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「私、武井君のことが好きなの」
「俺、松本さんのことが好きなんだよね」
付き合ったこともない僕に寄せられた、二人の言葉。
言いたくても、言葉にできない二人の想い。
想いの欠片が一つになったとき、僕らの日常は変わっていくーー。
世の中の人がお中元に何を送ろうかと四苦八苦している頃。僕は悪魔のテスト期間を無事に乗り切り、浮足立って結果を待つ気持ちとやり切ったという達成感に身を包んでいた。夏休みはもうすぐそこである。何か予定があるわけではない。ましてや長期休みを満喫しようという思いは更々ない。
ただ、この息苦しく居るだけで疲れてしまうような空間から早く抜け出したかったのである。
そんな誰に愚痴るでもない戯言を考えていると、スマホに一通のメッセージが届いた。
『相談があるんだけど、今日の放課後いいかな?』
僕は少し離れた席に目をやる。その子は僕をちらっと見て、すぐに視線を逸らした。
彼女は松本静香。中学から付き合いがあり、家がご近所同士でもある。彼女はとにかく人見知りで、あがり症である。相談事があっても僕に直接言うことはなく、必ずこうやってLINEを通してのやり取りから始まる。
僕は『いいよ』という短文を送信した。
…アニメだったら恋愛イベント発生がするんだろうな。
しかし僕らがそういう関係になることはない。なぜなら、僕は彼女の好きな人を粗方把握しているから。
きっとこの相談もそのことだろう。
いつになく冴えていた僕は、遠くからでも分かるかるその赤い表情を見ながら、ふと彼女との出会いを思い出した。
彼女は中学2年の夏からこちらの地域に転校してきて、初日のあいさつで一言もしゃべれずに自己紹介を終えるという苦い歴史を持っている。僕は当時学級委員を務めていたため、軽く学校のことを教えてやってくれと担任から頼まれた。
僕は少し面倒だなと思いながらも、彼女にひと通り教室の場所や最低限守っておくべき学校の規則を話した。僕が話し終えるまで、彼女は一切僕を見ずに頷くのみだった。
…これでこれから大丈夫なのかな?
案の定、僕の心配は的中した。僕らの学年は断れない相手に面倒事を押し付ける風潮があった。そんな彼らにとって、言うまでもなく彼女は格好の餌食だったのである。そして学級委員を務めている僕も当然その中の一人だった。
それから僕と彼女は、事あるごとにイベントの実行委員を任された。いや、押し付けられた。体育祭実行委員、合唱コンクール実行委員、修学旅行実行委員ーー。頷くだけの彼女と「分かりました」と言うだけの僕は自然と同じ時間を共有することが多かった。最初は自分一人だけで遂行しないといけないのかと懸念したが、意外にも彼女は協力的だった。振り分けた仕事は確実にこなし、責任を丸投げしたクラスのために一生懸命動いていた。僕が特別なことをしたわけではないが、彼女は頷くだけの彼女から、笑顔を見せる彼女、返答してくれる彼女へと変わっていった。直接ではなくても、僕に他愛もない相談をしてくれるようにもなった。僕は目の前で少しずつ変わっていく彼女の姿を見ること、誰も知らない彼女を知っていくような感覚が、少し嬉しかった。
そんなことを愛おしく思い出していると、教室の廊下側後方の窓が大雑把に開けられ、一人の少年が教室に響き渡る声で言った。
「おい!夏休みどうするよ!どうするよ!」
…通常であれば教室が静寂に包まれてもいいはずなのだが、日常茶飯事である彼の言動は、どうやら通常の感覚を覆したらしい。
彼は武井要。高校1年の頃に小説の好みが合い、それ以来よく話すようになった友達である。
彼は自身公認のチャラ男であるが、根は優しく読書家で、かなりのお人好しである。話を聞いたわけではないが、素の性格と好きな作家から察するにいわゆる高校デビューというやつのなのだろう。
「おい、お前に聞いてんだよ」
