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第2章 天使の家

その6 約束の十字架

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 パグは目を覚ます。

 見慣れた白い天井が見える。起きあがろうとするが体に力が入らない。頭もふらついている。

 目の前に幼い少年が顔を出す。パグの顔を心配そうにのぞきこむ。

「だめだよ、寝てなきゃ」
「チワワか、おれは…」
「兄ちゃん、学習室に閉じ込められたでしょう。ぼくが助けを呼んだんだ」

 パグの記憶が甦る。司が去ったあと白衣を着た連中がやってくる。暴れるパグを押さえつけて注射を打つ。

 鎮静剤が切れた体に痛みが戻ってくる。打ち身はあざに変わっている。唇が腫れてうまく話せない。

 パグがベッドから起き上がる。

「どのくらい寝てた?」
「昨日から、ずっと」
「そんなに?」

「あいつらに、やられたんでしょ?」
「ああ、でも、借りは返した」
「うん。ノッポの耳、病院でもくっつかなかったよ。新しいのをつけ直すんだって。でもね…」

「なんだ?」
「おかしいんだ。ノッポはずっと部屋に隠れて震えてる」
「あいつが?」

「先生に怒られたんだよ」
「いつものことだろ?」
「今度は、なんか違うみたい」

「…そうだ、マリアは?」
「今朝、引き取られたよ」

「だれに?」
「丘の上の金持ちの家だよ。白いヒゲのおじいさんと一緒に出ていった。街の偉い人だって。あ、そうだ…」

 チワワはポケットを探る。差し出した手のひらに銀の十字架が乗っている。

「マリアのじゃないか。どうした?」
「勉強部屋で見つけたんだ」
「あの時か…」

 床に横たわるマリアの姿が目に浮かぶ。むきだしになった白い胸もとに十字架はかかっていない。パグの頬が熱くなり心臓がドクンと音を立てる。

「兄ちゃん、預かって」
「どうして?」
「姉ちゃんの大切なものでしょ。他の人には預けたくないんだ」
「いつか、お前が返してやれよ」

「…あのさ」
「なんだ」
「ぼくも、引き取られるんだ」
「え…?」

「昨日、来た人たちがぼくを欲しいって」
「そうか」
「ごめんね」
「なにが?」

「兄ちゃん、一人になっちゃうよ」
「なに、生意気いってるんだ」
「だって…」

「チワワ、お前はここにいるようなヤツじゃない。マリアだってそうだ。お前たちはおれやノッポみたいなクズとは違う」

「兄ちゃんは、クズなんかじゃないよ!」
「チワワ…?」
「ぼく…兄ちゃんやマリア姉ちゃんと、ずっと一緒にいたいんだ」

 チワワの目からポロポロと涙がこぼれる。

「それ、よこせ」

 パグはチワワの手から銀の十字架を受け取る。手のひらに重みが伝わってくる。

「お前は先に行け。おれもすぐに出ていくさ。これは、おれが預かってマリアに返しておく。それから、いつかお前にも会いにいく」
「うん、約束だよ」

 パグはうなずいて十字架を握りしめる。
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