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2章
16話
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過去にタイムリープした理由。それは考えるまでもなく簡単なものだった。
僕の現実から逃げたいという気持ちがあまりにも強かった。そして、9月11日のような日常が永遠と続けばいいのにという思いが大きかった。ただそれだけである。
「答えは出ました。それで……どうしますか?」
少女は真剣な表情のまま、僕に問いかける。
僕は何も言えなかった。それは自分がなすべきことが分かっていたからだ。
見失ったわけではない。自ら放棄した現実。
つまり自分次第で、この現象はあっさりと解決してしまうのだ。でも僕は決断できずにいる。
それに……。僕には薄々勘づいていたことがあった。
「黙っていては何も始まりませんよ?」
少女は怒るわけでもなく、言葉を求めてくる。僕はずっと聞きそびれていたことを少女に尋ねる。
「君は……どうして僕にしか見えないの?」
少女は視線を逸らし、言おうか言うまいか少し悩む素振りを見せたが、すぐに僕に向き合い答えてくれた。
「はっきりと断言できませんが、おそらく『帰る場所』を失くした人に、私が見えるようになるんだと思います。ですが、あなたと同じ境遇にある人はたくさんいるはずなのに、あなたにしか認識できない。もしかしたら、お姉ちゃんが何かしら絡んでいるのかもしれませんね」
「僕が一週間の間、君に会うことができなかったのもそれが理由だったのか」
「そうです。まあ、私は毎日会っていましたけどね」
「ん?どういうこと?」
「私は常に存在しています。世界線が異なるとか、見えないように魔法を使っているとか、そんな大それたことではありません。私はずっとここにいます。もちろん、他の場所をうろつくこともありますが、夕方には必ず公園に戻っています。あなたに会うために」
僕に会うため……。僕にそんな価値はないのに……。
「人の価値は自分だけでは決まりませんよ。関わる人それぞれが、あなたの価値を決めています。最終的には自分で見定めるものでもありますが、決して一定ではありません」
僕の心を見抜いたかのように少女は言った。
僕は質問を続ける。
「9月17日の事……それだけじゃない。どうして今からみて未来の出来事を君が知っているの?」
「それは私があなたの記憶を共有しているからですよ。あなたが見ているものは私も見ています。あなたが感じたことは、私も感じることができるのです。一心同体……とは少し違いますね。以心伝心でしょうか。どんなに離れていても、私はあなたの記憶を見ることができます。だから今からみて未来の出来事でも、あなたの記憶にある限り、私を知ることができるというわけです」
「いつから?いつから共有しているの?」
「誰かの記憶からあなたの言葉を一通り聞いた後ですね。誰の記憶かはあえて言いませんけど」
少女はおどけながら話し続ける。
「いやー私も始めは驚きました。自分で見ていないものが見えるんですから。慣れないうちは頭がパンクしそうでしたよ。でも私が賢いおかげで、今ではしっかり整理できますよ。初めて頭が良くて得した気分です。
あっ因みに、あなたに憑依して記憶を見ているというよりは、空から客観的にあなたを見ながら記憶も得ている感じです。つまり、あなたの表情もばっちり見えてますよ」
少女は面白おかしく言っているようだが、僕はあることが引っかかって上手く笑えない。
聞きたくなかった質問が、僕の意思に反してこぼれ出る。
「……同じ日を繰り返すとき、君が見えるようになるの?」
「そうですね。あなたが『今日』に迷い込むと同時に、私を認識できるようになります。私の存在が確認できる間は、あなたは『今日』から抜け出せません。まあ、あなたの記憶から私が抜け落ちるまではないことが分かりましたが」
「それじゃあ――」
そこまで言って僕は止める。それ以上は言いたくない。認めたくない。
