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どうなってるんだ、フォンテーヌ家

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 その日のフォンテーヌ家は、大騒動だった。終わった後、アインスから「こんな忙しなかったのは、お仕えして初めてです」と真顔で言われるほどにね。
 それはそうか。事前招待もなしに、しかも、陛下直属の騎士団をお屋敷にあげたんですもの。驚かない方が変だわ。


「アインス! アインスは居る?」
「何事でしょうか、お嬢さ……!?」

 屋敷に到着してすぐ、メイド長のフォーリーが出迎えてくれた。けど、その人数に目を丸くして固まってしまわれたわ。
 まあ、無理もないわね。私にイリヤ、パトリシア様の3人で出かけたのに、帰りはその倍の6人になっているんだもの。しかも、その新しい3人は男性で第一騎士団の制服を着てるとなれば、驚かない方がおかしい。
 でも、今はそんなこと言っていられない。

「説明は後よ。アインスを客間に呼んでちょうだい。怪我人がいるの」
「かしこまりました! 今すぐ!」

 アレ……ロベール卿は、血を流しすぎたのか両側を支えてもらわないと立てなくなっていた。
 途中の道でフラついたのを付き添いの騎士団のお方が見ていてね。代わりにイリヤが馬を操り、アレンが馬車の中で休みながら来たの。今も、お顔の色が真っ青だわ。

 それを見たフォーリーは、パッとスカートを翻しお屋敷の奥へと駆けていく。
 いつも「走ってはダメ!」と口うるさく言う彼女が走っているのは、異様な光景すぎる。おかげで、緊急事態であることを屋敷中に知らしめることができたわね。

 その騒ぎを聞きつけたのか、アランとザンギフも早足でロビーにやってきた。これは、好都合だわ。

「アラン。怪我されたロベール卿と付き添いの騎士団の方々を、客間にご案内して。ザンギフは、カモミールティをお願い」
「承知しました! 初めまして、アランと申します。皆様、こちらにどうぞ」
「わかったわ! あ、いえ、わかりました。カモミールティですね」
「急な訪問にも関わらず、感謝する。……アレン、大丈夫か」
「ああ、すまない」

 2人とも混乱してるわ。ザンギフなんて、女言葉が出てきてるし。やっぱり、彼は「オネエ」なのね。
 それでも必死になって私が出した指示に従い、それぞれ行動してくれている。ありがたいわ。
 騎士団の方々も、ゆっくりとだけどアランの方へと歩いていく。
 
 ロベール卿は、大丈夫かしら。聞いたところ、短剣を手のひらで握ったらしいわ。骨は折れてないけど、動脈を切ったかもしれないとお話しする彼がちょっとだけ怖かった。パトリシア様から受け取ったハンカチの元の色がなんだったのか思い出せないほど血に染まっている中、淡々と話してくるんですもの。騎士団の方々は、こんなお怪我が日常なの?

「パトリシア様、申し訳ございません。客間が1つしかないので、私たちはお庭でお茶をと思うのですが、いかがでしょうか」
「ええ、そうしたいわ。……カモミールは、気分を落ち着かせてくれる効果があるものね。私は好きだからあれだけど、よくご存知だったこと」
「ぶ、文献で拝読していまして。貧血にも良いローズマリーがあれば良いのですが、うちにはなかったのでカモミール、と」

 まさか、アリスの時に庭から採って乾燥させて飲んでたから知ってる、なんて言えない。「文献で読んだ」って理由、オールマイティすぎない? これからも積極的に使っていこう。

 私たちは、そのまま庭園へと移動しながら会話を続ける。
 今日は晴れているから、きっと美味しくお茶が飲めるわ。何か、明るい話題を考えないと。お兄様のことを聞きたいけど、イリヤのいる前では怪しまれてしまいそうだから止めにして、明るい話題を……。

「そうなの。では今度、うちのローズマリーの苗を1つお譲りするわ。今日、イリヤに助けてもらったお礼を兼ねてね」
「イリヤは、パフェを食べただけで何もしておりません。美味しかった」
「ふふ。じゃあ、一緒にイチゴも届けるわ。料理長に渡せば、パフェを作ってくれるでしょう。だから、今日危険だったことはサヴァンに内緒ね」
「だそうです、お嬢様」
「え、私が決めるの!?」
「イリヤはお嬢様のメイドですので。でも、イチゴ食べたい」

 まあ、黙って城下町に行って危険な目にあったなんて知ったら、誰だって驚いちゃうか。それだけ、サヴァンは彼女のことが大切なのね。

 そして、イリヤ! それって、私に選択権がないように聞こえるのだけれど!
 色々考え事をしていたのに、思わず吹いてしまったわ。はしたない。でも、隣でパトリシア様も笑っていらっしゃるから良いか。

