ただいま

越知 学

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1章

9話

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 僕は家に入るとすぐに母のいる台所へ向かった。そして自分からは一言も話さなかった僕が母に宣言するように言った。
「夕食の準備中ごめん。大事な話があるから聞いてくれない?」
 母は表情を変えることなく、火を消してこちらに向き合った。
 僕は今の自分の気持ちを素直に伝える。
「昨日は酷いことを言ってごめんなさい。僕は、お母さんが話をしてすっきりしているのに、なんでこっちが嫌な気分にならないといけないんだと思ってた。なんで空気を悪くするようなことを毎日言うんだろうと思ってた。でも、それは自分よがりだった。僕が嫌だと感じる話は、お母さんも同じように、あるいはそれ以上に辛く感じていることを考えていなかった。勝手に空気を悪く感じていたのは僕だったんだ。自分のことは棚に上げて、人には愚痴を言うななんて、救いようのない自己中心的な考えだった。それで、お母さんの大切な時間を否定して、自分の大事なものまで失ってた。僕がまだ幼稚だった。本当にごめんなさい」
 僕は深々と頭を下げる。母が今どんな表情をしているのかは分からない。
 しかし、聞こえてきた声はとても穏やかで、包み込まれるような優しさが溢れ出ていた。
「良いのよ」
 僕は顔を上げる。母は少し微笑んでいた。
「お母さんも、反省してるのよ。どんな話でも聞いてくれるから、いつの間にか甘えていたんだと思う。慣れっているのは怖いわよね」
「僕が言うのもおかしいかもしれないけど、甘えて良いんだと思う。そういう環境が自分の心を癒してくれると思うから。僕はここがお母さんの憩いの場所であってほしいと思ってる」
 ……少し照れくさい。でもこれが伝えたかった言葉。
 母は少し目を潤ませながら、それでも目線を逸らすことなく僕に告げた。
「まさか息子にこんなこと言われるなんてね。親が知らないうちに子どもは成長するっていうのはこのことかしら。……ありがとうね」
 ーーありがとう。
 その言葉に少し恥ずかしさを覚え、僕は少しだけ目線を逸らす。
 どんなことを考えても、やっぱり僕は幼いようだった。

 その日の夕食は当然秋刀魚の塩焼きだった。でも僕が一度体験した味気なさは全く感じない。適度に塩の利いた身が大根おろしのおかげでさっぱりした味わいになる。食欲をそそる素晴らしい一品だった。
 そこに僕と母の話がトッピングされる。それは甘いだけじゃなく、苦みや渋みも含んでいる。でも、今の僕ならそれらも一つの味として受け入れられる。それが蓄積し、爆発することももうない。
 僕は帰る。誰かが待っててくれる場所へ。
 そして思う。僕も誰かが帰ってこられるような場所でありたいとーー。
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