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震えた身体へ、温かさを伝えるために
しおりを挟む「今梓に聞いてたんだけど、五月くんと梓ってセフレじゃないの? 梓はただのクラスメイトって言ってたけど」
「そうなの、鈴木さん?」
優奈ちゃんは、割と大きめの声でそう言った。はっきりと、周囲に聞かせるように。
私は、彼の問いかけに答えずただただ下を向いていることしかできない。
今、言葉を発したら確実に泣いてしまうから。それに、青葉くんのお仕事の邪魔をしてしまうから。
「五月くん。梓ちゃんは、……えっと」
すると、隣に座っていた美香さんが助け舟を出そうとしてくれた。必死になって私の背中を摩りつつ、青葉くんに話しかけている。
それと同時に、私の頭に温かい手が置かれた。
「……?」
その体温に驚き顔をあげると、いつもの表情をした青葉くんと目が合った。
いつもの笑顔で、私に向かって微笑んでくれている。そしてすぐに、私と同じ目線になるため腰をかがめて話しかけてきた。
「鈴木さんは、俺の仕事に影響すると思ったんでしょ?」
「……うん」
「大丈夫だよ、わかってるからね」
「なになに? どうしたの?」
それだけで、私の感情が溢れ出す。
我慢しきれなくなった涙が頬を伝うと同時に、青葉くんが立ち上がり抱きしめて隠してくれた。どうして、この人は私の気持ちがわかるんだろう。
その一連の流れを見た優奈ちゃんは、更に嬉しそうな声になって質問をしてくる。
青葉くん、ごめんね。胸が苦しくて、声が出ないよ……。弱くてごめんね。
***
「鈴木さんと俺は、気づいてる通り恋人同士だよ」
「やっぱり! 梓も結構男と遊んでるからお似合いだね!」
「違うよ」
「え?」
シンとした部屋の中、俺は鈴木さんの頭を片手で引き寄せて身体に押し付ける。すると、小刻みに震えていることがよくわかった。
あまり、仲が良くなかったんだろうな。鈴木さん、人が良いから優奈さんに「嫌だ」って言えずにズルズル過ごしてたんだろうな。
でも、これ以上鈴木さんを困らせると、俺が悲しくなりそう。
ここは、俺の好きな居場所だから。好きなメイクをして、唯一褒められる場所だから。鈴木さんに、ここを嫌いになってほしくないな。
「俺は遊んでたけど、鈴木さんはそんなことないよ。一途で、遊びを知らなくて俺とは大違い。なのに、一緒に居てくれるって言ってくれた優しい子なんだ」
「ふーん、そうなんだ。……じゃあ、私は食べ終わったから現場行ってくる~。またおしゃべりしようね!」
優奈さんは、聞くだけ聞いて部屋を出て行ってしまった。
お弁当のゴミをそのままにしていくあたり、彼女の性格が出てると思うよ。それを見た鈴木さんが、立ち上がって入り口に設置されているゴミの袋に投げこんでいる。
その顔を見ると……泣き止んでる。良かった。
「梓ちゃん、ごめんね」
「あ、いえ。むしろ、空気悪くしてすみません」
「それは大丈夫。五月くん来てくれて良かったね」
「偶然だったけど。関係バラしちゃってごめんね」
「ううん。青葉くんのお仕事の邪魔にならなければ私は別に……」
それを境に、周囲のエキストラさんたちも会話を始める。数人こっちに視線が行っているのを見る限り、これは広まってしまうだろうな。
鈴木さんに迷惑がかからないと良いんだけど。
でも、戻ってきた鈴木さんは、案の定俺と目を合わせてくれない。こんな顔にさせたくなかったから、わざわざ部屋に入ってきたんだけど失敗したかもしれないな。
「あ、青葉くんはお昼食べたの?」
「食べたよ。エキストラのみんなとは、少しスケジュールが違うんだ」
「そうなんだね。来てくれてありがとう」
「ついでに、メイク直してあげようか。少し崩れてる」
「嘘!? え、あ、み、見ないで……」
「梓ちゃん、行ってきて良いよ。呼ばれたらラインするから」
そんな崩れてないけどね。
ただの口実。
俺は、急いで後片付けをする鈴木さんを目で追いつつ、
「美香さん、ありがとう」
「ううん。私、今までこうやって五月くんと関わりたかったんだなって気づいたよ。梓ちゃんのおかげで。だから、お礼を言うのは私」
美香さんと小さな声で会話をする。
彼女だって、悪い人ではない。
ただ、誰かに依存していないと生きていけない、俺みたいなタイプなだけ。気持ちがわかる分、強く出れないんだ。彼女だけが悪いなんてことはない。
でも、そう言ってくれるまでになったってかなりの進歩だと思う。俺にはできないから、美香さんはすごいよ。
「お待たせ、青葉くん。あの、メイクは自分でできるから、ちょっとトイレ行ってくる」
「やだ」
「……でも」
「行ってきなよ、梓ちゃん」
「……美香さん、待っててくれます?」
「うん。グループ一緒だから、いやでも一緒だよ」
「良かった。じゃあ、ちょっとだけ……」
ついてきてくれるってことは、不安なだけだよね。
俺はまだ、鈴木さんをちゃんと理解できてないのかも。ちょっとずつで良いから、色々知っていきたいな。
カバンを持った鈴木さんは、俺の後をついて部屋を後にする。
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