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第1章 社会科見学
その6 木崎エリカ
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「…そうね。そんな噂もあった」
ニコと芙蓉が振り返ると黒いスーツの女が立っている。
「驚かせてごめんなさい。資料室の木崎エリカです」
エリカが二人にほほえみかける。
「玉川博士は優秀な生体工学者だった。まだ大学生の頃、この会社を始めたの。博士の発明は世の中を大きく変えた。スーツのおかげで、たくさんの人たちが幸せになったでしょう?」
ニコがエリカの顔を見る。
「でも、人を殺したって…」
「もう、十年になるかな。トキオ市で連続婦女暴行殺人事件が起きたの。被害者と犯人の接点がないことから、通り魔の犯行といわれた。博士がいなくなった時期が重なって、メディアに噂が流れたのよ」
「祖父から聞きました。あの事件には、かなりの証拠があったはずです」
「そうね。でも、博士の不在証明もあったでしょう。結局、犯人は捕まらず、事件は未解決のまま」
ニコは机の上の写真を見る。玉川酸素はおだやかにほほえんでいる。
「博士には理想があった。人間の新しい未来を創るんだって。そんな人が誰かを殺すと思う?」
エリカは窓際に歩いてゆくと外を眺める。
「この部屋は昔のままにしてあるの。博士は夜通しここでアイディアを練って、夜が明けると試作品を作った。何度も失敗したけど、けっして諦めなかった。そうやって、小さな町工場を世界に知られる大企業にしたの」
時の止まった小部屋の下を大きな川が流れている。
「博士には家族がいなかった。仕事にすべてを捧げていたの。でも、この写真は大切にしていたみたい」
エリカは振り向いて写真立てを手に取る。
「この人はきっと恋人ね。博士のような人に愛されるなんてうらやましい。そうでしょ?」
エリカがニコをじっと見る。ニコは目を伏せたまま黙っている。
「ニコ、そろそろ行こう」
「そうね。それから、ここは立ち入り禁止なの。もう、入らないでね」
「はい、すみませんでした」
芙蓉がエリカに頭を下げる。
「あなたとお話ができてよかったわ」
エリカがニコに右手を差し出す。ニコはためらいながらエリカの手を握る。白くて冷たい手だ。
二人は部屋を出て階段を下りてゆく。音を立ててドアが閉まる。
体験コーナーに戻ると行列はなくなっている。芙蓉が明るい声で話しかける。
「さあ、入ろう」
「ねえ、プニョ」
「なに?」
「あの写真…」
「あれ、ニコのママだよね」
「たぶん」
「それで?」
「…どうしよう」
「ニコはどうしたいの?」
「わからない」
ニコはうつむいたままだ。
「あのさ」
「なに?」
「わからないときは、誰かに聞けばいいんだよ」
「そうかな」
「うん。もしも、その人に答えがわからなくても、わかりそうな人を教えてくれる」
「それでもわからなかったら?」
「また、他の人にたずねればいいんだ」
「そうか」
「ニコには、わからないことがあるんだよね?」
「うん」
「でも、だれに聞けばいいかは知ってるでしょ?」
ニコがうなずく。たずねる相手は一人しかいない。
「プニョは、やっぱり賢いね!」
ニコが首に抱きつくとの芙蓉の顔が熟れたスイカのように真っ赤になる。
ニコと芙蓉が振り返ると黒いスーツの女が立っている。
「驚かせてごめんなさい。資料室の木崎エリカです」
エリカが二人にほほえみかける。
「玉川博士は優秀な生体工学者だった。まだ大学生の頃、この会社を始めたの。博士の発明は世の中を大きく変えた。スーツのおかげで、たくさんの人たちが幸せになったでしょう?」
ニコがエリカの顔を見る。
「でも、人を殺したって…」
「もう、十年になるかな。トキオ市で連続婦女暴行殺人事件が起きたの。被害者と犯人の接点がないことから、通り魔の犯行といわれた。博士がいなくなった時期が重なって、メディアに噂が流れたのよ」
「祖父から聞きました。あの事件には、かなりの証拠があったはずです」
「そうね。でも、博士の不在証明もあったでしょう。結局、犯人は捕まらず、事件は未解決のまま」
ニコは机の上の写真を見る。玉川酸素はおだやかにほほえんでいる。
「博士には理想があった。人間の新しい未来を創るんだって。そんな人が誰かを殺すと思う?」
エリカは窓際に歩いてゆくと外を眺める。
「この部屋は昔のままにしてあるの。博士は夜通しここでアイディアを練って、夜が明けると試作品を作った。何度も失敗したけど、けっして諦めなかった。そうやって、小さな町工場を世界に知られる大企業にしたの」
時の止まった小部屋の下を大きな川が流れている。
「博士には家族がいなかった。仕事にすべてを捧げていたの。でも、この写真は大切にしていたみたい」
エリカは振り向いて写真立てを手に取る。
「この人はきっと恋人ね。博士のような人に愛されるなんてうらやましい。そうでしょ?」
エリカがニコをじっと見る。ニコは目を伏せたまま黙っている。
「ニコ、そろそろ行こう」
「そうね。それから、ここは立ち入り禁止なの。もう、入らないでね」
「はい、すみませんでした」
芙蓉がエリカに頭を下げる。
「あなたとお話ができてよかったわ」
エリカがニコに右手を差し出す。ニコはためらいながらエリカの手を握る。白くて冷たい手だ。
二人は部屋を出て階段を下りてゆく。音を立ててドアが閉まる。
体験コーナーに戻ると行列はなくなっている。芙蓉が明るい声で話しかける。
「さあ、入ろう」
「ねえ、プニョ」
「なに?」
「あの写真…」
「あれ、ニコのママだよね」
「たぶん」
「それで?」
「…どうしよう」
「ニコはどうしたいの?」
「わからない」
ニコはうつむいたままだ。
「あのさ」
「なに?」
「わからないときは、誰かに聞けばいいんだよ」
「そうかな」
「うん。もしも、その人に答えがわからなくても、わかりそうな人を教えてくれる」
「それでもわからなかったら?」
「また、他の人にたずねればいいんだ」
「そうか」
「ニコには、わからないことがあるんだよね?」
「うん」
「でも、だれに聞けばいいかは知ってるでしょ?」
ニコがうなずく。たずねる相手は一人しかいない。
「プニョは、やっぱり賢いね!」
ニコが首に抱きつくとの芙蓉の顔が熟れたスイカのように真っ赤になる。
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