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知らぬが仏
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「…なん、待っとったん?」
低い色気のある声が楽しそうな声で囁いた。
それに迷わず頷くと笑う気配がして、長い腕が俺の体に回った。
「…どんくらい待っとったん。体冷えとるわ。こりゃ風呂じゃな」
俺の髪に鼻先を埋めたことで温度がわかったのか、少し楽しく無さそうな声で呟いてタツさんはなんてことないみたいに俺を抱き上げる。
「一緒に入るか。ええ子で待ってくれとったユウキ君をあっためんといけんけえな」
始めは嗅ぐだけで恐怖を感じていたこの匂いも今となれば一種の精神安定剤になる。首筋に顔を埋めて抱き着く俺にタツさんは機嫌良さそうに知らない歌を口遊みながら風呂場に入った。
「一回下ろすわ。ちゃあんと目の前におるけえな」
ぽんぽんと子供にするみたいに背中を叩かれて俺は渋々腕の力を緩めて床に足を下ろす。すると大きな手が褒めるみたいに頭を撫でてくれて、それだけで心がふわりと軽くなった気がした。
タツさんはサングラスの奥の目を細め、慣れた手つきで俺の服を脱がせて行く。初めて抱かれたあの日以降、夜した後は必ずタツさんが俺に服を着せてくれている。肌がベタつかないからきっと風呂にも入れてくれていると思うけれど、生憎俺は覚えていない。
思えばここに来てから自分で服を脱ぐことも着ることもしていない気がする。
「…考えごと?」
「…タツさんのこと考えてた」
「ならええ。ずっとわしのこと考えとって」
掠めるみたいにキスされて、今度はタツさんが服を脱いでいく。
鍛えられた体よりも先に目がいくのは腕や胸元、背中を彩る刺青。多分和彫りというやつで、特に背中に彫られている何らかしらの仏像と椿の花はとても綺麗で格好良い。
お互いに裸になって、タツさんに腰を抱かれて風呂場に入る。シャワーからお湯を出しながら最初にするのは息が出来なくなるくらいのキス。タツさんはどうやらキスが好きらしくて事あるごとにしたがる。
いつまで経っても慣れなくて腰が抜けそうなところで唇が離れるとぎゅうっと抱き締められる。素肌の方が気持ちがいいんだと気が付いてからは俺は自分からもよくタツさんに抱き着いていた。頭からシャワーを被って、その水分で余計に肌が吸い付くみたいになる。
いつもならここでまた抱かれたりするのだが今日はそうでは無いらしく、タツさんは甲斐甲斐しく俺の髪や体を洗う。それが終わったら今度は俺の番で、案外細くて柔らかいタツさんの髪をやけに良い匂いのするシャンプーで洗って、泡を流したら今度はトリートメントをつける。髪や体を洗っていると「あー」なんて心地良さそうな、けれどおじさんくさい声を出すから思わず笑ってしまうと振り向いたタツさんが片手を伸ばして俺の頬を抓る。
たまにじゃれあいながら体の泡も流して湯船に入ると二人の体重のせいでお湯が勢いよく流れていく。
俺の定位置はタツさんの前。男が二人で入ってもまだ余裕のある浴槽の中で鍛えられた体に背中を預ける。腹にはタツさんの腕が回っていて、お湯と人肌が心地よくて吐息が漏れた。
「…一人にしてすまんかった。もうちょい早く帰れる予定じゃったんじゃが、ちぃと盛り上がってしもうて」
「……仕事?」
「そう、オシゴト」
「…そっか」
「寂しかった?」
濡れた手で顎を掴まれて後ろを向かされる。
そこにはやっぱり楽しそうなタツさんがいて、俺は軽く唇を尖らせながら頷いた。
「はは、そうか。寂しかったか、かわええのぉ」
吹き出すみたいに笑って顎から手が離れた代わりにキツく抱き締められる。
少し苦しいけれど手が届く範囲にタツさんがいることがあまりに心地よくて目を細めた。抱き締める力が緩まると「こっち向き」と囁かれて、背中を預けた体勢から向き合うものに変わる。タツさんの膝の上に座るから視線が高くなって、蛇みたいな目がよく見えるようになった。
