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婚約者(?)は子煩悩です

世話焼き王子と兄のこころ

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あれから、皇太子様に抱き上げられたまま謁見室まで移動した。座り心地の良いひとり掛けの椅子へと腰掛ける殿下の腕に抱かれたまま、ちょこんとお座りしている。



『確かに無意識で魔力制御はしているか。だが、意識的にコントロール出来なければ危ういな』


『確かにな、でもなぁ、初等教育を受ける以前に魔力放出とか天才肌と言っていいのか? というより、これだけ魔力持ってたら紅侯爵ならすぐに……気づかなかったのか?』


『もとから魔力は強いだろう事は想定済みだったし特殊な魔力も関知していた。紅家は魔法に長けた一族だからこそ本家では特に力が弱い女児は産まれ難い。花胡は確かに一般的な赤子より魔力を保有して生まれたものの、あの程度の赤子は過去に何人もいた。春雷もそうだった。



だから然程気にもしていなかったし、関知できる者がいない場で魔力を使い、タイミングよく制御してたんだろうな。紅家の連中は初獣もまだの娘がこんな展開を想像することもなかったらしい』



若干疲れた表情で肩をおとす雪峰。その姿を眼にする幼馴染ふたりは苦笑混じりに首肯くしかできない。これからの苦労が苦もなく浮かぶのだから仕方ない。



『ま、まあ、これだけの魔力を留まらせるのは幼子には耐えきれなかっただろうし、放出する事が出来るのは良かったな!』



『……そうだな』


三人の視線が自分に注がれているのがわかり、皇太子の手ずから与えられていたおやつをモグモグしながら視線を順に返す。兄、猫耳の人、そして上の皇太子。ぱちぱちと瞬きを繰り返してみると、口のまわりをタオルで拭かれジュースのストローが差し出される。



『ふふっ、喉に詰まらせてはいけない。果実水だから安心して飲みなさい』



「ありゃと!」


にっこり笑顔で御礼をしっかり伝えてカップを支える煌雅の手ごと持ち、チューっと喉を潤わせる。もう赤ちゃんじゃないのでゲップはいりません!



小さな可愛らしい子どものあどけない姿は荒んだ青年達の心を癒したらしく、ほのぼのと眺めては真剣な話をはじめ、また緩んだ顔で見つめては眉間にシワを寄せて話し、時折順番に膝だっこされ頬擦りされて餌付けされ、満腹でお腹がぽんぽこりんになったところで睡魔によりシェードアウト。



『煌雅、花胡寝ちゃったから抱くの替わるよ』


『……いや、動かしたら起きてしまうだろうし構わない』



『……もしかして本気で気に入ったか?』


『…………愛らしいよな』



『…………は………ははは』



なんとも言えない不思議な空気が少女の兄と婚約者候補との間で流れた。関係ない第三者は“今日の行動は親だろう”なんて心の片隅で考えながら吹き出し笑うのだった。




『とりあえず、見た限り放置するには危険が伴うだろうし学園には特例としてもはやすぎる。残るは王室教育で……魔力を暴走させる前に制御の英才教育をするのが得策だろうな』


今回、登城する名目として婚約者候補として殿下との顔合わせとした。皇太子妃候補者は国内外の王侯貴族を厳選に厳選を重ね、大鷹人の蒼 麗飛カン レイヒ公爵令嬢、大兔人の兎 明花ト ミイファ侯爵令嬢、さらに、龍獣国の属国である隣国 エイルモンス王国(エイル国)の永 莎莉ヨン シャーリィ第三王女、そして残る一枠が紅侯爵家本家長女である花胡である。


『では、花胡嬢を婚約者と正式に定めると?』


先程までの生ぬるい空気は消え去り、執務モードで眠る花胡を余所に真剣に会話が進んでいく。



『……そうだな。それが妥当といえる。気持ち云々を除くとしても花胡嬢の魔力指導は私も立ち会う。6歳までは花胡嬢の魔力を公にしないほうが良いだろう。悪用されては目も当てられないことになりかねない。



皇室……私が後ろ楯になることで安全に魔力を扱えるようになるだろう。それは、紅家だけでなく我が国の為にもなること。そこまで介入するとあれば婚約者と正式に内定するしかない。婚約者となれば幼子であっても城にいて何ら不思議も文句も言えぬだろうしな』



