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「悪」にも大切なものがある
しおりを挟むお夕飯をいただく時間になった。
医療室へイリヤが迎えに来たから準備ができたのかと思ったのだけど、違うみたい。だって、他所行きの顔しているわ。
彼女は、落ち着いた表情で医療室を見渡している。
「お嬢様、お客様がいらっしゃっております。ご挨拶をお願いできますでしょうか」
「……でも」
「ベルお嬢様。僕がここに居ますから、いってらしてください」
迷っているところに、シエラが声をかけてくれた。いつの間にか起きていたみたい。
本当は、サヴィ様が目覚めて最初に私の笑顔を見せたかったの。さっき、一番辛い時に泣き顔を見せてしまったし、「泣くな」と言われたから。
でも、客人が……しかも、私がご挨拶をしないといけない客人が来たのなら、フォンテーヌ子爵の令嬢として対応しないと。サヴィ様に落胆されたら嫌だもの。
そう結論づけた私は、一旦深呼吸してから立ち上がる。
「シエラ、ごめんなさい。サヴィ様のこと、お願いね」
「はいはい~。客人対応が終わったら戻ってくるって話しておくから」
「ありがとう」
ベッドで目を瞑るサヴィ様の頬を右手で撫で上げ、私は医療室を後にした。
***
「……えっと」
イリヤと一緒に客間へ向かうと、そこには服をこれでもかと着込んだ人物が2人座っていた。帽子とマフラー、それにサングラスまでしている。
その後ろにはアランが立っているわ。給仕対応してくれるみたい。でも、お父様とお母様は居ないの。ってことは、私のお客様?
「お嬢様、こちらのお方はダービー伯爵と伯爵夫人でございます」
「えっ!? あ、い、いつもお世話になっております」
イリヤったら! 客間へ入る前に教えてくれれば良いのに!
今更睨んだって、後の祭りね。
私がキッと睨むと、イリヤったらいたずらっ子な顔して私を見ているわ。……でも、さっき気まずかったのが嘘みたいになってるから、それは良かった。容易に肌を見せてしまうなんて、貴族としての恥だわ。次から気をつけましょう。
それに、特に失礼ではなかったみたい。
私が挨拶をすると、目の前にいらっしゃるお2人は笑いながらサングラスと帽子を取ってくれた。
「こちらこそ、いつもサヴィと仲良くしてくれてありがとう」
「いつもぺぺったら、「ベルがベルが」ってその話しかしないのよ」
「そ、そうなのですね。嬉しい限りですわ」
初めて見たダービー伯爵とご夫人は、普通のお人にしか見えない。黒い噂があると聞いていたのに、そんな雰囲気が微塵もないの。
ベルに聞いた話によると、ダービー伯爵この人がサヴィ様に毒を渡してこの身体に飲ませた……ってことだったのだけど……。どこにでもいらっしゃる仲睦まじいご夫婦にしか見えないの。
それに、ダービー伯爵のお顔に見覚えがあった。
必死に思い出そうとしたのだけど……これ以上別のことで頭を働かせることができなかった。今は、失礼がないようにご挨拶をすることに集中しないと。
「今日は、うちの息子とクラリスがお世話になったと聞いてお礼をと思って、失礼承知で連絡もなしに来てしまった。申し訳ない」
「そっ、そんなことございません。頭をあげてください!」
「ベルちゃんはお優しいのね」
「いえ……。私たちは、当たり前のことをしただけですので……」
「うちのぺぺが惚れるのもわかるわ。以前会った時より、良い目をしてる」
ってことは、初めましてではないのね。良かった、「初めまして、ベルです」なんて自己紹介しなくて。怪しまれるところだっ……いえ、記憶喪失の話は広まっているはずだから、そこまで失礼でもないか。
私は、目の前でニコニコしているお2人に促され、目の前のソファに腰を下ろした。それと同時に、イリヤが目の前に紅茶のカップを置く。それに、とても可愛らしいアイシングクッキーも。……これ、イリヤが作ったものじゃないでしょうね。ちょっと怖いから、後で口にしましょう。
「あの、まだお父様とお母様が来ないようなので、先にサヴィ様とクラリスのお顔を見てくださいませんか?」
紅茶を受け取った私は、相手が飲んでいることを確認して口をつけた。
お父様とお母様ったら、何をしているのかしら。まさか、お洋服をド派手なものに着替えてるとかはないわよね……。まあ、フォーリーがここに居ないってことは十中八九お仕事関連だとは思うけど。人を待たせるのはよくないわ。しかも、将来の嫁ぎ先に。
でも、目の前で笑っていらっしゃるお2人はさほど気にしている様子はない。大切な息子なのに、おかしいわ。
「いや、今は治療に専念させた方が良いだろう」
「私たちの顔を見たら、休まらないでしょう」
「……でも、クラリスは治療を終えていますし」
「良いの。さっき主人と話して、会わずに行こうってことになったから」
「それに、しばらく2人を動かさない方が良いだろう。今日は、息子らがフォンテーヌ家にしばらくお世話になるというのをお願いしに来たんだ」
それだけじゃない。
なぜか、私と目を見て話そうとしない。ニコニコしているのに、どこか時間を気にして焦っているような印象があるの。どうしたのかしら?
