16 / 90
第一章 二人の旅路
宿と風呂
しおりを挟む
ギルドを出たそのままの状態だからか二人は武器を背負ったままだがどれだけ賑わっている街でも治安が良いとは言えず、自然と盗難防止の為に持ち歩くしかない。歩く度に武器と防具が当たって音が鳴るが街中同じ音で溢れているから気にする様子もなく街の中を進んで行く。目指す先は武器屋だが、目的は購入ではなく研磨だ。その時だけはさすがに身軽にならざるを得ず、もしものことを考えて短剣だけ腰に佩いた。
「頼んだ」
「おうよ、任せとけい」
いかにも職人だと言わんばかりに捻り鉢巻を頭に結んだ老人がグッと親指を立ててアルフレッドに笑顔を見せた。それにしっかりと頷きを返したアルフレッドを見てから再び街に繰り出すと今度こそ宿を探しにいく。探すといってももう目星は付けてあり街の中でも人気のある宿屋に迷わず足を進めて木製のドアを潜ると帳場に進む。
「……いらっしゃいませ、宿泊希望の方ですか?」
その奥にいた宿屋の女将らしい恰幅のいい女性が怪しい身なりのラファエルを見て目を丸くするがさすがは客商売か、すぐに営業スマイルを貼り付けてハキハキとした声で用件を聞いてくる。
「はい、三泊程お願いしたいんですけど部屋ありますか?僕とこの人の分なんですけど。あと出来ればお風呂が広い部屋がいいです」
金貨の入った袋をじゃら、とテーブルの上に置くと目に見えて女将の顔色が変わった。もう少し付け加えるなら従業員らしき娘たちの視線と黄色い声が自分ではなく後ろに立つアルフレッドに注がれていて些か騒がしい。見た目から接客に厳しいだろうと予想されるほどキツい目をしている女将だが、今は滅多にない上客に部屋を提供するべく帳簿をすごい早さで捲っていたが一番新しいページまで見終えてその肩が落とされるのがわかった。
「……申し訳ありません、丁度部屋が埋まっております。一部屋なら空きがあるんですけど」
「そこでいい」
「え?」
それまで大木のようにラファエルの後ろから動かなかったアルフレッドがずい、と会話に入って来たことで女将の目が丸く開かれる。
「そこの部屋、風呂は広いのか?」
「え、ええ、もちろん」
「ならそこで決まりだ。三日間世話になる」
「ええ、で、ですが寝具が一つしか」
「問題ない。ソファくらいあるだろ」
有無を言わせないアルフレッドの物言いに女将の喉が困惑に震えているのが見て取れてラファエルは肘で隣の男の横っ腹を小突いた。
「すみません、強引で。でも僕たちハンターだし、土じゃないならどこだっていいので良かったらその部屋に泊まらせて貰えませんか?もちろんお代は二人分支払うので」
顔は見えずともラファエルの柔らかい語り口に少し納得したのか女将の表情がキリッとしたものに戻っていくものの「ですが」と更に食い下がろうとする様子にラファエルは被せるように口を開いた。
「それに一刻も早くお風呂入りたいんですよね。お願いしますっ」
言い終わると同時に頭を下げたラファエルに今度こそ女将は仰天して「頭を上げてください」なんて慌てふためきながら部屋の鍵をテーブルに置いた。それを見てから顔を上げたラファエルは満面の笑みで「ありがとうございます」と伝えて鍵を取り、こちらですと案内する宿娘の後を着いて部屋へと向かった。
どれだけ表情をくるくると変えようが全く伝わらないのだが部屋へと向かうその足取りから相当気分が高揚しているのがわかって女将は息を吐き出して、アルフレッドの背中をきゃいきゃいと囀りながら見ている娘たちに視線を向ける。
「何やってるんだいあんたたち!さっさと仕事に戻りな!」
ぴしゃりと雷が落ちたような鋭い声に娘たちは「は~い」なんて気の抜けた声を上げながら蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へと戻っていく。それを見届けてからテーブルに置かれた先程ラファエルが置いて行った袋を開けた女将は、想像以上の金貨の寮にまたしても仰天するのであった。
パタン、と案内された部屋の扉を閉めてすかさず鍵を閉める。一足先に部屋に入り早速ゴーグルとスカーフを取り去った相棒の姿を見てアルフレッドは呆れたように息を吐く。
「おいエル、お前払い過ぎだ。それに貴族があんな簡単に頭下げるんじゃねえよ」
朝野営地から出発する前に軽く結った髪を解いて雑に手櫛を入れている様は貴族には見えないが、それでも瞳に宿る知性やほんの少しの立居振る舞いが彼を一般市民にはさせない。光に照らされた湖のように澄んだ青い目がラファエルを見て、そして人形のように整った顔をあどけなく崩して見せた。
