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舞台は隣国へ

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《アリス視点》

 聞いて聞いて、あのね!
 アレンから美味しい飲み物を教えてもらったの。ホットチョコって言うんだけど……。それが、すごいのよ! 味がしないと思っていたのに、とーーーっても美味しいの!
 薬が効いて来たのかしら?

「おいひっ!」
「良かったですねえ、お嬢様」
「イリヤも飲む?」
「いえ、イリヤはお嬢様の表情を見ているだけでお腹がいっぱいです」

 約束通り、アレンは私にホットチョコレートを作って来てくれた。しかも、マシュマロとクッキーつき! 流石に、クッキーはイリヤからNGもらっちゃったけど、マシュマロとホットチョコは「少しだけ」と言って許可をもらえたの。

 味の感想? そりゃあもう、天にも昇る心地! ベルに生き返らせてもらえなかったら、この味を知らずに死んでいたのね。そう思うと、ベルには感謝しても仕切れない。
 ……ベルに会いたいな。結局、あれから会えてないから、色々聞きたいことが溜まってる。

「どうされました?」
「へ?」
「胃が痛むようでしたら、すぐにお止めください。このドリンクならイリヤでも作れそうですから」
「イリヤ、作るのは良いが直火はダメだからな」
「ジカビってなに?」
「そこから説明が必要って、お前今までどうやって生きて来たんだ……?」
「ふふ、イリヤらしいわ」
 
 正直、ちょっとだけ胃が痛む。でも、それ以上に美味しいから、ここは黙って飲んでしまいましょう。……今日だけね。今日だけなんだから。だって、せっかく味がするんだもの。
 今日だけ、今日だけ。

 でも、そんな幸せな時間は終わりを告げてしまう。

「おい、アリス。何飲んでんだ?」
「ヒッ!?」

 ちょうど、とろっとろに溶けたマシュマロを口に含んだところで、ドアがバーンと大きめの音を立てて開いた。この乱暴さは、お察しの通りドミニクだった。なんかよくわからないけど、かなり怒っている。視線は、私の持っているカップだと思う。

 私は、反射的にカップを隠した。
 でも、溢れそうで難しくてね。失敗したわ。こうなったら、正直に話しましょう。

「チョコドリンク……。味するの」
「んな味濃いモン飲んだら胃ィおかしくすっぞ。すでに痛いだろ」
「いっ、痛くないもん!?」
「ほらもう! 怒んねえから嘘つくな!」
「な、なんで気づいたのぉ……」
「お前は嘘がド下手なんだよ! ったく」

 正直に飲んでいるものを言ったんだから、そんな怒鳴らなくたって良いと思うの。びっくりしすぎて、声が裏返ってしまったわ。……本気で怒っているようには見えないけど、ドミニクがそういう表情をすると以前馬車の中でおでこを叩きつけられたのを思い出すから怖いのよね。

 私は、そんな恐怖から逃れるようにカップに口を……って、今怒られたばっかりでしょう!? 危ない、危ない。でも、あと一口だけでも飲みたい。

「おい、ジェレミー。アリスお嬢様に怒るな。俺がお出ししたんだよ」
「お前か! ったく、主治医が居ないところで患者に食いもんを渡すな。基本だろ」
「すまない。アインスは王宮だし、呼び戻すわけにはいかないと思って」
「こいつの今の主治医は俺だっつの! ほら、お前はもう飲むな。没収!」
「ああ……」

 しまった。ドミニクがアレンとの会話に夢中になっている隙に飲もうとしたのに、気づかれていたわ。その隣では、イリヤが忍び笑いをしている。
 私は、どんどん遠ざかっていくカップに別れを告げるべく、手を振った。また会いましょうね、ホットチョコちゃん……。

