていたのでしょう。これは……私情をはさませていただきますが、女としては語りたくない部分です。
 アランはジェニーの姿を認めると真っすぐに飛びつき、筋肉の盛り上がった両腕で抱きかかえました。屈強な大男のアランとごく普通の体型のジェニー。結婚前夜の男女というより、父親が娘を抱きしめたように見えたそうです。
 両親はそのアランの後ろから、力任せに抱きしめられて窒息しようなジェニーにあれこれと声をかけています。
 「……え、ええ、だいじょうぶ」
 保護意欲過剰のアランの包容からなんとか逃れ、ジェニーは言いました。安心させるために微笑を浮かべて見せます。それを見たアランは安堵のあまり泣きそうな表情になりました。そんなに大事ならなぜ、その手の女性など……と、思うのはわたくしが女だからでしょうか? いえ、よけいなことでございました。お忘れください。
 アランはジェニーの肩をそっと抱き、歩き出そうとしました。
 「よかった、よかった。もう大丈夫だぞ。おれがいるかぎり、切り裂きジャックなんぞには指一本ふれさせないからな。さあ、帰ろう。明日は結婚式なんだ。花嫁が寝不足では様にならないからな。お父さんたちもご心配でしょう。どうです? 今夜はうちに泊まられては」
 ひとりで勝手に取り仕切り、出ていこうとします。そのアランをジャックが引きとめました。
 「おい、ちょっとまて」
 「なんだ?」
 と振り返る態度は、表情といい、口調といい、敵意丸出しであり、ジェニーやその両親に見せる荒くれだが気さくな態度とはまるでちがうものでした。
 ジャックはアランに近づいて言いました。
 「結婚式だと? ジェニーは狙われているんだぞ。それも、よりによって切り裂きジャックにだ。それなのに式なんぞ挙げる気なのか?」
 「お前らには関係ない!」
 「アラン! この人たちはわたしを保護してくれたのよ。失礼な態度をとらないで」
 花嫁にたしなめられてさすがにアランも態度を変えました。渋々といった様子でジャックに言いました。
 「……今日のところは礼を言っておく。だが、よけいな干渉なぞいらん。霧と怪奇の都の市民はテロには屈しない。それが犯罪者であれ、政府であれな。誰に狙われようが、どうしようが、式は挙げる。かならずな」
 「きさまの面子のために花嫁を危険にさらそうってのか!」
 「犯人も捕まえらなかったやつがほざくな!」
 「ぐっ……」
 ジャックは答えにつまりました。それを言われると弱いのです。
 「なら、せめて、おれたちに警護させろ」
 「よけいなお世話だ。ジェニーはおれが守る。きさまらは手出しするな」
 「ふざけるな! 相手は都を挙げた警戒をすり抜け、九六人も殺している怪物だぞ。お前ひとりで何ができるつもりだ」
 「おれひとりじゃねえ。死刑権解放同盟に連絡する。切り裂きジャックに狙われているとなれば、大君ブリアンはかならず力になってくれる」
 「警察より連中に頼る気か!」
 「犯罪者を守る警察なんぞに頼れるか! 都の安全は市民自身の手で守る。政府の手助けなぞいらん」
 そう叫び残し、ジェニーを抱えて強引に出ていこうとします。そのアランにいつも通りのマイペースな口調でビリーが声をかけました。
 「一応言っておくが花婿どの。花嫁どのはガスを使われている疑いがある。検査することをすすめるぞ」
 「なら民間の病院でする。権力のイヌなんぞに検査されたらどんな目にあわされるかわからんからな」
 「アラン!」
 「きさま!」
 ジェニーがあまりにも非礼な態度を咎め、ジャックが気色ばみました。アランはそのどちらも意に介することなく、『ふん』と鼻を鳴らすとジェニーの抵抗など無視して出ていきました。拉致同然に連れていかれようとするジェニーはあわてて礼を言うのが精一杯でした。
 ジェニーたちが去った後、ジャックは思い切り床を蹴飛ばしました。
 「なんなんだ、あいつは! なんであそこまで警察を目の敵にするんだ!」
 「目の敵にしているのは警察ではなく、国家権力だろう」
 ビリーがのんきな口調で指摘します。
 ジャックはもう一度床を蹴りつけました。
 「くそっ! 殺人鬼に狙われている人間がいるってのに、現場の警護もできないってのかよ」
 「返って好都合かも知れないぞ」
 「どういう意味だ?」
 「大君ブリアン自らが警護につくとなれば当然、私兵集団も連れてくる。さぞ物騒な重火器で周辺を固めることだろうな。となれば切り裂きジャックとしては例のガスを撒き散らすしかあるまい。そこで使い切ってくれれば……」
 「おれたちはガスにまかれる心配なしに相手ができる、か」
 「そういうことだ」
 「よし。では、とにかく総動員して式場を遠巻きに警護しよう。なんとしても……」  そこまで言ったところでジャックは指を顎に当てて考え込みました。
 「どうした」と、ビリー。
 「あの野郎、たしかに化物だ。くやしいがおれじゃとても手に負えねえ。おい、ビリー。お前の得意分野でなんとかならねえか?」
 「……昔、てなぐさみに作った筋力増強剤がある。それを使えば三倍ぐらいの力は出せる」
 「そいつを頼む」
 「副作用がひどいぞ?」
 「二日酔いが恐くて酒が飲めるか」
 「……わかった」
 ビリーはため息をつきながら答えました。
 「私も付き合おう」
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