「つい。それにお金を余分に渡したらその分待遇も良くなるんじゃないかな?あの女将さんくすねるような人には見えなかったし、何より今の僕はただのラファエルだから価値なんてみんなと一緒だよ。そもそも五人兄弟の末っ子だから貴族としてもあんまりな感じだし」
「…お前の人を見る目と次は気をつけるって言葉だけはマジで信用してねえんだぞ俺は」
「アルフに出会えた時点で人を見る目はあると思うんだけどなぁ」
アルフレッドの小言を慣れた様子で躱して滑らかな金の髪を靡かせながらラファエルは浴室と思われる場所に足を運ぶ。ガチャ、と扉を開けた後、一拍。
「ちゃんとしたお風呂だー!」
快哉を叫ぶ声がこちらまで聞こえてアルフレッドは息を吐きのそのそと声のした方へと向かい、開け放たれたドアから中を見ればその内装になるほどなと納得したように頷いた。ラファエルの生家であるローデン家と比べると当然劣るが、宿屋でこのクオリティならばあの金の価値はあるかもしれないと顎を指で撫でた。
水の落ちる音がして少し経つと湯気が浴室の中にふわふわと漂い始める。ラファエルは風呂好きというわけではないが衛生面に関しては人一倍敏感なところがある。例えば魔物を狩る時、洞窟に素材採集に行く時、ラファエルはどんな状況下でも必ず夜は肌を清めてから寝る。余程逼迫した状況ではまた別だが。
そして宿屋に訪れる際も必ず最優先事項は風呂があるかどうかだった。旅を始めてまだ思うように稼ぐことができなかった時、数日間体を拭くことしか出来なかったことが多々あるがラファエルはその度に日を追うごとに気分を急降下させていた。その時からなるべく宿では風呂が着いているところを取ってきたし、野営の時も水源を探すようになった。
「アルフも入る?」
懐かしいことを思い出しているとこちらを振り替ええたラファエルが不思議そうに今にもこぼれてしまいそうだと思う目を瞬かせて見ていた。バスタブに溜まった湯も半分を越えた頃で、確かに風呂にゆっくりと浸かるのも久しぶりだなとアルフレッドは頷いた。
「頼んだ」
「おうよ、任せとけい」
いかにも職人だと言わんばかりに捻り鉢巻を頭に結んだ老人がグッと親指を立ててアルフレッドに笑顔を見せた。それにしっかりと頷きを返したアルフレッドを見てから再び街に繰り出すと今度こそ宿を探しにいく。探すといってももう目星は付けてあり街の中でも人気のある宿屋に迷わず足を進めて木製のドアを潜ると帳場に進む。
「……いらっしゃいませ、宿泊希望の方ですか?」
その奥にいた宿屋の女将らしい恰幅のいい女性が怪しい身なりのラファエルを見て目を丸くするがさすがは客商売か、すぐに営業スマイルを貼り付けてハキハキとした声で用件を聞いてくる。
「はい、三泊程お願いしたいんですけど部屋ありますか?僕とこの人の分なんですけど。あと出来ればお風呂が広い部屋がいいです」
金貨の入った袋をじゃら、とテーブルの上に置くと目に見えて女将の顔色が変わった。もう少し付け加えるなら従業員らしき娘たちの視線と黄色い声が自分ではなく後ろに立つアルフレッドに注がれていて些か騒がしい。見た目から接客に厳しいだろうと予想されるほどキツい目をしている女将だが、今は滅多にない上客に部屋を提供するべく帳簿をすごい早さで捲っていたが一番新しいページまで見終えてその肩が落とされるのがわかった。
「……申し訳ありません、丁度部屋が埋まっております。一部屋なら空きがあるんですけど」
「そこでいい」
「え?」
それまで大木のようにラファエルの後ろから動かなかったアルフレッドがずい、と会話に入って来たことで女将の目が丸く開かれる。
「そこの部屋、風呂は広いのか?」
「え、ええ、もちろん」
「ならそこで決まりだ。三日間世話になる」
「ええ、で、ですが寝具が一つしか」
「問題ない。ソファくらいあるだろ」
有無を言わせないアルフレッドの物言いに女将の喉が困惑に震えているのが見て取れてラファエルは肘で隣の男の横っ腹を小突いた。
「すみません、強引で。でも僕たちハンターだし、土じゃないならどこだっていいので良かったらその部屋に泊まらせて貰えませんか?もちろんお代は二人分支払うので」
顔は見えずともラファエルの柔らかい語り口に少し納得したのか女将の表情がキリッとしたものに戻っていくものの「ですが」と更に食い下がろうとする様子にラファエルは被せるように口を開いた。
「それに一刻も早くお風呂入りたいんですよね。お願いしますっ」
