ただいま

越知 学

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1章

8話

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 相変わらず僕は目覚ましよりも早く目を覚ます。そして何をするよりも先に日付を確認する。
 ーー9月10日。
 ………あれ?変わってない?
 僕は昨日確かに家に帰った。帰るべき場所に帰ったはずだ。なのに現状は何一つとして変わっていなかった。
 ……僕は何を間違えているんだ?
 僕はまるで間違い探しをするかのように、変わっているところを見つけようとした。しかし、何一つとして変化したものを見つけられなかった。
 放課後、僕は真っ先に公園に向かい、いつも通りブランコに乗っている少女の目の前で立ち止まった。
「どうしたのですか。化け物でも見たような顔をして」
「僕、帰るべき場所に帰ったはずなのに今日から抜け出せないんだ」
「そうですか。では、それが答えではなかった。ただそれだけですよ」
「君は考え方を変えればいいと言った。だから、僕は『帰りたくない』という考え方を変えた。それの何がいけないっていうんだ」
 僕は少し興奮気味に少女に問う。
「私は『帰りたくない』という考え方を変えれば戻れるなんて一言も言ってませんよ。あなたの『考え方』を変えるべきだと言ったのです。早とちりは良いことありませんよ」
 少女はにこやかなまま僕にはっきりとそう告げた。
「じゃあ……僕はいったいどうすればいいんだ」
「それに気づけるのはあなただけです。何度も言うように、私は助言することしかできません」
 僕が下を向き、歯を食いしばっていると、少女は「ふぅ」と一息ついて端的に言った。
「まあでも『帰る場所』という考えはすごくいい線いっていると思いますよ」
「帰る……場所?」
「そうです。『帰る場所』です。本当はもう気づいてるんじゃないですか?」
 ーー帰る場所。僕が帰りたいと思う場所。
 僕にとってのそれは家だと信じて、家に帰った。しかし、本当の意味でそれを望んだわけじゃなかったということか。
 ……じゃあ僕が本当に帰りたい場所はどこなんだ?少女はもう気づいていると言った。
 それはつまり、僕の何気ない日常の中に答えがあるということなのか?
 僕はループする前の日常を回想する。
 いつもの食事。いつもの会話。
 その中で僕はあることに気づく。
 僕も母と同じくらい自分の話をしていたことを。
 僕は家に帰れば、話を聞いてくれる人がいた。友人には話せないことも、家族にはさらけ出すことができていた。話の中には人のことを指摘できないぐらい、文句だったり、嫌な話だったりをしていたはずだ。それでも家族は耳を傾けてくれた。時には僕が間違っていると言われることもあったが、それも含め真剣に聞いてくれていた。
 ーー帰る場所。それは心の拠り所。
 帰る場所があれば、いつでも戻ってくることができる。どんなに傷つき、道に迷っても、心の拠り所があれば人はまた立ち上がれる。
 ……きっと、母にとっての「帰れる場所」があの時間だったのかもしれない。
 それなのに僕は……。あんなに酷いことを……。
 母の帰る場所を無意識に奪っていた自分を強く非難する。
 しかしそんなことをしても何も変わらない。
 するべきことはただ一つ。
「気づいたようですね。人の気持ちが理解できるあなたならきっとできます。応援していますよ」
 少女は変わらない笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとう。なんか背中押されてばっかりだな」
「そんなことはありませんよ。気づけたのは全てあなたの力です」
 少女の言葉や態度は、とても小学生とは思えないぐらい堂々としたものだった。
 前よりも少し大きく見えるのは気のせいだろうか。
 ……いつの間にか僕には帰る場所が増えてたんだな。
 僕は少女の言葉を、後押しを胸に、我が家に向かう。
 僕の、そして母の帰る場所を取り戻すために。
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