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10:覚醒

最後に、ひとつだけ

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「すみませんでした」

 毛布に包まれた私は、ベッドの上でレオンハルト様の今にも泣き出しそうな表情を見上げた。

 自分でも汚ないと思っていた私の身体をここまで運んでくださった、そして、異術を使って治療してくださった彼は、とても立派だった。その彼が今、私に頭を下げている。
 だから、話が終わるまで、絶対に視線を逸らさないと決めた。それが、私にできる誠意の表し方だと思ったから。

「お顔をあげてください。貴方様が謝罪をすることは何ひとつありません」
「たくさんあります。謝罪することが、たくさん……。私は、貴女の状況を何もわかっていませんでした。お仕事に忙しく、食事もおしゃれもできないのかとずっと思っていました。でも、そうじゃなかった。ご家族との関係などを聞きたかったのですが、貴女に嫌われるのが怖くて……。ステラ嬢は、家族から迫害されていたのですね」
「迫害というのではありませんが、私は1年前から本邸に住んでいません。使用人が寝泊まりする別棟で暮らしていました。身ひとつで別棟に連れていかれたので、綺麗な洋服もアクセサリーも全部本邸です。食事は、使用人たちが食べ終わった後の残り物をかき集めて食べていました。なので、私は貴方様とそもそも住む世界が違うんです。騙していて申し訳ございませんでした」
「……なぜ、ステラ嬢はあの小屋に居たのですか? あそこは別棟ではないでしょう」

 こうなれば、全部話してしまった方が良いかも。
 変に隠していたから、こうなってしまったのかもしれないし。恋人じゃなくなったら、こんな身分の高いお方をお目にすることもなくなるでしょう。

 私は、毛布の中で正座をしてレオンハルト様の目をしっかりと捉えた。

「とある人から盗人と言われまして……あの、私は何も盗ってないんですけど、盗人と言われて、そのまま別棟に居たら他の人のものも盗ると。それで、小屋に連れて行かれました。私が住んでたところは、カフェスペースになってて……」
「は?」
「あ……その、別にここの物とかは盗りませんのでご安心ください! 信じてくださらなくても良いので、えっと、ここを出る時に身ぐるみ剥がして検査しても良いので!」
「それより続きをどうぞ」
「は、はい。すみません……。えっと、その、小屋に机だけ置いてあって、食事は1日2回で。いつの間にかお仕事が1日2回の食事が1回になってまして、靴もなくてですね……。その、おトイレとか、んと……うぅ」

 全部話すと決めたのに、これ以上の言葉が出てこない。
 泣く余裕があるなら、口を動かしなさいよ。せっかく、レオンハルト様の貴重なお時間をいただいているのよ。ここに入ってくる時、お仕事の書類がどうのって話してたじゃないの。続きをどうぞって促されたじゃないの。
 そうやって焦れば焦るほど、口はワナワナと震えて言葉にならない。真っ直ぐ見据えると決めたはずの彼の目も、歪んでしまってどこにあるのか分からないわ。

 だから、私はダメなのよ。異術がないだけじゃなくて、こうやってやれと言われたこともできないんだもの。
 レオンハルト様には申し訳ないけど、やっぱりあの時そのまま死なせてくれれば良かったのに。胸が張り裂けそうなほど痛い。自分の存在が恥ずかしくて、ここに居るのが申し訳なくてどうにかなってしまいそう。

「……やはり燃やそう」
「え?」
「なんでもないです。それより、思い出させてしまって申し訳ありません」
「……いえ、今まで嘘をついてしまいすみませんでした。見ての通り、私は貴方様に相応しくない人間です。歩けるようになったら、すぐここを出ていきます。金輪際、関わり合いのないよう近付きませんので、どうかお許しください」

 私は、精一杯の謝罪と共に、そのままレオンハルト様に向かって土下座をした。
 女性はしちゃダメだって教えてもらったけど、今の私にできる謝罪はこれしかない。自己満だけど、しないよりはマシでしょう。とにかく、今までの非礼を詫びるのよ。

 もちろん、それで許されるなんて思ってない。
 でも、私は何も持ってないもの。異術も容姿も、性格だって何ひとつとして他人と比べて秀でているものがない。だから、今できることを精一杯やるしかないでしょう。

 毛布が肩から落ちても、私は気にせずに頭を下げ続ける。
 たくさんお金をかけさせてしまってごめんなさい。時間だって、たくさん無駄にさせてしまった。私が、もっと早く事実を伝えていればこんなことにならなかったのに。

「……ステラ嬢」
「はい……」
「ステラ嬢は、私のことが嫌いになりましたか?」
「そんな、恐れ多いです。とても尊敬しています」
「尊敬、ですか」
「はい。今まで、私なんかに優しくしてくださってありがとうございました。とても素敵な時間を過ごせて、一生の宝物になりました」
「……わかりました。貴女を守れなかった私を、どうかお許しください」

 頭を下げていると、不意にその体勢を崩された。
 どうやったのか分からなかったけど、私はいつの間にか横になっている。しかも、ちゃんと胸元まで毛布がかかってるわ。

 その早技すぎる出来事に、涙が止まった。
 ぼやけていた視界が徐々にクリアになったかと思えば、そこには先ほどと同様泣き出しそうなほど悲しい表情をしたレオンハルト様が私を覗いているわ。
 どうして、貴方様が謝るの? 嘘をついたのは私なのに。

「最後に、お願いをひとつよろしいでしょうか」
「私にできることでしたら」
「……最後に、ステラ嬢を抱きしめても良いですか」
「良いですが、ここ最近身体を洗っていません。臭いますよ」
「些細な問題です」

 レオンハルト様は、そのまま私に負担がかからないよう寝たままの体勢で抱きしめてくださった。その体温は、以前外に出かけていた時のものと同じ温度で心地良い。
 この体温が、別の女性にいくと思うと、無性に悲しくなったけど……。そもそも、私のものじゃないものね。わかってる。

 それよりも、レオンハルト様が震えていることが気になるわ。
 寒いのかしら? 冬だものね。私の体温で、温めてあげられたら良いな。

「!?」

 そう思った途端、急に体内から熱のようなものが湧き出てきた。
 それは、カーテンを抜けて部屋中を照らすかのような眩い、でも、目が痛まない優しい光となって、私の身体を覆い尽くす。

「……ステラ嬢?」
「ステラ嬢、これは……!?」
「な、何、これ……。こ、こわい。怖い」
「側にいますから、大丈夫です。手を握ってください」
 
 異変に気づいたのは、レオンハルト様だけじゃなかった。カーテン奥に居たルワール様までもが、驚いたような表情をして私を見ている。
 怖くなった私は、差し出されたレオンハルト様の手にしがみついた。温かさを届けようと思っていたのに、今はそれどころじゃない。

「痛い! 痛い!」
「ステラ嬢!」
「痛い、痛いぃ……! いた……」

 全身に針が刺さったかのように痛い。
 息ができない。

 怖い。怖いよ。
 これは、何?


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