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君を想い、僕を想う。
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それは、願いを叶えるおまじない。
この世で最も不可思議で、だけどこれ以上ないぬくもりをくれるおまじない。
その時、僕は――
高校2年の春、中だるみの学年を迎えたが、それとは裏腹に僕の心はハンターが獲物を狩るかのように鋭く、とげとげしい気持ちでいた。友達がいないから?先生が怖いから?
…半分正解。
僕は毎年迎えるこの新学期というのがとにかく苦手だ。もっと言うと、慣れない環境に入り込むのに人一倍苦痛を感じているのだろう。常に万全の状態で物事に取り掛かりたい人にとって、このまっさらな状況というのはいささか不利だ。大量に入ってくる情報、クラスメイトとの交流、新しいカリキュラム、それら全てが新鮮で、大変胸糞悪い。
「また始まったか…」
先生の話を一言一句逃さない姿勢で聞きつつも、そんなことをふと思った。
まだ折り目の付いていない大量の教科書とぬぐい切れない不安を抱えながら登校していたある日、突然脳の奥から蛇口を捻られるような感覚を覚えた。
「ねぇ、ねぇ」
その何とも言えない気持ち悪い感覚を隠し切れずに、周りを見渡すと、陰でこっちを見ている少女がいた。とっさに言葉よりも先に思いが沸き上がった。
「はぇ?」
すると少女は目を丸くして、口を何度かパクパクさせた後に、手招きをしながら
「…やっと見つけた!こっちに来て!!」
「いや、もう学校なんだけど」また言葉よりも思いが…。
「お願い!一生のお願い!」
君に一生をかけられても……ん?会話してんの今?
そう思ってる間に、僕はいつの間にか少女に手が届くくらいの場所まで近づいていた。これはまずいと思い、
「とりあえず16:00に来ますので今は勘弁してください」
そう言うと、少女はにこっと可愛らしい笑顔で深くうなずき、足早に去っていった。その背中はうさぎのように小さかったけど、確かにそこに在った。
「なんだこれ…」そう思いつつ、僕は校門へと急いだ。
いつもみたいに充実した苦痛の時間を終え、ため息をつきながら校門を出ると、朝と同様「お疲れ様です!」という声のような音声が突如脳内に流れてきた。やはり僕は戸惑いつつも、朝の少女が大きく手を振っていたので、待たせては悪いと思い、足早に近づき「待たせてごめん」と時間ぴったりにも関わらず、社交辞令のように謝った。
「いいんですよ、約束通り来ていただいただけで大満足です」
この時はっきりした。この少女は、僕に向かってテレパシーのようなものを送ってる。
「いや、漫画かよ…」心の中で突っ込むと、「これは現実ですよ」とすかさずレスポンスが返ってくる。
え?俺の心、読まれてる?
「立ち話もなんですから近くの公園行きませんか?」少女は口を開くことなくそう言い、返事を待たずに僕の腕を引いて行った。呆然としてる僕をよそに、少女の息は上がっていた。
公園まで50mもないのに…。
「あなたで13854人目です」
少女はやはり、口を使うことなくそう言った。
…新手の詐欺?
「あー失礼しました。まずは名乗る方が先ですよね。私は空野芽依と言います。この通りしゃべれませんが、テレパシーが使える女の子です。」
すでに頭がショート寸前の僕を置いていくように、少女は話し続けた。いや、念じ続けた。
どうやら少女はずっと自分のテレパシーが伝わる相手を探し続け、僕が13854人目の試みだったそうだ。そして、なぜか僕もテレパシーを使えるらしいが、後天的に身についたものだから言葉を話せるのだろうと、少女は名推理後のドヤ顔探偵のような顔でにやりと笑った。
――後天的。
……どうしてだろう、ワクワクしてる。
新しいものにめっぽう弱いはずの僕がこんなトンデモ設定を受け入れてる。
「それはあなたが優しいからですよ」
間髪入れずに少女はそう言った。今まで僕を苦しめてきた「優しい」という言葉が、すっと鼓膜を響かせる。少女は今日初めて会った僕の全てを見透かしたような目でこっちを見て、
