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アリスとベルの共通点

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「……?」

 ここはどこ?

 先ほどまで、パトリシア様とお茶をしていたのだけれど。マリーゴールドのお花で、どの色が好きなのかお話をしながら。
 そしたら、ロベール卿の付き添いでこられた騎士団の方……シエラ卿とヴィエン卿と名乗る方が来られて、それから……。

「……私、どうしたの?」
「倒れたんじゃないの?」
「!?」

 暗闇の中、真後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。
 急いで振り返ると、そこには以前会ったベルがいる。暗闇にも関わらず、はっきりとその姿が見えるわ。これは、夢?

「……びっくりさせないでちょうだい」

 心臓が止まるかと思った。……なんて、私が言うと洒落にならないか。でも、そのくらいびっくりしたわ。

 ベルがいるってことは、また私はアリスになっているのね。
 そう思って髪を視界に持ってくると、ちゃんと金色をしていたわ。銀髪に慣れてきたからか、ちょっと違和感が大きい。

「それは失礼しました、アリス伯爵令嬢」
「その言い方、やめてよ。ベル子爵令嬢」
「……確かに、イラっとしかしないわね。やめるわ」

 相変わらず、嫌なやつ。
 ベルは、私の近くに寄ってきて座り込んだ。椅子も何もないのに、座っている姿勢になっているわ。どうなってるの?

「あんたも座れば?」
「どうやって?」
「普通に。椅子に座る感じで」
「……わっ!?」

 ベルに言われて試すと、ちょっと硬いけどちゃんと座れた。でも、手では触れられない。ちょっとびっくりして変な声出しちゃった。
 隣では、そんな私をベルが笑っている。

「これ、どうなってるの?」
「そう言うもんだって思っておけば良いんじゃないの? どうせ、夢の中なのだし」
「……夢ってことは、あなたって私が作り出した幻なの?」
「馬鹿言わないで、私は私よ。あんたに作られる義理はない」
「そう……」

 咄嗟に返事しちゃったけど……どう言うこと? よくわからない回答だわ。
 私は、ベルを睨みつけつつも周囲に目を向ける。……と言っても、暗闇しかないけど。とりあえず、夢ってことはわかった。

「ねえ、倒れたってなんでわかったの?」
「はあ? あんた、馬鹿なの?」
「……いちいちイラつくのだけど!」

 そして、その顔やめてちょうだい。その、嘲笑う顔!
 ベルって、人をイラつかせる天才だわ。

 私が知らないことを知っているのに、全く教えてくれないし。というか、私を馬鹿にするために黙ってるようにしか見えない。……卑屈すぎ?

「あはは、いいじゃない。あんたはいろんな人と会話できるんだから。私は、あんたとしか話せない。日頃のストレス発散くらい付き合ってよ」
「……え? 貴女って実体がないの?」
「そうよ。あんたの身体に入り損ねたの」
「待って。貴女、亡くなったの昨年でしょ? 私は5年前よ」
「だから何? あーあ。こんな暇なら、誰か道連れにしとけばよかった」
「……ねぇ! そうやってちょこちょこヒント出すなら、初めから全部話してよ!」

 痺れを切らすって、こういう感覚のことを言うのね。
 私は、足を放り投げてぶらぶらとさせるベルに向かって吠えた。でも、全く効いてないっぽいわ。ニマニマしながらこっち見て。本当、性格悪い!
 以前、アインスが「口数が少なく滅多なことで表情を変えないお方」って言っていたけど、きっと別人よ。

「ダメー。話したところで、どうするっていうの?」
「どうするって……。現状整理するのよ」
「整理したいだけなら、現実ですれば良いじゃないの。ここですることじゃないわ」
「今知りたいの!」
「ふーん、そうなの」
「……っ」

 これでは、ベルの思う壺ね。
 いつの間にか立ち上がっていた私は、深呼吸をして再度座り込んだ。さっきよりも、少しだけ椅子が低い気がする。……見えないけど。

「じゃあ、これだけ教えてちょうだい。なぜ、私が貴女の身体で生き返ったの?」
「んー。まあ、そのくらいなら良いわ」

 そう言って、ベルが急に立ち上がった。
 その動作で初めて、彼女がメイド服を着ていることに気づく。真っ白なエプロンまでつけて、今にでも「お茶をお持ちしました」なんて言いそうだわ。背筋も結構しっかり伸びてるし、こう見るとご令嬢だって分かる。口は悪いけど。