「風呂上がったら飯にするか。今日はわしが作るけ、ユウキ君はソファでゆっくりしとき」
「え、でも、」
「今からどの道お前立てんくなるし」
俺がその意味を理解するよりも早く唇が重なって大きな手が俺の尻を揉む。湯の揺れる音とリップ音、時間が経つとそこに俺の聞きたく無いような声と肌のぶつかる音が混ざるようになった。
その間もタツさんはずっと俺に好きだとか愛してるとか伝えてくれる。
全身で俺が好きなんだって伝えてくれるから、俺はいつしかタツさんに抱かれるのが苦じゃなくなっていた。
風呂でしているせいで熱気が篭って暑くて仕方がない。逆上せそうなくらい薄くて濃厚な空気の中でタツさんが囁いてくる。
「っ、気持ちいいなあ、ユウキ君」
ばちゅ、と濡れた肌同士がぶつかって腹の奥の狭いところをごつごつ突かれて、正直気絶しそうなくらい気持ちいい。後ろから抱えるみたいにして何度も中を擦られて俺は喘ぎながら何回も頷く。
浴室の濡れた壁に手をついて、立ったまま後ろから犯される。膝が震えて立っていられないのに体に回ったタツさんの腕が支えてくれているからそのまま揺さぶられ続ける。
ただ中を擦られたり、中の気持ち良いところに当てられているだけでも気が遠くなる程の刺激が襲うのに、タツさんの大きな手のひらが臍の下辺りを圧迫して目の前に星が散った。
夢中に首を横に振り無理だと、嫌だと訴えてもタツさんは手を離さない。外からも圧迫されているせいでタツさんの形がもっとわかって、今どのあたりを突いているのかを嫌でも意識してしまう。
深い、怖い、気持ちいい。
思考ではその単語がループするのに口からは言葉になりきらない喘ぎしか出ない。
もう何度達したのかも、どれくらい時間が経ったかもわからないまま、数回目のタツさんの熱を腹の中に受け止めてセックスは終わりを告げる。その頃には俺はもうほとんど気絶してるみたいなもんで、ぼんやりとした意識の中「やりすぎた」少し焦ったタツさんの声が聞こえた。
「ほら、ユウキ君口開けぇ」
バスローブ的なものを羽織っただけでリビングに移動すると途端に冷たい空気が頬を撫でて今はそれが心地良いとすら感じる。雲の中にいるようなふわふわとした心地の中、ぼんやりと聞こえる声に従って口を開けるとまたキスされた。
だけどそれが水を飲ませる為のものだとわかると俺は夢中で喉仏を上下させて水を求める。
「…もっと欲しい?」
「ん、ちょうだい」
「オーケー」
その行為が俺が満足するまで続いて「もういい」と首を振ると残った水は全部タツさんが飲んでいた。それから俺はエアコンを起動させたリビングのソファに寝かせられ、少しだけ見えるタツさんの姿を目で追う。
「チャーハンでええ?」
「タツさんそれしか作れねえじゃん」
掠れた声で茶化すように言えば「ダル」と楽しげな笑い声が返ってきた。
少しすればキッチンから卵の焼ける良い匂いがしてきた。それから醤油とソースの少し焦げた匂い。タツさんの作るチャーハンはいつだって濃い味で、食べてると無性に喉が渇く。
だけど俺はそんなチャーハンが好きだった。
「お、今日は良い出来じゃわ」
湯気の立つ料理を見て胸がほわほわと暖かくなる。自分の為に作られた料理は何度見ても嬉しくて「ありがとう」お礼を言うとタツさんは優しく笑った。
腰が立たないどころか指も満足に動かせない俺が食事をするときは決まってタツさんの膝の上だ。全体的に黒っぽい茶色のチャーハンをスプーンに乗せて、少し息を吹きかけてから俺の口元に運んでくれる。
「ほら、あーん」
始めは困惑していたこの行動も今となれば慣れたし、心地良さすら感じる。
口内に広がるソースの香りと温かな食事に目を細めながら咀嚼して飲み込むとすぐさま次の一口がやってくる。
「美味いか?」
「うん、美味いよ。ありがとうタツさん」