彼は躊躇なく教室に入り、力強い足音で僕に近づいてくる。
…知ってるよ。逆にこれで僕じゃなかったら椅子から勢いよくズッコケてやるよ。
「恥ずかしいから大声で呼ぶのやめろって言っただろ」
「何を今さら。シャイボーイはモテねえぞ」
「チャラ男からそんなこと言われてもノーダメージだよ」
自然と僕の心は軽くなる。これが彼のおかげなのか、2週間後に控えた夏休みのおかげなのかは分からないけど…。
「あっそういや、次の現文の課題してねー」
彼はそう言うと、足早に腕をドアに強くぶつけながら教室を出た。
…何がしたかったんだよ。
僕は彼の行動に失笑しつつ、松本さんの方を見る。
彼女の耳はまだ赤いままだった。
放課後、僕は一度教室出て、適当に時間を潰し再び教室に戻る。そこにはいつもの席にちょこんと座る松本さんがいた。
彼女とは以前、2回ほど登下校を共にしたことがあるが、誰かにからかわれるのをひどく恐れるため、一緒に歩くことは避けていた。
この一見無駄な行為もその一環である。
「ごめん、少し待ったよね」
「いや…大丈夫」
彼女は少し周りを気にしながら自信なさそうに言った。
僕は彼女にあまり負担をかけないようにいつもより遅めの速さで問いかける。
「それで?今日は何かあったの?」
質問してすぐに後悔する。いきなり本題に入るのはちょっと余裕がなくなっちゃうか?
要に言われた「モテないぞ」という言葉を思い出す。
「ごめん、急に本題に入っちゃって。急いでるわけじゃないから、自分のペースでいいよ」
「いや…そういうんじゃなくて」
やはり申し訳なさそうに言う彼女は、いつもよりも小さく見えた。
「実は…その…LINEとかで言うのは少し違うと思って…」
軽く頷く。
「実は…気になるというか、好きかもって人がいて…」
もう一度頷く。
彼女は首を振り、一呼吸置いた後、先ほどよりも大きな声で唱えるように言った。
「私、武井君のことが好きなの」
「……そうだったの?全然知らなかった」
僕は自分でも失望するぐらい下手くそな演技で白を切る。
しかし彼女は僕の方を見ておらず、赤く染めた頬を必死に隠していたため、演技がバレることはなかった。
ーー誰かを好きになる気持ち。それは神様に与えられた特別な気持ち。
僕も彼女に影響を受けたのか、少しはにかんで言った。
「その気持ちが分かるっていうのはすごいと思う。俺、全力で応援するよ」
付き合ったことないけど。
そう言うと彼女は隠していた顔を少し上げ「ありがとう」と静かな声で言った。
それは普段、彼女を見慣れている僕でさえドキッとしてしまうような可憐さがあった。
次の日の朝、僕は教室の窓の外を眺めながら昨日のことを思い出す。どうすれば松本さんの想いが届くのか。
何せこういった経験が全くないため、どういう行動をとればいいのか、どうやったら想いが伝わるのかというノウハウを僕は持っていなかった。
少し考えた後、とりあえず要の連絡先を教えることにした。しかし、それはあっけなく断られる。
「うまく言葉が出てこなくて、嫌われちゃったら嫌だから今はいい」
確かにいきなり好きな人と連絡を取るのはハードルが高いかもしれない。
…僕のバカ。
その後も、未熟な思考回路をフル回転させたが、彼女のためになる方法は思いつかなかった。
仕方なく、僕は最終手段を講じることにした。それは要に好きな人がいるか探ることだ。
これはかなりの博打である。まず、要に好きな人がいた場合、僕にはどうしようもできなくなる。彼にそいつは止めとけ、もっと良い人がいるなんて口が裂けても言えないし、そんな傲慢なことはできない。もう一つのリスクは、僕の考えが悟られてしまうことだ。いくら彼女が彼のことを好きだということが分からなくても、勘づかれてしまうと彼女の大切な想いを踏み躙ることになる。
…どうしよう。
僕が頭を抱えていると、いつものように窓から荒々しい声が聞こえてきた。
「ちょっと来いよ」
…彼は僕の名前を知らないのだろうか?