「私たちって、共通点が多いのよ」
「共通点?」
「そう。まず、友達がいない」
「……否定はしないわ」
「家族を大切にする」
「ええ」
「婚約者がいる」
「それは、貴族のご令嬢なら当然だわ」

 ベルは、私の前まで近づくと、指を出して共通点の数を示し出した。ほっそりとして、それでいて色のない指が、私の視界を占領する。
 やっぱり、ベルには友達がいなかったのね。納得だわ。

 彼女が声を出すたび、ハウリングのような音も聞こえる。でも、それは不快な音ではない。むしろ、それがないほうが不自然な気がしてならないの。
 本当、ここは変な空間だわ。

 そんなことを考えつつベルの声を聞いていると、急に視界が狭まった。というか、目の前にいたベルが居なくなったの。
 びっくりして立ち上がると、すぐに次の声が聞こえてくる。

「そして、誰かが用意した毒を自らの手で飲み、命を落とした」

 その声は、とても平坦だった。
 小馬鹿にするような話し方ではなく、まるで感情がないかのように話しかけてくるの。でも、やはり姿は見えない。

「それって……」
「あーあ、そろそろ時間みたい」
「時間?」

 気づくと、私はまたもやベルになっていた。
 それになんだか、一気に身体が重くなった気がするわ。

 閉じそうな瞼を懸命に開きながら、私は大声をあげる。

「それは共通点じゃないわ。貴女は自殺でしょう? 私は殺されたのよ」
「共通点だって私が言ってるの。察しなさい」
「……じゃあ、貴女も殺されたの? 誰に?」
「さあ? もう少しあんたが私の周囲のことを良く知ってから話すわ。じゃないと、最初から説明しなきゃいけないことが多すぎる」
「説明してよ! 命の危険があるってこと?」
「じゃあ、私の家族をよろしくね」
「ねえ、言い逃げしないで! 貴女は、私に何をして欲しいの?」
「……ぁ、……っ」
「聞こえない、聞こえ……」

 手を伸ばすと、すぐに場面が一転した。
 私はそこにいるのに、光が近づいてくるの。
 
 逃げなきゃ。逃げなきゃ、続きが聞けない。
 なぜか、そう思った。でも、抵抗は虚しい。
 何もできない私は、大きな光に飲み込まれていく。

 ねえ、ベル。
 貴女、今日は「アリスだって言え」って言わないのね。
 


***


「……?」
「お嬢様……!? お、お、お嬢様!!!」
「……えっと」

 あれ、この場面デジャブだわ。
 ベッドで目を覚ますと、ちょうど開いたドアからイリヤが入ってきた。勝手に入っちゃダメでしょう。……やっぱり、デジャブ。この後、叫ばれるのよね。

「旦那様ー! 奥様ー! お医者様ー! メイド長ー! それに、ええっと……と、とにかく誰か! お嬢様が。お嬢様がっ!!」
「待ってよ、そんな呼ばれても」

 ほら、やっぱり。
 イリヤは、開け放たれたドア前で力の限り叫んでいる。……って、このメイド服、ベルが着てたものと同じだわ。あれにも、何か意味があったのかしら?

「イリヤ、心配すぎて夜しか眠れませんでした」
「いつもお昼寝してるの?」
「はい。朝寝も夕寝もしています」
「……そう。寝る子は育つわね」
「ふふん」

 イリヤは相変わらずね。
 でも、このやりとりのおかげで現実に帰ってきたことを実感できる。

 私は、ベルと会話した内容を覚えていた。以前は悪夢としか思えなかったけど、今回のは現実味をおびすぎて私の妄想ではないと確信できる。
 そもそも、私がベルとして生き返ってるって事実があるのだから、もう何が起きても「そんなもんなんだ」って姿勢でいないと身がもたないわ。頭がパンクしそう。
 
「……私、どうしたの?」
「パトリシア様とお茶をしている最中に倒れてしまわれて、そこから3日も眠り姫でした」
「3日!? パトリシア様は? それに、アレ……騎士団の方々は」
「旦那様が事情をお話して丁重にお帰りいただきましたよ。パトリシア様は泊まると言ってきかなかったのですが、後から来たサヴァン様ともう1人の侍女に説得されてやっと。とても心配なされておりました」
「……そう」