言い終わると同時に頭を下げたラファエルに今度こそ女将は仰天して「頭を上げてください」なんて慌てふためきながら部屋の鍵をテーブルに置いた。それを見てから顔を上げたラファエルは満面の笑みで「ありがとうございます」と伝えて鍵を取り、こちらですと案内する宿娘の後を着いて部屋へと向かった。
どれだけ表情をくるくると変えようが全く伝わらないのだが部屋へと向かうその足取りから相当気分が高揚しているのがわかって女将は息を吐き出して、アルフレッドの背中をきゃいきゃいと囀りながら見ている娘たちに視線を向ける。
「何やってるんだいあんたたち!さっさと仕事に戻りな!」
ぴしゃりと雷が落ちたような鋭い声に娘たちは「は~い」なんて気の抜けた声を上げながら蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へと戻っていく。それを見届けてからテーブルに置かれた先程ラファエルが置いて行った袋を開けた女将は、想像以上の金貨の寮にまたしても仰天するのであった。
パタン、と案内された部屋の扉を閉めてすかさず鍵を閉める。一足先に部屋に入り早速ゴーグルとスカーフを取り去った相棒の姿を見てアルフレッドは呆れたように息を吐く。
「おいエル、お前払い過ぎだ。それに貴族があんな簡単に頭下げるんじゃねえよ」
朝野営地から出発する前に軽く結った髪を解いて雑に手櫛を入れている様は貴族には見えないが、それでも瞳に宿る知性やほんの少しの立居振る舞いが彼を一般市民にはさせない。光に照らされた湖のように澄んだ青い目がラファエルを見て、そして人形のように整った顔をあどけなく崩して見せた。
「つい。それにお金を余分に渡したらその分待遇も良くなるんじゃないかな?あの女将さんくすねるような人には見えなかったし、何より今の僕はただのラファエルだから価値なんてみんなと一緒だよ。そもそも五人兄弟の末っ子だから貴族としてもあんまりな感じだし」
「…お前の人を見る目と次は気をつけるって言葉だけはマジで信用してねえんだぞ俺は」
「アルフに出会えた時点で人を見る目はあると思うんだけどなぁ」
アルフレッドの小言を慣れた様子で躱して滑らかな金の髪を靡かせながらラファエルは浴室と思われる場所に足を運ぶ。ガチャ、と扉を開けた後、一拍。
「ちゃんとしたお風呂だー!」
快哉を叫ぶ声がこちらまで聞こえてアルフレッドは息を吐きのそのそと声のした方へと向かい、開け放たれたドアから中を見ればその内装になるほどなと納得したように頷いた。ラファエルの生家であるローデン家と比べると当然劣るが、宿屋でこのクオリティならばあの金の価値はあるかもしれないと顎を指で撫でた。
水の落ちる音がして少し経つと湯気が浴室の中にふわふわと漂い始める。ラファエルは風呂好きというわけではないが衛生面に関しては人一倍敏感なところがある。例えば魔物を狩る時、洞窟に素材採集に行く時、ラファエルはどんな状況下でも必ず夜は肌を清めてから寝る。余程逼迫した状況ではまた別だが。
そして宿屋に訪れる際も必ず最優先事項は風呂があるかどうかだった。旅を始めてまだ思うように稼ぐことができなかった時、数日間体を拭くことしか出来なかったことが多々あるがラファエルはその度に日を追うごとに気分を急降下させていた。その時からなるべく宿では風呂が着いているところを取ってきたし、野営の時も水源を探すようになった。
「アルフも入る?」
懐かしいことを思い出しているとこちらを振り替ええたラファエルが不思議そうに今にもこぼれてしまいそうだと思う目を瞬かせて見ていた。バスタブに溜まった湯も半分を越えた頃で、確かに風呂にゆっくりと浸かるのも久しぶりだなとアルフレッドは頷いた。
349
あなたにおすすめの小説
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ドジで惨殺されそうな悪役の僕、平穏と領地を守ろうとしたら暴虐だったはずの領主様に迫られている気がする……僕がいらないなら詰め寄らないでくれ!
迷路を跳ぶ狐
BL
いつもドジで、今日もお仕えする領主様に怒鳴られていた僕。自分が、ゲームの世界に悪役として転生していることに気づいた。このままだと、この領地は惨事が起こる。けれど、選択肢を間違えば、領地は助かっても王国が潰れる。そんな未来が怖くて動き出した僕だけど、すでに領地も王城も策略だらけ。その上、冷酷だったはずの領主様は、やけに僕との距離が近くて……僕は平穏が欲しいだけなのに! 僕のこと、いらないんじゃなかったの!? 惨劇が怖いので先に城を守りましょう!
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる