おもくてあまくてにがいもの

白(しろ)

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 濃い煙草の匂いに思わず咳き込むと次に乗り込んできたタツさんが扉を閉めてから俺の方を見る。

「よおある話じゃ。お前んとこの親父、もう2週間帰って来とらんじゃろ。あれはのぉ、わしらが恐ろしくなって飛んだんじゃ。首が回らんってやつじゃわ」

 煙草を咥えたタツさんが火を付けて、深く吸い込んだ煙を俺に向かって吐く。あんまりにも煙たくて咳き込む俺を見てタツさんは心底楽しそうに笑って運転席にいる人に「出せ」と命令した。
 それと同時にエンジンが掛かって車が動き出す。

 今とんでもないことが起こっている筈なのに俺の脳がついていかなくて呆然としているとタツさんの手が伸びてきて俺の頭を撫でた。

「で、お前の親父は借金の連帯保証人の名前をお前にして失踪。本人がおらんのなら、返済義務は連帯保証人のユウキ君に移る。わかるか?」
「…そ、そんなの、そんなの俺知らない…っ!」
「そりゃあそうじゃろうけどなぁ、そんなん関係ないんだわ。親父がおらんくなったんじゃけ、まあ尻拭いせえよ」

 今日喫茶店で撫でてくれた時と同じ優しい手つきなのに、言われている内容があまりにも衝撃的すぎて俺は混乱していた。わかっていることは父親に捨てられたということと、借金を背負わされたということだけ。
 勝手に息が上がり、全身から嫌な汗が噴き出す。

「…い、いくらですか…?」

 頭を撫でていたタツさんの手が俺の頬に移動する。視線が絡まって、タツさんは見たことのない怖い笑みを浮かべた。

「5000万」
「…は…?」

 非現実的な金額に俺の口からは空気みたいな声しか出ない。
 5000万…5000万っていくらだ。

「うちから金借りたんは昨日今日の話じゃないんだわ。馬が当たればパチが当たればなんてクソみてぇなことよお言いよったぞ、お前の親父」

 タツさんの言葉は聞こえているのに理解が出来ない。
 視線を下げ、呆然と自分の強く握り込まれた拳を見て必死に頭を働かせようとする。だけどいくら考えたって解決策なんて浮かぶ筈がなくて、俺の喉からは変な音が鳴った。

 だって俺の時給はせいぜい1000円だ。どれだけシフトを増やしても、別の仕事をしても返せるような額じゃない。どんどん心拍数は上がってそれに比例して呼吸も荒くなる。絶対に俺のせいじゃないのにもう逃げられない状況になってしまっている。

 俺はこれからどうなるんだろう、どうしたらいいんだろう。何をされるんだろう。
 数時間前まで店長と話していた未来の話が急に夢物語のように思えてきた。そんなことだなんて思いたくないくらい俺には大事な夢の筈なのに、俺はもうそれを「そんなこと」としか思えない。
 だって俺は、明日生きているんだろうか。

「っ、かひゅ…っ! は、は…っ!」

 今まで文字としてしか認識していなかった「死」というものをリアルに感じて俺は急に息が出来なくなった。空気が通る場所に蓋をされたみたいで上手く息が吸えない。あまりの苦しさに目から涙が止まらず顔に血液が集中して真っ赤になる。
 首を押さえてなんとか息をしようとするが出来ずパニックになりそうだった俺の身体を何かが軽く抱き上げた。

「はは、泣いちょるわ。かわええのぉ」
「タツさん、趣味悪いですよ」
「今更じゃろ」

 大きな手が俺の後頭部を掴んで必死に酸素を取り込もうとする俺の口を塞いだ。意味がわからなくて片手で相手の肩を突っぱねるがびくともしなくて、そのまま俺の口に何かが吹き込まれる。
 それが何度か続くとあれだけ苦しかった呼吸が楽になり無意識のうちに強張っていた体から力が抜けて手がだらりと落ちる。徐々にぼやけていた視界がクリアになると目の前にあったのはタツさんの顔で、俺はまたタツさんに唇を塞がれているという事態に目を見開いた。

「ンンン! んっ、ぁ…っ、んぅうっ」

 途端にさっきみたいにタツさんの舌が口の中に入って来てまたぐちゃぐちゃにされる。口のいろんな場所を舌先で撫でて、擦って、それで奥に引っ込んでいる俺の舌を無理矢理絡め取って粘膜を擦り合わせる。
 外でした時よりも長くてねちっこい行為に俺の体からは完全に力が抜けてタツさんに寄りかかってしまう。ふわっと香る香水の匂いがこんな時でもいい匂いだと思ってしまって、ちょっと自分の神経を疑った。

「…はっ、ふ…」
「なあユウキ君。このまま組でオモチャにされるんとわしのモンになるんとどっちがええ?」

 さっきとは違う息苦しさで呼吸を乱している俺にタツさんは楽しそうに問いかけた。

「…え」
「残念じゃけど時間はそんな無いんよなぁ。あと10秒で決めりぃ」

 そこからカウントダウンが始まった。
 俺に考える時間を与えるつもりが全くないタツさんに何度も待ってと訴えるが聞いて貰えず、無情にも数は減っていく。

 いよいよあと3秒となったところで俺の奥歯がガチッと鳴った。
 もう何も分からない。分からないけれど、俺が取れる選択肢なんて最初から一つしかなかった。
 知らない怖い場所に連れて行かれるくらいなら、少しでも知っている人の方がいい。

「…タツさん…! タツさんが良いっ」

 ほとんど叫ぶような声で訴えるとタツさんは嬉しそうに目を細めて笑った。
 いつの間にはタツさんの膝の上にいた俺はそのまま抱き締められてまた唇を塞がれた。何度されたって意味がわからなくて、でも抵抗するのも怖くてできなくて、俺は車が止まるまでの間ずっとタツさんにキスされ続けた。
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