また一口、もう一口と食べ進めると腹は満たされて皿の中も空になる。皿をテーブルに置いてタツさんは俺を両手で抱き締めるとまだ乾ききっていない髪に顔を埋めた。
この流れもいつも通りだが、今日はなんとなくタツさんの機嫌がいつもより良い気がした。どうしてだかはわからない。きっと勘というやつ。
「……なんかいいことあった?」
「…ん?」
少しだけ顔が離れて、低い声が耳元で聞こえる。
振り向くと見えたのは口角を上げて笑っているタツさんの顔で、いつも通りの顔の筈なのに少しだけ怖いと思ってしまった。
──あの日みたいな顔してる。
タツさんにお笑い芸人のチケットを返した時の蛇みたいな、獲物を見るような目。首筋に刃物を突きつけられているような感覚になるその表情は少し苦手だ。
「…そうじゃな、今日はええ仕事が出来たけえそのせいで昂っとるんかもしれんわ。ここ最近で一番やりがいのある仕事じゃったのぉ、思い出しただけでおかしいてしょうがない」
喉で低く笑ったタツさんが俺の頬を優しく撫でる。
タツさんはヤクザだ。だから仕事というのも間違いなくそっち関係で、いい仕事をしたということは、きっと俺みたいなやつからしたら恐怖でしかないことをやってのけて来たのだろう。
外はいつの間にか茜色に染まり始めていた。
日照時間の短い冬だ。この茜空もあと数十分もしないうちに夜になる。
「ユウキ君、愛しとるよ。ずーっと一緒じゃけえな」
頬を撫でていたタツさんの手が後頭部に移動する。
俺も自然と体をタツさんの方に向けて、ゆっくりと目を閉じた。
「…俺も、タツさんがすきだよ」
唇が重なって、さっき食べたチャーハンのソースの匂いに混ざってタツさんの匂いがした。いつもの特別感のある匂いに混ざって庶民的な香りがするのがおかしくて思わず笑うと、タツさんも似たようなことを思っていたのか「ソースの味がする」って笑った。
首に腕を回して、またキスをする。そのままソファに押し倒されて「もう無理だ」って言ってもタツさんは聞く耳を持ってくれなくて、だけど求められるのが嬉しくて、俺はまたタツさんと体を繋げる。
しあわせだって、そう思った。
低い色気のある声が楽しそうな声で囁いた。
それに迷わず頷くと笑う気配がして、長い腕が俺の体に回った。
「…どんくらい待っとったん。体冷えとるわ。こりゃ風呂じゃな」
俺の髪に鼻先を埋めたことで温度がわかったのか、少し楽しく無さそうな声で呟いてタツさんはなんてことないみたいに俺を抱き上げる。
「一緒に入るか。ええ子で待ってくれとったユウキ君をあっためんといけんけえな」
始めは嗅ぐだけで恐怖を感じていたこの匂いも今となれば一種の精神安定剤になる。首筋に顔を埋めて抱き着く俺にタツさんは機嫌良さそうに知らない歌を口遊みながら風呂場に入った。
「一回下ろすわ。ちゃあんと目の前におるけえな」
ぽんぽんと子供にするみたいに背中を叩かれて俺は渋々腕の力を緩めて床に足を下ろす。すると大きな手が褒めるみたいに頭を撫でてくれて、それだけで心がふわりと軽くなった気がした。
タツさんはサングラスの奥の目を細め、慣れた手つきで俺の服を脱がせて行く。初めて抱かれたあの日以降、夜した後は必ずタツさんが俺に服を着せてくれている。肌がベタつかないからきっと風呂にも入れてくれていると思うけれど、生憎俺は覚えていない。
思えばここに来てから自分で服を脱ぐことも着ることもしていない気がする。
「…考えごと?」
「…タツさんのこと考えてた」
「ならええ。ずっとわしのこと考えとって」
掠めるみたいにキスされて、今度はタツさんが服を脱いでいく。
鍛えられた体よりも先に目がいくのは腕や胸元、背中を彩る刺青。多分和彫りというやつで、特に背中に彫られている何らかしらの仏像と椿の花はとても綺麗で格好良い。
お互いに裸になって、タツさんに腰を抱かれて風呂場に入る。シャワーからお湯を出しながら最初にするのは息が出来なくなるくらいのキス。タツさんはどうやらキスが好きらしくて事あるごとにしたがる。
