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2章
12話
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授業は全く手に付かなかったが、何とか滞りなく学校を終えることができた。僕は考える間もなく公園へ向かう。距離は大したことないのに、少し息苦しくなる。これが不安からきているのか、ただの運動不足かは分からない。しかし、期待よりも不安が大きいのは確かだ。
僕は常に最悪な状況を想定する思考が身に付いている。それを回避するために最善の努力と準備をする。
しかし、今回はただ願うことしかできない。どんなに想いが強くても、運命に逆らうことはできない。僕はこの身をもってそれを知っている。
ーー運命。
それは、生を宿すもの全てに与えられたレール。
行動、思考、生死……。あらゆることが予め決まっており、生物はその敷かれた道を進んでいるに過ぎない。
つまり、運命に抗うなど、絶対に不可能である。自ら道を踏み外すことはあり得ない。
なぜなら、その行為さえもが既に約束されたものなのだから。
100%が存在しないこの世の中で、唯一の絶対的な価値観。
それが運命。
だから僕は歯向かわない。悲観、憎悪、空虚、どんな感情に襲われても、最後には必ずそれらを受け止める。
たとえ定められていたとしても、自分で選択できていると感じられるように、願うこともまた自由である。
僕はひたすら願う。何度だって夢に見る。
……少女に会いたい。感謝を伝えたい。
僕は公園の入り口に立つ。影とともに一人の人間が視界に入る。
一度目を閉じ、深く息を吐く。
そしてゆっくりと目を開け、ブランコに視線を送る。
赤いランドセル。
スポーティーな髪型。
遠くからでも分かる純粋無垢な笑顔。
……間違いない。あの少女だ。
僕は自分でも認識できるくらい頬が緩み、「やっと……会えた」と呟く。
呼吸が乱れている。先程の息苦しさによるものではない。
公園に一歩足を踏み入れ、その勢いのまま駆け出す。
「やっと会えた!」
少女の前で立ち止まると、僕はさっきよりも大きな声で言った。
少女は漕いでいたブランコを制止させると、明るい表情のまま意気揚々と返答する。
「また会いましたね、お兄さん」
「うん。会えて本当に良かった。……改めてこの間はありがとう。君のおかげで僕は『帰る場所』を取り戻すことができたよ」
「……あなたは優しいのですね。自分の手柄にせず、私に感謝するなんて」
「当り前だろ?君がいなかったら僕は何も変えられなかった」
「……私もあなたと出会えて良かったです」
だからこそ、と少女は続けた。
「こういう形でしか再会できないのは残念です」
僕は少女の言葉の間や発言に若干違和感を覚えたが、興奮のあまり深読みすることができなかった。
「ところで、私に何か聞きたいことがあるのではないですか?」
少女は話題を切り替え、僕の顔を覗く。
……そういえばそうだった。少女にしか聞けないことがあったんだ。
「そうなんだ。僕、過去に戻ってしまったんだよ」
「そうなんですね。まあ知ってましたけど」
少女はあっけなく受け入れた。しかも既に把握済みとは……。
……恐るべし観測者。
「じゃあ説明しなくても大丈夫だね。これはいったいどういうことなの?」
「私は答えを提示することはできませんよ?」
「またそれ?僕の全てを把握しているなら答えられるんじゃないの?それとも答えられない理由があるの?」
「……機密事項です」
少女はどこかで聞いたことのある台詞を歯痒そうに言った。
僕は少し表情が暗くなる少女を見て、それ以上の追及を止めた。
少しの間、鈴虫の鳴き声のみが響き渡る。
僕はひとまず自分で考えてみることにした。考えるといっても、僕の中で既にある仮説が立っていた。
――考え方を変える。おそらく原因はそれだ。何かしら僕は考え方を誤っており、それが引き金となって今の状況に陥っている。しかし、自分が何を誤っているのか、なぜ今回は過去に遡っているのかはさっぱり分からない。
「……もしかして僕の考え方に何か原因がある?」
僕は恐る恐る少女に尋ねる。
