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閑話
手を繋ぐとコウノトリが来る?
しおりを挟むソワソワ、ソワソワ……。
今日は、変なの。
心が宙を浮いて、ふわふわと漂ってどこか遠くへ行ってしまう気がする。でも実際はそんなことなくって、ただ目の前に用意されたお茶会のセッティングの最終確認をしているだけ。
「お嬢様、サルバトーレ様がいらっしゃいました」
「い、今行くわっ」
テーブルに置かれた花瓶へ挿さっている花の角度を整えていると、イリヤがムスッとした顔をしながら教えてくれた。
そうなの。今日は、サヴィ様がいらっしゃる日。
私は、自らのドレスの裾を意味もなくサッと撫で上げ形を整える。どうせ、歩いたら崩れるのに。
髪型も、乱れていないかしら? アクセサリーが曲がっていたり……ああ、そうそう。
「イリヤ、赤い膝掛けが欲しいわ」
「そう言うと思って、持参しております」
「ありがとう」
「……お嬢様は、サルバトーレ様に恋しているのですか?」
「ほへぁ!?」
受け取った膝掛けを肩に掛けると、イリヤがこれまた不貞腐れた顔して聞いてきた。予想外の質問に、変な声を出しちゃったわ。急いで手で口を覆ったけど、遅かった。
イリヤに笑われてないかなと思ってチラッと確認したけど、それよりもなんだか機嫌が悪そうで気になった。
どうしたの?
「……イリヤ、機嫌悪い」
「悪くないもんです」
「本当?」
「本当ですもんです」
「嘘ついたら、ぎゅーしちゃうって言っても?」
「……上機嫌です」
「ほらもう、ぎゅーしましょう」
イリヤは、私とぎゅーするのが好きみたいなの。
聞けば、お母様によくしていただいていたのですって。まるで、お姉様のような距離感ね。だって、両親は子どもにぎゅーはしないのでしょう? うちはしなかったし。
いつまでしてもらったのか聞けば、彼女が15の時だそう。そこで聞くのをやめればよかったのに、私ったら「どうして今はしないの?」なんて聞いちゃって。
そこで、イリヤのお母さんが流行り病で他界していることを知った。急いで謝ったけど、私ったら無神経すぎる。
でも、それをきっかけに今でもこうやってぎゅーってする時間があるの。前は、起きた時と寝る時だけだったのに、なんの気無しにしたくなったらしてくれるって感じにね。
きっと、イリヤもお母様の面影を求めているのかもしれないわ。
「……イリヤは、お嬢様の専属メイドです」
「そうよ、専属メイドよ。……もしかして、嫌になった?」
「とんでもございません!!! 冗談でもそんなこと言わないでくださいましっ!!!」
「ひ!? は、はい!!」
勢いにやられて両手を広げると、すぐに私を包んでくれる。
そうよね、ネガティブな言葉は貴族として相応しくないわ。私ったら失態ね。
にしても、イリヤはどうして機嫌が悪いの?
「……お嬢様は、サルバトーレ様のことがお好きなのですか?」
「へ!? あ、う……えっと」
「お嬢様真っ赤ですぅ」
「……だって、サヴィ様が初めてなんだもの。初めて、私を好きだって言ってくださったから。私を必要としてくれてるってことでしょう? なんというか、胸が温かくなるって感じでえっと……うぅ、恥ずかしい」
「……可愛い」
「え?」
「あ、いえ。イ、イリヤ、お嬢様のこと応援します! サルバトーレ様に依ぞ……恋していらっしゃるお嬢様は、とてもキラキラしてますよ。応援応援~」
私が気持ちを吐き出すと、急にイリヤの機嫌が良くなった。というか、抱きしめながら何か呟かれた気がしたけど……顔が熱くて良くわからないわ。
こんなんじゃダメね。
いつかベルに身体を返さなきゃいけないのに、私が好きになってどうするの。イリヤからも、離れなきゃ。
「ありがとう、イリヤ。でも、ちゃんとベルに身体は返すから大丈夫」
「そこは、ベルお嬢様とお話してくださいまし。イリヤはどっちかを選ぶことができません」
「わかったわ。……そうよね。ベルは嫌がるけど、サヴィ様はあの子の婚約者であって私の婚約者ではないもの。それに、彼が好きなのは私じゃなくてベル」
「……お嬢様」
あれ? なんか、悲しくなってきたわ。
どうして? 勘違いしちゃダメよ。外見は人気者のベルだけど、中身は嫌われ者のアリスなんだから。
そう納得させているのにも関わらず、目からは涙がホロホロとこぼれ落ちる。嫌だわ。どうして、私は泣いているの?
