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一八章

恥ずべき歴史のマーチ

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 九月に入り、切り裂きジャックの凶行はさらに加速しました。場所を問わず、時間を問わず、被害者は次々と生まれました。男爵ヴィクターを犯人の最有力候補と目星をつけたジャックとビリーは全力を尽くして発見に努めていましたが、手がかりひとつ見つけることはできませんでした。
 しょせん、三〇人かそこらで広大な森林地帯からたった一件の家を探し出そうというのが無理な話だったのです。
 まして、ヴィクターが本当に森林地帯に住んでいるのか、家があったとしてもいまの時点でそこにいるのかは不明なのです。
 市街のどこかに身を隠し、潜んでいるのかも知れません。それでも、とばくちはそこしかない。ジャックたちはそれこそ寝る間も惜しんで捜索に励みました。
 その努力を嘲笑うかのように切り裂きジャックの暗躍はつづきました。ついに女性四七人、男性四七人、合わせて九六人もの死者が出たのです。もちろん、体の一部分を持ち帰ることも忘れていませんでした。
 「あとは両目があれば男女一体ずつの人形が作れるな」
 リストを確認しながらビリーが冷静に指摘しました。
 「チッ。変態野郎が。だが、いつまでものさばらせちゃおかねえぞ。この暴れん坊ジャックさまがな。いいな、ビリー。なんとしてもやつをとっ捕まえるんだ。忘れるなよ」
 ジャックの檄にビリーは静かなうなずきで応えました。
 「もちろんだ。切り裂きジャックが男爵ヴィクターなら会わないわけにはいかないからな」
 そして、九月一一日がやってきました。
 ジェニーとアランの結婚式を翌日にひかえたこの日、ジェニーは実家で両親と静かに一晩を過ごし、アランは男友だちと盛り上がり、そして、ケニーは『新・大砲クラブ』の会合に出席する予定でした。
 俗世の混迷など知ったことではないとばかり、ロマンに懸ける科学者たちの集まりである『新・大砲クラブ』の会合はのっけから絶好調となっていました。遠慮のない意見・アイディアがポンポン飛び出し、白熱した議論が交わされたのです。
 「宇宙開発には大賛成だが、いちいち地球から宇宙船を発進させてたんじゃ効率が悪すぎる」
 「同感だ。本格的な宇宙進出の前に月に前線基地を作ろう。月の重力は地球の六分の一だから脱出のためのエネルギーはずっと少なくてすむ」
 「いや、それは反対だ。月の開発にエネルギーをとられて肝心の火星地球化が遅れてはなんにもならない。発展性のない月にとらわれることなく、一足飛びに火星を目指すべきだ」
 「そのために、地球の大きな重力井戸をいちいち振り切ろうというのか? そのほうがよほどエネルギーの無駄使いだ」
 『まず月』派と『一気に火星』派に真っ二つにわかれ、両派の間で激しいやりとりが交わされました。徐々に熱を帯び、険悪な雰囲気すら漂いはじめました。それを察して会員のひとりがさり気なくケニーに尋ねました。
 「おい、ケニー。宇宙資源開発会社の代表としてはどうすべきだと思う?」
 それに関してはケニーには無論、はっきりした腹案がありました。彼は女性を前にしたときとは打って変わった、自信に満ち、落ち着いた態度で言いました。
 「まず、すべきことは、軌道エレベーターの建設だ」
 「軌道エレベーター?」
 「そうだ。たとえ月でもまだまだ重力井戸は大きい。その点、軌道エレベーターならその問題はない。軌道エレベーターの先端部分を宇宙船の発着場として使い、遠心力を利用して発進させる。手に入れた資源はエレベーターを使って降下させればよけいなエネルギーは使わずにすむ」
 「なるほど。軌道エレベーターという手があったな」
 「さすがは伯爵ケニーだ」
 「うむ。実に論理的だ」
 賛同の声が各所で上がりました。