「はいはい」
僕は気だるそうに立ち上がり、彼のいる廊下へ歩を進めた。
「今日は何の用?」
「……トイレに行こう」
…わざわざ違うクラスまで来て、連れションかよ。
僕が呆気にとられていると、彼は急げと言わんばかりに僕の腕を強く引いてトイレに誘導した。
トイレの入り口まで入ると、さすがに強く握られすぎたため「痛い」とぶっきらぼうに言った。
「あっごめんごめん」
彼はぱっと手を離し、本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
「こんなところまで連れてきて、何かあったの?」
僕が問うと、彼は少しだけ目線を下にやり、黙り込んでしまった。
僕も彼に大事な用件があったため、先に聞こうとしたが、彼に黙られると調子が狂ってしまう。
男子トイレで向き合って黙り込む男子生徒二人という、中々のカオスな状況に陥る。
沈黙に耐えきれず、痺れを切らして僕が口を開こうとすると、彼がそれを遮るようにして言った。
「あのさ…」
その顔には見覚えがあった。人が恥ずかしい時に見せる表情。
彼はいつもの威勢が作りものであったかのような真面目な口調で言った。
「俺、松本さんのことが好きなんだよね」
僕は愕然とする。頭の上にヒヨコが数匹飛び交う。
…今なんて言った?松本さんが好き?
「えっ何で?」と聞き、そういえば昨日は彼女に理由を聞かなかったと思い出す。
「何でって…言わせんのかよ」
彼の表情は、昨日見た彼女のそれと同じだった。
「なんていうか…松本さんってめっちゃ清楚で、華やかで、ずっと見ておきたくなるような魅力があるじゃん?もちろん外見だけじゃねーぞ、何事にも一生懸命取り組んでて、コミュニケーションが苦手でも、必死に自分を変えようとしてる。そういうところが好きだ」
彼の気持ちは本気だった。それは恋愛に疎い僕でも分かる。
僕は、絶対にこの二人が結ばれて、幸せそうに笑っている姿を見たいと思った。
「分かった。全面的に協力するよ。」
僕がそう言うと、彼は「心の友よ!」というどこかで聞いたことがある胡散臭い台詞を言いながら、抱きついてきた。
…男子トイレですることじゃないよね。
僕はそう思いつつも、二人が想いを伝えられるよう尽力しようと決意した。
「俺、松本さんのことが好きなんだよね」
付き合ったこともない僕に寄せられた、二人の言葉。
言いたくても、言葉にできない二人の想い。
想いの欠片が一つになったとき、僕らの日常は変わっていくーー。
世の中の人がお中元に何を送ろうかと四苦八苦している頃。僕は悪魔のテスト期間を無事に乗り切り、浮足立って結果を待つ気持ちとやり切ったという達成感に身を包んでいた。夏休みはもうすぐそこである。何か予定があるわけではない。ましてや長期休みを満喫しようという思いは更々ない。
ただ、この息苦しく居るだけで疲れてしまうような空間から早く抜け出したかったのである。
そんな誰に愚痴るでもない戯言を考えていると、スマホに一通のメッセージが届いた。
『相談があるんだけど、今日の放課後いいかな?』
僕は少し離れた席に目をやる。その子は僕をちらっと見て、すぐに視線を逸らした。
彼女は松本静香。中学から付き合いがあり、家がご近所同士でもある。彼女はとにかく人見知りで、あがり症である。相談事があっても僕に直接言うことはなく、必ずこうやってLINEを通してのやり取りから始まる。
僕は『いいよ』という短文を送信した。
…アニメだったら恋愛イベント発生がするんだろうな。
しかし僕らがそういう関係になることはない。なぜなら、僕は彼女の好きな人を粗方把握しているから。
きっとこの相談もそのことだろう。
いつになく冴えていた僕は、遠くからでも分かるかるその赤い表情を見ながら、ふと彼女との出会いを思い出した。
彼女は中学2年の夏からこちらの地域に転校してきて、初日のあいさつで一言もしゃべれずに自己紹介を終えるという苦い歴史を持っている。僕は当時学級委員を務めていたため、軽く学校のことを教えてやってくれと担任から頼まれた。
僕は少し面倒だなと思いながらも、彼女にひと通り教室の場所や最低限守っておくべき学校の規則を話した。僕が話し終えるまで、彼女は一切僕を見ずに頷くのみだった。
…これでこれから大丈夫なのかな?
