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2章
11話
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僕がいつもより遅めに帰宅すると、既に夕食の準備がされていた。
食卓に並ぶメイン料理は、ファミレスや定食屋さんで必ずメニュー表に記載されているような、ど定番の料理だった。
「何つっ立ってんのよ。あんた待ちなんだから。冷めてたらハンバーグに土下座させるわよ」
姉は少しキレながら、僕に座るよう促した。
……僕の初土下座がハンバーグだったら、人間辞めちゃうな。
歯向かうわけでもなく、僕が席に座ると、彼女は大きな声で食事前の挨拶をする。それにつられたように、僕らも挨拶をする。
食卓を支配しているのはどうやら姉らしい。
形の整ったハンバーグに箸を通すと、柵から放たれた数百匹の羊の群のように肉汁が溢れ出し、真っ白な皿の色を変えていった。
僕が1/3程度食べ終えると、姉は勢いよく立ち上がり、足音を立てながら台所に向かった。そして当たり前のように数個並べられたハンバーグを自分の皿にのせようとする。
「ちょっと!それは明日のお弁当の分!」
母が姉の行動を見もせずに制する。
「えー。食べ足りなーい」
姉は不服そうに言いながら「一個だけ」とおねだりするが、母からきっぱり断られる。
「はぁー。仕方ない」
姉はハンバーグを諦めた代わりに、一杯目よりも多い量のご飯と、キムチを持って再び食卓に戻ってきた。
……あなたは力士にでもなられるおつもりですか?
僕は彼女の食欲に若干驚嘆しつつも、今さらながらの質問をする。
「姉ちゃんはどうして大学に進学したの?」
「何よ急に。そこに大学があったからに決まってるでしょ。大学が私を呼んでたのよ」
姉は顔色一つ変えず、息を吸うように冗談を言うのが得意である。
質問を変えよう。
「目標とか目的をもって進学した?」
「当り前じゃない。レベルの高い大学ほど、自分の核となるものを持ってないと苦労するわよ。私は『大学生は人生の夏休み』とか言ってる、一生お休みモードで生きてるような人にはなりたくないからね。もちろん将来のことは考えてるわよ」
……当たり前……か。
僕は普段のらりくらりと生きているように感じていた彼女が、しっかりと自分を持っていることに驚く。それと同時に、彼女の言葉が僕の不安を加速させた。
それを感じ取ったのか、彼女は言葉を付け加える。
「まあ、目標とか目的なんかは焦って決めるもんじゃないもんね。歩けるようになる年齢が人によって違うように、それらを早く見つけられる人もいれば、時間のかかる人だっている。私がたまたま早かったってだけで、それを比較することはお門違いだと思うわよ」
完璧なまでのフォローに僕はまたもや驚倒する。
きっと僕の悩みなんて、彼女からしてみればあってないようなものなのだろう。
しかし、その考えさえも彼女にとってはナンセンスなものに違いない。
……やっぱり姉には敵わない。
その思いが聞こえてしまったのか、彼女はニヤリとあからさまに口角を上げると、見下すような口調で言った。
「私を崇め奉るといいわ」
彼女はご機嫌な様子で「ごちそうさまー」と言うと、食器を台所に持って行った。
しばらくして僕も食べ終わり「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」と母に告げ、食器を片付けた。
一日のやることをすべて終え、後は寝るだけとなった僕はベッド上で姉の言葉を思い出す。
……まだ切羽詰まるには早いよな。自分のペースで見つけていこう。
結局、進路希望調査には触れることなく、僕はゆっくりと眠りについた。
みじん切りにされた玉ねぎのように、不安を細かく刻みながらーー。
少し感じた寒気によって僕は目を覚ました。寝る前に来ていた毛布はベッドの端に押し寄せられ、防寒の機能を全くなしていなかった。僕は二度寝をしようか迷いながら、意味もなくスマホの画面を点灯させる。その照らされた光に目を細めながら、時刻と日付が目に入る。それを見た瞬間、僕の頭から「二度寝」という三文字は消え失せ、代わりに「???」というクエスチョンマークの三文字が並んだ。
ーー9月11日。
僕はまだ完全に開ききってない目を何度も擦って確認した。同じ日を繰り返すだけじゃ飽き足らず、とうとうタイムリープにまで手を出したって言うのか。
進路希望調査の紙。
ハンバーグの味。
姉の言葉。
どれも鮮明に覚えている。僕の記憶までは侵されていないようだ。だからこそ僕はこの状況を受け入れられなかった。
僕は救いを求めるように鞄を漁る。視界にもいれたくなかった紙を必死で探した。でも、当然それが見つかることはない。
嫌な汗が額を伝う。緊張しやすい僕は、その症状にはある程度耐性がついているはずだ。しかし、今回の出来事は明らかに異質で、何も見えない暗闇に吞み込まれたような感覚だった。
そして最も危惧したのは、誰にも相談できないということだ。もともと誰にでも自分の悩みを打ち明けるたちではないが、家族にさえ話せないとなると、八方塞がりとなる。
ーーいや、いた。一人だけいた。僕のこの状況を理解してくれる人が。
……あの少女なら僕の話を受け入れてくれる。
しかし、僕は9月11日も公園に訪れたが、少女の姿はなかった。会える可能性は極めて低い。
それでも僕は一縷の望みを胸に、少女がいつものっていたブランコに足を運ぶことを決めた。
無情に鳴り始める目覚ましを瞬時に止め、僕は学校へ行く支度を始めるーー。
食卓に並ぶメイン料理は、ファミレスや定食屋さんで必ずメニュー表に記載されているような、ど定番の料理だった。
「何つっ立ってんのよ。あんた待ちなんだから。冷めてたらハンバーグに土下座させるわよ」
姉は少しキレながら、僕に座るよう促した。
……僕の初土下座がハンバーグだったら、人間辞めちゃうな。
歯向かうわけでもなく、僕が席に座ると、彼女は大きな声で食事前の挨拶をする。それにつられたように、僕らも挨拶をする。
食卓を支配しているのはどうやら姉らしい。
形の整ったハンバーグに箸を通すと、柵から放たれた数百匹の羊の群のように肉汁が溢れ出し、真っ白な皿の色を変えていった。
僕が1/3程度食べ終えると、姉は勢いよく立ち上がり、足音を立てながら台所に向かった。そして当たり前のように数個並べられたハンバーグを自分の皿にのせようとする。
「ちょっと!それは明日のお弁当の分!」
母が姉の行動を見もせずに制する。
「えー。食べ足りなーい」
姉は不服そうに言いながら「一個だけ」とおねだりするが、母からきっぱり断られる。
「はぁー。仕方ない」
姉はハンバーグを諦めた代わりに、一杯目よりも多い量のご飯と、キムチを持って再び食卓に戻ってきた。
……あなたは力士にでもなられるおつもりですか?