「話し相手が欲しいんです。もしよければ学校終わりの1時間を私に貢いでくれませんか?」
貢ぐって…。
そう思いながらも僕は隣人に挨拶するようにうなずいた。
「やった!約束ですからね!来ないと一生恨みますよ!」そう言って少女は細い足を陽気なリズムで去って行った。
「君の一生ってそんなに軽いの…?」そうつぶやきながらも、心地よく速くなった脈を感じながら僕もその場を後にした。
それから僕は地獄のような時間を過ごした後、約束の公園に毎日のように訪れた。初めは話し相手のいない彼女が少しでも楽しめたらと思いながら会っていたけど、いつしか僕もその1時間を楽しみにしていた。
僕らはいろんな話をした。趣味の話、家族の話、人生の話、他愛もない話から誰にもは言えないような話までたくさん話した。時には平気で3時間を超えることもあった。時間に対して異常なこだわりを持つ僕が、不思議と時間を忘れていた。最初のうちは、正直時間を無駄にしたななんて思うこともあったけど、すぐにその感情も消えた。テレパシーの使い方にもすっかり慣れた僕は、傍から見れば無言で一緒にいて無言で帰っていく僕らを周りはどう見ているのだろうと思うこともあった。
彼女との会話で僕は彼女の多くを知り、彼女もまた僕の多くを知った。
彼女が両親を早くに亡くし、たった一人で暮らしていること。
今は両親が残してくれたお金で何とか生活していること。
友達はおろかコミュニケーションをとったのが、親以来であること……。
言葉を話せる僕にとって、言葉を交わせない、意見を言えないというのがどれほど辛く、耐え難いものかは検討もつかなかった。と同時に、必要以上の会話を避けてきた僕がいかに怠惰であったかを痛感した。しかし彼女は僕に対して、怠慢だとか羨ましいといったことは一切言わなかった。ただ言葉を覚えたての子どものように、無邪気にしゃべり倒した。
僕はというと、主に自分の短所について話すことが多かった。
人付き合いが苦手なこと。
背伸びをして周りの期待を越えようとすること。
そして何よりも自分自身が嫌いだということ。
彼女は時に真剣に、時に涙を流しながらも正面から僕の話を聞き、
「今まで頑張ってきたんだね」
テレパシーでも聞こえづらいくらいの「声」で、囁くようにそう言ってくれた。
会うようになって1か月ほど過ぎたころ、いつものように公園に行くと「今日は気分転換に神社にでも行かない?」と変わらない明るさで伝えてきた。今までなかったシチュエーションだけにちょっと驚きながらも、僕は笑顔でうなずき、肩を並べて向かった。その神社は小さかったけど――小さいながらも確かにそこに存在する、彼女を表したかのようだった。2人で賽銭箱の前の階段に座ると、すかさず彼女はテレパシーを送ってきた。
「ねぇ知ってる?ここで自分の願いは言わずに、相手にある言葉を贈ると、その願いが叶うっていう噂」
いや、僕たちはテレパシーが使えるんだから願ってる時点で相手に筒抜けなんじゃ…あっでも彼女なら使い分けが可能なのか?
「初めて聞いたよ。なんて言うの?」
少しの間が空いた後、決心したように彼女は言った。
「……今幸せ?」
ん?俺の質問は?
思ってすぐに、僕は彼女が話題を変えたのだと察した。
「……前よりは…かな?」
彼女は少しきょとんとした表情を見せ、くすっと微笑んだ後に、
「まっ、これが叶うと存在ごと消えちゃうんだけどね……」
えっ何それ、怖っ。
「私がいなくなったら……嫌?」
その時僕は自分でも全身が熱くなったのが分かった。
ずるい。
僕の心は未だ彼女に筒抜けなんだから、僕がどう思うのかいとも簡単にバレてしまう。
「ありがとう」
彼女は満足そうな笑みで、聞いたこともないトーンでそう言った。
真っ赤な、それでいて神々しい夕日は僕らの頬をも伝染させた。
次の日から僕の嫌いな雨の日が続いた。天気予報では梅雨入りだと言っていた。それでも僕は半ば反射でその日も公園に行ったが、彼女の姿が見当たらない。10分前に来る僕よりも先にいるはずの彼女がいない。かなり動揺する自分の気持ちを「風邪でも引いたのかな」と無理矢理抑えつけ、その日は連絡先や住所を聞いておくべきだったと後悔した。
次の日も彼女は来なかった。
何で?