案の定、僕の心配は的中した。僕らの学年は断れない相手に面倒事を押し付ける風潮があった。そんな彼らにとって、言うまでもなく彼女は格好の餌食だったのである。そして学級委員を務めている僕も当然その中の一人だった。
それから僕と彼女は、事あるごとにイベントの実行委員を任された。いや、押し付けられた。体育祭実行委員、合唱コンクール実行委員、修学旅行実行委員ーー。頷くだけの彼女と「分かりました」と言うだけの僕は自然と同じ時間を共有することが多かった。最初は自分一人だけで遂行しないといけないのかと懸念したが、意外にも彼女は協力的だった。振り分けた仕事は確実にこなし、責任を丸投げしたクラスのために一生懸命動いていた。僕が特別なことをしたわけではないが、彼女は頷くだけの彼女から、笑顔を見せる彼女、返答してくれる彼女へと変わっていった。直接ではなくても、僕に他愛もない相談をしてくれるようにもなった。僕は目の前で少しずつ変わっていく彼女の姿を見ること、誰も知らない彼女を知っていくような感覚が、少し嬉しかった。
そんなことを愛おしく思い出していると、教室の廊下側後方の窓が大雑把に開けられ、一人の少年が教室に響き渡る声で言った。
「おい!夏休みどうするよ!どうするよ!」
…通常であれば教室が静寂に包まれてもいいはずなのだが、日常茶飯事である彼の言動は、どうやら通常の感覚を覆したらしい。
彼は武井要。高校1年の頃に小説の好みが合い、それ以来よく話すようになった友達である。
彼は自身公認のチャラ男であるが、根は優しく読書家で、かなりのお人好しである。話を聞いたわけではないが、素の性格と好きな作家から察するにいわゆる高校デビューというやつのなのだろう。
「おい、お前に聞いてんだよ」
彼は躊躇なく教室に入り、力強い足音で僕に近づいてくる。
…知ってるよ。逆にこれで僕じゃなかったら椅子から勢いよくズッコケてやるよ。
「恥ずかしいから大声で呼ぶのやめろって言っただろ」
「何を今さら。シャイボーイはモテねえぞ」
「チャラ男からそんなこと言われてもノーダメージだよ」
自然と僕の心は軽くなる。これが彼のおかげなのか、2週間後に控えた夏休みのおかげなのかは分からないけど…。
「あっそういや、次の現文の課題してねー」
彼はそう言うと、足早に腕をドアに強くぶつけながら教室を出た。
…何がしたかったんだよ。
僕は彼の行動に失笑しつつ、松本さんの方を見る。
彼女の耳はまだ赤いままだった。
放課後、僕は一度教室出て、適当に時間を潰し再び教室に戻る。そこにはいつもの席にちょこんと座る松本さんがいた。
彼女とは以前、2回ほど登下校を共にしたことがあるが、誰かにからかわれるのをひどく恐れるため、一緒に歩くことは避けていた。
この一見無駄な行為もその一環である。
「ごめん、少し待ったよね」
「いや…大丈夫」
彼女は少し周りを気にしながら自信なさそうに言った。
僕は彼女にあまり負担をかけないようにいつもより遅めの速さで問いかける。
「それで?今日は何かあったの?」
質問してすぐに後悔する。いきなり本題に入るのはちょっと余裕がなくなっちゃうか?
