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11:煮え切らない私
違いはなに?
しおりを挟む私の瞳が黄色? そんなはずないわ、だって生まれて16年ずっと翡翠色だったのに。
「おや、スッキリされましたね。お帰りなさい」
「……も、戻りました」
「その様子だと、瞳の色を見られたのかな」
「はい……」
バスタイムを終えて部屋に戻ると、ルワール様が窓際で読書をなさっていた。
どうやら、私の体調が安定するまでは宮殿で生活をするみたい。病院の方は大丈夫なんですかって聞いたら「優秀な部下がいるから」とのこと。本当に大丈夫なのかしら?
私を視界に入れたルワール様は、本を閉じてこちらに向かってくる。それを見たメイドさんたちは、お礼をいう間もなくサッといなくなってしまった。
「ゴールドの髪に黄色い瞳。私は好きですよ」
「……でも、お母様と同じ瞳の色でしたのに。これも、異術の関係でしょうか」
「そうですね、異術が関係してると思います。私も、異術を発動させると瞳の色が変わりますから」
「わっ……。綺麗ですね」
ルワール様は、私に向かって真っ赤な瞳を披露してくださった。
それは、夕方の暖かな日差しと相まってとても神秘的に見える。夕日が3つになったみたい。赤というより、オレンジに近いかも。
……いえ、待って。このお方、本当にお顔が整いすぎて眩しい。もう、なんというか単体でキラキラ光ってるというか。
私の稚拙な感想に、ルワール様は「ありがとうございます」と言って瞳の色を戻された。
今まで意識したことなかったけど、元の色は国王様と同じなのね。
「ということは、私は常に異術を展開しているのでしょうか? 身体が光って以降、特に痛みも何もないのでそもそも異術者じゃないと思っていたのですが……」
「いえ、常に展開しています。おかげさまで、私もラフもレーヴェもここに来た人たちは恩恵を受けていますよ」
「……恩恵?」
「はい。今のように異術を展開しても異力を全く消費しませんし、術自体が強化されている感じがひしひしとします。ちょっと、これは安定するまで宮殿の外に出ない方が良いレベルですね」
「……なぜでしょうか」
「そのご様子ですと、異術を展開している意識はないのですよね?」
「ええ……」
「それでこのレベルの強化が常に発動されていると、他の異術者に影響が出ますから。それに、ステラ嬢の異力が減らないのも謎ですし」
ってことは、やっぱり私は異術者になったってことなのかな。
神官様は生まれつきって言っていたけど、今まで瞳の色が変化したことはなかったしそれは違うと思う。でも、異術者になったというのは本当みたい。あれだけ嫌って憧れていた異術を手に入れたのに、気分は上がりも下がりもしてないの。不思議な感じね。
ルワール様は、「湯上がりは冷えるので、お休みください」と言ってベッドまで誘導してくださった。でも、今日は寝たくないの。
「あの、今から少々裁縫をするのでもう少し起きていても良いでしょうか?」
「裁縫?」
「はい。えっと……ドライラベンダーを頂けることになりまして、レオンハルト様に贈り物を作ろうと思って今用意していただいています」
「なるほど、良いですね。ただし、先ほど異術で覗いてしまいましたが、体温が下がっているので私がストップと言ったらやめられますか?」
「わかりました。ご迷惑をおかけします」
良かった、お許しが出たわ。
昨日「お仕事がしたいのですが、何かやることありますか?」って聞いたら却下されたのに。今日はOKなのね。ってことは、今お仕事の話をしたらOKもらえるかしら……。
今までずっと、お仕事をして生活をしていたからか、ペンを握ってないとソワソワするのよね。一昨日の夜なんて、帳簿が襲ってくる夢を見てしまったわ。
あの帳簿に書いてあった最後の計算式は、掛けるんじゃなくて普通に足せば良い奴だと思うの。ああ、せめて直してから目覚めたかった! 無念すぎる!
「お隣、ご一緒しても?」
「あ、お座りになられるのでしたら私が退きます」
「いえ、ステラ嬢の隣に座りたい気分なんです」
「……? ど、どうぞ」
近くにあったソファに身体を沈めてすぐ、ルワール様もそれに加わってきた。
今日は身体をしっかり洗ってもらったから、臭くはないと思う。ラベンダーの香りは……流石にしないか。
それにしても、ルワール様って良い匂いすぎない!? なんというか、とても落ち着く香りがするわ。
これって、香水? 巷では、高級品として香水が売られているのは知っている。でも、高いのよ。私の食事10回分くらいの値段って言えば伝わるかしら。
「臭いますか?」
「へ?」
「何か、体臭を嗅がれている気がしまして」
「ああ……! ちっ、違うんです。違くないけど、その……良い匂いだなって思ってですね。落ち着くと言いますか、香水でもつけていらっしゃるのかなと」
「そうでしたか。診察の邪魔になるので、香水はつけてないですよ。メイドが自室に香を焚いてくれるので、その香りかもしれません」
「素敵なメイドさんですね。私のお世話をしてくださっているメイドさんたちも素敵ですし。私、将来王宮の司書になろうと勉強していましたが、メイドの資格取って貴族のお屋敷で働くのもありだなって思い始めてます」
「ステラ嬢は、働くのがお好きなのですね。とても良いことだと思います」
私には秀でているものがありませんから。働いて、身体を動かすしか脳がないんです。そう言おうとしたけど、1週間前に飲んだ薬草茶の味が舌にこびりつくように思い出したから止めた。
ここ最近、そういうネガティブなことを言っても仕方ないってことに気づいたの。言ったところで、次の日から能力がつくわけじゃないし、そもそも言われた方はどうリアクションしたら良いか困っちゃうでしょう? そんな当たり前なことに今気づくって、……ううん、これから変われば良いの。
それを教えてくださったルワール様には、感謝しかない。
「失礼いたします。一式をお持ちしました」
「あっ、ありがとうございます」
「良い布がありましたよ」
「わあ! こんな高級なものを使って良いのですか?」
「ええ、もちろん。その代わりと言ったら失礼ですが、裁縫が苦手なので私にも1袋作ってくださると……」
「あ、ずるい! ステラ様、私にも1袋作っていただきたいです。もちろん、材料費はこちら持ちで技術料はお支払いしますから」
「私は、よければ作り方を教えていただけると嬉しいです」
「あはは、ステラ嬢は人気者ですね」
「だって、お嬢様をお仕えするなんて今までなかったでしょう?」
「そうですよ、いつも殿方ばかりで!」
「あー、みんな男ですもんねえ」
……やっぱり、ここのメイドさんたちはフレンドリーだわ。うちの使用人のように睨みつけてこないし、困っていたらサッと手を貸してくれるし、今だってこうやって話しかけてくれて。
どうして、仕事をしてないのにみんな優しくしてくれるのかな。
以前は、仕事をしないと住む場所がなくなりそうで怖かった。ご飯だって、口に入れられるものがあれば良い方で。シートやお洋服の洗濯だって自分でしていたのに。
今はただただ休養を取っているだけなのに、温かい食事に優しい人々、とても豪華なお部屋までお借りして……。
その違いがわからない私は、目の前で布地を広げて楽しそうにしているメイドさんとルワール様を見ていることしかできない。
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