「ベル!? おい、貴様! ベルを泣かせたのかっ!」
手の甲で涙を拭っていると、そこにサヴィ様がいらっしゃった。今日も真っ赤なスーツ姿で、眉を吊り上げながらこちらに向かって歩いてくる。
いつもなら服のセンスに目が行くのに、今日は早く泣き止まなきゃという気持ちが大きくて気にしていられない。
私が下を向いて目をゴシゴシ擦っていると、急に身体へ体温を感じた。見上げると、真っ赤な生地が。
「可哀想に、こんなに泣いて。よしよし、もう大丈夫だからな」
「こっちを睨んでいるようですが、イリヤは泣かせてません」
「嘘つけ!」
「お嬢様が、サルバトーレ様を想って涙を流しているのです」
「なんと、ベルよ! 俺様のためなんかに涙を流さないでくれ!」
「サ、サヴィ様ぁ、嫌わないでください」
私は、その生地にしがみつき、どうしてかわからないけどワンワン泣いた。その間、サヴィ様がオロオロして、イリヤがニマニマしていたらしいのだけど全く気づかなかったわ。
しばらく泣いてスッキリしたからか、自然と涙はおさまった。でもきっと、薄くしたお化粧は取れてしまったわね。せっかくサヴィ様がいらっしゃるからって、イリヤと可愛くしたのに。
それでも、サヴィ様は私の頭を撫でてくれる。心地良い。
「ベルよ、俺様が嫌うわけないだろう。天地がひっくり返ってもありえん!」
「サヴィ様は、お優しいです……。とても、お優しい、お方で……」
「ああ、もう、泣くな泣くな。今日はずっと一緒に居るから」
「……それはダメです」
「え……」
サヴィ様の胸の中、何時ぞやかお母様に言われた言葉を思い出す。
口にするのは恥ずかしいけど、拒否するならちゃんと理由を言わないといけないわよね。
私は、そのままサヴィ様の目を見ずに、小さな声で話しかける。
「だって、想いが通じ合ったお方と1日中一緒に居ると、窓からコウノトリさんが赤ちゃんを運んでくださるってお母様が言ってましたもの。まだ、私たち結婚もしてないのにそんなのダメですわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……おい、イリヤ。ちゃんと教育しろ」
「いえ、可愛いものが好きなイリヤは直させたくありません。癒し」
「んんっ……、気持ちはわかるが」
「イリヤは、可愛いお嬢様をお側で見ているのが幸せなのです。極癒し」
「……?」
すると、なぜか2人とも黙ってしまった。ボソボソ聞こえたけど……何?
不思議に思って顔を上げると、複雑そうな顔をしたサヴィ様とイリヤが。いえ、イリヤは微妙にニコニコしてるわ。
もしかして、窓じゃなくて扉だった? そうよね、窓からなんて赤ちゃんが落ちたら大変だもの。
……でも、お母様は窓って言ったけど。聞き間違えることなんてないわ。せっかく、お母様が私に話しかけてくれたのだから聞き間違いなんて。
「ベルよ。……一緒に居るだけじゃ、赤ちゃんはできぬ」
「え……。サヴィ様は、私のことがお嫌いなのですか?」
「そっ、そんなことあるわけないだろう!? できるぞ! 一緒に手を繋いで散歩をするだけでもできる!」
「そうなのですかっ! では、やはり気をつけないといけませんね」
「そうだぞ! 俺様は、ベルがだいすっ……だ、大好きだからなっ! 愛してる!」
「サヴィ様……!」
「……あーあ」
やっぱり、お母様は間違っていなかったわ。そうよね、お母様が間違ったことを言うわけないもの。
にしても、手を繋ぐだけでそうなるなんて、気をつけないといけないわ……。
私は、そのままサヴィ様と距離を取った。すると、呆れた顔をしているイリヤと目が合う。
「つかぬことをお聞きしますが、お嬢様」
「なあに、イリヤ」
「お母様にそのお話を聞いた時、飲酒されておりませんでしたか?」
「ええ、ワインをボトルで2本空けていたわ」
「それだ」
「それだ」
「……?」
お父様とお母様が飲酒するなんて、いつものこと。むしろ、飲んでいない方がおかしい。
それにそれに……。
「アレンに聞いた時も……あっ!」
しまった、この記憶ってアリスの時のものだわっ!