 そのときです。それまで会場の隅にじっと座り込み、黙っていた男性が立ち上がり、発言しました。
 「お集まりの皆さん! 微にいり細をうがつ皆さんの論議、まことにお見事です。その周到さには感服いたします。ですが、残念ながら、皆さんの論議はたいへん重要な前提を欠いているものと言わざを得ません」
 その言葉使いにケニーの眉がぴくりと釣りあがりました。
 全員の視線がその男性に集中しました。身長は一七〇㎝程度。やややせ形で上品なスーツを着込んでいました。くすんだ金髪を隙なく整え、丸いメガネをかけています。いかにも貴公子然とした男性でした。歳の頃はケニーと同じくらいでしょう。『英知を秘めた』という形容がぴったりくる瞳の輝きが印象的な男性でした。
 「前提、とは?」
 ある答を予想しながらケニーは尋ねました。そして、メガネの男性の答えはまさに予想どおりのものだったのです。
 「はたして、人類には宇宙に進出する資格があるのか、という点です」
 「なんだと?」
 会場のあちこちから反発する声があがりました。
 「人類の宇宙進出を否定するのか?」
 「これまでに我々が為してきたことを考えれば……」
 メガネの男性はいったん、言葉を切りました。目を閉じ、開けてからつづけました。
 「人類には宇宙進出の資格なし、と申し上げざるを得ません」
 「なんだと!」
 反発が敵意に変わりました。殴りつけるような視線がメガネの男性に集中しました。会場中のすべての悪意がメガネの男性ひとりに叩きつけられたのです。メガネの男性は敵意の熱風を一身に浴びてなお、貴公子の気品と風格をただよわせ、すずやかな風情でした。メガネの男性はつづけました。
 「皆さんもご存じのはずだ。人類がこれまで異種族に対してどれほど残虐なことをしてきたかを。
 ノルウェー人はヴィンランドでアメリカ先住民の集団にはじめて出会ったとき、九人中八人を殺害した。グリーンランドに入植したときには先住民の体質を調べるために刺してみた。一五世紀のある文献にある『ノルウェー史』はこう伝える。
 『ノルウェー人入植地から北に進んだ狩人たちは、小さな者たちに会い、その者たちを〝スクレーリング〟と呼んだ。スクレーリングに致命的でない刺し傷を負わせると、傷口は白くなるだけで出血しないが、致命傷を負わせるとおびただしい出血が見られる』
 ロシアの学者、ニコライ・ミクルーホ=マクレイはポリネシア人の若い男性助手、通称〝ボーイ〟がマラリアで死んだとき、その遺体の一部を保存し、残りは海に投げ捨てた。
 ドイツ人リヒャルト・ショーンブルクは英領ギアナを旅行中、共謀者とともに原住民の墓を暴き、骸骨を手に入れた。
 タスマニア原住民最後の生き残りといわれたウィリアム・ラリーが一八六九年に死ぬと、学者たちはその遺体をバラバラにし、奪い取った。残ったのは『わずかな肉片』のみだった。
 タスマニア王立協会の有力会員であり、コロニアル病院外科医長であったストックウェル博士にいたっては、ラリーの皮膚でタバコ入れをつくっていたとさえ言われる。そして……!」
 人類の負の歴史を滔々と並べ立てるメガネの男性はいったん言葉を切ると、一際大きな声を張り上げて叫びました。彼の人類弾劾のクライマックスたる章を。
 「犯罪人類学の祖、チェーザレ・ロンブローゾは言った!
 『犯罪者の肉体的な無感覚さかげんは、通過儀礼において野蛮人が苦しみに耐えうるあの無感覚さを思わしめる。これは白人にはとうてい耐えられぬ苦しみである。あらゆる旅行者は、ニグロとアメリカの野蛮人が痛さに対して無頓着なのを知っている。前者は仕事から逃れるために、自分たちの手を切って笑っている。後者は拷問の杭につながれ、ゆっくりと焼かれながら、彼らの部族を讃える歌を楽しそうに歌う』
 これが我々のしてきたことだ!
 人々にそれほどの苦しみを与えておきながら反省の色ひとつなく、野蛮人の証明とみなす! それが我々のしてきたことだ!