要に言われた「モテないぞ」という言葉を思い出す。
「ごめん、急に本題に入っちゃって。急いでるわけじゃないから、自分のペースでいいよ」
「いや…そういうんじゃなくて」
やはり申し訳なさそうに言う彼女は、いつもよりも小さく見えた。
「実は…その…LINEとかで言うのは少し違うと思って…」
軽く頷く。
「実は…気になるというか、好きかもって人がいて…」
もう一度頷く。
彼女は首を振り、一呼吸置いた後、先ほどよりも大きな声で唱えるように言った。
「私、武井君のことが好きなの」
「……そうだったの?全然知らなかった」
僕は自分でも失望するぐらい下手くそな演技で白を切る。
しかし彼女は僕の方を見ておらず、赤く染めた頬を必死に隠していたため、演技がバレることはなかった。
ーー誰かを好きになる気持ち。それは神様に与えられた特別な気持ち。
僕も彼女に影響を受けたのか、少しはにかんで言った。
「その気持ちが分かるっていうのはすごいと思う。俺、全力で応援するよ」
付き合ったことないけど。
そう言うと彼女は隠していた顔を少し上げ「ありがとう」と静かな声で言った。
それは普段、彼女を見慣れている僕でさえドキッとしてしまうような可憐さがあった。
次の日の朝、僕は教室の窓の外を眺めながら昨日のことを思い出す。どうすれば松本さんの想いが届くのか。
何せこういった経験が全くないため、どういう行動をとればいいのか、どうやったら想いが伝わるのかというノウハウを僕は持っていなかった。
少し考えた後、とりあえず要の連絡先を教えることにした。しかし、それはあっけなく断られる。
「うまく言葉が出てこなくて、嫌われちゃったら嫌だから今はいい」
確かにいきなり好きな人と連絡を取るのはハードルが高いかもしれない。
…僕のバカ。
その後も、未熟な思考回路をフル回転させたが、彼女のためになる方法は思いつかなかった。
仕方なく、僕は最終手段を講じることにした。それは要に好きな人がいるか探ることだ。
これはかなりの博打である。まず、要に好きな人がいた場合、僕にはどうしようもできなくなる。彼にそいつは止めとけ、もっと良い人がいるなんて口が裂けても言えないし、そんな傲慢なことはできない。もう一つのリスクは、僕の考えが悟られてしまうことだ。いくら彼女が彼のことを好きだということが分からなくても、勘づかれてしまうと彼女の大切な想いを踏み躙ることになる。
…どうしよう。
僕が頭を抱えていると、いつものように窓から荒々しい声が聞こえてきた。
「ちょっと来いよ」
…彼は僕の名前を知らないのだろうか?
「はいはい」
僕は気だるそうに立ち上がり、彼のいる廊下へ歩を進めた。
「今日は何の用?」
「……トイレに行こう」
…わざわざ違うクラスまで来て、連れションかよ。
僕が呆気にとられていると、彼は急げと言わんばかりに僕の腕を強く引いてトイレに誘導した。
トイレの入り口まで入ると、さすがに強く握られすぎたため「痛い」とぶっきらぼうに言った。
「あっごめんごめん」
彼はぱっと手を離し、本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
「こんなところまで連れてきて、何かあったの?」
僕が問うと、彼は少しだけ目線を下にやり、黙り込んでしまった。
僕も彼に大事な用件があったため、先に聞こうとしたが、彼に黙られると調子が狂ってしまう。
男子トイレで向き合って黙り込む男子生徒二人という、中々のカオスな状況に陥る。
沈黙に耐えきれず、痺れを切らして僕が口を開こうとすると、彼がそれを遮るようにして言った。
「あのさ…」
その顔には見覚えがあった。人が恥ずかしい時に見せる表情。
彼はいつもの威勢が作りものであったかのような真面目な口調で言った。
「俺、松本さんのことが好きなんだよね」
僕は愕然とする。頭の上にヒヨコが数匹飛び交う。
…今なんて言った?松本さんが好き?
「えっ何で?」と聞き、そういえば昨日は彼女に理由を聞かなかったと思い出す。
「何でって…言わせんのかよ」
彼の表情は、昨日見た彼女のそれと同じだった。
「なんていうか…松本さんってめっちゃ清楚で、華やかで、ずっと見ておきたくなるような魅力があるじゃん?もちろん外見だけじゃねーぞ、何事にも一生懸命取り組んでて、コミュニケーションが苦手でも、必死に自分を変えようとしてる。そういうところが好きだ」
彼の気持ちは本気だった。それは恋愛に疎い僕でも分かる。
僕は、絶対にこの二人が結ばれて、幸せそうに笑っている姿を見たいと思った。
「分かった。全面的に協力するよ。」
僕がそう言うと、彼は「心の友よ!」というどこかで聞いたことがある胡散臭い台詞を言いながら、抱きついてきた。
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