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横のつながりが起こす悲劇
しおりを挟むイリヤをアインスに……というか、宮殿の客間に置いてきた俺は……いや、その前に説明が必要かもしれない。
団員のライナーが「アインス殿は客間にご案内しました」というので向かうと、なぜかフォンテーヌ子爵と御夫人がいらした。カイン皇子にシン様、そしてエルザ様まで。それだけならまだ、「ああ、フォンテーヌ子爵の天然爆弾が爆発したんだな」くらいにしか思わない。何度かお会いして、その天然さ、周囲を巻き込むほどの凄まじいマイペースさを知っていたからな。しかし、それだけじゃなかったんだよ。
なぜか、客間が学舎になっていて、シン様が「2桁までは暗算で!」と言いながらチョークを黒板に向かって走らせているじゃんか。何がどうして、こうなったんだ? 流石のイリヤも、足の痛みを忘れて立ち尽くしていたよ。
その光景を一緒に見ていると、後ろからどこに行っていたのやらアインスが現れたという話だ。
そんなこんなでイリヤを置いてきた俺は、あるところに向かっていた。
「隊長に敬礼!」
「敬礼!」
「良い。職務を続けろ」
「ハッ!」
宮殿と王宮を繋ぐ通路には、騎士団のメンバーが多めに配置されている。
ここは、王宮の入り口から中庭を通れば誰でも侵入できてしまうんだ。牢屋が近いこともありいつもは元老院が仕切っている場所だが、今日は俺の指示で数名置いた。故に、通れば全員が揃って敬礼してくるものだから少しだけ恥ずかしい。
会釈だけで良いようなルールを作るか。あっちも、毎回頭を下げていたら大変だろう。
ちなみに、敵が入り込もうとする場所は王宮入り口とここともう一つ。
外部の特定の人間が頻繁に出入りする場所……そう、霊安室。城下町で亡くなった、かつ事件性のある人物は、最初にそこへ運ばれて検死をするんだ。だから、裏門に近い場所、かつあまり人が好んで行きそうにない場所だから敵が入りやすいと言える。
……まあ、ジェレミーからの助言なんだが。言われるまで、霊安室は知らんかった。隊長失格だよ、全く。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れさん」
「敬礼!」
「良い、下せ」
王宮に入っても、そのやりとりは続く。
まじで、どうにかならないか。これじゃあ、トップはこの人だと周囲に教えているようなものだろう。人の上に立つやつは、下の人間に混ざり常に敵を監視しなくてはいけない。それが、前線にいながらも部下を守れる方法なんだ。
なのに、これじゃあ目立ちすぎる! 後で、この辺のルールを変えてやる。伝統だとかそんなの無視だ。時代に合わせてルールは作るもんだろう。
そんなことを考えつつ、俺は霊安室へと向かった。
すると、前からヴィエンが歩いてくる。いつもなら大手を振って俺に近寄ってくるのだが、その表情は今まで見たことがないほどの「闇」を貼り付けたもの。声をかけようか迷ったが、無視するのも行かんだろう。
「ヴィエン、さっきはルフェーブル卿への伝言をありがとう」
「!?」
俺が声をかけると、やはり気づいていなかったらしい。
驚いていたものの、一瞬にしていつものヘラッとした表情になった。その違いが、俺の中で赤信号を知らせてくる。なんだ? この肌がピリつくものは。
ヴィエンは、同じ歩幅のまま俺に近づき、
「どうした、アレン。こんなところに」
と、いつも通りの声色で話しかけてくる。正確には、いつも通りに見せかけて……か。じゃなきゃ、そんな言葉自分から言わないもんな。
人間、焦ると余計な一言を言いたくなると言うが……これが良い例なのかもしれない。
俺は、静かな廊下が続く場所で立ち止まり、会話を続けた。
「見回りだよ。ヴィエンこそ、なぜ?」
「俺も同じ。勝手に動いてごめん」
「それは良いが……確か、今の時間帯は緊急を除き王宮の中庭警備だったはずだ。なぜ離れた」
「今日、色々あったからさ。結構持ち場が移り変わりしちゃったから、その見回りをと思って」
「『こんなところ』にか?」
「っ……」
こいつは、何か隠している。それが今、確定した。
言葉のアヤかもしれないが、自分で「こんなところ」と言っておきながら見回りをするような場所があるか? 少なくとも俺はしない。時間の無駄だから。
時間の使い方が上手いヴィエンが、こんなことをするとは思えん。だとすれば、それは何か別の意味があると言うこと。
この奥にあるのは、霊安室だけ。外に続く扉はあるが、今は遺体を運ぶ連絡がないため閉じているはず。
しかし、霊安室にはダービー伯爵と御夫人がすでに運ばれて眠っている。鍵がかかっているはずなんだが、まさかこいつが死体に細工をしていたり? まだ検死が終わっていないから、何かされたら結果が変わってしまうぞ。
霊安室の鍵を持っている人は、確かルフェーブル卿と陛下のみ。陛下が渡すわけがないから、消去法で……。
「ヴィエンは、元老院の人間なのか?」
「……」
「元老院の指示で、騎士団に潜っていたのか?」
「…………」
思ったことを口にするも、ヴィエンは黙ったまま下を向いてしまった。
思い起こせば、こいつが怪しいと思う瞬間はいくつもあった。
ジョセフの一件で負傷した俺がフォンテーヌ伯爵の屋敷を訪れた後、アインスの居場所が元老院に知られたらしい。
あの時は、俺とシエラ、ヴィエンが訪れた。シエラがベル嬢に夢中になっている中、こいつはどうだった? 仮にもフォンテーヌの屋敷の中、その当主の娘を差し置いて他のご令嬢を褒めるのはマナーがなさすぎる。まさかあれは、フォンテーヌ家に興味がないことを印象付けさせるためにしたことか?
