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新しい場所へ

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 部屋に戻ると、いつもの見慣れた光景に安堵する。
 ……――誰かが無断で侵入して、荒らしていった酷い光景にね。

 私は、昔から貧乏くじをひいていた。
 なんでも「わかりました」しか言わない従順な性格だったからか、家族にはもちろん、使用人や幼馴染にも馬鹿にされてきたの。まあ、それも今日でおしまい。
 嫌だわ、感傷的になっちゃって。

「確か、この辺りに……」

 ベッド下を覗くと、本が1冊置かれている。これを探していたの。あって良かった。
 使用人って単純でね。見えてるところしか荒らさないのだから、可愛いもんだわ。

 この分厚い表紙の本は、昔とあるお方からいただいたもの。
 所謂、魔導書ってやつ? こういう魔法が使いたいなって思いながらページを開くと、その詠唱方法が記されているのよ。これから1人で生きていくんだもの、必要でしょう?

 前回は、これを取りに戻れなかったの。
 そのせいで、目的地の途中にある大きな川で泳いでいたお魚を捕れなかったのよ! 脂身が乗っていてプリップリで美味しそうだったのに! あ~~、食べ物の恨み!

「お嬢様、どちらに行かれるのですか」

 おっと、いけない。
 こんなところで油を売ってる暇はないんだった。あと30分もしたら、お母様とお姉様がお茶会から帰ってきてしまう。

 本を持って思い出に耽っていると、専属メイドの……えっと、名前なんだったかな。嫌だわ、ど忘れしちゃってる。えっと、確か……。

「ブリッ子さん、どうしたの?」
「ブリシアです! 嫌味ですか!?」
「あら、私のことをそう陰で呼んでいたのは貴女たちじゃなくって?」
「き、気づいて……」
「気づくも何もねえ。ごめんなさいね、お楽しみを邪魔して」

 そうそう、ブリッ子さん!
 ブリッ子さんが、ノックもせずに部屋の中にズカズカと入ってきた。手ぶらで、何しにきたのやら。まさか、部屋を荒らしましたって報告に来たの?

 人の目を気にして「良い子」でいようとした私を、ブリッ子と言って陰で笑っていた使用人たち。気づいていたのに、何も言わずに陰で傷ついていた私。……良い勝負だわ。よく昔の私は我慢してたな。今は無理。

「……ああ、そうだ。一応お世話していただいた恩で教えてあげるわ」
「な、なんですか」
「私が居なくなった後の話なんだけど、今度は貴女がいじめの標的になるから頑張ってね」
「え?」
「私、今からこのお屋敷を出るの。わかる?」
「私を脅すのですか?」
「まさか。そんな気力が勿体無いわ。もちろん、私がいじめを誘導することもね。……忠告はしたから」

 本とお気に入りの万年筆を革カバンの中に入れて、あとは……売れる宝石とかあれば良いんだけど、お姉様に全部取られてしまったからないのよね。お金も当然持ってないし、これくらいしか思い入れがあるものはない。
 よし、出発ね。

 私は、ワナワナと震えているブリッ子さんの横を通って部屋を後にした。「それでは、お先に」って声をかけようと思ったけど、顔色が真っ青すぎてかわいそうだったからやめたわ。
 お兄様が直撃してくる前に退散しましょう。

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