いつまで経っても慣れなくて腰が抜けそうなところで唇が離れるとぎゅうっと抱き締められる。素肌の方が気持ちがいいんだと気が付いてからは俺は自分からもよくタツさんに抱き着いていた。頭からシャワーを被って、その水分で余計に肌が吸い付くみたいになる。
いつもならここでまた抱かれたりするのだが今日はそうでは無いらしく、タツさんは甲斐甲斐しく俺の髪や体を洗う。それが終わったら今度は俺の番で、案外細くて柔らかいタツさんの髪をやけに良い匂いのするシャンプーで洗って、泡を流したら今度はトリートメントをつける。髪や体を洗っていると「あー」なんて心地良さそうな、けれどおじさんくさい声を出すから思わず笑ってしまうと振り向いたタツさんが片手を伸ばして俺の頬を抓る。
たまにじゃれあいながら体の泡も流して湯船に入ると二人の体重のせいでお湯が勢いよく流れていく。
俺の定位置はタツさんの前。男が二人で入ってもまだ余裕のある浴槽の中で鍛えられた体に背中を預ける。腹にはタツさんの腕が回っていて、お湯と人肌が心地よくて吐息が漏れた。
「…一人にしてすまんかった。もうちょい早く帰れる予定じゃったんじゃが、ちぃと盛り上がってしもうて」
「……仕事?」
「そう、オシゴト」
「…そっか」
「寂しかった?」
濡れた手で顎を掴まれて後ろを向かされる。
そこにはやっぱり楽しそうなタツさんがいて、俺は軽く唇を尖らせながら頷いた。
「はは、そうか。寂しかったか、かわええのぉ」
吹き出すみたいに笑って顎から手が離れた代わりにキツく抱き締められる。
少し苦しいけれど手が届く範囲にタツさんがいることがあまりに心地よくて目を細めた。抱き締める力が緩まると「こっち向き」と囁かれて、背中を預けた体勢から向き合うものに変わる。タツさんの膝の上に座るから視線が高くなって、蛇みたいな目がよく見えるようになった。
「風呂上がったら飯にするか。今日はわしが作るけ、ユウキ君はソファでゆっくりしとき」
「え、でも、」
「今からどの道お前立てんくなるし」
俺がその意味を理解するよりも早く唇が重なって大きな手が俺の尻を揉む。湯の揺れる音とリップ音、時間が経つとそこに俺の聞きたく無いような声と肌のぶつかる音が混ざるようになった。
その間もタツさんはずっと俺に好きだとか愛してるとか伝えてくれる。
全身で俺が好きなんだって伝えてくれるから、俺はいつしかタツさんに抱かれるのが苦じゃなくなっていた。
風呂でしているせいで熱気が篭って暑くて仕方がない。逆上せそうなくらい薄くて濃厚な空気の中でタツさんが囁いてくる。
「っ、気持ちいいなあ、ユウキ君」
ばちゅ、と濡れた肌同士がぶつかって腹の奥の狭いところをごつごつ突かれて、正直気絶しそうなくらい気持ちいい。後ろから抱えるみたいにして何度も中を擦られて俺は喘ぎながら何回も頷く。
浴室の濡れた壁に手をついて、立ったまま後ろから犯される。膝が震えて立っていられないのに体に回ったタツさんの腕が支えてくれているからそのまま揺さぶられ続ける。
ただ中を擦られたり、中の気持ち良いところに当てられているだけでも気が遠くなる程の刺激が襲うのに、タツさんの大きな手のひらが臍の下辺りを圧迫して目の前に星が散った。
夢中に首を横に振り無理だと、嫌だと訴えてもタツさんは手を離さない。外からも圧迫されているせいでタツさんの形がもっとわかって、今どのあたりを突いているのかを嫌でも意識してしまう。
深い、怖い、気持ちいい。
思考ではその単語がループするのに口からは言葉になりきらない喘ぎしか出ない。
もう何度達したのかも、どれくらい時間が経ったかもわからないまま、数回目のタツさんの熱を腹の中に受け止めてセックスは終わりを告げる。その頃には俺はもうほとんど気絶してるみたいなもんで、ぼんやりとした意識の中「やりすぎた」少し焦ったタツさんの声が聞こえた。
「ほら、ユウキ君口開けぇ」