そう思いながら「そうだ、神社」と思いつき、少しべたつく肌もそのまま、全力で駆け出した。
程なくして神社に着いた。
彼女の姿は、見つからなかった。
しかし僕らが座っていたあの場所には、到底ふさわしくない黄色の箱がぽつんと置かれていた。まるで僕みたいだと思いつつ近づいてみる。そこには1つのオルゴールが入っていた。けれどオルゴールに突起はなく、ゼンマイだけが存在していた。誰のものかも分からないそれを、僕らしくもなくいっぱいいっぱいにゼンマイをまく。当然音楽が奏でられるわけもなく、“耳では”なにも聴こえない。
だけど僕にははっきりとその音声が“脳の奥から蛇口を捻られるような感覚で”再生された。
「えー優君、まずは私に会いたいと想ってここに来てくれてありがとう。初めて名前で呼んじゃった。私が消えるってことはこのオルゴールもないことになっちゃうかもしれないけど、神様にめいっぱいお願いしといたのできっと優君に届くと信じて、ここに言葉を残します。
私はあなたが大好きです。どうしようもないくらい……大好きです。初めてテレパシーが届いたあの日から、優君は私の命同然の存在になりました。だから優君が『自分のことが嫌い』と言ったあの時は、心が締め付けられるくらい悲しかった。どうして私が好きな人を他ならないその人が否定するのだと……。でもその時気づきました。きっと優君は嫌いという言葉を利用して、自分と向き合うことを諦めているのだと。確かに自分に蓋をすれば楽だと思う。けど、それが誰かの好きを奪っていいことにはならないよ。希望だとか期待だとか、誰が作ったかもわからないような言葉に惑わされないで。
相手に気を遣う自分。
作り笑いをする自分。
考え込む自分。
――そのすべてが優君なんだから。
足踏みしたっていい。
自分を好きになれなんて言わない。
ただ……どうか。
『自分と向き合ってほしい』」
僕は膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。意識があるのに前がにじんで全く見えない。
僕は望めば彼女がいつだってそばにいてくれる、話してくれると思っていた。この大馬鹿野郎。なんで始まりがあれば終わりがあると気づかなかった?なぜこの関係が永遠に続くのだと錯覚した?
どうして僕のこの気持ちを奪う結果になることを彼女は考えなかった?
僕はただ彼女に生きていてほしかった。そばにいてほしかった。それなのに…
向き合う。
自分と向き合う。
それは僕が遠ざけてきたこと。
見ないふりをしていたこと。
しかし彼女は言った。
「自分と向き合ってほしい」と。
それが彼女の願い。
それなら僕は――
それは願いを叶えるおまじない。
この世で最も不可思議で、だけどこれ以上ないぬくもりをくれるおまじない。
そして、願い人に会いたいと想ったとき、願い人の願いが成立する不条理なお呪い。
それでも僕は――自分と向き合って生きていく。
この世で最も不可思議で、だけどこれ以上ないぬくもりをくれるおまじない。
その時、僕は――
高校2年の春、中だるみの学年を迎えたが、それとは裏腹に僕の心はハンターが獲物を狩るかのように鋭く、とげとげしい気持ちでいた。友達がいないから?先生が怖いから?
…半分正解。
僕は毎年迎えるこの新学期というのがとにかく苦手だ。もっと言うと、慣れない環境に入り込むのに人一倍苦痛を感じているのだろう。常に万全の状態で物事に取り掛かりたい人にとって、このまっさらな状況というのはいささか不利だ。大量に入ってくる情報、クラスメイトとの交流、新しいカリキュラム、それら全てが新鮮で、大変胸糞悪い。
「また始まったか…」
先生の話を一言一句逃さない姿勢で聞きつつも、そんなことをふと思った。
まだ折り目の付いていない大量の教科書とぬぐい切れない不安を抱えながら登校していたある日、突然脳の奥から蛇口を捻られるような感覚を覚えた。
「ねぇ、ねぇ」
その何とも言えない気持ち悪い感覚を隠し切れずに、周りを見渡すと、陰でこっちを見ている少女がいた。とっさに言葉よりも先に思いが沸き上がった。
「はぇ?」
すると少女は目を丸くして、口を何度かパクパクさせた後に、手招きをしながら
「…やっと見つけた!こっちに来て!!」
「いや、もう学校なんだけど」また言葉よりも思いが…。
「お願い!一生のお願い!」
君に一生をかけられても……ん?会話してんの今?
そう思ってる間に、僕はいつの間にか少女に手が届くくらいの場所まで近づいていた。これはまずいと思い、
「とりあえず16:00に来ますので今は勘弁してください」
そう言うと、少女はにこっと可愛らしい笑顔で深くうなずき、足早に去っていった。その背中はうさぎのように小さかったけど、確かにそこに在った。
「なんだこれ…」そう思いつつ、僕は校門へと急いだ。
いつもみたいに充実した苦痛の時間を終え、ため息をつきながら校門を出ると、朝と同様「お疲れ様です!」という声のような音声が突如脳内に流れてきた。やはり僕は戸惑いつつも、朝の少女が大きく手を振っていたので、待たせては悪いと思い、足早に近づき「待たせてごめん」と時間ぴったりにも関わらず、社交辞令のように謝った。
「いいんですよ、約束通り来ていただいただけで大満足です」
この時はっきりした。この少女は、僕に向かってテレパシーのようなものを送ってる。
「いや、漫画かよ…」心の中で突っ込むと、「これは現実ですよ」とすかさずレスポンスが返ってくる。
え?俺の心、読まれてる?