少女は先程の表情を引きずったまま、淡々と答えた。
「ご名答。あなたにしては気づくのが早かったですね」
……君は僕を何だと思っているんだ。
「でも僕が何を間違っているのか、どうして今回は過去に戻ったのか全く分からないんだ」
「間違っているわけではありませんよ。ただ……」
「ただ?」
少女は口を閉じ、何も言ってくれない。
「どうしたの?何――」
何か言えないことがあるの?そう言おうとした時だった。
後方から幼い子供の声が、僕の言葉を遮るように聞こえてきた。
「ねぇねぇ。あの人、ブランコに向かってお話してるよー」
僕は反射的に振り向く。
すると、同伴していた母親らしき人が、子どもに僕を見ないよう促す。
「今日の夕飯何にしよっかー?」
その女性は、あからさまに話を変え、足早にその場を去った。
僕はしばらく、入り口の方を向いたまま、絶句した。
……どうしてだ?僕は人間と話しているんだぞ?ブランコに話しかけてなんかいない。
視線を元に戻す。少女は確かにそこにいる。
しかし、見る者を魅了するその笑顔は、曇りのかかった見るに堪えない表情に変わっていた。
僕は必死に言葉を絞り出す。
「………どういうこと?」
少女を問い詰めるつもりはないし、責める気持ちもさらさらない。
ただこの状況に僕の思考が追いついていなかった。
「………」
少女は沈黙を続ける。俯いてしまって表情も見えない。
ついさっきまで鳴いていたはずの鈴虫の声が聞こえない。まるで無音の空間にいるようだった。
僕は最悪な状況を想像する。一番信じたくないことを思いついてしまう。それはタイムリープなんて可愛く思えるぐらい悍ましい考え。
音のない世界にか細い声が聞こえる。少女の声だ。
「……私の言うこと、信じてくれますか?」
少女はゆっくりと顔を上げ、僕の顔を見る。僕は黙って一度頷いた。
それを確認すると、少女はゴクンと喉を鳴らし、一言だけ発した。
「私の存在を確認できるのはあなただけなんです」
僕は覚悟していたその言葉を脳内で再生する。何度も何度も繰り返す。
僕にしか認識できない存在。僕だけが理解できる存在。
……じゃあ、僕がいなくなったら、少女はどうなるんだ?
何も反応してやれない僕の目を、少女は真っ直ぐに見つめる。
そして、それまで謎のままだった少女の歴史を語り始める――。
僕は常に最悪な状況を想定する思考が身に付いている。それを回避するために最善の努力と準備をする。
しかし、今回はただ願うことしかできない。どんなに想いが強くても、運命に逆らうことはできない。僕はこの身をもってそれを知っている。
ーー運命。
それは、生を宿すもの全てに与えられたレール。
行動、思考、生死……。あらゆることが予め決まっており、生物はその敷かれた道を進んでいるに過ぎない。
つまり、運命に抗うなど、絶対に不可能である。自ら道を踏み外すことはあり得ない。
なぜなら、その行為さえもが既に約束されたものなのだから。
100%が存在しないこの世の中で、唯一の絶対的な価値観。
それが運命。
だから僕は歯向かわない。悲観、憎悪、空虚、どんな感情に襲われても、最後には必ずそれらを受け止める。
たとえ定められていたとしても、自分で選択できていると感じられるように、願うこともまた自由である。
僕はひたすら願う。何度だって夢に見る。
……少女に会いたい。感謝を伝えたい。
僕は公園の入り口に立つ。影とともに一人の人間が視界に入る。
一度目を閉じ、深く息を吐く。
そしてゆっくりと目を開け、ブランコに視線を送る。
赤いランドセル。
スポーティーな髪型。
遠くからでも分かる純粋無垢な笑顔。
……間違いない。あの少女だ。
僕は自分でも認識できるくらい頬が緩み、「やっと……会えた」と呟く。
呼吸が乱れている。先程の息苦しさによるものではない。
公園に一歩足を踏み入れ、その勢いのまま駆け出す。
「やっと会えた!」
少女の前で立ち止まると、僕はさっきよりも大きな声で言った。
少女は漕いでいたブランコを制止させると、明るい表情のまま意気揚々と返答する。
「また会いましたね、お兄さん」
「うん。会えて本当に良かった。……改めてこの間はありがとう。君のおかげで僕は『帰る場所』を取り戻すことができたよ」