僕は彼女の食欲に若干驚嘆しつつも、今さらながらの質問をする。
「姉ちゃんはどうして大学に進学したの?」
「何よ急に。そこに大学があったからに決まってるでしょ。大学が私を呼んでたのよ」
姉は顔色一つ変えず、息を吸うように冗談を言うのが得意である。
質問を変えよう。
「目標とか目的をもって進学した?」
「当り前じゃない。レベルの高い大学ほど、自分の核となるものを持ってないと苦労するわよ。私は『大学生は人生の夏休み』とか言ってる、一生お休みモードで生きてるような人にはなりたくないからね。もちろん将来のことは考えてるわよ」
……当たり前……か。
僕は普段のらりくらりと生きているように感じていた彼女が、しっかりと自分を持っていることに驚く。それと同時に、彼女の言葉が僕の不安を加速させた。
それを感じ取ったのか、彼女は言葉を付け加える。
「まあ、目標とか目的なんかは焦って決めるもんじゃないもんね。歩けるようになる年齢が人によって違うように、それらを早く見つけられる人もいれば、時間のかかる人だっている。私がたまたま早かったってだけで、それを比較することはお門違いだと思うわよ」
完璧なまでのフォローに僕はまたもや驚倒する。
きっと僕の悩みなんて、彼女からしてみればあってないようなものなのだろう。
しかし、その考えさえも彼女にとってはナンセンスなものに違いない。
……やっぱり姉には敵わない。
その思いが聞こえてしまったのか、彼女はニヤリとあからさまに口角を上げると、見下すような口調で言った。
「私を崇め奉るといいわ」
彼女はご機嫌な様子で「ごちそうさまー」と言うと、食器を台所に持って行った。
しばらくして僕も食べ終わり「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」と母に告げ、食器を片付けた。
一日のやることをすべて終え、後は寝るだけとなった僕はベッド上で姉の言葉を思い出す。
……まだ切羽詰まるには早いよな。自分のペースで見つけていこう。
結局、進路希望調査には触れることなく、僕はゆっくりと眠りについた。
みじん切りにされた玉ねぎのように、不安を細かく刻みながらーー。
少し感じた寒気によって僕は目を覚ました。寝る前に来ていた毛布はベッドの端に押し寄せられ、防寒の機能を全くなしていなかった。僕は二度寝をしようか迷いながら、意味もなくスマホの画面を点灯させる。その照らされた光に目を細めながら、時刻と日付が目に入る。それを見た瞬間、僕の頭から「二度寝」という三文字は消え失せ、代わりに「???」というクエスチョンマークの三文字が並んだ。
ーー9月11日。
僕はまだ完全に開ききってない目を何度も擦って確認した。同じ日を繰り返すだけじゃ飽き足らず、とうとうタイムリープにまで手を出したって言うのか。
進路希望調査の紙。
ハンバーグの味。
姉の言葉。
どれも鮮明に覚えている。僕の記憶までは侵されていないようだ。だからこそ僕はこの状況を受け入れられなかった。
僕は救いを求めるように鞄を漁る。視界にもいれたくなかった紙を必死で探した。でも、当然それが見つかることはない。
嫌な汗が額を伝う。緊張しやすい僕は、その症状にはある程度耐性がついているはずだ。しかし、今回の出来事は明らかに異質で、何も見えない暗闇に吞み込まれたような感覚だった。
そして最も危惧したのは、誰にも相談できないということだ。もともと誰にでも自分の悩みを打ち明けるたちではないが、家族にさえ話せないとなると、八方塞がりとなる。
ーーいや、いた。一人だけいた。僕のこの状況を理解してくれる人が。
……あの少女なら僕の話を受け入れてくれる。
しかし、僕は9月11日も公園に訪れたが、少女の姿はなかった。会える可能性は極めて低い。
それでも僕は一縷の望みを胸に、少女がいつものっていたブランコに足を運ぶことを決めた。
無情に鳴り始める目覚ましを瞬時に止め、僕は学校へ行く支度を始めるーー。
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