『……気持ちを除くというが、本音では花胡をどう思う? いくら必要だろうと、花胡を愛することができない者に婚約とはいえ渡す事は……我が家はないだろう。それが主と決める相手であっても』



『今日会って惚れたとはならない。ましてや、私に幼女趣味もないしな』


あっても困る。だが、言いたいことはそうではない。


『他の女は毛嫌いするだろう。幼子とはいえ、嫌悪感はないか?』



『あぁ、それは問題ない。むしろ好ましいと感じる。愛しく愛らしい娘だ。他の者に渡す気もさらさらない。それに…………甘い香りが堪らん……よくわからぬがつがいの可能性もある』



ぽかーん


唖然とする幼馴染ふたり。猫耳男の天英は額に手をのせ遠くを見つめている。会話に参加する気もなくなった様子。



…………だと?


龍人は番という機能があり、稀に巡り会うことができるらしい。そして、番を見つけると甘い香りが堪らないと匂いフェチさながらとにかくくっつく。母性本能さながら番に対して世話をやくのだといわれる。



どうりで抱き上げてから放さないわけだ。それどころか、自らの手でお菓子を餌付け、飲み物を与え、違和感もなく受け入れる妹は可愛さ満点文句なしだったが、雛鳥と親鳥かとむずむずと眺めていたが……冷静に考えると男は幼子に世話をやく性格でも無ければ、世話焼きスキルも備わっていないはず……これは血に刻まれた行動だったか。


感情も何も、番ならば離すわけもない。守り労り育て愛しむ、その力をもつ男をもはやどうすることもできない。



誰が考えてもこう考えるのが妥当だろう。それに、この幼馴染であり親友のこいつは女性経験は豊富ではあるものの、人として能力者として右に出るものが居ないと声を大にして言える自慢の男。兄心としては複雑ではあるものの、反対をする理由は何もない。強いて言えば……妹に婚約者とは面白くない……それは誰が相手でも言える。いや、他のものならば認める気にもならないかもしれない。


長々と考えたが、そもそも番を見つけた龍人から相手を離すことなど出来ないのだから、『早く言えよ!』と言ってやりたい。


そこまで一気に頭で考えた所で溜め息ひとつ。仕方ない。苦笑を浮かべ膝をつき、最高礼の型をとり妹をお願いする。



『未熟な我が妹、紅 花胡は善悪から世のすべてを知らぬ幼子です。皇太子殿下ならびに皇室方々へ御迷惑を御掛けすることと存じます。我が紅家、当主である紅 翁季に変わり額の聖玉に誓います。私、紅家嫡男紅雪峰、ぎょくつきるま皇太子殿下へ忠をお捧げ致します。


どうか、妹をよろしくお願いいたします』



『承知した。そなたの誓いは主として友として受け取った。私も未来の妃の兄へと花胡を護ると誓おう』



手を差し出す煌雅へ雪峰も手を差し出し立ち上がると固く握手を交わす。若干やさぐれた気持ちも有りはするが、鬼気迫る問題に人心地つき、ほっとした。



『さてさて、おふたりさん。婚約者内定を勝手に決めて良かったのかわからないけど、決まってしまったのだから陛下に伝えようか~? あと、侯爵にもね?』



『『…………あ』』



勝手に盛り上がり大事な存在を忘れていたと気づいたが、ああも誓ってしまったのだから仕方ない。



『……やべぇ』


『……いや、私は良かったな。侯爵相手だと手こずったかもしれんしな! 正式には侯爵に内定の書類を書いてもらうが、事質は雪峰にもらったし花胡との婚約は決まったな。良かった良かった』


呆れながらも面白がる猫耳とニヤニヤとよだれを垂らす花胡の寝顔をみつめ

ハンカチで拭い世話をやく皇太子、冷たい冷気を漂わせ恐らく明日から仕事をボイコットするだろう父を想像して遠い目をする長男、奇妙な空気など露知らず婚約者確定となった皇太子の胸にすりより幸せ一杯の花胡は柴犬に囲まれておやつを貪る夢をみているのでした。


「(ぐふふ、おいしぃ~)」


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