……僕が現実に帰ることを決断したとき、少女が見えなくなる。そこにいるのに認識できない存在。最後の砦である僕が少女を見失ってしまえば、空気同然の存在となる。いや、少女に意思がある分、空気なんて軽い言葉で表せない。少女にとってとても苦しい環境となる。
僕は歯を食いしばる。何か方法がないかを必死に模索する。
「何を今さら口籠っているのですか。私はテレパシーをも超越した能力を持っているのですよ。もっとこう、褒めるとか羨むとかないんですか」
僕は少女の顔を見れなくなる。僕を明るくしようとしてくれている少女の姿を見るのが辛い。
「あーでも私の一方的なものだから、テレパシーとは違いますねー。んーここは『ワンサイドコンヒュージョン』とでも名付けておきましょうか」
……止めてくれ。それ以上は聞きたくない。
少女は「はぁ」と溜息をついて、なだめるように言った。
「あなたが何かを失わなければ、最初から会うことが無かったんです。何もなかった日常に戻るだけですよ。
それは違う。僕らが出会ったのは偶然なんかじゃない。運命で決まっていた必然だ。僕らは会うべくして会った。そして僕が忘れない限り、少女の『存在』が消えることはない。
少女の声が少しかすれる。
「……現実を捨ててまで、私の存在を守る価値なんてないですよ」
「さっき君が言ったじゃん。君の価値は僕自身で決める」
18時を知らせるチャイムが流れる。夕日が沈みかけ、周りが薄暗くなっている。
僕は少女に対してテレパシーを使えないため、少女の感情まではくみ取れない。しかし、少女の中で葛藤が起きていることは雰囲気で分かる。そして僕もまた、葛藤の最中にいる。
少女を失ってまで、戻る必要があるのか?僕の大切な帰る場所を失ってまで、辛く苦しい現実に帰る必要があるのか?少女との関係を断ってまで、未来に向かっていく必要があるのか?
静かな時間が流れる中、僕は少女に問う。
「君は今……幸せ?」
いつか、僕に投げかけられたおまじないの言葉。しかし、ここは神社ではないため当然おまじないの効果はない。
少女は僕を見ずに、小さく頷く。
カラスの鳴き声が響き渡る。どこかの家から夕飯の香りが漂っている。
そして僕は決心する。
僕は――今日を繰り返す。
僕の現実から逃げたいという気持ちがあまりにも強かった。そして、9月11日のような日常が永遠と続けばいいのにという思いが大きかった。ただそれだけである。
「答えは出ました。それで……どうしますか?」
少女は真剣な表情のまま、僕に問いかける。
僕は何も言えなかった。それは自分がなすべきことが分かっていたからだ。
見失ったわけではない。自ら放棄した現実。
つまり自分次第で、この現象はあっさりと解決してしまうのだ。でも僕は決断できずにいる。
それに……。僕には薄々勘づいていたことがあった。
「黙っていては何も始まりませんよ?」
少女は怒るわけでもなく、言葉を求めてくる。僕はずっと聞きそびれていたことを少女に尋ねる。
「君は……どうして僕にしか見えないの?」
少女は視線を逸らし、言おうか言うまいか少し悩む素振りを見せたが、すぐに僕に向き合い答えてくれた。
「はっきりと断言できませんが、おそらく『帰る場所』を失くした人に、私が見えるようになるんだと思います。ですが、あなたと同じ境遇にある人はたくさんいるはずなのに、あなたにしか認識できない。もしかしたら、お姉ちゃんが何かしら絡んでいるのかもしれませんね」
「僕が一週間の間、君に会うことができなかったのもそれが理由だったのか」
「そうです。まあ、私は毎日会っていましたけどね」
「ん?どういうこと?」
「私は常に存在しています。世界線が異なるとか、見えないように魔法を使っているとか、そんな大それたことではありません。私はずっとここにいます。もちろん、他の場所をうろつくこともありますが、夕方には必ず公園に戻っています。あなたに会うために」
僕に会うため……。僕にそんな価値はないのに……。
「人の価値は自分だけでは決まりませんよ。関わる人それぞれが、あなたの価値を決めています。最終的には自分で見定めるものでもありますが、決して一定ではありません」
僕の心を見抜いたかのように少女は言った。