「……あなたは優しいのですね。自分の手柄にせず、私に感謝するなんて」
「当り前だろ?君がいなかったら僕は何も変えられなかった」
「……私もあなたと出会えて良かったです」
だからこそ、と少女は続けた。
「こういう形でしか再会できないのは残念です」
僕は少女の言葉の間や発言に若干違和感を覚えたが、興奮のあまり深読みすることができなかった。
「ところで、私に何か聞きたいことがあるのではないですか?」
少女は話題を切り替え、僕の顔を覗く。
……そういえばそうだった。少女にしか聞けないことがあったんだ。
「そうなんだ。僕、過去に戻ってしまったんだよ」
「そうなんですね。まあ知ってましたけど」
少女はあっけなく受け入れた。しかも既に把握済みとは……。
……恐るべし観測者。
「じゃあ説明しなくても大丈夫だね。これはいったいどういうことなの?」
「私は答えを提示することはできませんよ?」
「またそれ?僕の全てを把握しているなら答えられるんじゃないの?それとも答えられない理由があるの?」
「……機密事項です」
少女はどこかで聞いたことのある台詞を歯痒そうに言った。
僕は少し表情が暗くなる少女を見て、それ以上の追及を止めた。
少しの間、鈴虫の鳴き声のみが響き渡る。
僕はひとまず自分で考えてみることにした。考えるといっても、僕の中で既にある仮説が立っていた。
――考え方を変える。おそらく原因はそれだ。何かしら僕は考え方を誤っており、それが引き金となって今の状況に陥っている。しかし、自分が何を誤っているのか、なぜ今回は過去に遡っているのかはさっぱり分からない。
「……もしかして僕の考え方に何か原因がある?」
僕は恐る恐る少女に尋ねる。
少女は先程の表情を引きずったまま、淡々と答えた。
「ご名答。あなたにしては気づくのが早かったですね」
……君は僕を何だと思っているんだ。
「でも僕が何を間違っているのか、どうして今回は過去に戻ったのか全く分からないんだ」
「間違っているわけではありませんよ。ただ……」
「ただ?」
少女は口を閉じ、何も言ってくれない。
「どうしたの?何――」
何か言えないことがあるの?そう言おうとした時だった。
後方から幼い子供の声が、僕の言葉を遮るように聞こえてきた。
「ねぇねぇ。あの人、ブランコに向かってお話してるよー」
僕は反射的に振り向く。
すると、同伴していた母親らしき人が、子どもに僕を見ないよう促す。
「今日の夕飯何にしよっかー?」
その女性は、あからさまに話を変え、足早にその場を去った。
僕はしばらく、入り口の方を向いたまま、絶句した。
……どうしてだ?僕は人間と話しているんだぞ?ブランコに話しかけてなんかいない。
視線を元に戻す。少女は確かにそこにいる。
しかし、見る者を魅了するその笑顔は、曇りのかかった見るに堪えない表情に変わっていた。
僕は必死に言葉を絞り出す。
「………どういうこと?」
少女を問い詰めるつもりはないし、責める気持ちもさらさらない。
ただこの状況に僕の思考が追いついていなかった。
「………」
少女は沈黙を続ける。俯いてしまって表情も見えない。
ついさっきまで鳴いていたはずの鈴虫の声が聞こえない。まるで無音の空間にいるようだった。
僕は最悪な状況を想像する。一番信じたくないことを思いついてしまう。それはタイムリープなんて可愛く思えるぐらい悍ましい考え。
音のない世界にか細い声が聞こえる。少女の声だ。
「……私の言うこと、信じてくれますか?」
少女はゆっくりと顔を上げ、僕の顔を見る。僕は黙って一度頷いた。
それを確認すると、少女はゴクンと喉を鳴らし、一言だけ発した。
「私の存在を確認できるのはあなただけなんです」
僕は覚悟していたその言葉を脳内で再生する。何度も何度も繰り返す。
僕にしか認識できない存在。僕だけが理解できる存在。
……じゃあ、僕がいなくなったら、少女はどうなるんだ?
何も反応してやれない僕の目を、少女は真っ直ぐに見つめる。
そして、それまで謎のままだった少女の歴史を語り始める――。
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