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第4章 性獣たちの宴
その7 小さな終末
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娘はパグの顔と手にしたブラウスを見くらべる。
「ふうん、そういうことか…」
「マリアを知ってるのか?」
「今度、来た子でしょ。あんたより知ってるかも。あたしがお風呂に入れて、着替えさせたんだから」
娘は赤くなって黙りこむパグの顔を眺めている。
「綺麗な子だよね、肌なんか真っ白で」
「…なあ、教えてくれよ。マリア、どうしてる?」
「さあね、あんたには関係ないでしょ」
「関係あるよ、友だちなんだ」
「へえ、友だちね」
娘はパグの手からブラウスをひったくる。
「なに、するんだ」
「こうするの」
マリアのブラウスが焼却炉に飲み込まれてパッと燃え上がる。
「あ!」
パグが声を上げる。娘は袋から下着や靴下を取りだして炎の中に投げ込んでゆく。
「やめろよ!」
「どうして?」
「だって、マリアの…」
「これは仕事なの、邪魔しないで」
使い古した鞄や靴が炎の中に落ちてゆく。パグはうつむいて唇を噛んでいる。娘が手にしたボロボロの聖書から一枚の写真が滑り落ちる。
パグが写真を拾い上げる。施設の正面でマリアとパグとチワワが写っている。マリアはパグより背が高くチワワはパグより背が低い。
三人が初めて出会った頃の写真だ。パグはいつか大きくなってマリアの身長を追い越してしまった。
パグが顔を上げる。娘は聖書を火の中にポイと放り込む。
「それも、貸して」
「どうするんだ」
「決まってるでしょ」
娘は焼却炉を指差す。
「これ、おれにくれないか?」
パグの声は弱々しい。
「だめ。旦那様の命令だもん」
「おれの…大事なものなんだ」
「あの子には、もういらない。あんた、あの街から来たんでしょ」
「ああ…」
「あたしが生まれた遠くの街も、同じような所だった。毎日、悪いことばかり起きるから、それが当たり前になるの。ひとつ良いことがあっても、次はもっと悪いことが起きる。あそこでは夢や希望を持っちゃいけないの。だって、それがダメになったらまた何倍も辛くなるでしょ…ねえ、教えて、あの街であんたには何か良いことがあった?」
娘はパグを見つめている。パグの目の前にノッポの腰の両脇で揺れていたマリアの白い脚と抜け殻のような表情が浮かび上がる。
パグは首を横にふる。
「だからね、街で起きたことは、ぜんぶ忘れた方がいいの」
「わかった…でも、おれがやる」
パグは焼却炉に近づくともう一度写真を見る。
マリアとチワワが笑っている。パグは不機嫌な顔でレンズをにらみつけている。もう戻らない三人の時間が写っている。
指を開くと写真はひらひらと宙を舞い炎に飲み見込まれてゆく。小さなひとつの世界が終わる。
「…ねえ、もう、行こう」
娘が声をかける。背中を向けて歩きだす娘にパグがついてゆく。
二人は深い闇に包まれた屋敷にむかって歩いてゆく。
「ふうん、そういうことか…」
「マリアを知ってるのか?」
「今度、来た子でしょ。あんたより知ってるかも。あたしがお風呂に入れて、着替えさせたんだから」
娘は赤くなって黙りこむパグの顔を眺めている。
「綺麗な子だよね、肌なんか真っ白で」
「…なあ、教えてくれよ。マリア、どうしてる?」
「さあね、あんたには関係ないでしょ」
「関係あるよ、友だちなんだ」
「へえ、友だちね」
娘はパグの手からブラウスをひったくる。
「なに、するんだ」
「こうするの」
マリアのブラウスが焼却炉に飲み込まれてパッと燃え上がる。
「あ!」
パグが声を上げる。娘は袋から下着や靴下を取りだして炎の中に投げ込んでゆく。
「やめろよ!」
「どうして?」
「だって、マリアの…」
「これは仕事なの、邪魔しないで」
使い古した鞄や靴が炎の中に落ちてゆく。パグはうつむいて唇を噛んでいる。娘が手にしたボロボロの聖書から一枚の写真が滑り落ちる。
パグが写真を拾い上げる。施設の正面でマリアとパグとチワワが写っている。マリアはパグより背が高くチワワはパグより背が低い。
三人が初めて出会った頃の写真だ。パグはいつか大きくなってマリアの身長を追い越してしまった。
パグが顔を上げる。娘は聖書を火の中にポイと放り込む。
「それも、貸して」
「どうするんだ」
「決まってるでしょ」
娘は焼却炉を指差す。
「これ、おれにくれないか?」
パグの声は弱々しい。
「だめ。旦那様の命令だもん」
「おれの…大事なものなんだ」
「あの子には、もういらない。あんた、あの街から来たんでしょ」
「ああ…」
「あたしが生まれた遠くの街も、同じような所だった。毎日、悪いことばかり起きるから、それが当たり前になるの。ひとつ良いことがあっても、次はもっと悪いことが起きる。あそこでは夢や希望を持っちゃいけないの。だって、それがダメになったらまた何倍も辛くなるでしょ…ねえ、教えて、あの街であんたには何か良いことがあった?」
娘はパグを見つめている。パグの目の前にノッポの腰の両脇で揺れていたマリアの白い脚と抜け殻のような表情が浮かび上がる。
パグは首を横にふる。
「だからね、街で起きたことは、ぜんぶ忘れた方がいいの」
「わかった…でも、おれがやる」
パグは焼却炉に近づくともう一度写真を見る。
マリアとチワワが笑っている。パグは不機嫌な顔でレンズをにらみつけている。もう戻らない三人の時間が写っている。
指を開くと写真はひらひらと宙を舞い炎に飲み見込まれてゆく。小さなひとつの世界が終わる。
「…ねえ、もう、行こう」
娘が声をかける。背中を向けて歩きだす娘にパグがついてゆく。
二人は深い闇に包まれた屋敷にむかって歩いてゆく。
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