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第1章 社会科見学

その4 玉川酸素

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 芙蓉とニコが医療と介護の体験コーナーにやってくる。

 部屋の前にはすでに長い行列ができている。女子の間にポツポツと男子が交っている。二人は列の後に並ぶ。

「時間がかかるね」
「うん」

「プニョは、バトルスーツを見に行かないの?」
「行かないよ。平和が一番だもん」
「そうだよね」

「ニコの方こそ、格闘技をやってるんだろ?」
「格闘技じゃなくて、武術だよ」

「へえ、どう違うの?」
「なんとなく、違うみたい」
「そうかあ」

 芙蓉は考えこむニコの横顔と長い髪を眺めている。

「そうだ…」
「え…ああ、なに?」

「花ちゃんが、武術は護身術だっていってたよ」
「なるほど、そういうことか」
「え、どういうこと?」

「たぶんね、武術は先に殴っちゃいけないんだよ」
「そうそう」
「だけど格闘技は、どっちかが先に殴らないと始まらないでしょ」

「あ、そうか!」
「ね」
「プニョって、頭が良いんだね」

 ニコが頬っぺたをつつくと芙蓉の顔が真っ赤になる。列が少し前に進む。

「うちのおじいちゃんは、スーツのおかげで歩けるようになったんだ」
「よかったね。もしかしてプニョは、お医者さんになりたいの?」
「ううん。ぼくの夢は…どうしたの?」

 ニコは芙蓉の頭越しに遠くを見つめている。黙ったまま列を離れてスタスタと歩きだす。芙蓉があわてて後を追いかける。

 廊下の先に目立たない階段がある。手すりの間に鎖が張られ立ち入り禁止の札が立っている。ニコは身をかがめて鎖をくぐり抜ける。

「だめだよ!」

 芙蓉の声は聞こえない。

 誘われるように狭くて暗い狭い階段を上ってゆく。踊り場を曲がってさらに上る。階段が終わると突き当りにドアがある。

 ノブを握ってクルリと回す。ドアをグイと押し開ける。

 ニコは小さな部屋に立っている。左手に本棚があり右手の窓から光が差しこんでいる。

 正面に大きな机がある。開いたままのノートにはメモやスケッチがびっしりと書きこまれている。短くなった鉛筆と小さな消しゴムが転がっている。

 ゴミ箱にはくしゃくしゃに丸めた紙くずが放りこんである。

 机の奥に写真立てがある。白衣を着た無精ひげの男のとなりでジーンズにTシャツ姿の女が笑っている。豊かな黒髪が胸のあたりに届いている。

 ニコは息を飲む。

 女は若い頃の水木花。イチコとニコの母親だ。男の顔にもどこか見覚えがある。

「この人…」
「玉川酸素だ」

 芙蓉がニコのとなりに立っている。

「だれ?」
「玉川製作所の初代の社長だよ」
「この会社を創った人?」

「うん。でも、いまは行方不明みたいだね」
「なんで?」
「人を殺したんだ」
「え…」

 ニコの身体が凍りつく。
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