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受け取ったもの
しおりを挟む《アレン視点》
「アレン、どうしたの」
「……なにがだ?」
「んー。なんか怒ってる気がして」
ベル嬢がアリスお嬢様であると確信を得た俺は、城下町でラベルと合流した。
名目上は、シャルル記者をフォンテーヌ家に送り届けることにして担当場所を離れたが……。でも、ちょっとだけ……ほんの少しだけ、アリスお嬢様に会えれば良いなと思って行ったのは否定しない。
イリヤたちが時間を作ってくれなかったらきっと、ベル嬢=アリスお嬢様だと確信がつかないまま彼女が隣国に行ってしまうところだった。感謝しても仕切れない。ジェレミーは……捕まりそうになったら、1回だけは見逃してやろう。1回だけだぞ。だから、ちゃんと帰ってこいよ。
にしても、状況はそんなこと言っていられるほど甘いものではない。
「それよりも、協力者がヴィエンたちの雇い主を探り当てた。今から行こうと思うが、ラベルはどうする?」
「行くよ。戦闘になったら大変でしょ?」
「サンキュ。ここからそう遠くないところだ」
「てか、協力者ってあのドミニクって人?」
「……そうだ」
「ふーん、騎士団に入れば良いのに」
「ダメだよ。最近、フォンテーヌ家に雇われたらしいし」
「へー。まあ、あの人ならキレそうだし」
「……それなんだよなあ」
「?」
そうだ、モヤモヤするのはそこだ。別に、怒ってるわけではない。
雇われたのは、まあ良いさ。でも、その後だ。あの話を聞いた時は、今まで何をしていたのかの記憶が吹き飛ぶかと思った。いや、実際に吹き飛んだ。今だって、ジェレミーから受け取った書類の内容が自身の中で咀嚼しきれていない。
一層のこと、父様に頼んでお嬢様をうちのお屋敷で保護しようとした。まさか、子爵令嬢が侯爵家に居るとは誰も思わんだろう。……なぜか、奴に却下されたが。
しかも、あろうことかあいつは「隣国に連れて行く」と言いやがった。
目的があるとはいえ、それは危険だ。ジェレミーは、何を考えてるんだ?
俺は、シャルル記者をフォンテーヌ家に送り届けた時のことを思い出しながら、上着の中に隠した書類を片手で確認した。
***
カリナ・シャルルは、かなりの切れ者と見た。
サレン様との対話をした際に、ベル嬢の話が出ただろう? あの時、シャルル記者の性格からして根掘り葉掘り聞いてくると思ったがそれがなかった。それだけじゃない。サレン様の毒に気づいていながらも、一切話題を出さなかっただろう。
きっと、俺にコンタクトを取ってきたのにも理由があるはずだ。「一緒にフォンテーヌ家に来て欲しい」とのことだったか、どんな情報が待ち受けているのや、ら……。
『んひィィィィ! え、ちょ、ちょいだだだだ!』
『お嬢様、いじめた。ゆるさない』
『バーバリー、2個ある臓器は全部潰して良いよ』
『イリヤ、心臓があれば問題ないと思いますよ』
『僕もそう思います。動脈の10~20本は問題ないかと』
『目玉にはDHAやEPAがあってね。記憶力や学習能力の向上とか、生活習慣病とかの予防になるのよ!』
『だって、バーバリー。僕も手伝うねっ!』
『待ってそれマグロォォオ!!』
『…………えっと』
これは、止めた方が良いのだろうか。
いや、止めたらこっちにも飛び火しそうな気もする。「睾丸って針で刺したら潰れますかね?」って笑顔で聞くイリヤはマジで怖い。フォーリー殿の「アインスが居ないからわかりませんよね。試してみましょう」も怖い。もうあの2人には近づけない。
フォンテーヌのお屋敷に足を踏み入れた瞬間、隣に居たはずのシャルル記者は多分……多分、門前で待ち構えていたバーバリー殿の手によって拉致されてしまった。気付いたら、庭のど真ん中で使用人たちによる集団リンチに巻き込まれている。陛下に仕える身として、止めた方が良いのだろうか。
何が起きているのか、理由はなんなのかがわからない中、俺は腰にある剣も抜けずにただただ門前で立ち尽くすしかない。
『あ! ロベール隊長様、ようこそお越しくださいました。お嬢様に御用でしょうか?』
『……え、えっと。んん』
この後、ラベルとその辺で合流しようと思っていたのだがもう行ってしまおうか。アリスお嬢様……というか、ベル嬢が目覚めたのだからお顔だけでも見たいと思ったがそれどころではなさそうだし。いや、でも見たい。
そうやってオロオロしている俺の存在に気付いたのか、アラン殿が近寄ってきた。しかし、その表情の切り替えというのかな。今までなんの恨みがあるのだろうかと疑問に思ってしまうほどの面憎い表情から、いつものニコニコした彼になったんだ。天と地ほどの差があって、それが怖い。
俺は、逃げなかったことを後悔した。
お願いします。後継問題とかがあるので、睾丸だけはやめてください。いや、マジで。痛いとかそういうのじゃなくて。痛いけど! ヒュッてなるけど!
