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温かい食事に手を合わせて
しおりを挟む突然、顔面に冷たい液体が注がれていく。
いえ、注がれていくなんて生温い言葉ではない。それは、「叩きつけられる」という言葉の方があっているかもしれない。
『っ!!』
『やだなあ、ちゃんと飲めてないじゃん』
『キャハハ、零してるわ! 見て、お母様』
『見てるわ。視界に入れたくないけどね』
お屋敷のダイニングで、いつも通り1人で朝食をいただいていると、突如現れたお姉様たちとお母様に冷たい何かをかけられた。
ちょうどパンを口の中に放り込もうとしていた私は、謎の液体がかかってしまったそれを片手に呆然とする。
反発すれば良いって?
こんなことされて、黙ってる方がおかしいって?
いいえ、そんな感情はとうの昔に捨てている。今更怒りを抱いてどうするの。
こんな日常は、今に始まったことじゃないのよ。
『ほらあ、早く食べなさいよ。お母様が、あなたの食事を見たくないんですって』
『ふふ、そうだよなあ。こんな豚の餌、僕も見たくない』
『よく食べられるわねえ』
『……』
その会話を聞きながら、私は膝の上に置いていたナプキンで濡れてしまった顔を拭いた。
確かに、「豚の餌」は合っている。
だって、今目の前のお皿に乗っている食事は、キャベツの芯とにんじんの皮を炒めただけのもの。味付けなんて、贅沢な調理はない。調理後に余った肉の脂身を生ゴミの山から取り出され、私専用のフライパンを使って炒められたそれを、物心がついた時から出されている。
最初はこれが普通と思ったけど、今は違うとわかってる。
でも、未成年である私にはどうすることもできない。助けを求めたところで、「何を言ってるんだ、こいつは」と思われておしまい。
もう、実施済みなのよ。
『お前、外見だけは良いよな』
『そうねえ。さっきも、ホーエンハイム侯爵の長男に』
『お母様、その話はしないで頂戴』
『そうよ。思い出しただけで、はらわたが煮えくりそう』
顔を拭き、フォークを持ち直した私に、その会話が聞こえているはずもなく。
私は、遠ざかるお母様たちの足音を聞きながら、「食事」を続けた。
お皿の上にポツポツと落ちる何かに気づかず、静かに。静かに。
***
「……」
「っはあああ、おおおいしい!!! 気がする見た目!!!」
「……」
ねえ、見てよこの脂身! プリップリの食感と塩気のある味……がする気がする!
これに、ビールがあれば最高ね。……飲んだことないけど。
無事、魔導書を駆使してお魚を釣った私は、早速魔法で火を使って調理をしていた。
もうね、匂いからして美味しいの。匂いで満足しちゃってる自分がいるくらい。多分、目の前にお腹を空かせている子が居たら、「私は匂いでお腹が満たされたから、これはあげるわ」なんて言っていたと思う。
この匂いを嗅げば嗅ぐほど、どうして昔の私はあんなクソみたいな食事を我慢して食べていたのでしょうと疑問がふくらむ。今考えても、その答えは出ないけど。
なんだか、昔の自分が自分じゃなくて他の誰かのような気がしてならない。昔の自分と今の自分は、別のもの。そんな考えが、頭から離れないの。
……でもね。
「……」
「……」
「……」
「……えっと」
その前に、先ほどから目の前でお腹の虫を響かせているこの少年をどうにかしましょうか。
先ほどから気づいてはいたのだけど、見ないふりしていたのよね。
だって、こんな子は以前のこの場面にはいなかったから。
まるで、絵本から出てきたようなふわふわの金髪に蒼いクリクリお目目。
貴族の服が似合いそうな顔立ちをしているのに、ボロボロの布切れをまとっているのもチグハグすぎる。
お腹が空いているのはわかるわ。でも、それ以外のことが、全くわからない……。
「た、食べる?」
「うん!!!」
まあ、とりあえず食事にしましょう。
私は、考えることをやめて、目の前の少年……何歳かしら。少年というよりは、青年のような。下手したら、私よりも年上かもしれない男性に、焼けたばかりの魚を差し出した。
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