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序章 始まりの朝

イチコとニコ

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 朝もやの立ちこめる川原に三つの人影がある。

 大きな影は水木花。小さな影は双子の娘のイチコとニコだ。三人は武術の套路とうろを演じている。

 イチコの動きは力強くニコの動きはしなやかだ。花の動きに導かれて三人がひとつのリズムを作りだす。

 套路を終えると静功に入る。両足を肩幅に開き手のひらを内側にむける。目を閉じて静かに呼吸する。

 川のせせらぎが聞こえてくる。

「ニコはもういいよ」

 まだ三分も経っていない。ニコがあたりをぶらぶら歩きはじめる。イチコが目を開けてふくれっ面をする。

「ええ、どうして?」
「イチコはまだそこにいるからよ」
「花ちゃんのいうことは訳がわかんない」
「ほら、見てごらん」
 
 ニコが蝶とたわむれている。蝶には捕まる気はないがニコにも蝶を捕まえる気がない。一緒になってクルクルと回っている。

 イチコは首をひねっている。

「じゃあ、試してみよっか?」

 花はイチコとニコに棒を渡す。五尺の棒は二人の身長よりやや長い。

「先に打ち込まれた方が負けよ。はい、始め」
「ええ、やだよ。イチコは乱暴なんだもん」
「いくよ!」

 返事を待たずにイチコが打ち込む。ビュウと風を切る音とともにニコの体が後ろに下がる。背中まで伸びた長い髪がふわりと宙に舞い上がる。

 一手、二手、三手。

 素早い打ちこみをニコが受け止める。

 四手、五手、六手。

 繰り出す攻撃の先にはいつもニコの棒がある。

 七手、八手、九手。

 イチコはニコの守りを力でこじ開けようとする。押されたニコが水際に追い込まれる。

「とどめだ!」

 イチコは棒を振りかぶり青空に高く飛び上がる。振り下ろした棒の下にニコはいない。

 大きな水しぶきが上がる。

 ため息をつく花の背中からニコがひょっこり顔を出す。放りだした棒が川原にポツンと転がっている。

「また、落ちたね」
「うん。でも、途中で逃げちゃうニコも悪いよ」
「だって、イチコ、顔が怖いんだもん」
 
 イチコは棒を引きずって歩いてくる。短い髪からポタポタと水が垂れている。

「花ちゃん」
「なあに?」
「あたし、弱いのかな?」

「どうして?」
「また、ニコに負けちゃった」

 遠くの方にニコがいる。今度はカマキリを見つけてにらめっこをしている。

「引き分けでしょ。先に打ちこまれた方が負けっていったよね」
「でも…」

「イチコは打ちこむことしか考えていない。ニコは逃げることばっかり。二人合わせてようやく一人前かな」

 花がタオルを手渡すとイチコはゴシゴシと顔をこする。

 イチコがニコを迎えにゆく。二人で手をつないで戻ってくる。

「花ちゃん、お腹すいちゃった」
「わたしも。早く帰ろう」
「うん、そうしよう」

 三人の姿が土手のむこうに遠ざかる。

 川面かわもが朝日を受けてキラキラと輝いている。
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