 そこにあるのは他の生命に対する礼儀と敬意の欠如、限りなき傲慢と独善。同じ人類に対してさえ、我々はかかる非道な行いを繰り返してきた。ましてや宇宙生物相手では! 人類が宇宙に進出すれば他のすべての生命にとってとてつもない災厄となるのは明白だ!」
 メガネの男性の弾劾に会場は静まり返りました。メガネの男性に向けられていた敵意は影を潜め、科学者たちは視線を床に落としました。こうも実例をあげて自分たちの先達の悪業を非難されては、科学者の無邪気な冒険精神も鼻白まざるを得なかったのです。
 「……しかし、それは昔の話だ」
 科学者のひとりがようやく反論しました。
 「科学が発達しておらず、異種族との交流も乏しかった時代の話だ。我々は彼らとはちがう。我々は悲惨な過去からさまざまなことを学び、教訓とし、異種族との関わり方を学んできた。我々は彼らのような野蛮なことはしない」
 「過去の悪業を我が事として捉えることもできないようで、どうして繰り返さないと言える!」
 科学者の反論はその一言であっけなく粉砕されました。メガネの男性の言っていたことなど、なにひとつ頭になかったのはたしかなのですから。
 ――宇宙でめずらしい生物に出会ったとき、これを捕まえ、標本とせずにいられるか? そのために非道な手段をとらないと言えるか?
 科学者として誠実であればあるほど、『しない』と答えることがむずかしくなる。それは、そういう疑問でした。
 メガネの男性はさらにつづけました。
 「仮に宇宙生命を考えにいれないとしても、人類が宇宙に進出すれば必然的に地球人類と宇宙人類とにわかれることになる。地球人類と宇宙人類、宇宙人類と宇宙人類同士の関係をどうする? 地球上で繰り返されてきた数多の抗争を宇宙規模で繰り返せばそれで満足なのか!
 さらにもうひとつ。諸君は宇宙の資源を利用することを当然の権利と目しているようだ。だが、誰がそんな権利を人類に与えた? 人類は地球を食い潰してきた。このうえ、宇宙まで食い潰すのか? 地球に与えたと同じ荒廃を宇宙にも与えるつもりなのか?」
 「ばかばかしい」
 科学者のひとりで吐き捨てました。
 「宇宙は広大だ。資源は無尽蔵にある。人類の活動ぐらいで荒廃したりするものか」
 「その考えこそ!」
 メガネの男性は全身で叫んだ。
 「そのような考え方こそ、私のもっとも危険視するものだ! 無尽蔵? いくら採っても大丈夫? まさに、その考え方こそが地球を荒廃させたのではないか!
 アメリカの歴史を思い返すがいい。西部開拓時代、入植した農夫たちにとっては土地を使いつぶすことこそ富を得る方法だった。彼らは土地をいくつ使いつぶしたかを自慢しあった。
 リョコウバトは空を埋め尽くすほどに繁栄していた。それが瞬く間に人間の手で狩り尽くされた。
 オガラーラ帯水層は数十万年のときをかけてゆっくりとたまった地底の湖だった。人々はその貴重な水をわずか数十年で枯渇の危機におちいらせた!
 いくらでもある、いくら採っても大丈夫。そう思うものほど人類は平気で浪費し、奪い尽くし、滅ぼしてきた。諸君はその歴史を知らないのか、それとも知りたくないのか!
 なるほど。宇宙はたしかに広大だ。その資源は人類が滅びるまでもつだろう。その意味ではたしかに無尽蔵だ。
 だが! それがなんだ。地球を荒廃せしめたと同じ精神のまま宇宙に飛び出すことのどこに正義がある! そんなことでは宇宙のどこに行っても同じことを繰り返す! 新しい惑星を開発しては食い潰し、破滅させ、また新しい惑星を食い潰す。それではとんだ病原菌を撒き散らすのと同じではないか! 人類の宇宙進出を語るなら、なによりもまず、人類の精神をこそ作り変えることだ!」
 メガネの男性の叫びに会場は静まり返りました。科学者たちは彼の弾劾に対して答える術をもっていなかったのです。メガネの男性の言葉はすべて正しいものであり、この場に集まった科学者たちは彼の言葉を無視し、都合よく夢を語るほど卑劣でも不誠実でもありませんでした。真剣に人類の歴史に向き合えばたしかにメガネの男性の言うとおりなのですから。真っ赤に焼けた鉄のようだった科学の冒険精神はドライアイスの固まりをぶつけられ、煙をたてて冷めていきました。
 ――人類にははたして宇宙に進出する資格があるのか?