僕は質問を続ける。
「9月17日の事……それだけじゃない。どうして今からみて未来の出来事を君が知っているの?」
「それは私があなたの記憶を共有しているからですよ。あなたが見ているものは私も見ています。あなたが感じたことは、私も感じることができるのです。一心同体……とは少し違いますね。以心伝心でしょうか。どんなに離れていても、私はあなたの記憶を見ることができます。だから今からみて未来の出来事でも、あなたの記憶にある限り、私を知ることができるというわけです」
「いつから?いつから共有しているの?」
「誰かの記憶からあなたの言葉を一通り聞いた後ですね。誰の記憶かはあえて言いませんけど」
少女はおどけながら話し続ける。
「いやー私も始めは驚きました。自分で見ていないものが見えるんですから。慣れないうちは頭がパンクしそうでしたよ。でも私が賢いおかげで、今ではしっかり整理できますよ。初めて頭が良くて得した気分です。
あっ因みに、あなたに憑依して記憶を見ているというよりは、空から客観的にあなたを見ながら記憶も得ている感じです。つまり、あなたの表情もばっちり見えてますよ」
少女は面白おかしく言っているようだが、僕はあることが引っかかって上手く笑えない。
聞きたくなかった質問が、僕の意思に反してこぼれ出る。
「……同じ日を繰り返すとき、君が見えるようになるの?」
「そうですね。あなたが『今日』に迷い込むと同時に、私を認識できるようになります。私の存在が確認できる間は、あなたは『今日』から抜け出せません。まあ、あなたの記憶から私が抜け落ちるまではないことが分かりましたが」
「それじゃあ――」
そこまで言って僕は止める。それ以上は言いたくない。認めたくない。
……僕が現実に帰ることを決断したとき、少女が見えなくなる。そこにいるのに認識できない存在。最後の砦である僕が少女を見失ってしまえば、空気同然の存在となる。いや、少女に意思がある分、空気なんて軽い言葉で表せない。少女にとってとても苦しい環境となる。
僕は歯を食いしばる。何か方法がないかを必死に模索する。
「何を今さら口籠っているのですか。私はテレパシーをも超越した能力を持っているのですよ。もっとこう、褒めるとか羨むとかないんですか」
僕は少女の顔を見れなくなる。僕を明るくしようとしてくれている少女の姿を見るのが辛い。
「あーでも私の一方的なものだから、テレパシーとは違いますねー。んーここは『ワンサイドコンヒュージョン』とでも名付けておきましょうか」
……止めてくれ。それ以上は聞きたくない。
少女は「はぁ」と溜息をついて、なだめるように言った。
「あなたが何かを失わなければ、最初から会うことが無かったんです。何もなかった日常に戻るだけですよ。
それは違う。僕らが出会ったのは偶然なんかじゃない。運命で決まっていた必然だ。僕らは会うべくして会った。そして僕が忘れない限り、少女の『存在』が消えることはない。
少女の声が少しかすれる。
「……現実を捨ててまで、私の存在を守る価値なんてないですよ」
「さっき君が言ったじゃん。君の価値は僕自身で決める」
18時を知らせるチャイムが流れる。夕日が沈みかけ、周りが薄暗くなっている。
僕は少女に対してテレパシーを使えないため、少女の感情まではくみ取れない。しかし、少女の中で葛藤が起きていることは雰囲気で分かる。そして僕もまた、葛藤の最中にいる。
少女を失ってまで、戻る必要があるのか?僕の大切な帰る場所を失ってまで、辛く苦しい現実に帰る必要があるのか?少女との関係を断ってまで、未来に向かっていく必要があるのか?
静かな時間が流れる中、僕は少女に問う。
「君は今……幸せ?」
いつか、僕に投げかけられたおまじないの言葉。しかし、ここは神社ではないため当然おまじないの効果はない。
少女は僕を見ずに、小さく頷く。
カラスの鳴き声が響き渡る。どこかの家から夕飯の香りが漂っている。
そして僕は決心する。
僕は――今日を繰り返す。
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