そんな格好で、どこかのパーティに行かれる……なんてこともなさそうだし。よくわからない方たちだわ。
でも、ここで無理矢理私が引っ張っていくのもちょっと違うでしょう?
だから、私はティーカップを口に持っていき、その言葉を一緒に飲み込んだ。
「そうでしたか。でしたら、うちには凄腕の医療者が居るのでなんの心配もありませんわ」
「ああ、以前君も治した医療者が居たね。心配はしていないよ」
「ぺぺったら、貴女が目を覚ましてしばらくはお祭り騒ぎだったのよ。懐かしいわ」
「貴方が間違えて飲み物を渡し「それはそうと、ベルはもう体調大丈夫なのかい?」」
今、ダービー伯爵夫人が何かを言おうとしていたわ。ダービー伯爵の言葉に埋もれてしまったけど、何かを間違えて渡してしまったってこと? 何を渡したのか聞き取れなかったわ。後で、イリヤに……って、イリヤったら固まってる。なんで?
よくわからないけど、とりあえず会話は続けた方が良さそう。
ここで私が聞き返しでもしたら、「話を聞いていない婚約者」だと思われかねないもの。
「はい、おかげさまで」
「でも、前よりも痩せちゃって。たくさん食べるのよ」
「そうだな。君の好きなサーモンを贈ろう!」
「いえ、あの……」
「お待たせしました、ダービー伯爵。いやあ、仕事が片付かんで」
「いつもだから、もう慣れたよ」
「ふふ、相変わらずだわ」
贈るのでしたら、サヴィ様のお顔を見てあげてください。
そう言おうとした矢先に、お父様とお母様が客間へと入ってきた。その後ろには、少しだけげっそりとしたフォーリーの姿が。どうやら、お仕事の途中で来たみたい。あれは、後で私も参戦した方が良さそうね。
私は、お父様の「ベルは下がって良いよ」の言葉で立ち上がり、ダービー伯爵とご夫人へカーテシーしてイリヤと客間を後にする。
最後まで、お2人の達観した……というか何か吹っ切れたような表情が引っかかっていた。それに、「ぺぺのこと、よろしくね」と言った夫人のお顔が、忘れられない……。
***
アインスの薬で動けるようになった俺は、サレン様の部屋前にラベルを置いてエルザ様のところへと足を運んだ。
昨日から、シン第二皇子……なんて、ご本人の前で呼ぶと機嫌が悪くなりそうだ。彼は、皇子になりたいのではなく、裏で国を支えたいらしい。
だから、こう呼ぶ。
「お久しぶりです、シン様」
「アレン! 久しぶり、元気にしていた?」
エルザ様のお部屋へ入ると、すぐにシン様が飛びついてくる。こういうところは、いつまで経っても変わらない。
その奥に居るエルザ様とカイン皇子に会釈するも、それ以上深く頭を下げられそうにない。シン様がべったり張り付いているから。
「ちょっと、シン。アレンが困ってるわよ」
「だって、イリヤが居ないからアレンにやるしかないでしょう」
「なんだ、私はイリヤの代わりでしたか」
「そんなことないよー」
シン様は、イリヤに似ている。
頭が切れるのに、いつもはのほほんとしてるんだ。だからか、とても話しやすい。反面、たまに怖くなる。
「それよりも、城下町の疫病の話を聞かせて。隣国で疫病や毒に関して勉強してきたんだ。僕も、少しは役に立てるかもしれない」
「……疫病……毒……!!」
シン様は、考えがまとまったことしか口に出さない。と言うことは、その2つが繋がっている可能性があると考えているのだろう。
俺は、そこで初めて、疫病が毒由来のものかもしれないという答えにたどり着く。
それと同時に、エルザ様もお気づきになられたらしい。隣に座っていたカイン皇子の手を握りながら、
「……サレンちゃん」
と、つぶやいた。
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