バスローブ的なものを羽織っただけでリビングに移動すると途端に冷たい空気が頬を撫でて今はそれが心地良いとすら感じる。雲の中にいるようなふわふわとした心地の中、ぼんやりと聞こえる声に従って口を開けるとまたキスされた。
だけどそれが水を飲ませる為のものだとわかると俺は夢中で喉仏を上下させて水を求める。
「…もっと欲しい?」
「ん、ちょうだい」
「オーケー」
その行為が俺が満足するまで続いて「もういい」と首を振ると残った水は全部タツさんが飲んでいた。それから俺はエアコンを起動させたリビングのソファに寝かせられ、少しだけ見えるタツさんの姿を目で追う。
「チャーハンでええ?」
「タツさんそれしか作れねえじゃん」
掠れた声で茶化すように言えば「ダル」と楽しげな笑い声が返ってきた。
少しすればキッチンから卵の焼ける良い匂いがしてきた。それから醤油とソースの少し焦げた匂い。タツさんの作るチャーハンはいつだって濃い味で、食べてると無性に喉が渇く。
だけど俺はそんなチャーハンが好きだった。
「お、今日は良い出来じゃわ」
湯気の立つ料理を見て胸がほわほわと暖かくなる。自分の為に作られた料理は何度見ても嬉しくて「ありがとう」お礼を言うとタツさんは優しく笑った。
腰が立たないどころか指も満足に動かせない俺が食事をするときは決まってタツさんの膝の上だ。全体的に黒っぽい茶色のチャーハンをスプーンに乗せて、少し息を吹きかけてから俺の口元に運んでくれる。
「ほら、あーん」
始めは困惑していたこの行動も今となれば慣れたし、心地良さすら感じる。
口内に広がるソースの香りと温かな食事に目を細めながら咀嚼して飲み込むとすぐさま次の一口がやってくる。
「美味いか?」
「うん、美味いよ。ありがとうタツさん」
また一口、もう一口と食べ進めると腹は満たされて皿の中も空になる。皿をテーブルに置いてタツさんは俺を両手で抱き締めるとまだ乾ききっていない髪に顔を埋めた。
この流れもいつも通りだが、今日はなんとなくタツさんの機嫌がいつもより良い気がした。どうしてだかはわからない。きっと勘というやつ。
「……なんかいいことあった?」
「…ん?」
少しだけ顔が離れて、低い声が耳元で聞こえる。
振り向くと見えたのは口角を上げて笑っているタツさんの顔で、いつも通りの顔の筈なのに少しだけ怖いと思ってしまった。
──あの日みたいな顔してる。
タツさんにお笑い芸人のチケットを返した時の蛇みたいな、獲物を見るような目。首筋に刃物を突きつけられているような感覚になるその表情は少し苦手だ。
「…そうじゃな、今日はええ仕事が出来たけえそのせいで昂っとるんかもしれんわ。ここ最近で一番やりがいのある仕事じゃったのぉ、思い出しただけでおかしいてしょうがない」
喉で低く笑ったタツさんが俺の頬を優しく撫でる。
タツさんはヤクザだ。だから仕事というのも間違いなくそっち関係で、いい仕事をしたということは、きっと俺みたいなやつからしたら恐怖でしかないことをやってのけて来たのだろう。
外はいつの間にか茜色に染まり始めていた。
日照時間の短い冬だ。この茜空もあと数十分もしないうちに夜になる。
「ユウキ君、愛しとるよ。ずーっと一緒じゃけえな」
頬を撫でていたタツさんの手が後頭部に移動する。
俺も自然と体をタツさんの方に向けて、ゆっくりと目を閉じた。
「…俺も、タツさんがすきだよ」
唇が重なって、さっき食べたチャーハンのソースの匂いに混ざってタツさんの匂いがした。いつもの特別感のある匂いに混ざって庶民的な香りがするのがおかしくて思わず笑うと、タツさんも似たようなことを思っていたのか「ソースの味がする」って笑った。
首に腕を回して、またキスをする。そのままソファに押し倒されて「もう無理だ」って言ってもタツさんは聞く耳を持ってくれなくて、だけど求められるのが嬉しくて、俺はまたタツさんと体を繋げる。
しあわせだって、そう思った。
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