上 下
76 / 78
16:今までとこれから

そういうところ

しおりを挟む


「ごきげんよう、皆さま。今日も良いお天気ですわね」

 名前も覚えていないようなご令嬢に、みんなが見ている中謝罪を要求された時のこと。
 ずるい私は、「どうやって切り抜けようかな」なんて考えながら下を向いていた。でも、後ろから聞こえてきた声によって、その思考は全停止する。

 みんなの視線に従って後ろを振り向くと、そこには以前と同じく艶のある髪を披露したお姉様が、なぜかアカデミーの制服姿で立っていた。

「ご丁寧に、どうも。どちら様でしょうか?」
「今、私たちがお話をしていたのですが、どう言うつもりで割って入ったのですか?」
「非常識ではなくって?」

 矛先がお姉様に移動したことによって、私はみんなの視界から逸れていった。いつもの自分だったら、このまま食事を終えて退出していたでしょうね。
 食事の時間に声を掛けてきた人たちが「非常識だ」なんて口にするのは、なんだか面白い。私が野次馬だったらきっと、吹き出していたと思う。

 お姉様、無視してちょうだい。
 どうしてここにいるのかはわからないけど、この人たちはお姉様を傷つける言葉しか言わないわ。私の発言と同じ、聞く価値すらないものよ。だから、お願い。これ以上心を痛めないで。

 なんて、私の心配は不要だったのかもしれない。

「ちょ、ちょっと待って。ごめんなさい、一気に質問されたから最初の質問を忘れてしまったわ。私から見て左の方から、順にもう一度教えていただけます?」

 と、両手を前に出して振りながら、慌てた口調でそう言ってきた。
 その言葉は、思わず毒気の抜ける発言そのもの。言われた令嬢たちも、ポカーンと口を開けながらお姉様をまるで宇宙人でも見ているような視線で眺めている。

 私は、ついに堪えきれなくなって笑い出す。

「あはは、ははは! お姉様ったら!」
「何よ、ソフィー。聞き取れなかったら聞いて良いって、さっき理事長様に教えていただいたばかりなの。私、間違ってる?」
「間違ってないわ。お姉様は、いつだって正しい……。いつだって」
「ど、どうしたの!? なんで泣くの?」
「……お姉様、お姉様」

 そしてそのまま、みんなが見ているのを分かっていながら私は泣き出した。
 懐かしさと、申し訳なさと、自分の不甲斐なさで、どうしようもなく。

 最後にこんな醜態を晒して泣いたのはいつだったのか、思い出せないほど遠いことは確か。
 泣いたって何も解決しないのに、私は何をしてるんだろう。


 気づいたら、謝罪を要求していた令嬢たちが消えていた。
 そして、ダイニングルームに居た他のアカデミー生たちも、何事もなかったかのように……いえ、お姉様に憧れの視線を送りながらも日常に戻っていく。
 お姉様って、こうやって知らないうちにみんなの視線を奪っていくのよね。

 本当、敵わないなあ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

【完結・R18】姫様の玩具にされたメイドと騎士

ハリエニシダ・レン
恋愛
メイドさんが片思いの相手と無理矢理エッチなことをさせられて精神的にガツガツ傷つけられていきます。 巻き込まれた騎士はプライドをズタズタにされます。 姫様はそれを楽しみます。 徐々にエロく切なくなっていく方式 ◻︎◾︎◻︎◾︎◻︎ あらすじ 王宮で働くメイドのミリアは、一人の騎士に憧れを抱いていた。 もちろん身分が高く人気も高い彼と結婚できるなどとは思っていなかった。たまに見かけた時などに、その姿をそっと目に焼き付けては後で思い返してうっとりする。 その程度の淡い想いだった。 しかし、その想いに姫が気づいた。 姫はとても退屈していた。 とても。 だから、そのメイドでちょっと退屈を紛らわしたくなったのだ。 ちょっと純潔を失わせて、その心をボロボロにしてみたくなったのだ。 ほんの気まぐれ。 ちょっとした退屈しのぎ。 これは、そんな姫に狙われた二人の物語。 ◻︎◾︎◻︎◾︎◻︎ お知らせ: リチャードの奥様のスピンオフ「なにぶん、貴族の夫婦ですので」を公開しました。完結済み。 そちらはR15ですが、よろしければどうぞ。 姫様の乱れる姿が見たい!それを鑑賞するミリア達も!というリクエストに応えようとしてできた、ちょっとはっちゃけ過ぎの陵辱微百合エンド「下々を玩具にした姫の末路」も公開しました。 全4話、完結済みです。

処理中です...