「じゃあ、ここだけのお話にしましょう。バレたら、素直に話すことを条件に」
「ええ、それなら良いわ。私、昔やんちゃな子でね。よくお庭の木に登って遊んでいたのよ」
「え!? 想像できませんね」
「でしょう? だから、お父様には「またか」って言われるのだけれど、サヴァンは怖いの」
「ふふ。そっちはよく想像できます」

 私たちが庭園に到着すると、ザンギフが気をきかせてくれたのかお茶のセットとアランが待っていたわ。さすが、乙女心のわかるお方ね。後で、お礼をしに行かなくては。

 さて、ロベール卿は大丈夫かしら……。



***



 あの時はジョセフを監獄にぶち込むまでついて行こうと躍起になっていたが、シエラの言う通り治療を優先して良かったと思う。

「この傷は、刃物を握りましたね」
「はい、握りました。店内が狭かったので、あまり暴れて損傷させてもと思いまして」
「まあ、正しい。戦術には、肉を切らせて骨を断つのも必要です。ただし」

 突然の訪問にも関わらず、フォンテーヌ子爵は客間にて温かく迎え入れてくれた。どうやら、父と社交の場で何度か挨拶を交わしたことがあるらしい。爵位を気にせず話しかける父だ、ありえないことはない。
 でもまあ、こうやってどこでどう繋がるかわからないからな。今回は、父の親しさに救われたよ。

 フォンテーヌ子爵と子爵夫人への挨拶が終わると同時に、医療者……アインスと言ったか? が、治療をしてくれている。よくわからないが、さっきまであれだけ血が止まらずどうしようかと焦っていたのに、今はもう止まっているんだ。さすが、医療者は違う。
 俺は、それに関心しつつ淹れてもらった紅茶を口にする。……懐かしい味だ。

「ただし、動脈の位置をしっかり把握してからそういうのはやっていただきたいですな」
「……動脈の、位置?」
「簡単です。手のひらに血液を送っている動脈は、橈骨と尺骨があるのですがね。そのうちの尺骨動脈は小指の方にあって、それが掌弓動脈に続き5本指に流れております。それが切れれば大量に血が出ますし、酷いと痺れなども出るのです。お心当たりがありますでしょう」
「……なぜ、痺れているとわかったのですか?」
「ははは! 馬に乗れなかった話を聞いた時からわかっていましたよ。それに、貴殿は右利きなのに左でカップをお持ちになっていらっしゃる」
「……そういう人もいるでしょう」
「いや。そんな不安定な持ち方をするということは、持ち慣れていない証拠ですぞ」
「はは、完敗だ」

 ……このアインスとやら、かなりの切れ者と見た。

 馬は片手じゃ駆れないし、剣だって両手じゃなきゃバランスを取りにくい。手が痺れて使い物にならないなど、騎士としての恥でしかないんだ。
 ここまでついて来てくれたシエラたちに、それを気づかれないよう貧血と言ってしまった。貧血なら、休めば治るし誰でもなるし。馬車に乗せてくださったパトリシア嬢とベル嬢には、申し訳ないことをしたものだ。
 なお、彼はその気持ちもわかっているのか、他の使用人に言ってシエラたちを庭園へと連れ出してくれている。

 シエラのやつ、「あのベル嬢を近くで見れる」と喜んで行きやがった。もう1人のヴィエンは、パトリシア嬢目当てだと言っていたな。いつもなら「女に現を抜かすな」と怒鳴るところだが、今回は助かった。

「大丈夫です。止血して安静にしていれば、痺れはすぐなくなりますので」
「どうやって血を止めたのでしょうか」
「手のひらの動脈は、腕の動脈に繋がっております。故に、腕を何かで締め付ければ自然と止まりますよ」
「……この包帯は、そういう意味があったのですね」

 アインスは先に傷口の消毒をし、その後、手首にのみ包帯を巻いてくれた。なぜ傷口に巻かないのか不思議だったのだが、そういうことだったのか。ひとつ賢くなった。

「血液がどこをどう伝って流れているのかは、知っておいて損はございません。ましてや、陛下直属部隊を統括する隊長でいらっしゃるとのこと。部下の応急処置くらいはできないと、やっていけませんぞ」
「……そうだな、すまない」
「こちらこそ、失礼な言葉使いで申し訳ございません」
「いや、むしろそういう知識はもっと言って欲しいです。それに、招待もなしに屋敷に上がってしまうような無礼を働いてしまった私に非がありますので、謝らないでください」

 俺は、直属部隊の隊長になって日が浅い。剣の実力だけでのし上がったため、そのようなスキルが皆無なんだ。
 こうやって、それに気づかせてくれる人がいるということは恵まれている証拠。精進しないと、騎士団のメンバーにも、陛下にも合わせる顔がない。

