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否定したいわけじゃない
しおりを挟む「……あの、美香さんの彼氏が青葉くんって本当ですか」
フォークを置いた私は、真っ直ぐ美香さんを見ながら質問をした。
店内のBGMも周囲の喋り声も聞こえなくなったのに、生唾を飲む音だけはしっかりと聞こえる。
彼女が悪い人だとは、どうしても思えない。だからこそ、私はその質問の答えが知りたかった。
「うーん。今はちょっと違うかな」
「違うとは?」
「今は、セフレ。でも、五月くんには私しかいないから。彼も、私のことが好きなの」
「セフレ……。今も続いてるってことですか?」
「なんで? もしかして、梓ちゃんも?」
「……あ、えっと」
「なあんだ、そうなんだ。言ってくれれば良いのに」
私が言葉に黙ると、美香さんはとても楽しそうに、それでいて、仲間だという眼差しを向けて来る。普通、嫌がるんじゃないの? そう思うも、何故か更に親しげになった。
よくわからない私は、そのままストローに口をつけて喉を潤す。
「いつから? 五月くん、激しいよね。私にだけかもしれないけど」
「……そういうの、嫌じゃないんですか」
「特に。だって、最後には私のところ帰ってくるし。梓ちゃんには悪いけど、五月くんは私が必要だから」
質問をすると、美香さんの話すスピードが上がった。
チーズケーキに付いてたフィルムをフォークで突いて、こっちみようともしないし。
美香さんの気持ちに気づいた私は、小さく息を吸って彼女の目を見て話しかける。
「私、青葉くんとそういうのしたことないです。でも、お付き合いしています」
「……え?」
「ここ2ヶ月くらい、一緒に買い物したりご飯食べたり。先週、青葉くんの家で好きですって告白されました」
「……嘘。五月くんの家?」
「これって、セフレですか?」
「……」
美香さんを攻撃したいわけじゃなかった。
ただ、答えが生々しくて、これ以上話を聞きたくなかっただけ。「美香さんのための青葉くん」を知りたくなかっただけ。
それは私の知っている青葉くんじゃないから、認めたくなかっただけ。ただ、それだけだった。
私の言葉を聞いた美香さんは、笑顔を貼り付けたまま動きを止める。そして、
「っ!?」
私の話を聞いた美香さんは、目の前にあったお冷を顔にぶちまけてきた。顔に当たった氷が、水が、そのまま服を濡らしていく。
「なにそれ……。梓ちゃん、性格悪いって良く言われない?」
「初めて言われました」
「そう。みんな我慢してるんだね」
今まで親しげに話しかけてくれた彼女は居ない。顔を大きく歪め軽蔑の眼差しを向けながら、美香さんはバッグを持って立ちあがる。
そして、そのまま店の出入口へと早足で行ってしまった。
「……嫌な勝ち方」
すると、すぐさま店員さんがタオルを持って私に近づいてくる。そこで初めて、周囲の人たちがこっちを見ていることに気づいた。恥ずかしい。聞かれてたのかな。
『俺、美香さんと『青葉くん』』
『青葉くん。私は、今の青葉くんだけ知っていれば良いって思うんだ』
『え?』
『過去の青葉くんが居るから、今の青葉くんが私とこうやって話してくれてる。それだけわかれば、過去の話は知る必要ない』
『鈴木さん……』
『それよりさ。青葉くんのお仕事の話聞きたいなっ』
『あ、うん。……俺、卒業したらさ』
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい。すみません、床が」
「いえ、拭けば大丈夫ですから。お洋服が……」
「大丈夫です。もう出ますから」
私は、店員さんと話しつつ、青葉くんの家で話した内容を思い出す。
結局、あの時は何も聞いていない。青葉くんは話そうとしてくれたけど、私がいらないって断ったの。
きっと、美香さんが青葉くんと離れるのを拒んでるんだろうな。雰囲気でなんとなく察したよ。
私、美香さんの気持ちわかる。
私も、青葉くんの居ない生活、今じゃ考えられないもん。一緒にご飯食べて、双子たちとゲームして。
青葉くんの笑顔を知らなかった、あの頃にはもう戻れない。笑っている顔、ずっと見ていたいもん。いつも頑張ってる青葉くんのこと、隣で応援したいもん。
こんな醜い感情、青葉くんには知られたくない。
「お客様……?」
涙が頬を伝った。最初は、濡れた髪から滴る雫かと思ったけど、これは涙だ。
なんで、私が泣くの?
泣きたいのは、美香さんでしょう?
「お客様、大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい。ごめんなさい」
私は、机と床を掃除して、美香さんの分の会計を済ませてすぐにファミレスを出た。
クールダウンしてから家に帰ろう。こんな格好じゃ、心配かけちゃう。
私って、本当に性格悪いね。
わかってるよ。自分が1番、わかってるよ。
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