 私は、3日もあの空間に居て、ベルと会話してたの? 体感的に、2、30分だと思ってたから驚きだわ。
 パトリシア様に悪いことをしたわね。

「ちなみに、あの日護送されたグロスター伯爵のご子息は、まだ牢屋です」
「そう……」

 お兄様、お兄様……。あの日のお兄様は、お兄様らしくなかった。5年前までの彼しか知らないけど、人間そんなすぐ性格が変わるわけはない。あるとすれば、価値観をひっくり返すような出来事があったからとか、理由があるはず。

 でも、理由があっても人を傷つけて良いわけじゃない。お兄様は、そこを間違われたんだわ。アレンの傷は大丈夫なのかしら?

「お嬢様、失礼します」
「アインス……」
「おや、今回は記憶喪失の心配をしなくて済みそうだ」

 考え事で頭をフル回転させていると、イリヤの怒鳴り声で駆けつけたであろうアインスが部屋に入ってきた。いつも通りのおっとりとした態度は、見ていて安心感がある。
 アインスは、ゆっくりと私に近づいてきて腕を取った。脈を測ってくれるみたい。

「……正常範囲内ですな。どこか、ご体調の優れないところはございますか?」
「特にないわ。私は、どうして倒れたの?」
「動きすぎです」
「え?」
「急にたくさん動いたからですよ。体力の限界が来てしまったのです」
「……」

 確かに、動きすぎたのは否めない。でも、車椅子に乗って動いていたから、体力は使っていないのだけれど。
 それに、ご飯だってしっかり食べたし……。

 信じたくない私は、上半身を起こそうと腕を立てる。すると、

「痛い!?」
「筋肉痛ですな。それに、成長痛」

 私のあげた悲鳴を、アインスが笑い飛ばしてくる。
 ちょっとこれ、笑い事じゃないわ。とても痛い!

 上半身を起こすことを諦めた私は、身体を小刻みに動かして痛みを分散させようとする。……無駄な足掻きね。痛いものは痛い。

「数日で治りますので、ご安心ください」
「数日もかかるの!?」
「身体を動かせば、もう少し早く治りますが……。お手伝いしましょうか?」
「嫌!」

 全力で拒否させていただくわ!

 私が駄々をこねると、イリヤが「お嬢様が動いている」と、どこぞのお父様お母様のような発言をしてくる。私はロボットじゃないのよ、イリヤ。そんなんで感動しないでちょうだい。

「とりあえず、意識を取り戻したという報告をパトリシア様と騎士団宛にお送りしてもよろしいでしょうか?」
「……お願いするわ」
「かしこまりました」

 本当は、パトリシア様だけでも直筆で手紙を書きたい。でも、身体が動かないの。情けないんだけど、痛みに耐えながら手紙を書く体力は今の私にない。

 内容をどうしようか考えていると、遠くの方からお父様とお母様の「起きたのか!」「今行くわ!」の声が聞こえてくる。フォーリーの「お仕事がまだ終わっておりません!」もはっきりね。
 この調子じゃあ、ペンが握れないからお手伝いもできない。それに、お仕事を任せてもらう時期もずれそう。残念すぎるわ。

 しかし、そんな状態でも、私にはやらないといけないことがあった。

「ああ、アインス。もう一つ頼まれてくれる?」
「なんなりと」

 ベルは、私に「もう少しあんたが私の周囲のことを良く知ってから話す」と言った。あの性格からして、はぐらかされる可能性が高いのはわかっている。けど、やらないよりはマシ。自分で情報を集めないと。

 手始めに……。

「サルバトーレ・ダービーに会いたいの。手紙を書いてくれるかしら」

 アインスに向かってそうお願いをすると、イリヤまでもが険しい表情になった。
 関係性が最悪なことはわかっているけど、確かめたいことがあるからそこは譲れないわ。

 ベルの婚約者、サルバトーレ・ダービーが原因で自殺したとアインスは言っていた。
 だから、まずはどんな人物なのかを知る必要があるの。逃げてはいられない。

「お嬢様、それは」
「わかってるわ。でも、お願い」
「……承知しました」

 アインスが渋々返事をする中、イリヤは終始無言で私の顔をじっと見ているだけだった。


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