それに、待てよ。
シエラが居なくなった時も、奴が居たな。偶然にしては、メンバーが同じすぎる。
捜索中も俺のそばから動かなかったし、今回のダービー伯爵の騒動だって喜んでフォンテーヌ子爵の門に警備に行っていた。まさか、シエラの居場所を知られて……? いや、落ち着け。まだ、黒と決まったわけではない。
「ヴィエン、答えろ。騎士団隊長命令だ」
でも、これだけは言える。
やっぱり、俺に他人を信頼しろと言うのは無理だ。
こうやって人を疑うこの瞬間が、過去に過ちを犯した俺を叱咤してくるから。アリスお嬢様を盲目にしすぎて、周囲にまで目を向けられなかった俺を責め立ててくるから。そして、部下を疑う自分を許せないから。
今だって、手のひらに変な汗が滲み出ている。精神面はいつになっても治らないな。情けない。
そんな気持ちとは裏腹に、ヴィエンは黙り続ける。
そのまま待っていても良かったが、唐突に後ろから人の気配を感じ振り返った。
「マークス……?」
「バレたの?」
「……は?」
「ヴィエン、バレたの? 殺す?」
そこにいる人物は、俺の知るマークスではない。
彼は、まるで人間兵器の如く殺気に包まれ、鋭い視線を俺に向けていた。
この視線、どこかで感じたことがあるな。……ああ、そうだ。フォンテーヌの庭師の、名前が思い出せんが。遠くにいたから定かではないが、その女性に似たものがある。
敵に囲まれた俺は、剣を引こうかどうか迷いつつもゆっくりと壁に背をつけた。
***
「やあ、サルバトーレ君。直接会うのは、初めてかな」
「……陛下」
「陛下……どうして」
扉を開けると、そこには温厚な表情をした陛下がおられた。
後ろ手に組んで立ち、こちらに向かってニコニコと微笑んでいる。
私は、一歩下がって敬礼し、陛下を中に招き入れた。付き人でおられるクリステル伯爵も居たようで、それに続いてくる。
その際チラッと廊下を確認したが、唖然とする見張り役の元老院が2人居るだけ。ルフェーブル卿の姿は確認できない。
「罪のない人が断頭台に登るのであれば、それを見過ごすのは王族としての恥だと思ってね」
「……」
「あやつは、まだ来ないだろう。きっと、これを探しておるところだろうからな」
「!? そ、それは」
部屋に入り扉を閉めると、すぐに陛下が背中に隠していた書類を出した。
それは、任務代理遂行証明書。つまり、サルバトーレ・ダービーがフォンテーヌ家の仕事を手伝ったという証が、陛下の手に握られている。
それを視界に入れた私は、思わず涙を頬にこぼす。
ただの白い紙であるのに、それはどこまでも光り輝き私の視線を離さない。間に合ったんだ。フォンテーヌになれるのだ。彼は、処刑されないんだ。それだけで、全身の力が抜けていく。油断すれば、床にへたりそう。
「君が、サルバトーレ君の無実を証明してくれたと聞いてね。王族の争いごとに巻き込んではいけないと思って、顔を出してしまった。悪かったね」
「……争いごと?」
と、陛下が意味のわからないことを言ってきた。
王族の争いごととは?
これは、ダービー伯爵が起こした大量毒殺事件ではないの? 王族がどこに関わっているの?
その疑問は、すぐに解消される。
「広く知られてはいないのだが、ルフェーブル侯爵の妻が私の妹でね。病弱で短命と言われていたから、どうしても恋愛結婚をさせてやりたくて彼のところに嫁がせた。それを彼は恨んでいるのだよ。なぜ、短命と知らせなかったと。そんなに自分を信用できないか、自分は無能なのか、と」
「……」
「それからだよ。彼が、王族の関わることに厳しくなり、法を盾にとって権力を行使するようになったのは」
「じゃあ、まさか王族殺しは……」
「私の妹を狙ったものだった。無論、妹はすでに他界していて居なかったが、犯人はそう言い張って……。まあ、とにかくサルバトーレ君が無実なのは証明されている。であれば、私の役割は君を助けることだよ」
もっと、その話を聞きたい。聞かせて欲しい。
でも、それを頼めば私の正体がバレてしまう。バレれば、弟にだって迷惑がかかってしまうわ。そう思い我慢していたのに、陛下は全てをご存知だったようだ。
「それと、私の妹殺害未遂で処刑に巻き込まれた子息の婚約者もね。ずっとずっと、謝罪がしたかった。止められなかったことへの謝罪を」
「……陛下」
そう言って、私に向かって深々と頭を下げてきたの。
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