「立ち話もなんですから近くの公園行きませんか?」少女は口を開くことなくそう言い、返事を待たずに僕の腕を引いて行った。呆然としてる僕をよそに、少女の息は上がっていた。
公園まで50mもないのに…。
「あなたで13854人目です」
少女はやはり、口を使うことなくそう言った。
…新手の詐欺?
「あー失礼しました。まずは名乗る方が先ですよね。私は空野芽依と言います。この通りしゃべれませんが、テレパシーが使える女の子です。」
すでに頭がショート寸前の僕を置いていくように、少女は話し続けた。いや、念じ続けた。
どうやら少女はずっと自分のテレパシーが伝わる相手を探し続け、僕が13854人目の試みだったそうだ。そして、なぜか僕もテレパシーを使えるらしいが、後天的に身についたものだから言葉を話せるのだろうと、少女は名推理後のドヤ顔探偵のような顔でにやりと笑った。
――後天的。
……どうしてだろう、ワクワクしてる。
新しいものにめっぽう弱いはずの僕がこんなトンデモ設定を受け入れてる。
「それはあなたが優しいからですよ」
間髪入れずに少女はそう言った。今まで僕を苦しめてきた「優しい」という言葉が、すっと鼓膜を響かせる。少女は今日初めて会った僕の全てを見透かしたような目でこっちを見て、
「話し相手が欲しいんです。もしよければ学校終わりの1時間を私に貢いでくれませんか?」
貢ぐって…。
そう思いながらも僕は隣人に挨拶するようにうなずいた。
「やった!約束ですからね!来ないと一生恨みますよ!」そう言って少女は細い足を陽気なリズムで去って行った。
「君の一生ってそんなに軽いの…?」そうつぶやきながらも、心地よく速くなった脈を感じながら僕もその場を後にした。
それから僕は地獄のような時間を過ごした後、約束の公園に毎日のように訪れた。初めは話し相手のいない彼女が少しでも楽しめたらと思いながら会っていたけど、いつしか僕もその1時間を楽しみにしていた。
僕らはいろんな話をした。趣味の話、家族の話、人生の話、他愛もない話から誰にもは言えないような話までたくさん話した。時には平気で3時間を超えることもあった。時間に対して異常なこだわりを持つ僕が、不思議と時間を忘れていた。最初のうちは、正直時間を無駄にしたななんて思うこともあったけど、すぐにその感情も消えた。テレパシーの使い方にもすっかり慣れた僕は、傍から見れば無言で一緒にいて無言で帰っていく僕らを周りはどう見ているのだろうと思うこともあった。
彼女との会話で僕は彼女の多くを知り、彼女もまた僕の多くを知った。
彼女が両親を早くに亡くし、たった一人で暮らしていること。
今は両親が残してくれたお金で何とか生活していること。
友達はおろかコミュニケーションをとったのが、親以来であること……。
言葉を話せる僕にとって、言葉を交わせない、意見を言えないというのがどれほど辛く、耐え難いものかは検討もつかなかった。と同時に、必要以上の会話を避けてきた僕がいかに怠惰であったかを痛感した。しかし彼女は僕に対して、怠慢だとか羨ましいといったことは一切言わなかった。ただ言葉を覚えたての子どものように、無邪気にしゃべり倒した。
僕はというと、主に自分の短所について話すことが多かった。
人付き合いが苦手なこと。
背伸びをして周りの期待を越えようとすること。
そして何よりも自分自身が嫌いだということ。
彼女は時に真剣に、時に涙を流しながらも正面から僕の話を聞き、
「今まで頑張ってきたんだね」
テレパシーでも聞こえづらいくらいの「声」で、囁くようにそう言ってくれた。
会うようになって1か月ほど過ぎたころ、いつものように公園に行くと「今日は気分転換に神社にでも行かない?」と変わらない明るさで伝えてきた。今までなかったシチュエーションだけにちょっと驚きながらも、僕は笑顔でうなずき、肩を並べて向かった。その神社は小さかったけど――小さいながらも確かにそこに存在する、彼女を表したかのようだった。2人で賽銭箱の前の階段に座ると、すかさず彼女はテレパシーを送ってきた。
「ねぇ知ってる?ここで自分の願いは言わずに、相手にある言葉を贈ると、その願いが叶うっていう噂」
いや、僕たちはテレパシーが使えるんだから願ってる時点で相手に筒抜けなんじゃ…あっでも彼女なら使い分けが可能なのか?