 治療を終え、手のひらまで包帯を巻いてくれたアインスは、そのまま無礼を詫びるために立ち上がって頭を下げてきた。こういう、謙虚で頭の切れる人が王宮にも欲しいものだ。
 そう思いつつ、俺も立ち上がりそれに続く。しかし、すぐ止められてしまった。

「うちのお嬢様はあまりそのようなことを気になさらないので、頭をあげてください」
「……ベル嬢は、変わっていますね」
「ええ。1年も眠り姫になっていたかと思えば、起き出して別人のように社交的になられた。とても不思議なお方です」
「失礼承知で発言をしてもよろしいでしょうか」
「何か」

 俺は、シエラから「ベル嬢は物静か」「オドオドした様子が可愛らしい」「自分の意思が皆無だから、好みに染めやすい」などと聞かされている。しかし、今日見た彼女にそんな感想は出てこなかったんだ。
 彼女は、とても強かで周囲の人間の動かし方をよくわかっている。なんだか、懐かしい気持ちになってしまうほどに。

 俺は、アインスに促されて椅子に座った。そして、疑問を言葉にする。

「ベル嬢は、自殺したとの噂を耳にしましたが事実でしょうか」

 貴族社会において、自殺はタブーだ。そんな単語が出て来てしまえば、そのお家の将来はないと同義になる。噂であっても、そんなご令嬢と婚姻を結びたいと言ってくる物好きな貴族はいないだろう。無論、婚約者がいたとしても破談になる。
 ここでフォンテーヌ子爵や夫人、アインスや使用人の様子を見ていたが、この人たちが噂を流すような人には見えなかった。とすれば、誰が流したのだろうか。少し気になってしまったんだ。

 俺の発言を聞いたアインスは、パトリシア嬢からお借りしたハンカチ……血に染まりに染まってしまったハンカチのシワを伸ばしながら、

「貴殿は、陛下直属部隊の隊長。口がお硬いと見ました」
「ええ、ここだけの話とお約束しましょう。皇帝陛下に誓って」
「ならば……密室、毒。この2つが事実です」

 と、含みを持たせるような回答をしてきた。
 視線がハンカチに向いているため、どんな表情をしているのかがこちらからは見えない。しかし、声はとても落ち着いている。

「どういうことでしょうか」
「そのままの意味です。お嬢様は、鍵のかかった密室で毒をあおりました。専属メイドが気づかなければ、きっと息を止めていたことでしょう」
「……それは、自殺ではないのでしょうか」
「いや」

 仕えている家の令嬢が自殺したことを認めたくないのか? いや、アインスはそういう考えをしない。それは、この短時間でわかっているつもりだ。
 むしろ、ここまで言うなら何か俺にして欲しいことがあるような気もする。手当のお礼がてら、できることならしようか。

 なんて考えていると、ハンカチを畳んだアインスが唐突に俺の顔を見てくる。
 その表情は、何を考えているのか全く読めない。「無」とは違うが、限りなく「無」に近かった。

「少なくとも私は、お嬢様が自死するところを見ておりません。それに、お嬢様が意識を無くしてすぐそういう噂が流れました。私たち屋敷の者が情報を開示したわけでもないのに、です」
「……それは」
「まあ、私はただの使用人。これ以上詮索しても良いことはございません。たとえ、お嬢様がその時口にしたものが婚約……!?」
「!?」

 アインスと話していると、客間のドアが勢いよく開いた。驚いてそちらに視線を向けると同時に、アインスが動き出す。
 反射神経に関心するが、それもそのはず。そこには、メイド姿の使用人に抱き抱えられたベル嬢がぐったりとしていたんだ。

「アインス! お嬢様が!」
「状況を」
「アランの淹れたカモミールティを飲んで、パトリシア様とお話している最中に突然意識を失われて」
「わかった。そっちの空いたソファへ」
「はい!」

 ちょうど毒の話をしていたため、それを疑っているのだろう。アインスは、必死になってベル嬢の身体に触れている。
 俺は、その成り行きを見守りつつ邪魔にならないよう数歩後ろに下がった。すると、ベル嬢を抱えてきたメイドに視線が行く。

「は!? おま……」

 驚きの声をあげると同時に、そのメイドが口元に人差し指を持っていき俺を牽制して来た。それをされてしまえば、黙っているほかない。
 幸い、俺の声はアインスがベル嬢を呼びかける声でかき消されたようだ。それに安堵していると、そいつがこちらに向かって馬鹿にするように小さく嘲笑ってくる。相変わらずムカつく野郎だ。
 
 にしても、アインスの医療者としての腕前といい、こいつといい、フォンテーヌ家はどうなってるんだ?

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