イリヤはわかっているみたいだけど、サヴィ様は……。
「……おい、イリヤ」
「はい、サルバトーレ様」
「アランを連れてこい。俺様が一から教育をしてやる」
「承りました」
「あっ、ちょ……」
わかっているのに、イリヤはそのまま面白そうな顔をしてお屋敷の方へと走って行ってしまった。……と、同時にクラリスがやってくるのが見える。
その姿がまだ遠いことを確認したサヴィ様が、私の手を取ってこんなことを話し始めた。
「……ベルよ」
「はい、サヴィ様」
「俺様は正直な話、貴様と……ベルと、無理矢理結婚をするような男にはなりたくない」
「……でも、お家でそう決まって」
「それが嫌なのだ。選ばれるなら、ちゃんとベルがこの人だと確信して選んで欲しい」
「サヴィ様……。わ、私は」
「結論を急ぐでない、ベルよ。貴様の脳内に、俺様のことしかなくなったら喜んで迎えに行こう。でも、今は……」
「……サヴィ様?」
その手からは、温もりだけが伝わってくる。
貴方の考えまでは、届かない。どうして、そんな顔をしているの? 私は、サヴィ様しか見ていないのに、どうして貴方はそんなことを言うの?
そう思ったけど、やっぱり私はベルの言うように恋愛弱者だった。だって……。
「昔のベルは、女が好きだった。でも、今の貴様はそうではない。だから、昔のベルと今のベルは別物で考えようと思うんだ」
「サヴィ様……」
「俺様は懐が広いからな、どっちのベルも好きだ。だから、今度は貴様が俺様を向いてくれ。今のベルが俺様に懐くのは愛ではない。依存だ」
だって、私にはその違いがわからない。
サヴィ様は、なにを言ってるの? 私は、初めて好きと言ってもらえて嬉しかったのに。
意味がわからず、ただただ中庭で風を感じていることしかできなかった。すると、
「違うと言うなら、俺様に愛を囁け。愛してる、と」
と、サヴィ様が言ってきた。
そのくらいなら、いくらだって言える。
私だって、貴方のこと……。
「あ、愛……愛、あ、愛し……あれ?」
なのに、私は言えなかった。
なぜか、喉元でその言葉が止まる。言いたいのに、ここまで出てるのに。
サヴィ様は言ってくださったのに。私を愛してる、と。なのに、私には言えない。
「……貴様は、愛されることを知らない子どものように感じるんだ。以前のベルとは違う。でも、根本は同じだ。貴様も、愛されるべき人間であるのだ。そうならねばならん」
「……」
「わかってるさ。俺様は、貴様のことならなんでもわかる。決められた婚約者だが、それ以上に貴様のことが愛おしい」
「……サヴィ様、わ、私」
「サルバトーレ様、ベルお嬢様を泣かせたらダメですよ」
「サルバトーレ様ぁ、アランを連れてまいりましたっ!」
「サルバトーレ様、ぼ、僕何かしましたか?」
サヴィ様は、私の何を見てそう思ったのですか?
そう聞こうと思ったけど、クラリスとイリヤ、アランの言葉に遮られた。
見れば、3人が目の前にいる。
「ははは! 俺様は人気者だ! だから、ベルにもモテる! クラリスよ、ベルは俺様を思って泣いていたそうなんだ!」
「では、今日はお祭りでもしましょうか」
「いいな! 領民に屋敷を解放して……ベルも来るか?」
「楽しそうですね、ぜひ。でも、その前に」
お祭りって、なにかしら? でも、領民にお屋敷を解放するってすごいわ。うちには、そんなお金はないから羨ましい。
でも、その前に。
「サヴィ様、お茶にしませんか? 私のお友達から貰ったハーブの苗を育ててお茶を作ってみたのです」
「なんだとっ!? いただくに決まってる!」
「お口に合うと良いのですが。アラン、イリヤ、準備をお願い」
「はいっ!」
「えっ、僕はなぜ呼ばれたのですか……」
「ああ、そうだアラン。貴様、ベルにコウノトリの話を」
私は、そんな賑やかな雰囲気に背を向けて、お茶の準備に取り掛かる。
いつか。
いつか、私もサヴィ様に「愛してる」と言える日が来るのかしら。それとも、別の……。
いえ、今は、サヴィ様に恩返しをしたい。真正面から好きだと言ってくださった、貴方へ。
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