「初めて聞いたよ。なんて言うの?」
少しの間が空いた後、決心したように彼女は言った。
「……今幸せ?」
ん?俺の質問は?
思ってすぐに、僕は彼女が話題を変えたのだと察した。
「……前よりは…かな?」
彼女は少しきょとんとした表情を見せ、くすっと微笑んだ後に、
「まっ、これが叶うと存在ごと消えちゃうんだけどね……」
えっ何それ、怖っ。
「私がいなくなったら……嫌?」
その時僕は自分でも全身が熱くなったのが分かった。
ずるい。
僕の心は未だ彼女に筒抜けなんだから、僕がどう思うのかいとも簡単にバレてしまう。
「ありがとう」
彼女は満足そうな笑みで、聞いたこともないトーンでそう言った。
真っ赤な、それでいて神々しい夕日は僕らの頬をも伝染させた。
次の日から僕の嫌いな雨の日が続いた。天気予報では梅雨入りだと言っていた。それでも僕は半ば反射でその日も公園に行ったが、彼女の姿が見当たらない。10分前に来る僕よりも先にいるはずの彼女がいない。かなり動揺する自分の気持ちを「風邪でも引いたのかな」と無理矢理抑えつけ、その日は連絡先や住所を聞いておくべきだったと後悔した。
次の日も彼女は来なかった。
何で?
そう思いながら「そうだ、神社」と思いつき、少しべたつく肌もそのまま、全力で駆け出した。
程なくして神社に着いた。
彼女の姿は、見つからなかった。
しかし僕らが座っていたあの場所には、到底ふさわしくない黄色の箱がぽつんと置かれていた。まるで僕みたいだと思いつつ近づいてみる。そこには1つのオルゴールが入っていた。けれどオルゴールに突起はなく、ゼンマイだけが存在していた。誰のものかも分からないそれを、僕らしくもなくいっぱいいっぱいにゼンマイをまく。当然音楽が奏でられるわけもなく、“耳では”なにも聴こえない。
だけど僕にははっきりとその音声が“脳の奥から蛇口を捻られるような感覚で”再生された。
「えー優君、まずは私に会いたいと想ってここに来てくれてありがとう。初めて名前で呼んじゃった。私が消えるってことはこのオルゴールもないことになっちゃうかもしれないけど、神様にめいっぱいお願いしといたのできっと優君に届くと信じて、ここに言葉を残します。
私はあなたが大好きです。どうしようもないくらい……大好きです。初めてテレパシーが届いたあの日から、優君は私の命同然の存在になりました。だから優君が『自分のことが嫌い』と言ったあの時は、心が締め付けられるくらい悲しかった。どうして私が好きな人を他ならないその人が否定するのだと……。でもその時気づきました。きっと優君は嫌いという言葉を利用して、自分と向き合うことを諦めているのだと。確かに自分に蓋をすれば楽だと思う。けど、それが誰かの好きを奪っていいことにはならないよ。希望だとか期待だとか、誰が作ったかもわからないような言葉に惑わされないで。
相手に気を遣う自分。
作り笑いをする自分。
考え込む自分。
――そのすべてが優君なんだから。
足踏みしたっていい。
自分を好きになれなんて言わない。
ただ……どうか。
『自分と向き合ってほしい』」
僕は膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。意識があるのに前がにじんで全く見えない。
僕は望めば彼女がいつだってそばにいてくれる、話してくれると思っていた。この大馬鹿野郎。なんで始まりがあれば終わりがあると気づかなかった?なぜこの関係が永遠に続くのだと錯覚した?
どうして僕のこの気持ちを奪う結果になることを彼女は考えなかった?
僕はただ彼女に生きていてほしかった。そばにいてほしかった。それなのに…
向き合う。
自分と向き合う。
それは僕が遠ざけてきたこと。
見ないふりをしていたこと。
しかし彼女は言った。
「自分と向き合ってほしい」と。
それが彼女の願い。
それなら僕は――
それは願いを叶えるおまじない。
この世で最も不可思議で、だけどこれ以上ないぬくもりをくれるおまじない。
そして、願い人に会いたいと想ったとき、願い人の願いが成立する不条理なお呪い。
それでも僕は――自分と向き合って生きていく。
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