 ちょっと前までは誰ひとりとして考えようともしなかった疑問が、いまやその場にいる全員の胸にわだかまっていました。楽観的な答えは期待できそうにありませんでした。そのときです。ひとりの男が立ち上がりました。
 ケネス・シーヴァースでした。
 ケニーは両の瞳に不退転の決意を宿し、口を真一文字に結び、静かにメガネの男性に向かって歩いていきました。
 三m前でとまりました。
 静かな、しかし、限りなく熱い視線がメガネの男性を見据えました。細身の全身からすさまじい覇気が吹き上がり、その体を二倍にも、三倍にも大きく感じさせました。女性を前にしたときとはまったくちがう、圧倒的にホットなケニーがそこにいたのです。
 『こんなときのケニーはまるで全身から炎を吹き上げているようで、とてもワイルドでセクシーだったわ。その姿を見るたびに「抱かれたい!」と体の芯から感じたものよ』
 と、『新・大砲クラブ』の女性会員は口をそろえて語ったものです。
 メガネの男性は表情ひとつ変えずにケニーの視線を受けとめていました。こちらもまた、柔弱な貴公子の風貌の奥に熱く激しい魂を宿した表情をたたえ、危険な魅力を撒き散らしていたのです。
 そのふたりの男性の対峙する様は、その場にいるすべての女性会員が失神しかねないほど、刺激的でセクシーなものだったと言われています。
 ふたりの放つ覇気がぶつかり合い、空気を帯電させました。まわりで見ている男たちは嵐の予感に不安よりも興奮を感じたと言います。無意識のうちにボクサーのように両腕をかまえ、舌なめずりしそうな顔つきで身を乗り出す。ゴングが鳴ろうものならたちまち会場は殴りあいの修羅場となりそうでした。
 ふたりの男性の撒き散らす危険な雰囲気が冷静たるべき科学者たちの原始の炎を呼び起こし、石器時代の戦士に変えたようでした。
 「君は……」
 ゆっくりと、あ熊でも静かに、しかし、限りなく熱い魂を瞳に宿し、ケニーが口を開きました。
 「あくまでも人類の宇宙進出に反対するのか?」
 メガネの男性はうなずきました。
 「悲劇が待ち受けているとわかっていて賛成はできない」
 「悲劇になるとなぜ言い切れる?」
 「君たちはそれを防ごうとしていない」
 ケニーは他の科学者たちに向き直りました。
 「諸君! 我々はなぜここにいる? はるかなる過去にこの地球のどこかで最初の生命が生まれ、連綿たる生命の歴史を紡いできたからだ。そして、生命の歴史とは環境に働きかけ、作り替えてきた歴史に他ならない。もし、この歴史のどこかで生命たちが環境を変えることを恐れ、歩みをとめていたならば、我々はいまここにはいられなかった。その歴史を否定するのか! 我々がいまここにいることを否定するのか!
 すべての生命は太陽を食って生きている。生きるということはそのまま環境を変え、宇宙の資源を食い潰すことだ。それを否定することは生命の否定に他ならない! おれはそんなのはごめんだ。どこまでも行けるところまで突き進む。忘れるな! おれたちがいまここで歩みをとめれば次につづく生命は生まれてこれなくなるのだ! それが正しいことか? 否。断じて否!
 広まること、繁栄すること、それこそが生命の本質! 生命の一員としてその本質に背くことは許されない! そして、地球の生物を宇宙に運ぶことは我々人類にしかできないことなのだ。人類は、いや、知的生命はそのためにこそ生まれたのではなかったか。
 飛び立とう、宇宙へ! 地球生物を宇宙へと運び、第二、第三のガイアを作るのだ! ガイアの生殖細胞になろう! それこそが我々、知的生命体の存在意義ではないか!」
 ケニーは演説を終えました。反響は何もありませんでした。誰もが沈黙していました。じっとケニーを見つめていました。やがて、ひとりの手が動きました。両掌を打ちあわせ、小さな音をたてました。それがきっかけでした。会場全体に割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響き、ケニーの名前が連呼されました。
 一度は失われた科学の冒険精神が再び解き放たれ、科学者たちの魂をゆさぶったのです!