向こうの方で「助けて! マジで痛い! 何この人たち!」と騒ぎ立てているシャルル記者の声が聞こえるが、視線をそちらに向けることはできない。
『ああ、あちらの客人とも呼べぬ人物のことは無視いただけるとありがたいです。後ほど、ベルお嬢様の場所へご案内させていただきますのでそれでチャラにしていただけませんか?』
『……えっと。り、理由が分かれば、あの、その』
『おや、ご存知かと。あの人物は、どこに出しても恥ずかしくない当家ご自慢のお嬢様、ベルお嬢様を危険に晒したのです』
『危険……?』
『なんでも、5年前に迷宮入りしたカジノ事件に関する情報を入手するために、うちのお嬢様を餌にして多方面に「ベル・フォンテーヌがカジノ事件の真相に気づき狙われている」という噂を流したらしく。おかげで、噂が噂ではなくなりましてここ数日の間にお屋敷に侵入してきた輩が『よし、俺も加わろう。イリヤ、肺は穴を開けるとそこで終わりだから最後にやれよ』』
『オッケー!』
『ちょっと!? 止めてよ、そのために連れてき痛い痛い!』
そういうことなら、喜んで参戦しようじゃないか。
やはり、記者は信用ならん。切れ者だと思った俺が間違っていた。
俺は、お辞儀をするアランの横を通り抜け、剣を抜く。
昨日砥石で磨いておいて良かったな。おかげで、切れ味だけは保証できる。
『こっちは新しい情報をもらえると思って、仕事を抜けてきてるんだよ。早く済ませよう』
『いやいやいや、おかしいって! 君、騎士団でしょ!? 容認して良いの!?』
『時と場合による』
『嘘でしょ!?』
『元々、僕の部下だから。御愁傷様』
『うわあああ! 人選ミスったダダダダ!』
……と、まあふざけるのはここまでにしよう。正直なところ、本当に時間がない。
反逆とスパイに関する罪によって捕らえられていた者が脱走したなんて、前代未聞の出来事だ。それに、エルザ様を襲ったことにより、貴族や領民たちが憤慨している。そうした人の目があり、被害が広がらないよう警備を強化しつつ騎士団で探しているものの、一向に発見連絡は入ってこない。となれば、誰かが匿っているとしか思えないんだが……。
問題は、それだけじゃない。鉱山に連れて行き倒れてしまったサレン様に、ヴィエンたちに襲われて起きないクリステル様も放ってはおけないだろう。
何度か足を運んでるが、サレン様は廃人に近い状態になって何かに怯えるように震える毎日を送られている。あのタイミングで「アリスお嬢様」になった時は方々にアンテナを張り巡らせてみたが何も収穫はなく。……それなら、アリスお嬢様の前であんなことしなきゃ良かった。謝りたいが、話を蒸し返すのもなんだか。
『……で、ベル嬢は無事なのか? それに、先ほどすれ違った馬車はパトリシア嬢のものだろう。こんな状況でここに来させても良いのか?』
『無事だよ。ついでに言うと、パトリシア様の件ではデュラン伯爵に許可取ってるから』
『……はあ。そう言うのは教えてくれ』
『ジェレミーが手紙書いたって言ってたから、伝わってるものだとばかり』
『あいつ……』
と、こんなふうに話している最中も、シャルル記者はボッコボッコにされている。さっきまでは恐怖だったが、今では視界にも入らないほど日常化してしまっていた。やはり、理由を知るって重要だな。
ジェレミーの手紙には、彼女が起きたことと来いということしか書かれていなかった。直接教えてくれるってことだろうが、こっちだって暇じゃない。今日だって、シャルル記者から情報をもらおうと思って来たらこれだよ……。勘弁してほしい。
多分、あれだろ。ジェレミーの奴は、俺の持ってる仕事を他の団員に分散させろって話をしたくてこうやってんだろ。気持ちはわかるが、今は非常事態なんだからもう少し柔軟性というものをだな。
『と・に・か・く! そこの人は、お嬢様が何もしてないってことを身体に覚えさせないとね。お嬢様は、体調が優れなくてしばらくはお屋敷でゆっくりしてもらうんだから、騒がないで欲しいよ』
『わ、わ、わかりましたぁ……ンヒィ』
『わかればよろしい。じゃあ、ジェレミーが呼んでるからお屋敷にどうぞ。アレンも』
『……ああ』
いや、それだけの理由でジェレミーが呼び出すわけがない。
そう確信したのは、今の会話でイリヤが左手の人差し指と親指だけをピンと伸ばしてシャルル記者を指さした時。
その指信号は、現役時代のイリヤと俺の間に作った「L」という文字を示すもの。すなわち「Lie」。
今の話のどこかに、嘘が隠されているということだ。対象人物は指をさすシャルル記者で間違いない。しかし、どの部分が嘘で何が目的だ?
それを探るべくイリヤと満身創痍なシャルル記者に続いてお屋敷の中へと入っていったが、まあ色々あって帰りにジェレミーから分厚い書類をもらった。
そこに、知りたいことなどが書いてあったよ。これからの動きと、今までの経緯。……それに、ジェレミーの「後は頼んだ」という奴らしくない言葉もな。
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