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第6章 転落の日々

その1 喪失の一夜

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「ほら、かいでみろ…」

 老人は椅子に座ったモナの顔に香炉を近づける。

 蓋を開けると薄紫の煙が縁を超えて流れ落ちる。モナは両手を差し出して手のひらで受け止める。たゆたう煙にそっと鼻を寄せる。

 夏の夜どこでかいだことがあるねっとりと甘い花の香りだ。頭がフワッと軽くなり体がポカポカと火照ってくる。

「どんな気分だ?」
「…落ち着きます」
「それから…?」
「いえ、別に…」
「よし、下がっていいぞ」

 老人に頭を下げて昼下がりの書斎を後にする。渡された封筒を開けると思いがけない金額が入っている。

 その日から週に二日モナは書斎に来るように言いつけられる。香の匂いをかぐだけでほかに用事はない。渡される金額も同じだ。

 もらった金は家族に送る。母が亡くなって家からの便りは途絶えがちになっている。それでも弟や妹のために稼いだ金のほとんどを父親に送っている。

 何事もなくひと月が過ぎる。

 真夜中モナが目を覚ます。体が熱くてたまらない。頭はふらつき喉が渇く。

 下着姿で起き出して裸足のまま部屋を出る。真っ暗なキッチンで蛇口から直接水を飲む。頭から水をかぶっても体の火照りは収まらない。

 鼻の奥で絡みつくような甘い匂いがよみがえる。得体の知れない渇望が身を焦がし頭の後が痺れてくる。モナは這うように屋敷の階段を上る。

 書斎の扉をノックする。

「…入れ」

 モナがドアを押し開ける。鍵はかかっていない。

 ガウンを着た老人が椅子に座っている。モナはよろけながら足もとにたどり着く。

「こんな夜更けに、なんの用だ?」
「あの、わたし…」
「ふむ、その恰好は…追い剥ぎにでもあったか?」
「…ああ、どうしよう」

 モナは両手に顔を埋める。

「モナ、遠慮するな」
「…え?」

 モナが見上げる。老人の口もとに冷笑が浮かんでいる。

「お前の欲しいものを手に入れろ」
「旦那様…」

 震える手が伸びてガウンをめくる。シワのよった下腹から親指大の陰茎が生えている。モナが股間に顔を近づける。

「…失礼を…お許し…ください」

 爪のない親指を口に含む。乳首に吸いつく赤ん坊のように夢中で割れ目を吸いあげる。モナが驚いて目を見開く。

 親指は唇を押し分けて口いっぱいに膨れ上がる。塞がった喉から呻き声が漏れてくる。自分の手首より太い男根を吐き出して激しく肩で息をする。

「ガツガツするな…根元を握って先を舐めろ」

 言葉のままに指を動かし舌を使う。皮膚が敏感になってわずかな動きが快感に変わる。老人の言う通りに動くだけで何度もイカされてしまう。

「…子供の頃から働き詰めで男と遊ぶ暇もなかったか。どうだ、いいものだろう?」

 モナの頭がゆらゆらと揺れる。物欲しそうな目が老人を見上げている。

「…よし、いいぞ」

 濡れた唇が老人を深く咥えこむ。男根に巻きついた喉は膣になり舌がクリトリスになる。脳が溶け出して体がグニャグニャになる。

 老人はモナの後ろ髪を握って上を向かせる。

「…あの香にはワシの精が練り込んである。匂いの記憶は鼻の奥に深く刻み込まれてメスの本能を突き動かす。いまのお前はワシが欲しくてたまらない。そうだな?」

 塞がれた口からダラダラと涎が垂れている。

「…お前の渇きを癒すには、もはやこれしかあるまい」

 モナの目を覗きこみグイと腰を突き入れる。男根は静止したまま三度爆発をくり返す。ねっとりと甘い精液がドブドブと喉に流れこむ。

「…うう…うう…うう」

 モナは目をつむり身を震わせて飢えと渇きの妙薬を吸いあげる。

 老人が手を離す。モナはストンと暗やみに落ちる。わずかに開いた赤い唇が咲き損ねて地に落ちた薔薇の蕾のようだ。

 書斎のドアが閉まり足音が遠ざかる。

 カラスが鳴く。

 薄明りの中でモナが目を覚ます。

 下着姿の自分を見て昨夜の記憶が甦る。こぼれ落ちる涙の意味を指先で確かめる。モナには老人に奪われたものの名前がわからない。

 両腕に顔をうずめて書斎を出る。廊下はしんと静まりかえっている。夜明け前の人気のない階段を泣きながら下りてゆく。
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