 一度冷まされたからこそ、その熱は魂の奥深熊で行き渡り、沸騰する激流と化しました。誰もが未来への夢に酔っていました。身を灼き尽くすような熱い思いに突き動かされるままに床を踏み鳴らし、叫び、踊っていました。冷静でいたのはただふたり。ケニーとメガネの男性のふたりだけ。熱狂の支配する会場のなかで、ふたりは静かに見つめあっていました。
 会合が終わり、科学者たちが去った後、人気がなくなり静寂に包まれた会場のなかでただふたり、ケニーとメガネの男性だけが対峙していました。
 ケニーが静かに尋ねます。
 「お前は誰だ?」
 「男爵ヴィクター」
 「やはりな」
 「親愛なる伯爵ケニー。あなたの演説は立派だった」
 ヴィクターはメガネの奥の瞳に人なつっこい光を宿して言いました。
 「僕でさえ思わず引き込まれ、熱くなりかけたほどだ。まったく、君は大した人物だ。しかし、僕も引くわけには行かない。君たちがあ熊でも『いまの人類』を宇宙に運ぶつもりだというのなら、僕は全力を挙げてそれを阻止する」
 ケニーはじっとヴィクターを見つめました。目を閉じました。それから言いました。
 「男爵ヴィクター。お前の噂は聞いている。『ジーン・リッチ計画』によって生み出された人類最初の遺伝子強化人間。そのために使われた受精卵の数は一〇〇個とも一〇〇〇個とも言われる。それは事実か?」
 「いいや」
 ヴィクターは首を横に振りました。
 「一〇〇個でも一〇〇〇個でもない。一万個だ」
 「一万?」
 ケニーは眉をひそめました。
 「そうだ。我が父アルフォンスの精子と選ばれた一万人の女性の卵子とを結合させ、さまざまな遺伝子改造を施し、そうして生み出された一万粒の受精卵。そのなかで認められたのは僕ただひとり。残り九九九九粒の受精卵はすべて成長することなく死ぬか、殺された。一万分の一の奇跡によって生まれた、生まれついての『選民』。それが僕、男爵ヴィクターなのさ」
 「だからか? お前が人類をしつこく非難するのは。宇宙に進出し、新時代を築くのはお前のような『選ばれし民』だと思っているわけか?」
 「ふふふ」
 ケニーの言葉にヴィクターは笑いました。おかしそうに、しかし、どことなく哀しみを秘めた、そんな笑みだったと言います。
 「なるほど。君にはそう見えるわけだ。やはり、他人の意見というのは貴重だね。自分にはわからないことを教えてくれる」
 「ちがうというのか?」
 「さて」
 ヴィクターはおかしそうに小首を傾げました。
 「僕はたしかに現人類が宇宙に進出することを許す気はない。だからといって……来たるべき新人類が僕だとは限らないさ」
 「どういう意味だ?」
 「ふふふ」
 ヴィクターは再び笑いました。
 「知っているだろう? 僕の祖先の偉大なる業績を。僕はそれを再発見した……と言ったら、君はどうする?」
 ケニーの表情が変わりました。驚きとともに険しさが加わったのです。一歩、前に踏み出しました。それを避けるようにヴィクターは一歩、後ろに下がりました。
 「ふふふ。では、僕はこれで失礼するよ。親愛なる伯爵ケニー。弁舌で君を負かすことはできそうにない。でも……君の目は僕がもらう」
 「なんだと?」
 「ふふふ。僕の最後の獲物。それは君なんだよ。君ともうひとり……ジェニファー・ウェルチさ」
 「きさま……!」
 ケニーはヴィクターに踊りかかりました。ヴィクターは後ろに飛びました。体重のないもののように軽々と。その身はケニーの腕を逃れ、夜の高みへと跳躍しました。ハチの巣状に仕切られたドームの向こうに浮かぶ月を背景に、ヴィクターの体が高々と宙を舞いました。
 「ははは! さようなら、親愛なる伯爵ケニー! 僕の手で想い人と添い遂げさせてあげるよ」
 「ヴィクタアァァァー!」
 ケニーの絶叫が響きました。
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