 あ! しかも、私の飲みかけ飲んでる! 嫌だ、何してるのよ!
 しかも「甘っ!? 人間の飲みもんじゃねえ」とか言ってるし! だったら、飲まなくて良いのに。

「おい、ジェレミー吐き出せ」
「イリヤも抗議します」
「あん? もう胃袋ン中だよ」
「貴様の胃はこの辺か?」
「こいつ、前に胃下垂って言ってたからもっと下だと思う」
「ちょっ!? な、なんだよやめろって。……イッテェ!?」
「お嬢様の飲み残しを口にするとは羨ま……けしからん!」
「そうだよ、羨ましいです代われ」
「……イリヤ、心の声が漏れてるぞ」
「イリヤは正直に生きる人間なので」
「あ、あの……。ドミニクは、どこに行ってたの?」

 どうして、みんなでドミニクの胃を探してるの?
 もしかして、貴族の間で流行ってるとか? 今度、パトリシア様とやってみようかしら。

 いつものパターンだと、このまま殴り合いまではいかないものの結構険悪なモードになるのよね。その前に止めないと、こっちにまで火の粉が飛ぶから止めないと。
 そう思って声をかけると、ドミニクがハッとしたかのような表情になって持っていた紙袋をソファテーブルの上に置いた。

「まずは、隊長サンにお土産ね。脱獄した2人の雇い主がわかったからこの路線で調べたら居場所がわかるかも」
「マジか……。騎士団総動員して調べてもわからなかったのに」
「そりゃあ、表の人間にゃあ情報を渡さねえ人種の集まりだからな。同じ人間に聞き込みしても、騎士団って看板背負ってたら無駄足だぜ」
「感謝する。……時間も作ってくれてありがとな」
「さて、なんのことやら。それよか、早く仕事に戻れ。さっき城下町でラベルだっけ? お前のこと探してたぞ」
「わかった」
「状況は逐一教えろ。こっちも渡せる情報は渡すから」
「アレン、どこか行くの?」

 ドミニクと話していると思いきや、アレンはそのまま上着を羽織って外へ行く準備を始めてしまった。もう少し居ると思っていたから、ちょっと寂しいわ。まだ、一緒にホットチョコ飲んでないし。

 私が声をかけると、上着を正したアレンが近寄ってきた。
 そのまま頭を撫でてきたけど、これは何?

「はい、仕事に戻ります。ここには、カリナ・シャルルを連れてきただけなので」
「そうなの……。引き止めちゃってごめんなさい」
「いいえ、とても有意義な時間でした。またお話してくださいますか?」
「ええ、いつでも!」
「ありがとうございます。お身体を大事にしてくださいね」
「……うん」

 アレンは、私が頷いたのを見て満足そうな表情のまま、部屋を出て行ってしまった。その手には、ドミニクから受け取った書類の束が丸まって握られている。なんだろう、仕事関係かな。

「さてと。とりあえず、これからの予定を話しておくわ。ちゃんと聞いてろよ」
「え、ええ。メモしたほうが良い?」
「んな長くなんねえよ。まず、アリスは1週間で体調を治すこと」
「いっ、1週間!? え、治すってどのあたりまで?」
「とりあえず、ゆっくりでも良いから1人で立って歩けるようになるまで。お前には、イリヤと俺と一緒に隣国に向かってもらう。子爵の了承も得てるから」
「りっ、隣国!?」
「お嬢様、大丈夫ですよ。ちゃんとお守りします」
「……隣国」

 ちょっと待って、急すぎない!?

 ドミニクは、サラッとすごいことを言いながら何かはよく見えないけどチケットらしき紙切れをひらひらとこちらに見せびらかすように持っている。あれは、なんのチケット? 国境を越えるために、チケットって必要だったかしら……。

 私は、イリヤの「隣国は寒いですかね」と、ドミニクの「知らねえけど、アリスに風邪引かせんなよ」と淡々と会話をする2人を眺めることしかできなかった。
 結局、私って狙われてるの? そうじゃないの? ……まあ、狙われていたら隣国なんて行けないか。
 それよりも、隣国に行くならお仕事を調整させないと。あと、パトリシア様との企画書の話と……。

 いえ、でも急すぎるわ!
 とりあえず、落ち着くためにホットチョコを……。ああ、ドミニクが飲んじゃったんだったわ。
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